閑話 ゴンゴスの悩み
「ハアーッ」
「なんじゃ、ゴンゴス。ため息なんぞ吐いて」
ゴンゴスの吐くため息に、おばば様が心配そうな顔で問いかける。
ここはエルクのドワーフ村にある酒場。
小さな村の酒場だが店内はかなり広く、カウンター席の他に10以上のテーブルがある。酒好きのドワーフが仕事終わりに集まる、集会場のような意味合いを持つ店だ。
今は、まだ早い時間なので、空いている店内のテーブル席に、ドワーフ村の村長のゴンゴスと、エルクの街の薬師ギルドの顧問をしている、おばば様が座ってエールを飲んでいる。
「いろいろと問題が重なって、頭が痛いわい」
「酒を飲めば陽気な、ドワーフが珍しいことじゃな。わしに相談せねばならんほど、難しい問題なのか?」
「呼人殿に関係する悩みもあってな、おばば様に間を取り持ってもらいたいんじゃ。後はドワーフの問題なのだが、ついでに相談に乗ってもらえると有り難い」
「ほう、ゴンゴス。呼人殿が何かお主らに迷惑を掛けたかの」
「いや、おばば様。違うんじゃ。むしろわしが迷惑を掛けそうで困っておる」
「だったら呼人殿に直接話した方が早いかもしれんな」
「いや、しかし……」
「なに大丈夫じゃ、呼人殿は、変に刺激しなければ、多少の迷惑くらいで怒ったりせんわ。それにいろいろと面白い知識も持っておる。案外すんなりと解決するかもしれんぞ」
ゴンゴスは、不安そうな顔をおばば様に向けるが、おばば様は笑って、ゴンゴスの肩をバシリと叩く。そしてエールをグイッとあおった後、「呼人殿を呼んでやるから、ちと待っとれ」と言うと、おばば様は店を出て行った。
5分と経たず帰ってきたおばば様に、ゴンゴスが顔を青くして尋ねる。
「呼人殿は不在じゃったか?」
「いや、店の前で呼人殿の飼い猫に会ったでな、伝言をお願いしただけじゃ。直に来る。心配せずに酒でも飲んでおれ」
「飼い猫に伝言って…」
ゴンゴスは不安そうだが、おばば様は笑って取り合わない。あきらめたゴンゴスは、グイッとエールをあおり、またため息を吐くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は呼人。この大陸とは違う理を持つ世界から、拉致されて送られて来た迷い人だ。
今日の箱庭は快晴だ。心地好い風が吹き抜ける農園で、俺は呑気に畑仕事に精を出している。
勿論、ドワーフ村の酒場でゴンゴスさんとおばば様が、酒を酌み交わしていることなど、知る由も無いことだ。
数日前まで、休暇のために国の各地を旅行してきた。少人数に分かれての旅行だったが、みんな楽しい思い出を作ったようだ。
俺は、北の街で温泉に入ってのんびりした。国の南東にある、ここエルクとは真逆に位置する北西の街ヨルクでは、ランドル一家と知り合いになった。
いろいろあって、ヨルクの街に温泉宿を作ったのだが、いきなりこれが大ヒットしてしまった。
最初は、1年くらいは客も来ないだろうと話していたのだが、ふたを開けてみたら連日の大盛況となっているのだ。オーナーのマリアは、毎日楽しそうに乙女温泉宿に通っている。
俺達の家があるエルクと温泉宿があるヨルクでは、北と南で距離がある。馬車で1ヶ月以上掛かる距離だが、亜空間転移扉があるのでドアトゥドアで行ける。
「マリアも毎日大変だな」
「もう、嬉しい悲鳴で叫び疲れたわよぅ。でも夜の酒場で、お客さんとおしゃべりするのは楽しいわぁ」
「良い情報を仕入れてくれよ」
「あたいとアロロクも毎日通ってるから心配するなよ。旦那」
どうやら、大人組が頻繁に通っているようだ。酔っぱらいが神様を怒らせないと良いのだが心配だなぁと、小心者の俺は思ってしまう。
おっさんは忙しそうだが、念願の店を持つことができて充実しているようだ。従業員が慣れるまでは、朝から通うが、落ち着いたら夜だけ酒場で働くつもりだと言っている。
乙女温泉宿はオーナー方針で、あまりブラックな職場環境は良くないと、労働時間や休日についても余裕のある条件にしている。
商業ギルドで人材を探してもらい、従業員も増やしている最中だ。その分、利益は減るのだが、ランドル達がやっていた宿屋に比べても、今の利益の方が多いそうだ。
「客の入りが全然違うよう。それに高額なスイートルームが人気でウハウハだよう」
宿の女将をしているランドルの奥さんも、嬉しい悲鳴を上げているようだ。片足のランドルは厨房で働き、子供達は客室の掃除などをしているらしい。
宿の料理に使う牛乳や玉子は、ヨルクの街の酪農家から買うつもりだが、酪農を本格的にやっている農家がなかった。
そこで資金を出すからと3軒の農家と契約した。隣国から牛と鶏を買ってきて、3軒の農家に育ててもらうのだ。
エルゴが100頭の牛と200羽の鶏を買い付けてきた時には驚いた。輸送用のゴーレムハウスの中が凄いことになっていたのだ。
牛20頭と鶏40羽をそれぞれの農家に渡して、のびのびと育ててくれとお願いした。家畜小屋などの設備は、まだできていないが何とかすると言う。
「本当に、ただでもらって良いのか?」
「こっちがお願いしているんだ構わないさ。その代わり動物には愛情を持って接してくれ」
「ああ、わかった。任せてくれ」
残りの牛と鶏は箱庭で飼うので問題はない。牛と鶏は、初めは魔物達にビビっていたが、すぐに群れに馴染んでしまった。動物は強者に守られていると安心するみたいだ。
酪農といえば元の世界では、匂いが問題となっていたが、こちらでは浄化の魔法や消臭の魔法で方がつくので心配はいらない。やはり魔法は便利だ。
乙女温泉宿がいつまでも繁盛すれば良いなぁ。と箱庭の土の匂いに癒されながらフフっと笑ってしまう俺がいた。
ちなみに、神獣のブサイクも箱庭で元気にやっている。箱庭は神気に満ちているので、居心地が良いらしい。神気は世界樹がコントロールして、子供達には影響ない。
ブサイクはキモ顔だが子供達に人気がある。人懐っこいので子供達にじゃれついて、イタズラしている姿を良く見かける。精霊達は、ブサイクを騎獣のように乗りこなして遊んでいる。
たまに思い出したように俺の頭に乗っかって、アフロヘアにするのは勘弁して欲しいが、子供なので仕方がないとあきらめるしかない。
(念話、呼人にゃ)
(おお、猫さん。外で何かあったか?)
(呼人、おばばが呼んでいるにゃ。ドワーフ村の酒場まで来るにゃ)
(ドワーフ村の酒場? 何の用事だ?)
(知らないにゃ。おばばに聞くにゃ)
(わかった、すぐ行く)
外を警戒している監視ゴーレムから、念話が入った。何やらおばば様が用事があるらしい。
うーん、何だ? ドワーフ村に何か迷惑掛けたかなぁ。
「エルゴ、おばば様から呼び出しがあったから、ちょっと行ってくる」
「呼人様、私も一緒に行きましょう」
「そうか、済まないな。呼び出し理由に見当がつかなくて不安だから、エルゴが来てくれると有り難い」
エルゴとふたりでドワーフ村の酒場に行くと、ゴンゴスさんが、わざわざ済まないと言って立ち上がった。
「なにか、用事だって聞いたけど?」
「呼人殿、すまん」
いきなり謝られてしまった。話を聞くと、この前、制作を頼んだローブの事らしい。実は、すっかり忘れていた。
どうやら大蜘蛛の反物の裁断ができないのだとか。「職人として恥ずかしい限りだ」と落ち込んでいる。
「なんだ、そんな事か。何かしでかしたかと焦ったよ」
「ファーファファファ、わしもじゃ」
「ゴンゴスさん、裁断ができれば、縫うのは問題ないのか?」
「ああ、布じゃから針は通る。しかしオリハルコンの刃物に、目一杯魔力を流しても切る事ができんのじゃ。こんな事は初めてじゃよ」
おお、ファンタジー金属の登場だ。オリハルコンは、魔力を込めれば込めるほど、硬くなる金属らしい。箱庭には鉱物もあるそうなので探してみようかな? 今度なにか作ってみよう。
「ちょっと待っててくれ。蜘蛛さんを呼ぶから」
「蜘蛛?」
蜘蛛さんに魔法で切ってもらうしかない。
箱庭の魔物達は、人間が好きでは無いようだが、人間を襲うことは無いと思う。これまでの行動を見て、俺もマリアも、そう確信している。
これまでは、箱庭から出ないように言っていたが、たまには外の世界も味わってもらいたいものだと、機会を伺っていた俺は、蜘蛛さんを呼び出す事にした。俺の使い魔として、徐々に周りに浸透させたいと思っている。
魔物達にも、外では使い魔という立場になるが、許して欲しいと話をした。隊長は問題無いと言っていた。
友達の隊長に主従関係を押し付けるのは、心苦しいが仕方がないと割りきることにした。
隊長に念話して、しばし待つ。
バサリと音がして酒場の前にグリフォンが降り立った。
「なっ! 魔物」
「ゴンゴス、落ち着け。あれは、呼人殿の使い魔じゃ。この間も会ったであろう」
グリフォンの後ろ足には、使い魔の証しとなる腕輪が光っている。冒険者ギルドのマスターである、ダーブからもらったものだ。ダーブもグリフォン隊長なら問題ないだろうと言っていた。
腕輪は、魔物には窮屈だと思うが仕方がない。隊長には悪いが、人間のルールを押し付けさせてもらおう。
本当は、使役者の俺から離れてはマズイのだが、街中じゃないので大丈夫だろう。
ルミアや五郎にも、スライムボディで作った偽物を持たせてある。街中などでは必要となる。なんで偽物かというと巨大化しても壊れないようにだ。
巨大な魔物が降り立ったことで、ドワーフ村は大騒ぎとなったが、俺とおばば様が説明して村人を落ち着かせた。ちょっとしたイタズラのつもりだったが、やり過ぎたようだ。あとでおばば様に怒られそうだ。
おばば様が村人を散らそうとするが、村人はグリフォンを遠巻きにして離れない。よほど珍しいらしい。
「すげぇ、兄ちゃんの使い魔なのか?」
「ああ、ウラガ。俺の友達さ」
「なあ、触らせてくれよ」
「魔物は怖いんだ。バクッといかれるぞ」
「ヒィ!」
「あははは、少しだけだぞ。だけど絶対に、他の魔物には近寄るなよ」
ウラガは、ボランの息子で流行病にかかったのを俺が治したのが、きっかけで仲良くなった。
酒場の前にグリフォン隊長が寝そべり、ドワーフの子供が恐る恐る触っている。グリフォン隊長は意外と子供好きだ。大人のドワーフは、流石に近寄らない。
グリフォン隊長の背中に乗ってやってきた蜘蛛さんは、気配を消してとっくに酒場に入っている。誰も気がついてない所が、魔物の怖さだと実感した。
「ゴンゴスさん、布を出してくれるかな」
「わ、わかった」
ゴンゴスさんが、いつの間にか椅子に座っていた蜘蛛さんに驚きながら、収納庫から布を出す。
朱色に近いオレンジ色の布だ。
「呼人殿のイメージカラーには程遠いが、この布を染めるのは苦労したぞい」
うわー、失敗した。地味な色のローブが欲しかったのに、色の指定を忘れていた。俺がいつも着ている、オレンジ色のパーカーは目立つので、隠したくてローブを頼んだのに、わざわざオレンジ色にしてくれたようだ。苦労したと言っているし、今更変えてくれと言えない自分が悲しくなるな。
裁断線に沿って、蜘蛛さんがタイラントアラネグアの布を魔法で裁断する。いとも簡単に裁断される布を見て、ゴンゴスがビックリしていた。蜘蛛さんは、布のエキスパートで、とても有能なのだよ。
仕事が終わったので、隊長に乗って空の散歩でもするかと思っていると、ゴンゴスさんが相談があると言う。蜘蛛さんは、俺の頭の上で大人しくしている。なかなか見事な穏形だ。
「実は、今週中に剣を200本作らねばならん。じゃがこの間の内乱で武器も金属も高騰しておってな、素材が足らんのじゃ。おばば様、どこぞに伝はないかのう」
「今から素材を集めるにしても、すぐには集まらんぞ。今週中など無理じゃ」
うわー、エルゴのイタズラの余波が、こんなところにも及んでいるとは思わなかった。素材の金属は箱庭から掘れるし、ゴーレム工芸を使えば簡単に方がつく話だけど、今後も頼られるのも困るしなぁ。どこまで手伝うかなぁ。
「エルゴ、お前が国にイタズラするからゴンゴスさんが困ってるじゃないか」
「ゴンゴスさん、申し訳ありません。すぐに隣国から素材を仕入れて参ります」
「なんの事かわからんが、エルゴ殿、頭を上げてくだされ。
実は、この依頼は西の隣国からでの。西の隣国でも素材が足りておらんのじゃ。北の隣国はあまり金属は生産しておらんし、隣国から仕入れるのは難しいじゃろう」
なんでも西の隣国で、国軍の装備の一部を新しくするために、ドワーフに依頼があったらしい。だが急な依頼で素材の金属が足りず、この国のドワーフにも助けて欲しいと要請があったとか。
それにしても無茶な依頼だなと思っていたら、貴族の嫌がらせだとゴンゴスさんは言う。
隣国には、人間至上主義の貴族派閥があり、ドワーフなどの亜人を嫌う貴族がいるそうだ。その貴族達の策略にはまったのだとか。
馬鹿な貴族はどこにでもいるようだな。鍛治が上手いドワーフがいないと、生活に困るのは自分達だろうに。
「そんな無茶な依頼は断れないのか?」
「安い挑発に乗って受けてしまった以上断れん。職人としての信頼に関わる。それに意地もあるんじゃ」
やることをやって、その後、その貴族達の領地からドワーフは引き揚げるつもりだと言う。
この大陸では、ドワーフは国を持たない種族だ。仲間意識が強いドワーフは、隣国のドワーフのためになんとかしようと立ち上がったが、タイミングが悪かった。
この国に内乱がなければ、武器や金属は足りていただろう。だが反乱軍に、根こそぎ金属を買われてしまったらしい。しかも反乱軍の領地の鉱山も、一時閉鎖されていると言う。
それで素材が足りずに困っているそうだ。国は今、ゴタゴタしているので、下手に動くこともできず、お手上げ状態だとか。
この国の割り当ては、剣2000本らしい。西の隣国の割り当て分は、別の国から素材を輸入してギリギリ間に合いそうだが、この国のノルマは半分しか終わっていないとか。
国からの依頼を失敗すれば、何人かは首が飛ぶかもしれん。とゴンゴスさんは言う。
おばば様とエルゴがチラリと俺を見る。
「わかったよ、エルゴ。そんな目で見るなって」
「流石は、呼人様」
「まったく、調子いいんだから」
「な、なにがわかったんじゃ。呼人殿」
「ゴンゴス、落ち着け。呼人殿が作ってくれるそうじゃ。前に見たであろう、ゴーレムでナイフを作ったところを」
俺のゴーレム工芸は、種になる素材さえあれば、魔力を注ぐことで素材を増やせる。それに適当な剣で良ければ作るのに1分も掛からない。
「ゴンゴスさん、素材の金属は少しは残っているのか?」
「剣10本分はあると思うが……」
「この前のナイフくらいの出来でも大丈夫か?」
「十分じゃが、素材の金属なしではどうにもならんじゃろ」
「刀身だけなら簡単だ。柄や鞘はそっちでできるかな?」
「それは問題ない。すでに作ってある。刀身があれば組み立てるだけじゃ」
じゃが肝心の刀身が……、と小さな声で呟いている。
ゴンゴスさんには、この前ゴーレム工芸を実演して見せたが、あのペースで連続的に剣が作れるとは、考えられないらしい。
「作るのは、この村の割り当て分200だけでいいのか? それともこの国の残りの1000本を作った方がいいか?」
「1000本も作れるのか? 呼人殿」
「ああ、ゴーレム工芸で1本つくれば、あとは魔力を事前に流しておけば、勝手に繰り返してくれるし、収納庫で時間を早めれば、一時間もあれば終わるんじゃないかな。素材も種と魔力さえあれば勝手に増える」
「……」
ゴンゴスさんが固まった。
ご都合主義過ぎてあきれたかな? でも出来ちゃうんだから仕方がない。
おばば様に叩かれて、我に返ったゴンゴスさんを連れて工房に行く。素材をもらうのと見本を見るためだ。
俺が素材の金属から、手の平大のゴーレムを作り、見本の剣を片手にイメージと魔力を注いで剣を作る。ゴンゴスさんに見てもらい、十分な出来じゃとのお言葉をいただき、これを収納庫内で時間を早めて量産する。
こうしてゴーレム工芸で剣を1000本作り、ゴンゴスさんに渡すまでに一時間ほど掛かったが、働いたのはゴーレムと収納庫だ。暇な俺は、工房の仕事を見学して、いろいろ知識を得たりした。
自分で作るのも楽しいが、職人の仕事を見るのも勉強になる。普段は、関係者しか入れない工房に入れて、妙にウキウキしてしまった。
「たった一時間で……、夢でも見ている気分じゃわい」
「呼人殿じゃからの」
「呼人様ですから」
「全然、誉められてる気がしないんだが?」
「呼人殿、ありがとう。ほんに助かったわい。
報酬は、隣国から金を得たらすぐに支払うので、しばし待ってくれ」
「ああ、いつでも構わないよ。でも何度も頼られるのは困るぞ」
「ああ、心得ておる」
「それと北に宿屋を建てたんだ。酒も出しているけど、ドワーフの邪魔にならない程度だと思う。問題ないかな?」
酒の販売は、ドワーフが許可をするわけではないから大丈夫だと言う。
「ヨルクの街にはドワーフがいないんだ。鍛治仕事を頼むのも、隣街にいかないといけないらしくて大変なんだ。なんとかならないかなぁ」
「なに、呼人殿の酒は格別じゃ。噂が広まれば自然とドワーフが住み着くわい。がははは」
「いい加減だなぁ」
冗談なのか本気なのか。心配だぞ。
「そうじゃ、呼人殿。納品ついでに、わし等ドワーフのお屋形さまに会ってくれんか?」




