人生とは儘ならない
死ぬかもしれない。
ファーストフード店の窓際で、珈琲を飲みながら友達を待っていたらバイクが突っ込んできたからだ。バイクの運転者は軽症のようで立ち上がっている。
ふざけんな、地獄に堕ちろ。
血だらけで横たわり、ぼんやりと意識が朦朧としてくる。死ぬんだろうな。そう思ったら走馬灯のように、過去の出来事が脳裏を猛スピードで駆け抜けていく。
働きたかった会社に就職出来て、頑張って仕事を覚えている様子の私。そこから過去に遡っていった。
高校初めての夏休み。陸上部に所属していた私は真夏の暑さにも耐えて練習を頑張った。中学の卒業式では離ればなれになる友達と大泣きし、修学旅行では迷子になって先生にしかられた。
小学生の時は友達と流行りのお笑い芸人の真似をしたり、男子に負けたくなくて体育で勝負したりと、どちらかと言えば男勝りだったかもしれない。保育園の幼児の時に弟と妹が生まれ、お母さんを取られてしまう悲しさはあったものの、お姉ちゃんになる喜びが強かった。
家族や友達とのかけがえのない大切な思い出。二十歳という若さで死ぬのは正直悔しいけれど、私は確かに幸せだったのだ。
「あれ?」
流れ行く走馬灯。赤ん坊の私を嬉しそうに抱き締めるお母さんとお父さん。その先は私の記憶なんてないはずで、暗くなる脳内映像がまた明るくなった。
その映像の中の人は老人で、豪華な屋敷に住んでいるようで幸せそうに家族に見守られながら眠るように亡くなったようだ。おそらく家族であろう周りにいる人達は皆涙を流し、老人が亡くなったのを悲しんでいる。
こんなに悲しんでもらえるなんて良い人生だったんだな。そんな事を思いながら眺めていると、私の走馬灯のように次々と映像が流れていく。
孫が生まれて、娘が結婚して奥さんを迎えいれて。時代は着ている服が着物だから結構昔の日本。自分が経営しているお店が繁盛している様子を見て、あの老人の人生は順風満帆だったんじゃないだろうか。羨ましい人生だ。
そう思っていた。その老人が青年時代に今の土地に移り住むまでは。
青年は、はっきり言えば極悪人中の極悪人だった。
気に入らなければ罪のない幼い子供からお年寄りまで残虐し、傷害や強盗は当たり前。人を陥れ嘲笑い、まるでゲームを楽しむかのように殺人を犯し最後は村を焼き払う。そんな事を何回も繰り返していた。
最低だ。こんな最低な人は始めてみた。
最初に見た老人の幸せそうな死に顔はなんだったのか。別の土地に移り住んだのも、役人から追われる生活に少し疲れたから。自分が犯した罪になんの罪悪感も抱いていない。
「地獄に落ちればいいのに」
(本当ですねぇ)
「!?」
自分の記憶の中の映像を見ていたら、突如声が聞こえ驚く。すると頭の中で見ていた映像がスクリーンに変わり、私は事故に合った時の格好のまま宙を浮遊していた。あまりの突然の事に驚いて放心していると、さっき聞こえた声がもう一度聞こえる。
(地獄に落ちれば少しは変わったのでしょうかねぇ)
「誰!?」
振り返れば、真っ白な衣装に真っ白な長髪。目の色も白で肌は色白を通り越してただの白。ただただ白い長身のその人は、大きな杖を持っていた。
(今のあなたとお話をするのは初めてですねぇ。はじめて、私は神の御使い。あなたが今見た青年の人生は、あなたの前世です)
嘘でしょ。
こんな人間の屑が私の前世。もう一度スクリーンへ視線を向けると、若い女性に暴行していた。あり得ない。
(あなたの前世は己の罪を償う為に地獄に行くのは嫌だと申し、来世で罪を償うと仰ったのです。人々の役に立つような事をし、大勢の人達を幸せにするからと言って)
なんて奴だ。自分の罪を擦り付けやがった!
(私共も悩みましたが、一度は挽回する機会を与えてみようという結論を出しました。結果はまあ、あなたの人生を振り返ればわかりますよねぇ?)
いやいやいやいやいやいや!!!?
前世の記憶とかないから! 償いようがなかったじゃん!!
平凡な人生だったけど、人様に迷惑は掛けてないよ、きっと。いくらなんでも記憶もないのに罪を償うとか無茶振り過ぎない??
必死に抗議をするものの、前世の記憶はあまりにも残酷で引き継いでしまったら、幼い子供にどう影響するかわからないから無理だったと言われた。まあ、普通に考えたらそうだよね。あんな前世持ちとか、人格崩壊する。
(あなたの人生は罪を償うというには不十分過ぎましてねぇ。地獄には落ちないものの、来世はそれはもう過酷な末路が待っています)
積んだ私の来世。さよなら来世。また次の次の人生で。
(この世界とは別の世界に生まれ落ち、奴隷として扱われご飯も録に貰えず薄汚い姿で泥水をすすり、体の至るところを傷付けられ、生きたまま獣に半分だけ喰われ、最後はそのまま死ぬまで吊るされます)
碌な人生じゃねぇぇえ!!!
泣くわそんなもん。生まれてきた事後悔するとかそういうレベルじゃないから! 可愛そうな私の来世。恨むなら前前世の私(まだ納得いかないが)を恨んで下さい。
(今回あなたとお話をさせて頂いたのは理由があります。あなたが言った通り、前世の記憶がなければ罪など償えないですしねぇ。ですので、“今のあなたのまま”の記憶を持って生まれ変わって頂きたいと思いまして)
「絶対いや!!!!」
あんまりだそんなの。
神の御使いと名乗るその人? に泣いてすがった。
とてもじゃないがそんな人生受け入れられない。しかもそんな人生を何回か繰り返さなきゃならないとか、そんな話聞きたくなかった。なんて事してくれたんだ前世の私!
(泣かれましてもですねぇ)
「確かに前世の私は大罪を犯したかもしれません。でもそれを今の私が全て償うのはあまりにも理不尽じゃないですか!」
(……そう言われましてもですねぇ)
真っ白な眉毛を下げ、困った顔をするが私の願いは受け入れてくれそうにない。絶望に項垂れていると、手首に付けた腕時計がキラリと光る。
この腕時計は、社会人として働いた時の初任給で買った物。一目惚れで、かなり高価だったけど自分のご褒美にとローンを組んでまで買ったやつだ。大のお気に入りである。
……ローン。分割……そうだ!
「償う罪を分割させて下さい!」
(はい?)
「一度に償う罪を減らして、少しずつ償わせて貰えませんか? それなら私の記憶を残したままでも構いませんから!」
(…………そうですねぇ)
これは賭けだ。私は一生懸命お願いした。私の来世掛かってますから!
(分割という事ですと、かなりの回数をあなたは生まれ変わらなければなりませんよ? 決して幸せではないとわかっている上で未来を生きるというのは、あなたが想像しているより過酷です)
「いいです! 奴隷よりマシです!」
(……そうですか、わかりました。では少し考えてみましょう。あなたが償いの人生を歩む来世を)
もぎ取った! 私は拳を振り上げて喜んだ。脱、奴隷人生!
その時、喜んでいた私の耳に幻聴が聞こえた。
ご利用は、計画的に。