閑話 激おこ
「そうじゃ、呼人殿。納品ついでに、わし等ドワーフのお屋形さまに会ってくれんか?」
「偉い人は嫌だぞ」
「ファーファファファ、呼人殿は相変わらずじゃな。お屋形とは、この国のドワーフ族のトップじゃが、人間の貴族などのように偉そうではない。職人じゃから偏屈ではあるがな」
「そうじゃぞ、呼人殿。これはお互いのためでもある」
ゴンゴスさんは、ドワーフの職人は仕事となると気難しいので、貴族とは違った意味で、俺と対立しそうで心配だと言う。
今回の報酬に「ドワーフの友」という称号をもらえば、どこの国のドワーフでも同じ一族として扱ってくれるので、敵対することは無いそうだ。
それは凄いな。気難しいドワーフの信頼を得るのは大変だ。俺は酒で餌付けする方法もあるが、称号の方が、見せるだけなので手っ取り早い。これから他国に旅行に行くのに役立ちそうだ。
「わかったよ、ゴンゴスさん。会ってみるよ。お屋形さまは、どこにいるんだ?」
「北のケールを拠点にしておる。飛行魔法で飛んで一週間ほどじゃ」
うわー、俺達だったら飛行魔法で1日だ。普通の人とこんなに差があるとは、改めて驚きだな。チートと言われても仕方がない感じだ。
「ゴンゴスさん、俺がケールに行かなきゃいけない感じか? できれば乙女温泉宿の宣伝もしたいし、北のヨルクに呼び出せないかな?」
「剣1000本が手土産じゃ。それくらいの要求は当然じゃな。わしが責任持って連れて行こう」
「じゃあ、ゴンゴスさんには、このネックレスを貸し出すから、準備ができたらエルゴについていって」
「エルゴは、ゴンゴスさんをケールまで案内してくれ。その後は乙女温泉宿に行って、ドワーフをもてなすための、スイートルームを確保して欲しい」
「承知致しました。呼人様はどうなさるのですか?」
「俺は、このままグリフォン隊長と蜘蛛さんとで、空の散歩だな」
どうせ、ドワーフのお屋形さまが、ヨルクに来るのは早くても明日だろうし、グリフォン隊長で飛んで明日までにヨルクに着けば良い。魔物の飛行スピードは俺達より早いから余裕だろう。隊長も蜘蛛さんも、せっかく外に出たんだから少し外の空気を吸ってもらおう。
「呼人殿、このネックレスは何じゃ」
「ゴンゴス、呼人殿は転移魔法も持っておる。ケールまでは、ものの5分じゃ。ネックレスは通行証のような物じゃ」
「なんと……、では剣の組み立てはケールでやろう。急ぎ支度をするので、エルゴ殿、しばし待ってくれ。しかし通信で知らせるより早いとは驚きじゃな」
魔法通信は、手続きや準備に時間が掛かるらしい。
亜空間転移扉を通るには、俺の許可が必要だ。ネックレスは1回だけの限定の許可証だ。
亜空間転移網は、信用できる人間しか教えられない。
流通革命が起きる代物だ。この大陸には、飛行魔法と収納庫があるので流通は早いが、ドアトゥドアで国中に行けると知れれば、欲深い商人がうるさいだろう。
それに兵士や物資を運ぶなどの、軍事利用もできるので、下手な人間には教えられないのだ。
亜空間に、監視ゴーレムを置いて監視させてはいるが、使う人間は絞った方が良いと思う。
実は、おばば様に打診されて、エルクの薬師ギルド長のスタリオさんという女性にも許可を出した。全国の薬師ギルドから人を集めて、おばば様の家で講習会をすると言う。
薬師の技術向上は、長年の課題だったらしい。スタリオさんに、輸送用のゴーレムハウスを貸し出したので、それに人員を入れて講習会場まで運ぶそうだ。
これなら、おばば様とスタリオさん以外には、亜空間転移はバレないので安心だ。
そして国中の薬師ギルドから、救援要請があった場合に人員や薬の素材を送ったりもできる。
俺のおもちゃが、薬師ギルドネットワークとして乗っ取られそうで怖いな。
一応、国や他のギルドには、情報を流さないと約束はしているが、緊急だとか人命に関わるとか、言われたら断れないので、乗っ取られるのも時間の問題かもしれない。
まあ、悪いことに使わなければいいけどね。
ゴンゴスさんの悩みを解決した俺は、グリフォン隊長に乗ってヨルクを目指して飛んでいる。魔物達にも、たまには外の空気を吸ってもらおうというわけだ。
横にはグリさんに乗ったハルナと班長がいる。ハルナは護衛で、班長は湖に用があるらしい。
グリフォン達は、凄まじい速さで飛んでいるのだが、息苦しさなどは無い。
騎乗の魔法によって落ちる心配もなく、薄いバリアのようなもので、大気が遮断されて守られているからだ。飛翔の魔法はG(加速度)も軽減しているようだ。非常に快適である。
「なんだ旦那、亜空間扉ですぐなのに、わざわざグリ達に飛ばせるとは、どういうことだ」
「せっかく隊長も外に出たんだから、思い切り羽を伸ばすのもいいかと思ったのさ。隊長達は迷惑だったか?」
「そんなことはないぞ、呼人殿。ダンジョンにも広い階層はあるし、箱庭はとても広い。しかし外も違った景色で楽しいものだ。わははは」
そんなことを話ながら空からの景色を楽しむ。夕方には、ヨルクの街と湖が見えてきた。
エルゴでも都まで半日だと言っていたのに、ヨルクまで半日とは凄いな。
「凄いな。グリフォンは、元々こんなに速いのか? それとも、神様との戦いのときに進化したから、能力が上がったのか?」
「進化したからであろう。前はこれ程ではなかった」
「そうですね。私も今ならワイバーンを楽に倒せそう」
うーん、うらやましいなぁ。俺も進化したいよ。
乙女温泉宿の横にある花畑に、グリフォンが2頭着地した。入り口付近にいた客が腰を抜かしている。宿の窓や温泉からは、驚愕の視線が注がれている。
「このグリフォンは、俺の使い魔だから心配しないでくれ。人は襲わない」
「呼人殿、いちいち面倒ですね」
「ははは、グリさん。仕方がないんだ。人間は臆病だからね。俺もワイバーンが突然現れて、驚いたことがある」
「グリも人型になればいいじゃねぇか」
「ハルナは、また無茶を言う」
「「「あははは」」」
驚く客など、どこ吹く風で笑い合う俺達に湖から心地良い風が吹く。花の匂いに鼻腔をくすぐられて、なんとも気持ちが良いものだと大きく伸びをした。
「まあ、隊長とグリちゃんじゃない。騒がしいと思ったら、やっぱりよぶちゃんね」
「やっぱりってなんだよ。マリアの方がよっぽど騒動に巻き込まれてるじゃないか」
「まったく自覚がないのねぇ」
「まったくだぜ、旦那」
「天然とは恐ろしい」
「わははは」
なんだい、なんだい、みんなして! 目立たず楽しくがモットーの小心者は、いつも大人しくしてるじゃないか。
「魔物を外に出して大丈夫なのぅ」
「レア魔物と友達になるのは定番だろ? 少しずつ認知させれば大丈夫じゃないか?」
「物語の中の話でしょ。まったく」
マリアがやれやれと肩をすくめる仕草に、周りがまた笑い出す。
「マリア、エルゴは来てるか?」
「ええ、事情は聞いているわぁ」
「そうか。隊長達はどうする? 転移で箱庭に帰るか?」
「せっかくだ。班長と一緒に湖に行こうと思う」
「湖には、あたちの姉精霊がいるでし。上級精霊になって独り立ちしたでし。この湖と契約して守っているでし」
「そうか。人間に会ったら使い魔の腕輪を見せてくれ」
「了解だ。呼人殿」
ここで蜘蛛さんが何やら収納庫から出してきた。赤と青の布地は、のれんであった。温泉マークと「乙女温泉宿」「男湯」「女湯」の文字が染め抜かれた、大きなのれんを作ってくれたようだ。凄いな染色技術まで持っているのか。有能過ぎるぜ、蜘蛛さん。
箱庭の温泉ハウスの のれんは、入り口に一枚だし、文字を染め抜いてないので、イモムシさんが出した色付きの糸を、編んだものと思っていた。
「まあ素敵な、のれんねぇ」
「ああ、これは良いなぁ。ありがとう蜘蛛さん」
照れたようにポリポリと、顔を掻く仕草が意外とかわいい。蜘蛛さんに染色技術のことを聞くと、魔法だと教えてくれた。
いつも隊長が通訳してくれるのだが、魔物の言葉とは、どんなものなのか未だに不明だ。蜘蛛さんは身ぶり手振りしているだけだが、おそらく念話も使っているようだ。
隊長、グリさん、蜘蛛さん、班長は湖に行った。湖の畔で一泊すると言う。湖の精霊とお話するそうだ。ハルナはマリアと食堂に行く。酒を飲むのだろう。
俺は、当然温泉だ。明日は偏屈な爺さんを相手にしなければならないから、今日はのんびりしよう。
と思っていたら、温泉にゴンゴスさんがいた。周りも騒がしい。樽体型の爺さん達が騒いでいる。
「あれ? ゴンゴスさん。ずいぶん早いな」
「剣の組み立ては、若い衆に任せたわい。お屋形さまが、すぐにこちらに来たいと言い出してな……」
エルゴが、輸送用のゴーレムにドワーフ達を入れて、転移扉で送ってくれたらしい。
うわ、心の準備が……。
エルクで別れてすぐにケールに行ったみたいだ。俺達より数時間早く、乙女温泉宿に着いて食事と酒を味わい、温泉を楽しんでいると言う。酔っぱらいが「がはは」「がはは」と陽気に騒いでいる。
「此度の助力、感謝いたす」
一際貫禄のある爺さんドワーフが挨拶してきた。
ドワーフは堅苦しい話し方を嫌うくせに、技術的な話になると、若造が舐めた口を聞くなとか怒り出すから、面倒なんだよなぁ。そんな社交スキル持ってないよ。技術的な話はなるべく避けよう。
「ああ、たまたま在庫があったからな。ゴンゴスさんには世話になってるし、在庫が処分できてこっちも助かったよ」
「嘘を言うな。あの剣は生まれたばかりじゃった。しかも叩いたあとがない。どういうことじゃ説明せい」
「呼人殿すまん。誤魔化しきれんかった」
ゴンゴスさ~ん、頼むよ~。
さっきまで騒いでいた周りのドワーフも、黙って俺を注視している。目が本気だ。
うわー、技術じゃなくて魔法で作ったって言ったら怒るかな。鍛治を舐めるなとか言われそう。
「別にいいさ。隠すような事でもない」
「済まぬな、呼人殿」
「あの1000本の剣は、鍛治で作ったんじゃない。魔法で作ったんだ。つまりあなた方、鍛治師から見れば、ズルしたようなものかもしれない。
だけど緊急だと言うので、仕方がないと思ってやったことだ。ドワーフの鍛治活動を邪魔するつもりもないし、技術を馬鹿にしているつもりもない。そこはわかって欲しい」
「魔法じゃと? 聞いたことも無いぞ」
そうじゃ、そうじゃとドワーフ達が騒ぎ出す。
「俺のオリジナル魔法なんだ」
「見せてくれぬか」
「構わないが、ここでは嫌だな」
「部屋に戻ってからなら良いか?」
「とはいえ悪用されると面倒な技術なので、見たことは秘密にしてもらえるか?」
「精霊に誓って!」
ドワーフの先祖は、精霊だと信じられているらしい。ドワーフの間では、精霊が神の如く崇拝されているそうだ。
ゴンゴスさんも、箱庭で精霊を見た時は驚いていた。
だが精霊から直接話し掛けられるまでは、見なかったことにするのが礼儀なのだとか。箱庭の爺さんドワーフも、動揺を隠すのに必死だったと言っていた。
すぐに部屋に行くのかと思ったら、違った。爺さんドワーフ達に、怒涛の質問責めにあったのだ。まったく面倒臭い。
やれ、展望風呂の壁と屋根の大きなガラスは何じゃ。
湯船や床の石(大理石)は何じゃ。
この宿の作りはおかしい、どうなっておるんじゃ。
窓ガラスの透明度は、今までのダンジョン産には無いものじゃ。どうなっておるんじゃ。
魚のフライは何じゃ。タルタルソースは何じゃ。
ビールの旨さはどういうことじゃ。
ジョッキはどうやって作っておるんじゃ。
ガラスの大皿を売ってくれ。
お湯はどうやって汲み上げとるんじゃ。
温泉はどうやって掘ったんじゃ。
鏡はどうやって作ったのじゃ。
マッサージチェアを、ドワーフに合うサイズに改造しろ。
魔法乙女戦隊のサインは、どうやって手に入れたんじゃ。
乙女ブルーの写真が欲しい。
わしは乙女グリーンじゃ。
と唾を飛ばして詰め寄られた。ほとんどは魔法だと言っても、何じゃ何じゃとうるさくて敵わない。
「ゴンゴスさん、他の客にも迷惑だよ。なんとかしてくれ」
俺はたまらず、ゴンゴスさんに泣きついた。
「じゃかましいわい! お主らゴンゴスとの約束が守れんなら、すぐに帰れ!」
「し、しかしお屋形さま、気になるじゃろ」
「うるさいわ! 近頃、人の王が呼人殿にコテンコテンにされた話は、ゴンゴスから聞いておろう。お主らのそういう態度を心配して、ゴンゴスは呼人殿をドワーフの友に、引き入れようとしておるんじゃ」
ドワーフ達は、お屋形さまの言葉に大人しくなったが、納得はしていないようだ。「こんな若造が~」「なにか仕掛けが~」「神からの恩恵を私物化しておる」とブツブツ言っている。
ひどい言われようだな。
そんな風に思われていたとはな。俺が悲しんでいると、ゴンゴスさんがザバっと立ち上がった。
「貴様ら、これ以上の暴言は許さんぞ! 呼人殿は、人間の孤児を、70人も引き取って育てているんじゃ。若くとも人格者じゃ。
ドワーフにも分け隔てなく付きおうてくれる。ボランのせがれは、流行病で死に掛けていたのを救われたんじゃ。エールの改良にも相談に乗ってもらっとる。
それに魔法で工芸品を作り出す腕も素晴らしい。お主らにあの大皿やジョッキが作り出せるのか? 一時間であのレベルの剣を1000本作れるものは言うてみい。
……出来んじゃろうが。これ以上、呼人殿を困らせるなら、わしが相手じゃ。どっからでも掛かってこんか!」
ゴンゴスさんの勢いに場が静まる。
「今後、呼人殿に舐めた口をきく者は、たとえお屋形でも、わしが許さんぞ!」
漫画だったら、ドーン! と背景に飾り文字が入りそうだ。フリチンのゴンゴスさんが立ち上がって、他のドワーフを牽制している。
よっ、ゴンゴス、男前! ゴンゴスさんは、意外と偉いんだな。仲良くしといて良かったよ。
「ゴンゴス、呼人殿、わしから謝ろう。済まんかった。ドワーフは、技術のことになると熱くなってしまう。許してくれ」
「お屋形さま、頭を上げてくれ。ドワーフからあんな風に思われているのかと、少しがっかりしたけど、仕方のない事だと割り切るよ」
俺はうつむく。
同じ、もの作りが好きな者どうし、ドワーフには親近感を感じていたが、やはり魔法で簡単に作ってしまうと、長い修行の末に技術を得た者からすると異端視されてしまう。
悲しいけど現実とはそんなものだ。
「わしはドワーフの組合を抜けるぞ。エルクのドワーフも全てじゃ」
「な、突然、何を言うのだ。ゴンゴス殿」
「わしの友を悲しませた貴様らには、ホトホト愛想が尽きたわ! ここは呼人殿の温泉宿じゃ。貴様らさっさと出ていかんか!」
「ゴンゴス、落ち着け」
「お屋形もじゃ、これ以上、わしを怒らせるなよ」
「ゴンゴスさん、それじゃあ……」
「いや、いいんじゃ、呼人殿。ウォータードッグから始まり、流行病の件では、散々世話になっておきながら、こやつらは恩さえ感じておらんようじゃ。わしは一族として恥ずかしいわい!」
激おこのゴンゴスさんが、殴り掛からんばかりに、肩を怒らせている様に、いい年の爺さんドワーフ達が、あわあわと慌てている。
俺は思わず「プッ」と吹き出してしまった。
そこに突然、温泉の湯が盛り上がった。お湯が女性のような人型をとって俺に近付いてくる。




