第五十五話 宴会
「じゃあ午後から、乙女温泉宿を作るぞう! 休暇の最終日の明日は温泉で宴会だぁ!」
「「「おおー!」」」
俺とエルゴは、整地とゴーレムハウスの改造、配管を担当する。
マリアとアロロクは、布団やカーテンなどの買い出しだ。
ハルナとヘーデとルミアは、宣伝チラシ作りを行う。
他はヨルクの温泉でくつろぐと言う。
神獣のブサイクは、ウーテの頭に乗って神気を吸っているようだ。ブサイクの周りに黒雲が発生して、天使のウーテがアフロヘアみたいになっている。みんなは笑うがウーテは嬉しそうだ。
「あははは、なんじゃその頭は」
「ヌエは雷雲を操るっす。アフロみたいでカッコいいっす」
「ウーテちゃん、せっかくかわいいのにアフロは無いわぁ」
「何言っているっす、マリアっち。アフロは強者の証っすよ」
ウーテは、アフロは強者の証だと、はしゃいでいる。神も天使もどこか人間と感性が違っているのはいつもの事だ。
チラシの紙は、サトウキビのしぼりカスから作る。箱庭の子供達は手作業でやっているが、魔法でやると簡単だ。
サトウキビの繊維を砕き、すりこぎでなるべく細かくするのも魔法でやれば、すぐに終わる。
すりこぎを回すなどの同じ動作は、魔法でリピートできるのだ。何回か、すりこぎを回してリピートの魔法を掛けると、手を離しても同じ動作を繰り返す。これを収納庫で時間を早めて、紙の素材を大量に作る。
紙すき(紙を生成する作業)も、魔法で自動化できるので楽なものだ。最後に仕上げに、できた紙に魔力を流すと繊維の結合が強固になる。
俺達は、かなり上質な紙を大量に作って持っている。後はチラシの図柄を、新聞のように印刷の魔法でカラー印刷するだけだ。
チラシのデザインはさっき作った。ヨルクの風景に宿を合成してある。我ながら良いできだ。
「ハルナ、チラシのデザインは、この魔石に入っている。紙に印刷してくれ」
「わかったぜ、旦那」
「どれどれ、おお、これは良いではないか。妾も写っておるのじゃ。ドラゴン形態も入れるか?」
「さりげなく魔法乙女戦隊と関係あると、印象付けるためにさっきの写真を使ったのさ。宿の外観や湯船の写真も追加したから完璧だ。
ルミア、悪ふざけはダメだぞ。ドラゴンは関係ないだろ」
ルミアがシュンとしたので頭を撫でてやる。仕方がないだろう? ドラゴンの写真なんか入れたら逆に客が逃げるぞ。
ハルナとヘーデとルミアには、印刷をやってもらおう。そして完成したチラシを都や西部の街、北部の街の薬師ギルドなどに貼り出せば、宣伝してもらえるだろう。
なにせ今をときめく、魔法乙女戦隊が関係している宿だ。関心度は高いはずだ。
俺とエルゴは、ランドル一家の宿屋の横の土地を整地して、真っ平らにしてから、乙女温泉宿のゴーレムハウスを展開する。土地は街が無償で提供してくれた。元々何もない街だから、地価など無いに等しい。
「班長達は、宿の周りに花畑を作ってくれないか? この地方でも育つ花はあるかな?」
「あいあい、大丈夫でし。ここは南寄りの国でし。十分育つでし。人を眠らせる花もあるでし。倒れている間に精霊の分け前をいただくでし」
ダメだぞ、イタズラしちゃ。精霊達は、見た目は小さいが力は強い。立派な花畑を作ってくれるだろう。
俺は、宿のゴーレムハウスに魔力とイメージを流して、階数を2階層増やす。
1階は、住居と倉庫と食堂兼酒場。
2階は、一般客用のシングル、ツインの部屋。
3階は、広めのスイートルーム。
4階は、下駄箱、脱衣場、休憩室。それに配管設備と俺達専用の豪華スイートルームを作る。
5階は、ご存知、展望温泉だ。
魔導エレベーターは付けなかった。
追加した、2階、3階以外は、ほぼ完成している。俺はランドル夫婦とプラッツ夫婦を連れて宿泊施設を作る。
「エルゴは、酒や食材を並べてくれるか」
「承知致しました」
「終わったら、配管作業を手伝ってもらう。前に作った温泉は、街の公衆浴場にしよう。ポンプを増やしてこちらに温泉を引くことになる」
エルゴは、元奴隷の従業員達に指図して、酒や食材を倉庫にしまう。
倉庫は当然、冷蔵庫になっている。壁に水魔法で冷水を流しているのだ。
肉や魚はたくさんある。足りなければダンジョンや箱庭で捕れば良い。だが一年後までには、良い仕入れ先を見つけなければならない。いつまでも俺達頼みでは困るからだ。
肉は、魔物肉が常に出回っているので、問題ないだろう。普通の野菜も、西部の街から行商にくるから問題ない。
魚と米は、南の港町で売っているとルミアが言っていたので、亜空間転移網を使って仕入れに行けば良いと思う。
亜空間転移網は、信用できる人間しか教えられない。流通革命が起きる代物だ。兵士を運ぶなどの軍事利用もできるので、下手な人間には教えられないのだ。
乙女温泉宿は、魚料理、米料理、牛乳を使った料理とスイーツを、宿の看板料理にしようと思っているので、ヨルクの街には酪農の規模を大きくしてもらおうと思っている。
牛乳や卵をたくさん生産してもらい、宿が買い取るのだ。
家畜を買う金や、設備を大きくする費用は、マリアに出させよう。ヨルクの街の人が引き受けてくれると良いが、後でランドル達と相談だな。
「ランドル達は、部屋の内装について意見を言ってくれ」
「作るのは俺だが素人だから勝手がわからない」
「任せておくれよう」
ランドルの奥さんは頼りになる。肝っ玉母さん的な存在だ。従業員を上手くまとめてくれるだろう。
部屋割りや広さ、ベッドや家具、鏡や水道(水魔石)、トイレやテーブルや照明などを、ランドル達と相談しながら作り上げた。全てスライムボディでできている。
かなりお洒落にできたと思う。鏡や魔石は盗まれないように、壁などに埋め込んでいるので安心だ。
非常階段などはない。火事の心配はないだろう。布団やカーテンは燃えるが、宿自体はスライムボディなので燃えることはないからだ。
通常魔石は、定期的に魔力を追加するか、交換しなくてはならないが、1階に大きな魔石を設置して、魔力の精製蓄積を行うことで、メンテナンスフリーを実現している。
大きな魔石は、ヘーデリアがダンジョンで倒したドラゴンのものだ。いろいろ解析が終わったので、バッテリーとして有効活用するわけだ。
当然盗まれないように、一部の人間しか入れない部屋に設置してある。
この魔石から、照明や冷蔵庫、トイレの水魔法など、全ての魔石に魔力供給できるようにした。
「エルゴ、部屋の方が終わったから、温泉の配管をやるか。ランドル達は厨房を任せるよ。あと従業員の指導を頼む」
「呼人様、わかりました。配管が終われば、いよいよ宴会です。ランドルさん達は、美味しい料理をお願いしますよ」
「ああ、頑張るよ。しかし、司令官殿は凄いな。半日でこんな凄い宿を建てちまうとは驚きだ」
「魔法が凄いのさ、俺が凄いわけじゃない。そろそろマリア達も帰ってくるかもしれない。布団なんかの備品の配置も手伝ってやってくれ」
そんな話をしていると間延びしたダミ声が聞こえてきた。
「あらあ、私の噂をしていたのかしらぁ」
「ああ、部屋やベッドの準備ができたからな。そろそろ連絡しようと思っていたのさ」
「お布団やカーテンなんかを、大量に仕入れてきたわぁ。蜘蛛さんが作り貯めていたタオルも、いっぱい持ってきたわよぅ」
「国中、反乱軍と魔法乙女戦隊の噂で持ちきり。噂の女、乙女ブルー。シッシッシッ」
「乙女ブルーは、モテモテだな」
まあ、すぐに客が来るわけでは無いから、部屋はのんびり整えてくれれば良い。
俺はエルゴと宿の外に出た。入り口は自動ドアになっている。ゴーレム魔法陣の動作制御機能で、人間の気配を感知して動作する仕組みだ。
「配管作業の前に看板を作るか。エルゴは護衛ゴーレムを作ってくれ。入り口の左右に仁王像のゴーレム、店内に狛犬のゴーレムにしようか」
「仁王像ですか? 子供が泣き出しそうですね」
「言われてみるとそうだな。じゃあ顔はプラスワンみたいにサイボーグ風にして、シンプルにしておこう」
護衛ゴーレムは、ランドル達の言う通りに動くようにしたゴーレムだ。馬鹿な冒険者や貴族が、暴れたときに排除してくれる。
大元のシステムは、事前に組んであったので、外観を変えてランドル達を登録するだけだ。宿屋は洋風だが、ゴーレムは和風にした。和洋折衷がなかなか良いと思う。和洋折衷なんて、この世界の人間にはわからないんだけどね。
看板も和風にしよう。横長の木の切れっ端のような看板に、屋号を「乙女温泉宿」と彫り込む。江戸時代の商家のような、古めかしい看板だ。入り口の上側に設置する。
チラシの外観とだいぶ違うが良しとしよう。
勿論、監視ゴーレムも数匹放っておく。
「旦那。チラシは配ってきたぜ。転移扉は、便利だなあ。散歩気分で西部の街に着いちまう。西部の街は国軍がガサ入れしてて騒がしかったぜ」
「妾は、都に行ったが、ちゃんと城は修復されておったぞ。薬師ギルドにたのんで、街中にチラシを貼ってもらえるように頼んでおいた」
「ヘーデは、北に行った。ギルドに丸投げ」
「ああ、ご苦労様。今から配管作業なんだ。温泉でも入ってのんびりしてくれ」
そして配管作業だ。重機ゴーレム発進と思いきや、ハルナとプラスワンが軽々と機材を持ち上げるので、発進の機会を失ってしまった。
くやしくなんかないさ!
今回はポンプを4つ追加した。乙女温泉の湯船は、広いので給湯量を増やしたのだ。通常はポンプ2つで給湯するが、温泉に入る人の人数が増えると、ポンプ4つに切り替わるようになっている。
いつもの獅子頭の給湯口に加えて、女神像が持つツボから、お湯が出る給湯口も作ってみた。
湯船の壁の一部にはジャグジーもある。風魔法で空気を送り込んでいるのだ。なかなかゴージャスに仕上がったと思う。
配管作業も終わり、お湯の出具合や排水を確認して、いよいよ「乙女温泉宿」の完成だ。
いやあ本当、もの作りは楽しいなぁ。時間を忘れてしまう。
明日は、街の住人を招いて温泉の御披露目パーティーをするつもりだ。その前に、今夜は内輪だけでパーティーを開こうと思う。
先程までは、夕日が赤く綺麗だったが、今はすっかり星空になっている。大きな月が出ており、遠くにうっすらと山が見える。湯気に煙る夜のヨルクもなかなか良い。
配管作業の後、料理作りを手伝って収納庫にしまったものを、湯船の近くに並べてあるテーブルに出す。そして大量にストックしている酒も出す。
今日は乙女温泉宿の完成記念パーティーなのだ。ケチらずに行こう。
「ええと、流行病の治療お疲れ様~。
エルゴとハルナのイタズラで、反乱軍の暴動に巻き込まれるなどの、ハプニングがあったようですが、また無事に集まれて良かったです。
今日は、乙女温泉宿が完成しました。それを記念して楽しく飲もう。かんぱ~い!」
「「「かんぱ~い!」」」
んぐんぐんぐんぐ。プハァー! 旨い!
念願の店を持てて喜んでいるマリアがいる。
料理に集る、年少組や精霊達がいる。
豪快に酒をあおる、ハルナとウーテとアロロクの高笑いが空間に響く。
おばば様としゃべっている神様も楽しそうに笑っている。
俺とエルゴは、静かに夜景を眺めている。
ランドル一家が、仲良く同じ皿をつついている。
プラッツ一家も、幸せそうな笑みを浮かべている。
従業員達が、のんびりと温泉に浸かっている。
いい雰囲気だ。神様が箱庭の雰囲気に引かれたのも、わかる気がするよ。とても心地好い。
この大陸には、恐ろしい魔物やウザい貴族はいるけれど、俺はこの世界も満更ではないなぁと、わりと呑気に考えてしまえる程度には、この世界に馴染んできたようだ。
翌日、乙女温泉宿のベッドで気持ち良く目覚めた俺は、休暇の最終日を満喫すべく、朝風呂へとやってきた。
さっき朝の散歩がてらにポンプの点検をして、地面にソナーの魔法を放ったが、温泉井戸の水位に異常はなかった。なかなかの吹き出し量である。
「朝風呂は気持ち良いなぁ」
「呼人、今日は街の住人に御披露目だ。緊張するぜ」
「ランドル、別に緊張することも無いだろう。こんなに気持ち良くて、こんな良い景色が人々に受け入れられないはずはないさ」
そんなこんなで昼までのんびり過ごした俺だが、マリアやエルゴ、ランドル一家、プラッツ一家、従業員達は、忙しく働いていたらしい。
御披露目パーティーは、街の住人のほとんどが来るらしく、昨日作った料理に加えて、追加の料理を作ったりしていたそうだ。
せっかくの休暇なんだから、のんびりすれば良いのにと、原因を作った俺が言う。楽しければ忙しいのも苦にならないのか、みんな笑っていた。
どうやら時間がきたようだ。良い具合に晴れ上がった絶好の温泉日和に、乙女温泉宿の前には多くの人間が集まっている。
朝のうちに、ランドル達が街の人々に声を掛けてくれたのだ。警備兵など仕事があってこれない人は、泣いていたと言う。
総勢600人ほどが宿の前に集まってくれた。
墨俣の一夜城の如く、突然出現した乙女温泉宿だが、すでに街中に噂が広まっており、その事に驚く人はいない。
だが順番に入り口から階段を上がり、5階にきた街の住人は驚いて足を止める。
今日は、男湯と女湯を仕切る壁も取り去っている。男女関係なく温泉パーティーと洒落込むつもりなのだ。
白を基調とした、上品な大理石風の湯船に、みんながまず驚く。そして展望だ。
展望温泉から見える、ぐるり360°の景色がとても美しい。広い草原が広がり、大きな湖が雄大な自然を物語る。そして遠くに見える雪を被った山脈が、なんとも風情があって心地好い風景を形作っている。
「「「なんじゃ、こりゃあ!」」」
うんうん、存分に驚いてくれたまえ。
今日は、脱衣場は使わない。温泉階の端っこに棚と脱衣カゴを用意したので、そこに服を脱いでもらい温泉を楽しんでもらう。
大量の料理もテーブルに並べて、バイキング形式で食べることにした。
魚のフライ、唐揚げ、ハンバーグ、ピラフ、グラタン、シチュー、ピザ、カルボナーラなど、この宿屋の看板料理が目白押しだ。
そしてプリンやババロア、寒天ゼリー、フルーツ牛乳、ハチミツレモンサイダーなどの甘味も用意した。
忘れちゃならないお酒もたくさんある。ビール、ポン酒、ウィスキー、ワイン、果実酒だ。
男達は、腰にタオルを巻き「旨い酒だ。がははは」と騒ぎ、温泉と食事テーブルを行き来している。
ご婦人方は湯船に浸かり、子供達が運んで来る料理に舌鼓を打っては、「キャッキャキャッキャ」とかしましい。子供達は、スッポンポンで走り回っている。
男湯と女湯の壁は取り外したが、男は男で、ご婦人方はご婦人方で固まっている。
「ええと、ランドルだ。今日は来てくれてありがとう」
片足のランドルの挨拶が始まった。
「当分は、他所の土地の客は少ないと思う。食堂で食事してくれた人には、温泉も解放するので利用して欲しいと思う」
いいぞランドルと陽気な男達が、囃し立てる。ご婦人に耳をつままれて、怒られている男をみんなで笑う。なんとも楽しい街だ。
「それからこの温泉宿の特徴として、牛乳を使った料理を看板メニューにしようと思っている。だが牛乳の生産は、まだまだ少ない。みんなには酪農に力を入れて欲しいと、うちのオーナーが言っている」
さすがにみんな「任せろ」とは言わないな。
「畑を売って、牛や鶏を専門に飼いたいと思う者は、言ってくれ。うちのオーナーが援助金を用意しているし、牛乳や卵はうちで買い取るつもりだ」
ランドルの挨拶が終わり、がははは、がはははと、また騒がしくなる。ご婦人方は、温泉に美肌効果があると聞き嬉しそうだ。子供達は、温泉そっちのけで料理にかぶりついている。
俺のところにも、いろいろな人がくる。持っている畑が小さいから、いっそ酪農に転換したいという人に、概要を説明したりした。
こっちとしては、牛乳の生産を増やしたいので、牛20頭と鶏40羽、家畜小屋などの設備資金を全て持つと言ったら、3軒の農家が契約してくれた。
一気に増えても、街のバランスが悪くなるので、3軒くらいが丁度良いだろう。
街長とも話をした、乙女温泉宿の料理が広まれば、チーズやバターなどが、街の特産品になるかもしれないと夢を語っていた。
家畜小屋を作るための大工の手配など、細かいことは全て任せろと言ってくれた。
北部の農業は、大麦、根菜、小麦、牧草と輪作しているらしく、牧草も育ているので、寒い時期の牛の餌にも問題はないそうだ。ノウハウもあるので安心して任せられる。
「街長、牛の放牧中に魔物に襲われたりしないのか?」
「まあ、そんなにしょっちゅう放牧させるわけでもないし、魔除けの鈴もあるから大丈夫じゃよ」
魔除けの鈴は、ゴロゴロと鈍い音のする魔導具だそうだ。魔物が嫌う音が出ているらしい。街の外周にも風鈴のように、ぶら下げてあると言う。
ふーん、それで外壁とかが貧弱なんだな。都や大きな街しか、石壁が無いので魔物対策は、どうなっているのかと不思議に思っていたところだ。
最後に家畜は隣国で買うのが良いと教えてもらった。牛乳や卵というより、肉目当てで飼育しているらしい。
「呼人様、さっそく私が買い付けに行きましょう」
「エルゴ、今日は休暇なんだ。のんびりしとけよ」
美味しい料理を食べるために妥協はできません。とエルゴがニヤリと笑って歩き去る。
ふふ、せっかちで働き者な良い部下だよ、エルゴは。
俺達の休暇も今日が最終日だ。明日の朝風呂を堪能したら、一端箱庭に帰るつもりだ。マリアは、当分の間は毎日ここに顔を出すらしい。
翌日、なにやら騒がしいなと感じて目が覚めた。
オーナー専用に作ったスイートルームの内部は、いくつかの部屋に別れている。窓から朝の景色を堪能した後、寝室から出た俺は、居間で新聞を読むおばば様に声をかけた。
「おはよう、おばば様。なんか騒がしくないか?」
「おはよう呼人殿、なんでも客がわんさか押し掛けておるらしい。早くからマリア殿達は下に行ったようじゃ」
「ええー! 昨日の今日で客が来たのか?」
「そのようじゃな」
なんと、おばば様と俺以外は、全員宿の手伝いをしていると言う。神様とウーテは温泉に行ったらしい。
そんなことを話しているとクロールミアが部屋に入ってきた。メイド服を着ている。マリアの店のために作った、蜘蛛さん印のメイド服だ。黒を基調にフリル付きの白いエプロンが可愛らしい。
「慣れんことはせん方がいいな。朝からくたくたじゃ」
「ルミア、下はどんな感じなんだ」
「戦場じゃ。早朝から客が押し掛けてきて、宿泊してくれるのは良いのじゃが、あれはなんだ? これはなんだ? とうるさくて敵わん」
部屋はすでに満杯に近いと言う。ここはいろいろと初めてが多い宿だ。従業員は宿泊客への説明に取られて、食堂まで手が回らないらしい。
仕方がないのでマリア達が、食堂を仕切っているそうだ。ルミアは、初めてのウェイトレスに四苦八苦して逃げてきたと言う。
「アロンもヘーデもか?」
「あやつらは、存外器用じゃ。上手く対応しておるのじゃ」
「五郎はさすがに給仕はできないだろう」
「あやつは、マスコットとして人気者になっておる。プラスワンは、まんま見た目が乙女戦隊じゃから、質問責めされて喜んでおるわ」
うわー、朝風呂入ったら、帰ろうと思っていたのに大変だ。大体、従業員の教育だってろくにしてないぞ。
まあ、この宿はサービスより、料理や温泉がメインだから大丈夫とは思うけど、いきなり修羅場じゃ従業員が可哀想だな。文句を言ってもどうにもならんけどね。
俺にできる事は無いだろうと、朝風呂に行く。50mプールを半分に区切った男湯には、ちらほらと温泉に浸かって、景色を楽しんでいる宿泊客らしき人間が湯気に煙っていた。
おお、ずいぶんと客がいるじゃないか。
なかに、俺を見つけて手を上げている人がいる。銀髪の長髪を後ろに流し、立派な髭を蓄えたその人は、この国の国王陛下であった。横にはいつぞやの護衛騎士がいる。当然ふたりとも裸だ。
「よう、呼人殿。久しぶりだな」
「この前会ったばかりじゃないか。会いたくなかったけどな」
「わははは、厳しいのう」
「で? どうしたんだ。新聞に情報をリークした件くらいしか、怒られる理由が思い浮かばないぞ」
今回の反乱は、元々下地があったのだろうが、神の怒りを買った王族の失態が引き金となった。その証拠写真を新聞社に売ったのはエルゴだ。
「なに、貴殿を怒りにきた訳ではない。城に荷物を運び込む間は暇なのでな、話題の温泉にお忍びで来てみたまでだ。なにもせんよ」
「ならいいけど、都じゃ、そんなに話題になっているのか?」
「乙女戦隊は人気だからな。うらやましい限りだ。しかし、噂以上に良い温泉だな。流石は司令官殿だ」
「ありがとう。でも司令官じゃないぞ。反乱軍の件は各自の判断でやったことだ。俺の指示じゃない。俺は知らずに温泉に入っていたくらいだ」
「わははは、呑気なものだな。つくづくうらやましい」
陛下や騎士に、俺達への悪意は無いようだ。タメ口でも「無礼だ!」と怒られることも無い。
「もしかして、貴族達がいっぱい来たりしないだろうなぁ」
「呼人殿、それは大丈夫だ。この宿屋を利用したい貴族は、王宮で審査を受けるようにと、御触れを出したから、下手な貴族はこちらに来させん。
それに、王家転覆を謀る貴族も一掃されたから、王宮もずいぶんと風通しが良くなった。馬鹿をする貴族も減ったであろう」
「神様やルミアもちょくちょく利用するからな。気を付けた方がいいぞ」
「三度目は無いと釘を刺されたばかりだ。国としても慎重にならざるをえん」
しかし、わざわざ陛下自ら訪れるとは、どういう風の吹き回しだ?
「ありがとう」
「なんだなんだ突然、国王が平民なんかに頭を下げて良いのか?」
「反乱軍は国軍で何とかなったであろう。だが多くの命が失われたであろう事は確かだ。自国民どうしの殺しあいなど、これ程無益なことはない。
そして流行病は、わしではどうにもできなかった。この国の民を救ってくれてありがとう。呼人殿」
「頭を上げてくれ。俺達は、おばば様の指示に従っただけさ。礼なら、おばば様や薬師ギルドに言ってくれ。
反乱の件は、火種に火をつけた俺の部下にも責任はあるからチャラだな」
わははは、と高笑いしながら景色を眺める国王陛下の顔は、以前見た険しさは無く、晴れ晴れとした笑顔が爽やかだった。
仲間達が誉められて、俺の顔も綻ぶ。やはり温泉はいいなぁと、ふたりの呟きが重なった。




