第八話 準備
どうしてこうなった。俺はガックリとひざをつき自問している。
暑さのせいでかいた汗とは、明らかに違う汗が顔を伝う。これから起こりうることを考えると冷や汗しか出ない。マリアは気でも違ったんじゃないかと本気で思う。
あの後、マリアが散々ゴネ倒して、俺と精霊さんが折れた形で討伐を行うことになってしまった。
精霊さんの話では、邪気で狂った魔物は500匹いるらしい。500匹だぞ! 魔物ってだけでも恐いのに狂っているんだぞ。
戦闘のせの字も知らない俺にどうしろと言うんだ。おっさんは、ことの重大さを本当に分かっているのか? 死ぬぞ、100回は確実に死んでまうぞー!
だが俺の叫びはおっさんには届かない。
今、意気揚々とお茶を飲むマリアを尻目に、俺と精霊さんはグッタリとして茶を啜っている。
「いいかマリア、暗くなるまで5時間ほどだ。それまでに照明弾の魔法が作れなければ、今日の討伐は木の上から行う。風魔法で迎え撃つだけだ。それほど数は倒せないと思う」
「ええ、よろしくてよ。参加することに意義があるのよぅ」
「その場合は明日もう一度、魔法制作を試してみるが、ダメなら明日も今日と同じだ。そしていくら魔物が残っていても、明日で終わりだからな。先に進むぞ。生きてられたらだけどな!」
ギロリとマリアを睨み付けるが、どこ吹く風だ。
「そして照明弾の魔法が出来た場合は、河原で待ち構えて殲滅する。いざとなったら結界外に逃げるからな。いいか? どっちにしても危ないんだぞ。油断するなよ。今度、足なんか挫いたら置いていくからな」
「よぶちゃんなら、なんとかするわ。大丈夫よぅ」
俺任せかよ! 俺任せかよー!
木の上で周りを囲まれたら、逃げ場がないんだぞ。一晩中魔物の相手なんか嫌だぞ。デカイ、オーガが来たら木を倒されるぞ。あー、もー明日の朝日を拝める気がしないよ。
だが俺の叫びはおっさんには届かない。
「精霊さん悪いな。うちのマリアが無理言って」
「いや、なんと言えば良いか…、なんでここまでしてくれるんだい? メリットは1つもないどころか、自分の命が掛かっているのだよ?」
「それはマリアが馬「お友達だからよ!」」
「友達かい?」
「あなたは私が淹れたお茶を、美味しいと言ってくれたわ。それだけで私は命を張れるのよぅ」
「人間とはそういうものなのかい?」
「いや、ちが「そういうものよ!」」
言わせてくれー! そんなのはお前だけだー! 俺を巻き込むなー! だが俺の叫びは……。
「精霊ちゃん、あなたはこれまで1人で頑張ってきたわ。でも今日からは、私達、魔法乙女戦隊が味方よ。お友達を頼りなさい。いつでも力を貸すわぁ」
「…」
「…ハァーッ、俺はちょっくら魔法作ってくるわ。集中したいから1人にしてくれ」
サバイバル好きな俺は、軍事関係の動画も良く観ていた。照明弾、強い光を放ちながら上空からゆっくり降りてきて、辺りを照らす感じか。
俺は科学反応で、バチバチ火花を飛ばす感じでイメージする。手の平に魔力が流れて光球が具現化される。
うーん、まだまだだな。更に魔力とイメージを流すと、ジジジという音だった光球が、メチメチという音に変わり体積が倍に膨らむ。そして、バチバチと音のするハンドボール大の光球が出来上がった。
バチバチ言っているが火花は飛んではいない。ただ眩しい、俺は目を瞑り光球を維持し続ける。
10分ほども経った頃、俺は空に向けて魔法を放つ。
「照明弾」
光球がバスケットボールのシュートのように、ポーンと弧を描きながら踊りでた。そして10mほど上空で待機して、落ちることなく光り続ける。10分ほどして、線香花火のようにボトリと落ちながら消えていった。
当然魔法は一度作れば脳内に魔法陣が登録され、次回の使用は詠唱のみで発動可能だ。意識しなくても脳内から、イメージが勝手に抽出されて魔法が放たれる。威力や大きさを変えたいときは、追加のイメージと魔力を流せば良い。作ってしまえば運用は簡単だ。
次は広域魔法だな。今回は3人で多数を相手にしなければならない。ちまちま風魔法で削っていたのでは、数で押し込まれる。広範囲かつ殺傷性の高い魔法が欲しい。人間相手ではないので妥協もいらない。
俺は手を開いてイメージする。空気中の分子がぶつかり合い、摩擦で静電気が発生する様を。手の平に魔力が流れ、パチパチと静電気が爆ぜる。それを球状に丸めて魔法を放つ。
「落雷」
手の平から勢い良く飛び出した雷球が、空中で広がり、半径20~30mほどの範囲に落雷の雨が降る。凄い音だ。当たれば黒焦げか、良くても気絶するだろう。それが広範囲だ。多人数相手には持ってこいの魔法だ。
この大陸の魔法は、イージーモードかと思えるくらいご都合主義が満載だ。魔法の種が出来れば、あとは込めた魔力の分だけ、勝手に増量してくれるのだ。
例えば水魔法を使ったとする。初めは大気から水分を抽出しているのかと思った。だが、大気から取り込んでいるにしては量が多すぎる。元の世界では、夏場に2Kの部屋で除湿器を使っても、バケツ何杯もの水は出来なかった。
多分、種となるH2O分子を魔法で、増幅しているのだと思う。火魔法も種となるヘリウム原子や、その他ガス成分があれば、魔力を込めただけ無限に生成されるのだろう。
ゲームのようなレベルアップによる能力上昇がない分、魔法はお手軽になっているのかもしれない。
今回の「落雷」も、種は手の平大の大きさだが、事前にイメージによって上空で広範囲に広がるように設定した。これも魔法の不思議で足りない分を補っているのだろう。
次の魔法はファイアウォールだ。多数の敵に囲まれないように、敵との距離を維持しなければならない。
俺は、まずガソリンが作れるか試してみた。例えば、水とガソリンをイメージしてみると、見た目は色しか違わない。その他は匂い、火がつくなどだ。
画像では非常にイメージし辛い。でも魔法で水がジョロジョロ出てくるのだから、ガソリンも出るのでは?
やってみたら出ました。
化学式を思い浮かべたら、はいガソリンです。イージーですねー。もー錬金術のレベルですねー。原料は大気中とか、土中から抽出しているのでしょうか?
金とかも出来るのでは? はい出来ました。水ほどすぐに大量にはいかないみたいです。10分くらいAuAuAuと唱えながら金をイメージしましたが、小指の先ほどしか発生しませんでした。うーん、どういう理屈だ? 魔法って不思議。
話は戻ります。ガソリンが出来たので、今度はゲル状のガソリンをイメージしてみた。ゲル状、つまりジェルだ。水みたいに流動的でなく粘性を持たせるわけだ。
結果、ゲル状のガソリンは出来上がった。どういう理屈かわからない。イメージ、化学式など、脳内の情報を魔法が上手く利用しているのだろうか?
そして俺は、手の平にゲル状ガソリンを持ちながら再びイメージする。俺から少し離れた位置に建つ、3mの高さで建つ火炎に包まれた壁を。
「炎壁」
アニメで見たファイアウォールよりショボいが成功だ。手のガソリンが広がりながら飛び出て、幅5m、高さ3mの炎の壁がゴウゴウと燃えている。
なぜゲル状ガソリンを使ったのかは、単純に壁を突破してくる敵に、ゲル状ガソリンが絡み付いて、ダメージをより多く与えるのではないかと思ったからだ。火炎放射器やナパーム弾から発想を得ている。
最後に「炎弾」などの殺傷力が高そうな、爆ぜるタイプの魔法を作って作業を終えた。
日の位置から3時くらいかと考えながら、俺は焚き火に戻った。焚き火の側に座りグッタリと疲れている俺に、マリアが捲し立てる。
「よぶちゃん、あれは何なのかしら? 見てるこっちが怖かったわよ。なんであんなことがポンポン出来るのかしら? おかしいと思わないのかしらぁ?」
「君は本当に人間なのかい? 僕も怖かったよ」
「精霊ちゃん、こういうのはチーターって言うのよ。覚えておきなさいね。ズルして力を得ているのよぅ」
はい、人外認定入りましたー。チーター認定入りましたー。
「失礼な! 俺は死なない為に一生懸命なだけの、極々普通の人間だ」
「あれで普通なのかい?」
「精霊ちゃん、チーターが何か言っているわ。無視よ。無視」
「マリアは、新しい魔法はいらないのだな? 風魔法だけで戦うんだな」
「嫌だ冗談よ、冗~談。そんなに睨まないでよぅ。…ごめんなさ~い」
「誰のせいで、こうなったと思っているんだ。まったく。匂いで誘き寄せる用の魚はちゃんと獲ったのか?」
「ええ、バッチリ」
「あと戦闘区域の川にいるウォータードッグはどうだった?」
「ああ、僕が探したけど近くにはいなかったよ。後ろは気にせず戦ってくれて構わないよ」
川辺の冷たい風が気持ち良い。今夜の事がなければ、最高のロケーションだろう。俺はお茶を飲みながら作った魔法の説明をする。
夜間照明魔法「照明弾」
広域殲滅魔法「落雷」
移動妨害魔法「炎壁」
「炎弾」その他
新しく作った魔法を、マリアがインストールして練習している。わーわーキャーキャーとまったく呑気なおっさんだ。このまま夜が来なければと考えている俺とは大違いだ。
ひとしきり練習した後、手持ちぶさたなので今夜の打ち合わせをした。
「打ち合わせと言っても正直、俺からは作戦はない。こんな場面は経験無いからな。マリアは何かあるか?」
「ガックリさせないで! でも私もこんなに大勢と戦ったことないから、作戦なんか思いつかないわぁ」
「では今夜の確認をしよう。戦闘はこの河原で行う。危なくなったら迷わず、川を渡って結界外に逃げろ。
魔物は来ないが飛び道具は飛んで来るから、視界に入らない位置まで逃げろよ。それと結界の外から魔法は打つなよ。結界が壊れる」
「分かったわ」
「精霊さんの話だと、邪気に当てられた魔物は500匹もいる。結界で囲まれてこの辺りに集中しているから、一気に500と交戦する可能性もあるから無理するなよ。
相手は邪気と空腹で凶暴さが増してるし、何も今日全部やらなくても良いのだから、危なくなる前に逃げよう。せっかく精霊さんの作った結界があるんだ、有効活用させてもらう」
「命大事にね」
「撒き餌さの魚を撒いたら、照明弾を上げて敵を待つ。配置は中央が俺。左右に精霊さんとマリアだ。とにかく魔物を見つけたら魔法を撃ちまくれ。近寄られたら毒とかが厄介だ」
「ええ」
「照明弾の持続時間は10分くらいだ。6回打ったら一度結界外に出て休憩する。指示は俺が出す。転ぶなよ」
「失礼ねぇ」
「落雷は撃ってから雷が落ちるまで、10秒ほどあるから考えて使ってくれ。炎壁は敵が見えなくなるからな、魔法や槍、弓が飛んできたら、まぐれ当たりもあるぞ。
バリアの魔法なんかないから注意してくれよ」
「神に祈るわ」
「落雷は、最初の3発くらい立て続けにいこうか。炎壁は、接近されたら適宜使って距離を取れ。風刃、風弾、炎弾はどんどん撃っていこう。下手な鉄砲もなんとやらだ。
勾玉が増えたから、魔力量は心配ないはずだ。ケチるなよ。それと接近されたら短槍で応戦だ」
「おおー!」
俺は緊張からか、一気に捲し立てた。そして俺達は暗くなるまで、出来ることを考えて実行した。正直、恐くてジッとしていられなかったのだ。
今は暫し休憩中だ。水の流れる音に混ざって、ゴウゴウと火の燃える音が聞こえる。
「焚き火は照明代わりに5ヵ所で焚いたし、魚もぶつ切りにして撒いてきたし、準備は万端ねぇ」
「精霊さんの土魔法は凄いな。岩だらけの足場がすっかり均されて、平らなステージが出来上がってるぞ」
「僕も少しは役に立たないとね」
「おかしなものね。昨夜は木の上で怯えていたっていうのにね」
「マリア、今日もその予定だったんだぞ」
そして段々と日の光が少なくなり、望まない戦いの夜が訪れる。周囲の森がゲーゲー、ホーホー騒がしくなってきた。俺の人生で一番長い夜になりそうだ。
「じゃあ、照明弾撃とうか」
ポーンポーンと俺が2発、マリアが2発、照明弾を打ち上げる。上空に撃ち上がった魔法が一帯を照らす。かなりの明るさだ。焚き火では照らせない闇を、追い払うように灯る魔法。これならば昼間と同様に戦える。
急に灯った照明にビックリしたのか、ゴブリンが2匹草むらから転がり出てくる。
さあ第1村人発見だ。
右のゴブリンにマリアの炎弾が当たり、右わき腹が爆ぜる。森に逃げ帰る暇も無く、身体の一部をゴッソリと失った小鬼が、ドウッと倒れた。
左のゴブリンは精霊さんの魔法で火だるまだ。ガソリンを掛けた様に炎を纏った小鬼が、石畳の上を苦しそうにゴロゴロと転がる。これで力が弱まっているのか? やはり高位の精霊は凄いのだな。
そして肉の焼ける匂いに誘われたのか、騒がしさに覗きにきたのか、照明の灯りに集まるウンカの如く、森からワラワラと魔物が涌き出て来る。
先程、倒したゴブリンに喰らい付く、大きな蜘蛛。
ゴブリンの群れに手を差し入れて、クレーンゲームの如く持ち上げ喰らう、青い大鬼。
獲物を狙う様にうねる大蛇。
カチカチと牙を噛み合わせる、大きなムカデ。
口を開けて、涎を垂らしながら唸る、緑の小鬼の群れ。
太った体躯を奮わせて叫ぶ、豚頭の魔物。
2足で立ち上がる、腹にも顔がある熊。
群れた6本脚の狼。
中には魔物同士で争っているものもいるが、一様に視線は俺達を捕らえていた。
見えているだけで100匹は優にいるだろう。残りは2陣、3陣として森に控えているのであろうか。
グロい魔物のオンパレードだ。デカイのが複数混ざっている。
オイオイあんなのと戦うのか? 勘弁してくれよ。最初の落雷で数を減らせなかったらお仕舞いだぞ。
少し前に俺とマリアの手が光り、落雷の魔法が放たれた。すぐに落雷に晒されるだろう。追撃の落雷を放つ為に、俺の両手はまた光りだした。
俺達が魔法を発動したのがわかったのか、魔物達が一斉に動きだす。ドスドス、カサカサ、うねうねと百鬼夜行の行進の始まりだ。グウォーと叫びながら、突進してくる魔物もいる。大迫力だぜ。チビりそうだ。
バリバリーッという轟音と共に、目の前がホワイトアウトする。俺は追撃の落雷を再度放った後、風弾頭を用意する。ゴーレムを吹き飛ばした圧縮空気のミサイルだ。
落雷の光が収まると、大鬼の巨体が俺に迫り、棍棒を叩き付けようとしている姿が目に映る。次弾の落雷が盛大に光る中、青い大鬼が、俺を目掛けて走り寄ってきた。
やはり来たか。さっきから俺にガンくれやがって喰らいやがれ。
「風弾頭」
俺の風弾頭が勢い良く飛び出て、大鬼の胸に突き刺さる。同時にボンッと爆ぜて、オーガの胸から上を弾き飛ばす。大きな棍棒がガランと音を立ててステージに落ちた。
俺は炎弾を待機させながら、周りに視線を送る。
落雷の影響で、周囲に煙が立ち込めているので視界が悪い。「炎弾」と視界の端に捉えた、黒い影に魔法をぶち込む。炎の塊が凄い速さで飛んでいき、黒い影にぶち当たって派手に爆発する。
黒い影は大ムカデだったようだ。長い胴体が頭から1/3の部分で焼き切れて、ウネウネしている。俺はムカデの頭に再度炎弾を放ち破壊した。
ヤバいな。唐突に襲い掛かられたら対処できないぞ。俺は少し下がりながら「炎壁」の魔法を放った。