第五十七話 帰省
良く晴れた空の下、青い海の上に大きなタンカーがプカプカと浮かんでいる。
俺のじいちゃんや鍋首相とテレビ会談した翌日、俺達は、このタンカーまでやってきた。じいちゃんに頼まれた『世界樹の枝』を届けるため、このタンカーで地球へと行くつもりだ。
次元の違う世界に行くのにタンカーとはおかしな話だが、このタンカーで『次元の抜け穴』を越えるのが、一番楽なのだとか。
「よぶちゃん、なつかしいわねぇ。私達が乗ってきたタンカーじゃない」
「そうなのか? 俺は内部しか見たことないから、いまいちピンとこないな」
マリアの話では、俺が和賀国で拉致された後、このタンカーでこの大陸に連れてこられらたらしい。
俺は、タンカーに乗る時も降りる時も、麻酔で眠らされていたのでタンカーの外観を初めて見た。
オレンジと白に塗り分けられた船体は、幅広くて長い。長い船体の後方に船橋がある以外は、真っ平らな甲板があるのみだ。
甲板上にコテコテとあったパーツは、端末神様が魔法で取り外してしまった。それだけでは終わらず、所々にできた穴をふさいで、芝生までひいてしまうのだから正直呆れてしまう。
芝生の上に箱庭が入ったゴーレムハウスを展開したら出航準備は完了だ。ハウスの扉を開けると魔物や子供達がワラワラと甲板に出てきた。
濃い潮の香りが、みんなの心を弾ませるようだ。透き通る海に飛び込んで遊びたい気分なのだろう。子供達は甲板から海を眺めて「泳ぎたい」「釣りがしたい」とはしゃいでいる。
まったく呑気なものだ。
これから行く世界は、銃やミサイルなどの武器が発達した世界だ。ある意味、魔物がいるこの大陸より危険なのだ。
だから俺とマリアは、子供達を連れていくことに反対したが、神様に「子供達と遊園地で遊びたい」と言われて、渋々連れていくことになった。
そんな俺の心配を他所に、芝生の上では神様と子供達が一緒に走り回っている。初めての船旅に興奮しているようだ。
そんな子供達の楽しそうな姿を見ると、俺とマリアも顔を見合わせて笑ってしまうのだった。
「しかし俺達は、こんな船で異世界まできたのか。なんか信じられないなぁ」
「本当ねぇ。そしてまたこの船で地球に遊びに行くなんて、神様の力は計り知れないわぁ」
タンカーは、精霊さんの森に近い海に置き去りにされていたそうだ。中には誰もいなかったらしい。
船の右手には、どこまでも続く大海原があり、左手には、切り立った崖がある。崖の上は、邪神の欠片を封印した森だ。
「この船を操船していた人はどこにいったのかな?」
「この船を寄越した神の眷属が船員だったんじゃないかい。あの時、大きな魔力を感じたよ。そして君達が、突然森に現れたのさ」
精霊さんも直接は見ていないようだが、他のゲーム参加者も魔法で大陸のどこかに飛ばされたのだろう。何度か魔力を感じたらしい。
「今さらそんなことどうでも良いじゃない。ところで精霊ちゃんも一緒に行くの?」
「マリア、僕は見送りに来ただけさ。気を付けて行っておいで」
そんな感じで精霊さんに見送られて大陸を離れた俺達だが、数時間も進むと周りには海と空と雲しか見えなくなった。
タンカーは、結構なスピードで進んでいるが、揺れはないので酔うものはいない。
汗ばむほどの日差しだが、海風が吹き付けてほどよく体温を奪ってくれるので、快適で心地よい船旅だ。
「タンカーって、意外と高性能なのね。燃料とかもつのかしらぁ」
「いや、マリア。魔法で進んでるらしいぞ」
「そんな魔法もあるのねぇ」
「飛行魔法みたいなものだってさ。タンカーをホウキ代わりに飛んでいる感じだな。
魔力で海水を押し退けながら、少し浮いた状態で進んでいるみたいだ。あとは魔力を推進力にして進んでいるってさ」
「そうなの。揺れが少ないと思ったら魔法だったのねぇ」
俺達は、芝生に寝そべりながらのんびりと船旅を楽しんでいる。心配していた船酔いが無いのはありがたい。
たまにクジラのような大きな生物が水面でジャンプしたり、首長竜のような生物を見かけたのには驚いた。
「兄ちゃん、竿を貸してくれよ。釣りやろうぜ」
「トンキ、あんなデカいの無理に決まってるだろ。パックリいかれるぞ」
「しかし、大きなクジラねぇ。背中にゴツゴツした鱗があったわぁ。やはり魔物なのかしら」
「海の魔物は大型のものが多いでし。人間が討伐しないので数も多くいるでし」
「班長、大丈夫なのか? なんかこの船と同じくらいあったぞ」
「あたち達や神様がいれば襲ってこないでし」
大丈夫かなぁ。あんなのに食いつかれたら、この船も真っ二つにされそうだぞ。
そういえばこの前、クロールミアも体長200mのシーサーペントと戦っていたし、箱庭の海と違って危険だらけだな。
「よぶちゃん、あっちの海からなんか出てきたわぁ」
おっさんが指差す方を見ると、船からずいぶん離れた場所の海面が盛り上がり、何かが出てきた。
「うわー、首長竜かな? デカいなぁ。ルミアの仲間か?」
「呼人よ、あんなのはただのトカゲじゃ。妾の仲間では無いわ」
「こんな危険な海を航海しているなんて、こっちの世界の人は勇気あるなぁ」
「丁度昼時じゃ、あやつの肉でバーベキューをしよう」
「ん、あれは美味しそう」
クロールミアがみるみるうちに巨大なドラゴンになると、ヘーデリアがその背に飛び乗ってバサリと飛び立った。
止める間も無かったので、マリアが心配でオロオロしており、子供達はワーワーと声援を送っている。
「よぶちゃん、止めてちょうだい。あんな大きな恐竜と戦うなんて無茶苦茶よぅ」
「今さら無理だろ? 俺も恐くて近寄れないよ」
「シーサーペントより小さいでし。なんとかなるでし」
おっさんは変なスイッチが入ったときには、ヘーデリアを魔法乙女戦隊の危険な任務に連れ出すくせに、普段は恐がりだ。そして小心者の俺はもっと恐がりだ。こんな戦いに近づけるわけがない。
二人でアワアワしているうちに戦いが始まったようだ。子供達の歓声が一段と大きくなった。
首長竜の海面に出ている部分だけでも、体長15mのクロールミアより大きい。
ゴアアアア! と首長竜が叫ぶ声がこちらまで響き渡ると、小さな子供がビックリして尻餅をついている。遠くにいるのに凄い迫力だ。
そんな首長竜の頭上にドドンと特大のカミナリが落ちた。飛翔の魔法でルミアから離れたヘーデリアが放った雷撃だ。
カミナリに撃たれた首長竜が首を振って暴れだす。そんなシューシューと煙を上げている首に、ルミアが喰らい付いた。
首長竜が首をブンブンと振るっているが、ルミアは離れない。首長竜の首に牙を立てたまま、前脚と後ろ脚の爪も食い込ませて、首の動きを制限しているようだ。
「ルミアは、あのままじゃ海中に引きずり込まれるんじゃないか?」
「旦那、逆だぜ。ルミアは、海竜が海中に逃げないように押さえてるんだ」
そんな首長竜の頭にヘーデリアの炎弾が炸裂する。
連続的に撃ち出された炎弾がドカンドカンと弾けて、炎と黒煙を上げた。
首長竜は、最大の武器である首を抑えられ、為す術が無い。
ルミアごと海中に逃げようとするが、ルミアが逆に飛翔魔法で持ち上げているため、それもままならないようだ。
徐々にだが首長竜の背中が海面に出てきて、バチャバチャとヒレで海面を叩いているのが見えた。
いつの間にかブサイクが戦いに混ざって首長竜の背中に雷撃を落としている。ドドン、ドドンとカミナリが落ちる度に、首長竜がビクンビクンと震えている。
バリバリと光るカミナリを見て子供達の声援が大きくなった。
「ブサイクのやつ楽しそうだなぁ。あたいも行けば良かったぜ」
「ハルナは、この船を守ってくれないと困るだろ」
「ちぇっ、貧乏くじかよ。五郎も行ったみたいだし、うらやましいぜ」
見ると五郎が騎獣━━おまるに乗って海の上を飛んでいた。そのまま首長竜の背中に飛び乗り、巨大化して首の付け根をボコボコと叩いている。
そして首長竜の尻尾には、グリフォン隊長とグリさん夫婦が取り付いて、バシャンバシャンと海面に叩きつけられている。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「旦那、グリ達があの程度でダメージ受ける訳無いだろ」
「なんか他にもいるわねぇ。誰かしら?」
「あれは、アロンとトンキ達だな」
「まあ、大変! なんであんな所に……」
「マリア、心配するなって。あいつらも結構強くなったんだぜ。飛翔の魔法も覚えたから見学に行ったみたいだな」
そうこうしている間にヘーデリアの炎弾が首長竜の頭を弾き飛ばしたようだ。いつの間にかヒレの動きが止まっていた。
首長竜は、精霊によってすぐに解体されて、甲板でバーベキューが始まった。
大きな海竜も、解体の魔法であっさりと素材や肉に分解されて、収納庫にしまわれた。魔法は便利だなとつくづく思う。
ブサイクの雷撃でとばっちりを食った魔物や魚も結構いたようだ。みんな、取れたての魚や肉にかぶり付いている。
野菜も箱庭から採ってきた新鮮なものだ。自分達で作った野菜の味は格別だ。子供達は好き嫌い無くムシャムシャ食べている。
「ルミアちゃんは強いねぇ。大きなドラゴンになれるなんてうらやましいわぁ」
「そうじゃろう。そうじゃろう」
「ヘーデちゃんの魔法も凄いわぁ」
「ん、ヘーデ強い」
子供達にチヤホヤされて、ルミアもヘーデも鼻高々と言ったところだ。ブサイクも子供達にもみくちゃにされているが嬉しそうだ。
「風が気持ちいいなぁ」
「呼人殿、洋上というのは、箱庭の浜辺とはずいぶん雰囲気が違うものじゃな。周りに陸地が無いというのが、こんなに心細いとは思わなんだ」
「本当だな、おばば様。俺もこんな船旅なんかしたこと無いからビックリしたよ」
甲板の芝生に座って、おばば様と景色を眺めていたが、大海原にポツリと取り残されたような感じがして、心細く感じた。そんな俺達とは裏腹に、子供達が元気に走り回っている。
「しかし、おばば様まで付いてくるとは思わなかったよ」
「医学書というのを買いたいと思ったのじゃ。呼人殿の祖父殿に頼めば、良い医学書を買ってくれると神様が言うておられた」
「まあ、じいちゃんは金持ちだから大丈夫だけど、文字が違うから読めないだろ? それにあっちの薬は科学知識がないと作れないぞ」
「よぶちゃん、神様がみんなに言語パックをインストールしていたわ。おばば様も和賀国語はペラペラよぅ」
いつの間にか子供達やおばば様は、和賀国語がしゃべれるようになっているらしい。
おばば様は、地球の医療現場を見学したくて付いてきたようだ。自分の店や薬師ギルドの仕事は、薬師ギルド長に丸投げしてきたと言う。
「それに漢方とか民間療法とか、そんな感じの本ならこっちでも役立つと思うわぁ」
「そうかなぁ。薬草とかもずいぶん違うんじゃないか?」
「呼人殿、役に立たなくとも良いのじゃ。見るだけでも少しは勉強になろう」
今回の帰省は急に決まったことだし、あちらの世界の各国政府が『世界樹』を狙っているようなので、危険もあるかもしれない。
そんな訳で地球には、俺とマリアと使い魔だけで行くつもりだった。
だが神様が、遊園地や漬け物工場に行きたいと言い始め、当然ウーテも付いてくる。
そして『世界樹』を運ぶのに、箱庭ごと持って行こうということになり、ついでに子供達にも船旅や遊園地を体験させてあげようということになってしまった。
当然アロンもそれに便乗してくる。しかし、おばば様まで便乗するとは思わなかった。
まったく呑気な奴等だ。俺とマリア意外は遊ぶ気満々のようだ。
ハルナとアロロクは酒蔵、ルミアはマック、五郎はカレー、ヘーデはラーメンとそれぞれに目的があるらしい。班長達やエルゴまでウキウキしてる始末だ。
そして箱庭に住んでいる子守りのお婆ちゃん二人や、爺さんドワーフ二人も一緒に行くと言い。魔物達は当然のように付いてきた。
アイラさんも子供が心配だと言いだして、ダーブも一緒に行くと言う。
「ダーブ、ギルドマスターの仕事はいいのか?」
「呼人、街の近場の危険な魔物は、ハルナが狩ってくれたから大丈夫だ」
なんとハルナは、ちょくちょくダーブに頼まれて危険な魔物を狩っていたらしい。ハルナとグリさんとウーテは、エルクの冒険者に知らない者がいないほど有名なんだとか。
「英雄のパーティーは国でも有名だぜ」
「ダーブ、俺の仲間に危険なことさせるなよなぁ」
「ちゃんと依頼料も払ってるし、素材も買い取ってるから心配するな。がははは」
まったく、自由人ばかりかよ。自由人といえば、なんとゴンゴスさんとお屋形さままで、この船に乗っている。
「マリア、お屋形さままで連れてくるなよなぁ」
「だってぇ、ヨルクの乙女温泉宿に『しばらく旅に出る』って伝えに行ったら、ついて来ちゃたのよぅ」
ドワーフの長であるお屋形さまは、なんでも地球の工業技術を見学したいらしい。おっさんに土下座して頼み込んだそうだ。付き添いのゴンゴスさんも嬉々として便乗してきた。
今、二人は、爺さんドワーフ達と一緒に、箱庭の温泉ハウスで酒盛りしているらしい。
「こんなに大人数で大丈夫かなぁ?」
「この光景も地球のテレビに放送されてるのだから、お鍋ちゃんが上手く手配してくれるわよぅ」
おっさんは相変わらず呑気だ。鍋首相とじいちゃんが上手くやってくれることを祈ろう。
しかし、遊園地、漬け物工場、酒蔵、医療現場、溶鉱炉やガラスなんかの工場見学ツアーなんて、俺は案内するの嫌だぞ。面倒臭い。
「神様、班長達以外の精霊がいるみたいだけど、どうしたんだ」
「呼人はん、森の中級精霊を借りてきたでありんす。後で海の精霊も合流する予定でござんすから、もう少し増えると思いますえ」
端末神様が相変わらずおかしな口調でそう言った。
なんでも地球には、魔力の元になる魔素が少ないらしい。俺達が魔法を使うと、魔力の補給がしづらいのだ。
魔法を使う事態にはならないと思うし、箱庭で補給も可能だが、万が一のために子供達の護衛として、中級精霊を連れていくようだ。
「あちきや天使のウーテ、それに精霊は、存在自体が神気の塊みたいなものでありんす。魔素が無くても魔法が使えるんどす」
「確か、神様の使う魔法は『奇跡』って言うんだったか」
「そうどす、神気は高密度に濃縮された魔力のようなものでありんす。魔法より威力が高く、魔法では出来ないこともできるんどす。
人間の知らない魔法も多く知っている精霊達に守らせれば、子供達も安心して遊べるでありんす」
「ENMAシステムは大丈夫なのか?」
ENMAシステムは、次元間のエネルギー変動を監視するシステムだ。次元間で大きなエネルギー変動があると、次元の崩壊につながることもあるそうだ。
端末とはいえ神様の力は大きい。ウーテや精霊達も強い力を持っている。そして箱庭には神気が満ちているらしい。
かなり大きなエネルギー変動なのではないかと、俺は心配している。
「今回は、事前に許可を取りましたえ。心配しなくて大丈夫どす。ただの旅行にケチをつけるほど、ENMAも無粋じゃありんせん」
本当かなぁ? 昨日の今日で申請してる暇なんか無いと思うんだけど、まあ信じるしかないか。
「しかしあっちに着いたら、こんな大人数での移動は大変だぞ」
「呼人っち、修学旅行みたいなもんすよ。観光バスや新幹線なんかは子供達に受けそうっす。最悪ゴーレムハウスに入れて移動すればいいっす」
「おっ、ウーテ。操船から解放されたのか? お疲れ様」
「班長っちとエルゴっちに交代したっす」
ウーテや班長達は、この大きなタンカーを操船してくれている。操船と言っても魔法で海上を進んでいるのだが、凄い魔力だと呆れてしまう。
こっちの世界なら俺にも可能らしいが、魔素が薄い地球では、すぐに魔力が枯渇してしまうだろう。神様達の協力がなければ、今回の帰省は実現しなかったと思う。
漬け物工場見学が主目的みたいな事を言っているが、実際は重要な役割を担ってくれているのだ。ありがたいことだ。
神様達は、たぶん地球で暗躍している黒幕が出てきた場合のことも考えているのだろう。敵の神様が出てきたら、俺達だけでは対処できない。
そんなことを考えていたら、突然タンカーの横の海面が盛り上がった。
小山ほど盛り上がった海水がズザーッと下に落ちて海面がうねる。大きな波がタンカーの舷側に押し寄せるが、神様の張った結界に当たって飛沫を上げただけで船は揺れなかった。
「何、何、何? また海竜の攻撃なのぅ」
突然の出来事にみんなパニックになる。
「落ち着くっす。攻撃じゃないっす。島亀っす」
「何? 島亀じゃと。海の精霊王か? 妾は一度会っておるぞ」
「そうっす。海の精霊王とドルドガンが、神様に挨拶に来ただけっす」
ウーテの言葉に混乱が収まった。しかし俺達の頭の中は、島亀? ドルドガン? と聞き慣れない言葉に動揺している。
作者多忙のため、なかなか執筆時間が取れない状況です。よって本作品はしばらくの間、お休みさせて頂きます。
次回更新は未定です。




