閑話 称号
そこに突然、温泉の湯が盛り上がった。お湯が女性のような人型をとって俺に近付いてくる。
他の人には見えていないようだ。間近のドワーフ達も、離れた場所で湯に浸かる客も、この異変に気付いていない。
ゴンゴスさんだけが目を見開いて異変を見つめている。
「呼人さん、彼女は、あたちの姉たまでし。湖の精霊でし。お話があるでし」
「やあ、班長。それと湖の精霊さん、こんにちは」
俺が頭を下げると、人型のお湯も頭を下げる。
ドワーフ達が俺の一人芝居に気付き「何をしておる」と騒いでいるが無視だ。
一点を見つめたままのゴンゴスさんが、「精霊様が、顕現なされた」と呟くと、「何じゃと、どこじゃ」と、ドワーフ達がキョロキョロしている。
だが精霊は心を許した者にしか見えない。
「呼人さん、最近、湖に大きな魔物が住み着いたでし。その内、人間の街も襲われるでし」
「それは怖いな。わざわざ報せてくれて、ありがとう」
「いえいえでし。森や湖の生物が食い荒らされたら、次は人間の街でし。気を付けるでし」
「班長、俺達が魔物を討伐しても、構わないのか?」
「構わないでし。でも強いでし。姉たまの水魔法が効かないでし。あたちの火魔法は効くと思うでしが、精霊は、自然の営みにはあまり介入しないでし。
でも呼人さんがやるなら、友の助けでし。気兼ねなく、プラスワンが出動できるでし」
「すぐに襲ってくる訳ではないし、今日はもう暗くなるから、明日の昼頃にしようか」
「わかったでし」
そんな話をしている間も、「どこじゃ」「どこじゃ」「ゴンゴス殿、後生じゃ。わしらも精霊様に挨拶させてくれ」と騒がしい。
班長が、収納庫からプラスワンの頭を出す。なにかイタズラを考えたようだ。
「あなた達は、先ほどからうるさいでし」
突然現れたサイボーグの生首が、しゃべり出してドワーフ達が尻餅をつく。プラスワンは合体すると2mのサイボーグだが、普段は、左右の手足、腰、胸、頭の7パーツに別れて、それぞれを7人の精霊が管理している。班長は、頭担当なのだ。
頭には音声変換器が組み込まれており、顕現しなくても、班長の声が人間に認識できるようになっている。
ドワーフの慌てように、班長がケラケラと笑い。湖の精霊も口に手を当てて、クククッと声もなく笑っている。
「班長、イタズラしちゃダメだぞ」
「わかったでし。でも一言言っておくでし」
どうやらドワーフ達の前に、班長と湖の精霊が顕現したようだ。
「精霊様じゃ」「なんと神々しいのじゃ」「ははあー!」と、爺さんドワーフ達が湯船から出て、土下座し始めた。お屋形さまやゴンゴスさんもだ。
手足が短く太いので土下座というより、ひざまずいて落ち込んでいる感じだ。
生首の上にちょこんと座る、人形のような班長と、お湯が人型を取った湖の精霊に向かって、ドワーフ達が畏まった。
離れている客は生首しか見えず、ドワーフの行動にポカンとしている。
「あたちは、エルクの森の中級精霊でし。こちらは、あたちの姉たまである、湖の上級精霊でし。姉たまは、この温泉が大好きで毎日通っているでし。うるさくしたら許さないでし。それと湖を汚す者も許さないでし。努々忘れないことでし」
「「「ははあー!」」」
「精霊様、なぜゴンゴスにはお姿が見えて、わしらには見えんかったのじゃ。教えて下され」
ひれ伏したまま爺さんドワーフのひとりが質問した。
「あたちは呼人さんの友達でし、ゴンゴスなる者に呼人さんが、心を許しているので、その者にも見せているでし。
あなた達は、呼人さんに良からぬ感情を抱いているでし。だから見えなかったでし、精霊の目は誤魔化せないでし」
ドワーフ達に動揺が走る。班長の声が思いの外冷たかったので、畏れを感じたようだ。土下座状態で冷や汗をかいている姿は、ケツ丸出しで滑稽だ。悪いと思いながらも笑いそうになる。
「呼人殿が、精霊様の友とは本当ですか?」
「何を言っているでしか? 呼人さんは精霊王の友達でしよ。父たまは、あたちなど足元にも及ばない存在でし。呼人さんに仇なす人間には、精霊の加護は与えないでし」
「「「精霊王!」」」
班長が俺に「友の証」を出すように言う。俺は前に精霊さんからもらった、拳大の水晶球を収納庫から出して見せた。
七色に光る水晶球を見たドワーフがざわめく。「こんな大きな精霊石は、見たことがない」「わしが見たのは、小指の先くらいじゃったぞ」「さすが精霊王の石じゃ、素晴らしい」などと、土下座も忘れてうっとりしている。
その内、俺が持つ精霊石にも、ひれ伏し始めた。「呼人殿は、精霊の使いじゃ。わしらドワーフが守らにゃいかん」と先程までの険悪さが無かったように、俺の見方キャラを名乗っている。
調子いいなぁ。まあ、根が単純なところがドワーフの良さなんだけどね。
うわーそれにしても、神様、カプドヴィエル、精霊と、最近、ご威光パターンばかりじゃないか。「虎の威をかる狐」キャラが定着してしまうぞ。マズイなぁ。かと言って俺に示せる力なんか無いのは事実だしなぁ。
頼むから目立たず楽しく生きさせてくれよ。
「じゃあ呼人さん、明日の昼に湖で待ってるでし。今から隊長さん達と湖で宴会でし、精霊の分け前をマリアさんからもらったでし」
「ああ班長、楽しんでくれ。隊長達によろしくな」
魔物や精霊達が宴会している所に、出くわした人間がいたらビックリするだろうなぁ。と想像してクスリと笑う俺に、ドワーフの謝罪大会が始まった。
素っ裸で土下座して、「済まんかった」「精霊様の友とは知らんかった」「好きなだけ殴ってくれ」「呼人殿のおかげで、死ぬ前に精霊様に出会えた」「乙女ブルーも紹介してくれ」と暑苦しい爺さん達が言っている。
俺は、これ以上、他の客に迷惑は掛けられないと、場所を変えることを提案した。ドワーフ達は「騒いで済まんかった」と他の客に謝罪していた。
基本は気のいい奴等だ。
風呂から上がり、この宿の最上級スイートルームに行く。ドワーフをもてなすために用意した部屋だ。すでに暗くなっているが窓から見える夜景が綺麗だ。ドワーフ達がタオルやトイレを見て、また何じゃ何じゃと騒いでいる。
エルゴに念話してツマミを頼んだ。すぐにドワーフが気に入ったという、魚のフライを大量に持ってエルゴがやってくる。
サーモン、アジ、ホタテ、イカリングのフライにタルタルソースとウスターソースが添えられている。
「ありがとう、エルゴ」
「なにか、トラブっていたようですが?」
エルゴが殺気を乗せた冷たい目で、ドワーフ達を見回す。頑固なドワーフがまた冷や汗を流している。やっと人の王が、なぜケチョンケチョンにされたのかを、理解し始めたようだ。
まあまあとエルゴを追い返し、俺は収納庫から、ガラスの塊を出してテーブルに置く。
「それは何じゃ、呼人殿」
「これはガラスだよ、お屋形さま。砂を溶かしただけの素のガラスさ。色もついてるだろ?」
俺は更に魔石を出す。ゴーレム魔法陣が書き込まれた魔石だ。いつものようにグラスゴーレムを作り、ゴーレム工芸で、ビールのジョッキを作る。
人数分のジョッキがウニョン、ウニョンと生えてくる様に、ドワーフ一同が唖然とする中、最後にイタズラで、乙女ブルーのガラスフィギアを作った。
映画の蜘蛛男のようなポーズをとった、乙女ブルーはカッコいい。
透明な30㎝ほどもある、大きなフィギアに一同が完全に固まった。俺とゴンゴスさんが顔を合わせてニヤリと笑う。
「これがゴーレム工芸だ。1000本の剣も、この宿も、材質は違うが、似たような魔法技術で作ったものだ。
あなた方が、長年修行して得た技術に対しては、敬意を持っているが、俺の魔法を否定するのは筋違いだと思っている。
ゴンゴスさんのように、笑って受け入れてくれとは言わないが、敵対心は持たないでもらいたい」
よほどのカルチャーショックだったのだろう。ドワーフ達はガラス細工を見つめたままだ。
俺はビールサーバーを出して、ジョッキにビールを注いでいく。
んぐんぐんぐ、ぷはー!
俺とゴンゴスさんは、勝手に乾杯してビールを飲む。ゴンゴスさんが、サーモンフライにタルタルソースを付けてバクリと噛みつく。「エルクでも食べたいもんじゃ」と言うゴンゴスさん。
俺がそれに答える前に、呆然としているお屋形さまが呟いた。
「……色も自在なのか?」
「色も形も硬さも自在だ」
「わかったか、お主ら。呼人殿がドワーフを潰すのに軍隊はいらぬ。ゴーレム工芸で大量に物を作って、安く売るだけじゃ。
意地を張って暴言を吐いて、敵対でもしたらどうなるか、子供でも分かることじゃ。何より精霊王に見放されるぞ」
「お屋形さま。俺は迷い人なんだ。この大陸とは、違う文化を持った世界で生活していた。だから、この大陸にない知識も持っている。板ガラスの作り方や、ガラスに色を付ける方法とかもだ」
ドワーフ達は、ビールを飲みながら、黙って俺の話に耳を傾けている。
俺は、切子ガラスのようなコップをいくつも出す。赤や青や黒など、色鮮やかなガラスコップに、透明な模様が入った、見事な細工だ。
ドワーフ達が手に取って「これは見事じゃ」と惚れ惚れしている。
「これは、さっきのゴーレム工芸で作ったものだが、俺がいた世界では人間の技術で、これを作っていた」
「これをわし等の手でか。浪漫じゃのう。がははは」
こんなのもあると、ステンレス板を出す。ドワーフ達がコンコン叩きながら、重くて硬いぞ。アダマンタイトか? と首を傾げる。
俺は更に、クロム、ニッケル、モリブデンの金属塊を出した。
「その金属板は、俺の世界ではステンレスと呼ばれる合金だ。硬くてサビに強い。鉄とこれらの金属を配合して作ったものだ。ドワーフは金属を掘るんだろ? 探してみたらどうだ」
「簡単に技術を教えて良いのか?」
「構わないさ。俺は前の世界の技術を魔法で真似ているだけで、威張れることじゃない。
それに、お互いに切磋琢磨して、より良いものが出来れば最高じゃないか。まあ、俺のは魔法だからズルだけどな」
「そんな事はない。エルクのエールの改良にも、力を貸してもらっとる。酸味も抜けて味もずいぶんと良くなった。呼人殿の技術は本物じゃ」
「ゴンゴスさん、ありがとう」
ドワーフ達が顔を見合せている。
「がははは、精霊の使い殿は、やはり凄いのう。わし等の小ささが情けなくなるわい。前からゴンゴスには、言われとった。技術に胡座をかくなとな。わし等はまだまだじゃ。のうみんな」
「そうじゃわい、お屋形さま。今日は驚きばかりじゃ。じゃがワクワクしたぞい」
「反省しきりじゃな。呼人殿、若造と侮って悪かった」
終わった事だ。まあ飲もう。と俺はとっておきのウィスキーとポン酒を出す。
ウィスキーの瓶には凝った細工がしてある。女神を象った取っ手が付いているのだ。瓶自体は黒いのだが、取っ手は透明で細工が細かい。イメージに大変苦労したものだ。
そして瓶の口から肩にかけて、銀蒸着による銀色のメッキがグラデーションしている。貴族をビビらそうと作った、俺の自慢の一品だ。
「なんと素晴らしい細工じゃ。国宝級じゃぞ。それにこの銀色が派手じゃのう」
「銀蒸着という技術でメッキしたものだ。鏡もこの技術で作っている」
さっきの切子ガラスのコップにウィスキーを注ぐ。ウィスキーの香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐると、ドワーフ達がうっとりとなった。魔法で作った氷を入れてロックで飲む。
カランと氷の音がして、グビリとみんなの喉が鳴った。
「なんと柔らかい味わい、そして強い酒精じゃ」
「エールに続いて、火酒も敵わんとはお手上げじゃわい。がははは」
「それはウィスキーという酒だ。こっちのは、ポン酒という。ベースの水に聖水を使った特別製だ」
「ポン酒とは、なんともフルーティーな味わいじゃわい。わしは酒精の強いウィスキーの方が好きじゃが、こちらも捨てがたいのは確かじゃ」
俺の酒がドワーフに認めてもらえて良かった。そして、お屋形さまが俺に金鎚を渡してきた。
「これは、『ドワーフの友』の証じゃ。もらってくれんか。これを見せれば、どの国のドワーフも仲間として歓迎してくれるじゃろう」
俺はありがたくカナヅチを受けとった。爺さんドワーフ達が、良かった良かったと涙を流して喜んでいる。大袈裟だなあ。
始めは、怒られて少ししょんぼりと始まった宴だったが、だんだんといつもの陽気さを取り戻し、がはは、がははと笑いながら、いろいろな話をした。
「呼人殿、このコップや細工瓶を貸し出してもらえんかのう」
「おお、それは良い案じゃ」
何でも来月、あちこちのドワーフが集まって品評会を開くらしい。毎年やっているが、最近はマンネリ化していて、驚きが少ないと嘆いている。
若いドワーフの、度肝を抜いてやろうという趣向らしい。爺さんドワーフ達が、それは良い、それは良いと騒ぎ始めた。
レンタル料は払うと言う。魔法で作ったものだが、それはそれ。目指す目標は高い方がドワーフは喜ぶんだそうだ。
見事な模様の入ったガラスの大皿や切子ガラスのコップ、ウィスキーの瓶を渡して、後で金をもらう。盗まれないか心配だが、ドワーフを信じよう。
ついでに、ウィスキーとポン酒、ビールサーバーとジョッキも、いくつか渡した。乙女温泉宿でしか飲めない酒だと宣伝してもらうつもりだ。
翌日、気持ちの良い快晴に見舞われ、爽やかに目覚めた俺は、窓を開けて心地好い風を楽しむ。湖面がキラキラと光って綺麗だ。
ドワーフ達は、ガバガバとウィスキーを飲んでいたが、俺はそれほど飲んではいない。二日酔いもなく気持ちの良い朝を満喫している。
朝風呂に行くと、湯気に煙ってドワーフ達が騒いでいるのが見えた。あれだけ飲んだのに元気な爺さん達だ。
「お屋形さま、おはよう」
「おお、呼人殿。おはよう。乙女温泉は良いのう。わし等は、ヨルクに移り住むことにしたぞい」
「いいのか。簡単に決めて」
「なあに構わんわい。そろそろ代替わりの話も出ておる。ケールは若い者に任せて、こっちで余生を送るつもりじゃ。精霊様の湖も守らにゃいかんし、精霊様の通うこの温泉も守らにゃいかん」
何かを吹っ切ったように、遠くを見つめるお屋形さまは、何故か希望に満ちた目をしていた。
「そういえば、精霊様が困っておると、ゴンゴスから聞いたぞ」
「いや、湖に大型の魔物が住み着いたらしくてな。餌を食い散らかすもんで、水が汚れるそうだ」
「討伐に行くのか?」
「そのつもりだよ。精霊はあまり気にしてないけど、この街もいつ襲われるかわからないからな。昨日は忠告を受けたんだ」
わし等も行くぞと言う爺さん達。
「いやいや、無理でしょ。どんな魔物かもわからないし、俺も今日は、偵察がてら、軽く一戦交える程度しかやる気はないから、助けは必要ないって」
「わし等は、鍛治で鍛えた腕っぷしがある。下手な魔物には負けんぞ」
「精霊が忠告するんだ。そういうレベルの魔物じゃないから、近付いただけで死ぬぞ」
「なに、わし等はジジイじゃ。死んでも誰も困らん」
「逆に喜ばれそうじゃわい」
「まったくじゃ」
「「「がははは!」」」
いやいや、俺が困るって。せっかく「ドワーフの友」の称号を得たのに、ドワーフの敵と思われてしまうじゃないか。
だが爺さん達は、精霊様の期待に答えるんじゃと、こっちの思いとは裏腹に盛り上がっている。
なんで俺の周りには、こういう勝手な奴しかいないんだよと、俺はマリアの顔を思い浮かべるのだった。




