閑話 緑の
食堂でドワーフ達と朝食を取り、マリアや女将さんにドワーフ達を紹介した。
本当にこの街に住むのかは、知らないが北のドワーフの知り合いがいれば、なにかと便利だろう。
その後、源泉となる温泉井戸に行き。ポンプの説明をした。
こっちは街の公衆浴場になっている。朝なので人も比較的少ない。と言っても結構いる。仕事をしろ!
このポンプは魔法で真空を作り、お湯を汲み上げるが、機械的な手押しポンプの構造を、紙に図を描きながら説明すると、ドワーフ達の食い付きが凄かった。
「この取っ手を上下させると、ポンプの中が真空になってお湯が上がってくるのさ」
「真空とは何じゃ」
「俺達の周りには、空気という目に見えない物質があるんだよ。それを全部、ポンプの中から追い出した状態が真空さ」
例えば、水袋があるだろう? と言って革の水袋を井戸のフタの上に置く。
「これを指で押すと、中の水は押していない方向に逃げるだろ?」
「当たり前じゃ」
「井戸の水面は、目に見えない空気で、常に均等に押されているのさ」
「なるほど、ポンプの中が真空になれば、そこだけ押していた空気が無くなって、水袋の中の水のように、押さえる力の無い場所に、水が逃げるという訳じゃな」
「その通りさ」
「これは、わし等が作っても良いのか?」
「構わないよ。俺が考えた訳じゃないしな。中に水が通るからサビに気を付けてな」
「ありがたい。なんとか工夫してみるわい」
時間潰しに、からすき(牛や馬に引かせて田畑のあら起しをする農具)などの、温泉に関係ない話もして、そろそろ良いかと馬車を出す。
湖までは、馬車で20分ほどだと聞いた。飛翔の魔法ですぐだろう。だが俺の作った馬車を技術屋に見てもらうチャンスだ。
馬車とは言ったが、実は、ゴーレムエンジンが付いた馬車風の車だ。この大陸では車と言っても、ピンと来ないので、自走式の馬車と呼んでいる。俺的にはゴーレム馬車だ。
この自走馬車のデザインには拘った。外観は、ヴィンテージのロンドンタクシーか、小さめのレトロなボンネットバスと言った赴きで、ガラス窓が広く取ってある。
馬車の前方にはダミーのユニコーン(彫刻のように動かない)が2頭取り付けられていて、見た目だけは洒落た馬車という感じだ。
車輪は、前輪が馬の腹の下にあり、馬車の後部に後輪がある。ダミー馬の前足の間にライトも付けたし、エンジンは馬車の下にあるから目立たない。
初めはハルナの変身形態として、この馬車は存在したが、ハルナが自由に動けるようにと、別に作ったのがこの馬車だ。
「呼人殿、何じゃ、これは?」
「ゴンゴスさん、俺が作った自走式の馬車だよ。湖までこれで行こうと思って」
「馬が彫刻じゃぞ」
「お屋形さま。自走式というのは、馬無しに自分で動くという意味さ。だから馬は飾りなんだ」
「なんと……」
「昨日見せた小さなゴーレムが、このエンジンと呼ばれる箱の中に、たくさんいて車輪を動かすのさ」
「これは、何じゃ」
「サスペンションだ。このコイルバネとダンパーで、路面のデコボコによる振動を吸収するのさ。」
普通、自動車のサスペンションのダンパー(ショックアブソーバー)には、オイルや空気を入れて振動を減衰させるが、このダンパーには、スライムボディをゴム状にしたものが入っている。密閉構造とかが面倒だったのでズルをしたのだ。
そして車輪は、木製のように見えるが、表面はゴムのように弾力がある。勿論、車軸は4輪独立懸架になっている。
「乗ってくれ。湖に行くぞ」
「見た目より中は広いぞ。どういうことじゃ」
「亜空間だよ。収納庫と一緒さ」
「座席がフカフカじゃ」
「ここにもコイルバネが入っている。あとはスポンジだ」
「スポンジ?」
「まあ、分厚い綿みたいなもんだ。座席でも振動を吸収するのさ」
「この運転席に座ってハンドルに魔力をこめると走り出すんだ」
「本当じゃ。馬も無しに動いとる」
「この足の下にあるアクセルを踏むとスピードが出て、隣のブレーキを踏むと止まるんだ」
「わしにもやらせてくれんか?」
爺さんドワーフ達は器用だ。意外とすぐに運転に慣れた。ハンドルを操作してグルグル回っては、がはは、がははと楽しそうだ。湖に向かってくれと言ったら、喜んで走りだした。
今は50キロくらいスピードが出ている。思っていた以上に振動があるが、路面を考えたら仕方がないかとも思う。
「凄いなこの馬車は、このスピードも驚きだが、速さの割に振動が少ない。普通の馬車なら、中の人間は転げ回っておるぞ」
「そうか? 俺はまだまだ不満だな」
「これで不満とは、呼人殿には何とも驚かされっぱなしじゃ」
「快適な旅がしたいじゃないか。ドワーフはこういう事はしないのか?」
「馬車など、遅くて揺れるものと決まっておる」
魔法もそうだが、この大陸の人間は不便に慣れ過ぎてる。我慢強いのは良いことだが、これでは技術が育たない。
「世の中の不便に慣れたら進歩はないぞ。ドワーフがやらないで誰がやるんだ?」
「がははは、ゴンゴスと気が合うわけじゃ。技術に胡座をかくな。進歩を目指せか。
……厳しいのう。しかしわし等も考え方を変えねばならんな。1日で多くを学ばせてもらった。目から鱗が落ちた気分じゃ。ヨルクに来て良かったわい」
「ドワーフが馬車を改造したら、馬車レースでもやろうぜ。同じコースを走って、スピードと快適性を競うのさ」
爺さん連中も、それは面白いと笑い合う。湖にはすぐに着いてしまったが、馬車の旅は楽しいものになると確信は持てた。早く他国に旅に出たいなぁ。
馬車を収納庫にしまって、間近で湖を見るとかなり大きい。水面はキラキラ光り、水の透明度は高そうだ。
心地好い風が髪を揺らすままに景色に見とれていると、バサリと音がして俺の左右に、大きな魔物が降り立つ。
爺さんドワーフが腰を抜かして座り込み、お屋形さまは、目を剥いて固まる。
「グ、グリフォンじゃ。しかも2頭も」
「こりゃ敵わん。わし等の命もこれまでじゃ」
「馬鹿者、心配するな」
「しかし、ゴンゴス殿。グリフォンじゃぞ。なぜそんなに冷静なんじゃ」
「驚かせて済まない。このグリフォンは、俺の使い魔だから心配ないよ」
俺が隊長の首を撫でるのを見て、ドワーフ達が恐る恐る立ち上がる。
「隊長、外の寝心地はどうだった?」
「昨夜は楽しかった。寝るのは、やはり箱庭の方が快適だ。わははは」
「しゃ、しゃべった……」
「そうか、楽しんだなら良かった。魔物の状況はどうだ」
「昨日は動きが無かったな。今、班長と湖の精霊殿が様子を見に行っている。しばし待たれよ」
「どんな魔物なんだ?」
「大きさは、我の5倍はあるそうだ。海にいたタコとかいう生き物に似ているらしい」
うわー、体長15mのタコって……クラーケンかよ。
なんで陸地にいるんだよ。こりゃ無理だろ? エルゴ達呼ぶかな。そんなことを考えていると、班長達がスーっと水面から顔を出す。
40㎝ほどの人形のような班長と、150㎝ほどの湖水が人型をとった湖の精霊さんが、浮かんで俺に近付いてきた。
「班長、湖の精霊さん、ご苦労様。どんな感じだ」
「呼人さん、魔物は水中で活発に動いているでし。獲物を探しているようでし」
「うーん、水中じゃ、手も足も出ないから、俺と隊長が湖面を飛んで誘き出すしかないな」
「戦えるほど広い場所は、ここしか無いでし」
「じゃあここに誘導しよう。ドワーフ連中は、聞いただろ? 15mの魔物だ。グリフォンより厄介だぞ。近くの森に隠れていてくれ。他の魔物や獣に注意してくれよ」
精霊様の力になるんだ。とか、わしはやるぞ。とか勇ましいが無理だろ。死ぬぞ。グリフォンにビビるくせに、それよりもデカい魔物に闘志を燃やすって、どういうことだよ。
「ええと、隊長と俺が囮になる。班長は一緒に来て気配を読んでくれ。他はあっちの森に待機だ。ドワーフ連中は無理するなよ。こんな石だらけの、足場の悪いところでは、近接戦は無理だからな」
俺は隊長に乗って湖へと飛び立つ。班長は俺の頭の上だ。
「来たでし」
班長の声と共に、隊長が湖面から離れる。ズザーッと湖面が盛り上がり、タコの足が出てきた。足は空中を探るようにウネウネと動く。
班長が「炎弾」の魔法をタコの足に向かって放つ。炎の圧縮弾が、タコの足に当たるが弾かれて、湖面に消えた。うーん、火魔法も効かない感じだな。
湖面が黒くなり、大きな物体が浮かび上がってきた。湖面が広い範囲で盛り上がり、水が下に落ちる。
「おお、デカいタコだ。緑色のタコって、かなり気持ち悪いなぁ。隊長、誘導開始だ」
「了解した。」
隊長がタコに向いたまま、少しずつ移動する。そして、ゴオオオッと炎のブレスをタコにお見舞いした。火炎放射器の如く太い炎がタコを襲う。
しかしタコにはダメージは無いようだ。体表の体液が少し泡立つ程度で燃えている感じはしない。
「マズイなぁ。体表を覆っている体液が炎を弾いている感じだ」
「水と火がダメなら、風でし」
隊長が前足を上げて、ブンッブンッと左右の前足を振る。隊長は、さおだちになるが騎乗の魔法のおかげで、俺は振り落とされることはない。
「風刃」の魔法がクロスして重なり、タコを襲う。風の円盤はタコの胴体に当たるが、これも弾かれた。
タコが怒って水を吐く。太い水の槍が飛んでくるが、隊長が難なくよける。そのまま岸に向かって飛んでいく。大タコは、水面下でそれを追う。水面のざわめきが、凄い速さで追ってくる。
岸についた。
タコは浅瀬になって速度が落ちたが、水面から体を出して、ウネウネとうねりながら追ってきた。やはりデカい。そして緑色で気色悪い。
湖の精霊さんが水魔法で湖面を凍らせた。タコの足が3本ほど凍りつき動かなくなった。ナイスだ精霊さん。
俺と班長が「雷撃」の魔法を放つ。雷が手から放たれた瞬間、別の何かが飛び出した。
タコの胴体に当たった雷がバチバチと火花を散らす。タコが悶えている。利いているようだ。
そして何故か、ブサイクが嬉しそうに空を飛び回っている。ええー! 箱庭にいるはずなのに、雷に乗って転移してきたのかよ。神獣恐るべし。
いつの間にか、班長がブサイクに乗って騎獣のように操っている。ブサイクはタコに向かって「雷撃」を連発しており、当たる度にタコが暴れる。
爺さんドワーフ達も、盾と斧を持って足の1本に挑んでいるのが見えた。無茶するなよ。
隊長とグリさんは、ブレスを吐いて、目を潰しに掛かる。湖の精霊さんも、水の槍をバカスカ撃っている。
直接ダメージはなさそうだが、敵意は取れているようだ。タコは、精霊さんや隊長達に向けて水の槍で反撃しているので、他は安心して攻撃できる。
俺はさっきから、タコの上空に浮かんで、ガソリンを生成している。ゲル状のガソリンだ。粘着質なので、触れると絡み付いて離れない。ちょっと試してみたくなったので作ってみた。
「みんな、一端離れてくれー!」
「「「おおー!」」」
タコの頭上にゲル状ガソリンを落とした。直径5mほどの球状のガソリンが、ボチャンとタコに絡み付く。
すかさず隊長とグリさんがブレスを吐く。大タコが大炎上だ。煙を上げてウネウネと苦しんでいる。熱か酸欠かはわからないが利いているようだ。
ブサイクは相変わらず雷撃をバリバリと放って、追加のダメージを積み重ねており、爺さんドワーフも足を相手に一生懸命だ。
しばらく燃えていた大タコの身体が、一回りほど小さくなった所で、動きが止まった。
部分部分はウネウネ動いているが、完全グロッキー状態だろう。
一回、浄化の魔法を掛けてガソリンを洗い流す。体表のヌメリも無くなっている。
ブサイクがグロロロと低くうなりながら、俺のところにやってきた。褒めて欲しいのか? 「よーしよし」頭と首を撫でてやった。
「死んでるのか、生きてるのか、わからないな」
「魔石を取れば安心でし」
ブサイクがタコの目と目の間に飛び付いて、爪でズバッと切り裂いた。風魔法もできるのか。さすがは神獣だな。と感心していると、ブサイクが傷に顔を突っ込んで、何やら咥えて持ってきた。
緑色の水晶のようなそれは、どうやら魔石らしい。ブサイクをまた撫でてやり、魔石を受け取る。
「何やら、まだ魔力を感じると、姉たまが言っているでし」
「どういうことだ? 魔石が2つあるのか?」
「そんな魔物は、呼人さんのゴーレムくらいしか見たこと無いでし」
「他の魔物を食うたばかりで、魔石が残っておるのかもしれんな」
お屋形さまが言う。ブサイクが今度はデカい胴体に、切れ込みを入れて、体内にモゾモゾと入り込んだ。身体が小さいとは言え、器用なもんだ。呼吸はどうするんだ? 神獣だからいらないのかな?
5分ほどして、ブサイクがモゾモゾと這い出てきた。口にはなんと勾玉が咥えられている。迷い人の誰かが、このタコに食われたか、死んでから勾玉だけ飲み込んだかしたんだな。
勾玉は普通の魔石より高性能だから、魔物が飲み込むと力を得る。って前に精霊さんが言っていたのを思い出した。
「これで湖も安心でし。姉たまも感謝してるでし」
湖の精霊さんが俺に頭を下げている。隊長やグリさん、ドワーフ達にも手をさしのべている。爺さんドワーフ達がまた土下座大会だ。
ブサイクは俺の頭に乗ってウトウトし始めた。またアフロヘアに変身だ。勘弁して欲しい。
「お屋形さま、素材はどうする? 均等にわけるか?」
「こんな得たいの知れん魔物の素材なぞいらんわい。報酬など、精霊様に会えただけで十分じゃ。わし等は、この聖地を守り抜くだけじゃ」
「そうじゃ、そうじゃ。精霊様の住まう地を守り抜くんじゃ」
爺さんドワーフ達が、鼻息荒く武器を掲げる。湖の精霊さんが優しい目で、それを見つめている。この湖でも、精霊と人間が仲良くできれば良いなと思った。
結局タコは、俺が収納庫に入れて持ち帰ることにした。大きいが意外と入ってしまうんだよな。収納庫は優秀です。
そして、湖の精霊さんが呼んだ下位精霊達が、湖の食材をくれた。
なんとウナギとスッポンだ。
思わぬ収穫にウハウハだ。この湖にはたくさん生息していると言う。この湖で漁をする許可ももらった。これでたまにウナギが食べられる。マリアも喜ぶだろう。
早急に、蒲焼きのタレを試行錯誤しなければならないな。楽しみだ。グフフ




