第五話 川
俺とガチムチ乙女のマリアは水と魚と寝床を求めて、川に向かって歩いている。森の中にも暖かい日差しが差し込んでいる。
日は少し傾いた。明るい内に焼き魚にありつきたい一心で、黙々と歩く俺達だが奇妙なものを見つけて足を止めた。
木が左右に薙ぎ倒されて道のようになっているのだ。
「よぶちゃん、これは何かしらね? まるで、大きな恐竜が通り抜けたような惨状ねぇ」
「ああそうだなマリア、こんなことができる、大型の魔物がいるということだな。もしくは自然災害か?」
「ヒーッ! 恐いわぁ。これがあなたの見た森の切れ目なのかしらね?」
「いや俺が見たのはもっと長く続いていたし、もっと幅が広くないと、切れ目として認識できなかっただろう」
「私達の後ろには続いてないから、急にここから始まったみたいに見えるわね。木の倒れ具合からして、あちらから来たようには見えないし」
「そうだな、竜巻が突然発生したにしては、木の倒れ方が不自然だし、魔物が通ったにしては足跡がない」
なんにしても、人には危険な森なのだと思う。頻繁に足跡を見つけるのだが、人間の靴跡は見つからない。焚き火の跡も見なかった。
人間が立ち入らない森なのだろうか? あの砦の物々しさから、やはり危険な魔物がいるのかもしれない。
果物は頻繁ではないが、それなりに見つけることができる。梨に似た果物を木に登ってもいでみた。
最初、ワイルドに皮ごとかぶり付いたのだが、皮がとても渋くて吐き出してしまった。ナイフで皮を剥き、二人で味わったら、とてもみずみずしく、疲れた体に染み渡る感覚が心地良かった。
「マリア、そんなに採っても持ちきれないんじゃないか?」
「収納!」
おっさんが果物に手をかざして魔法を唱えると、目の前に積まれた果物が瞬時に消える。
「これでもダメかしら?」
「おおー! 収納魔法もあるのか?」
「そうよ、よぶちゃんも早く魔法をダウンロードしなさいな、便利よぅ」
得意気なマリアに促され、俺はマニュアルを出す。魔法の基本セットと一緒に、大陸共通言語と言うのも、ついでにダウンロードしておこう。
ボタンを押すとマニュアルの画面から、魔法陣が浮かび上がり光だす。俺の脳がクラクラと違和感を感じて、インストールが完了したようだ。
「おお、ドッグタグの文字が読めるぞ」
「身分証みたいなものね。身分が保証されて、言葉の壁の問題も解決だわ。結構イージーモードなのかしらぁ? 魔物にも襲われないし」
「ワイバーン見たから、ビビり過ぎていたのかなぁ」
「ビビって当然よ、人が紙屑みたいだったわぁ」
魔法の基本セットは、生活魔法(着火、給水、灯火、収納、浄化)、飛行、騎獣召喚、鑑定、治癒、TVが使える。
飛行と騎獣召喚とTVについては、最初の街に着くまで使用が制限されているようだ。
うわー感動だ。普通のコンピューターゲームやライトノベルなんかだと、収納や飛行、鑑定とかはレアスキル扱いしていたり、終盤に登場する場合もある。やはりイージーモードなのかな?
因みにマニュアルによると、この大陸では、成人式に国から「魔法の基本セット」が支給されるらしい。本当に魔法が当たり前の世界なんだな。羨ましい。
「マリア、このTVってなんだろうな?」
「何がしかの映像を受信する魔法かしら? 撮影や配信の魔法もあったりして、それを使って元の世界の放送も行っているのかもしれないわねぇ」
うーん、あのふざけた馬は俺達の行動の全てを映像に記録して、全世界に配信すると言っていたのに カメラが見当たらないのは魔法が絡んでたのか。やはり魔法は万能だな。
「マリア、さっきの着火の魔法は攻撃にも使えると思うか?」
「試してみましょう」
俺とおっさんは魔法を唱え試してみる。
ダメだった。指先に小さな火が灯されるだけで、威力が変えられないし、火球のように飛んで行くこともない。
次に「給水」を試すと、指先からチョロチョロと水が出た。水分補給には問題ないようだ。川の水で飲み水を作らなくても良さそうだ。
そして「灯火」を試すと、指先の近くに小さな光の球がフヨフヨ浮いて、指について移動していく。手元を照らす程度のようだ。夜の戦闘に使える程の光量は、なさそうな感じだ。
基本の魔法だからかどれも威力が弱い。家でちょっとした時に便利かなくらいだ。
「これじゃあ、夜間の戦闘は厳しいわねぇ」
「まあ、飲み水の心配は無くなったし、他も便利ではあるよ。戦闘は地道に経験して行くしかないな。
街に行けば、もっと実用的な魔法の情報も手に入るかもしれないし、今は手持ちで頑張るしかないよ」
そしていろいろな種類の果物を見つけては図鑑で確認して、採取しながら森を探索した。おっさんが、ハーブのような植物を見つけて喜んでいた。
食料となる果物を探索しながら歩き続けて、ようやく俺達は無事に河原に到着した。
森が切れると、石がゴロゴロしている河原が5mほど続き、3m幅の川が流れていた。森以外の景色を久しぶりに見たような感じがして、俺達は浮かれ気味だ。
じっとりと汗をかいた身体は疲れているが、水の流れる音の清涼感や、森とは違う開けた景色に心が癒される。
今は木陰で休憩している。水に足をつけて休もうとしたが、「ピラニアとかいないかな?」という、俺のKY発言で取り止めとなった。
日は中天を過ぎた辺り、1~2時ってところか。腕時計とスマホを取り上げられた俺は、正確な時間が分からない。
現状の立場では、特に正確な時間が分からなくても、困るわけではないのだが、そこは現代っ子、何ともいえない違和感に苛まれている。マリアは全く気にしていない。
「水浴びでもしたい気分だけど、何が出るかわからないし、浄化の魔法もあるから我慢するわぁ」
「ピラニアは冗談だぞ」
「それより早くお魚が食べたいわ。携帯食品と果物じゃ味気ないじゃない?」
浮かれている場合じゃなかった、魚を獲って寝床を探して夜に備えなければ。
「とりあえず薪を拾って火を焚こう。その後、寝床になる木の選定だな。それから魚と果物の確保」
「了解したわぁ」
俺は石を積み上げてかまどを作る。慣れているから10分もあればできあがる。このかまどで獲れた魚をさっさと焼いてしまいたい。
暗くなったら火は使わないつもりだし、煙でも敵を誘き寄せるかもしれないので、たき火は早く消してしまいたいのだ。
なにせ事情がわからない以上、何が起きるか予想できない。この世界の事情がいろいろ分かってくれば、ここまで慎重にならなくてもいいのだろうが、初日でつまずく訳にはいかない。
マニュアルを熟読するまでは慎重さが肝要だと思う。
とりあえず、マリアが拾ってきた細い流木を適当な長さに折って並べ、焚き付けの落ち葉に火をつけてみる。
もちろん着火の魔法だ。実際に火がついて、二人で満足した後、薪(流木)拾いを軽くやって、それぞれの担当に別れた。
森担当のマリアには、なるべく川沿いで果物と寝床を探してもらっている。
寝床の木は、なるべく枝が張っていて高いものがいい。太さもそこそこあった方がいいかな。
ロープがあるので、枝が高い位置にあっても大丈夫だから、敵が登ってこれないようなのがいいと伝えた。
魔物や獣の気配がしたらすぐ逃げる。そして日が陰る前に帰ってくるようにと、注意もしておく。
蛇足で、森では排泄中が最も危険だから油断するなよ。と言ったら怒られた。なぜだ?
川担当の俺はまず魚だ。杖として使っていた短槍の穂先を外して、銛先を装着し、魚を突いて獲るつもりだ。
簡単な釣具もあるが、時間が限られているので短期決戦だ。獲れなければ諦めて、果物で我慢しよう。携帯食品は、保存食料としてなるべく節約したいのだ。
人の手が入っていないからか、川の水は綺麗に清んでいる。初夏? の日射しに照らされて、魚の銀鱗が踊っている。魚影は濃いようだ。
ソロキャンプが趣味な俺は、銛突きも得意だ。やり始めたときは全く突けなかったが、コツを掴めば、比較的簡単に突けるようになった。俺は慎重に近づいて銛を突き入れる。
1匹目獲ったどー!
銀一色の40㎝ほどの魚が、ビチビチと体をクネらせている。マニュアルには、派手な魚は食えないとあったけど、こいつは顔は地味だよな。体色は銀で派手だけど大丈夫かな? 熱帯魚みたいな派手さがヤバい奴なのかな?
一応マニュアルで確認。大丈夫でした。
早速魚を捌く、ナイフで内蔵と鱗を取るだけだ。バックパックから塩を出して振り掛けて、木の枝を刺してかまどへ。慣れたものだ。
焼きながら魚を突いては捌き、焼き魚を六匹用意した。今日の分はこれで大丈夫だろう。収納の魔法で焼き魚を収納して、次はどうするかと考える。
飲み水は、水魔法があるから大丈夫だろう。一応、簡易浄水器と折り畳み式のウォータータンクは、バックパックに入っているので、川の水も使えるが今はいいだろう。
もっと魚を獲るか。10日分は用意しないとな。俺は場所を変えながら魚を獲り、着々と焼き魚を増やしていった。
川は幅が3mくらいで、深さは俺の腰くらいだろうか。たまに深場があり幅が広がって、底が見えない場所がある。そんな深場の一つをやり過ごし、先の浅瀬に移動しようとした時に、突然それは起こった。
唐突に水面が盛り上がり、何かが飛び出してきたのだ。横倒しに組付かれて混乱した俺は、何だ? と思いながら乗し掛かっているものを見た。
大きな口をパカリと開けて、俺の頭に食い付こうとしているのが見える。口の中は真っ赤だ。グロい。
ヤバい、こいつ俺を食おうとしてる!
俺は必死に身体を動かし、それと上下を入れ換えた。今度は俺がマウントポジションをとっている。
そして手にした銛を、それの喉元に突き刺した。それは黒い腹を上にして、俺に股がられた状態で短い手足をバタつかせているが、喉元に銛を刺しても動きは止まらない。
今度はナイフで、口の裏辺りを突き刺すと更に暴れたが、2度3度と繰り返すと大人しくなった。
フーッ、何だこいつは?
よぶちゃ~んと言いながら、こちらに走ってくるマリアを待ちながら、俺はそれに視線を向ける。
「大丈夫? よぶちゃん」
「ああ、なんとか」
「何なの、それは?」
「大山椒魚かな?」
尻尾をいれたら体長2mはあるであろう、それは短い手足にヌメッた体表をした、大きな山椒魚に見える。
「図鑑を調べるのが面倒だな。気持ち悪くて食料にもならないだろうし、捨てていくか」
「鑑定してみたら?」
おおー! そんな魔法もあったな。
因みに、「鑑定」と唱えないと発動しないから、密かに他人を鑑定することはできない仕様だ。スマホのシャッター音みたいなものか? 自分に掛けたらどうなるかな。後で試してみよう。
「お、凄いぞマリア。頭の中に情報が思い浮かぶ。こいつはウォータードッグって言うらしい。魔物では無いみたいだな。肉も内臓も皮も、全てが薬の原料として高値で取引きされているらしい。しかし鑑定の魔法は優秀だぞ。相場まで教えてくれる」
「あら、お金になるなら収納して持ち帰りましょうか。気持ち悪いから、よぶちゃんにお願いするわぁ」
「へいへい」
ワイバーン以来、初めての生物との遭遇に焦ったが、日が陰り始める前に夕飯にしようとマリアを誘い、焚き火に戻ってきた。まだドキドキしているけど、なかなかできない体験をして、少し楽しいと思い始めているのも事実だ。
寝床となる木は、焚き火をしている場所のすぐ近くで見つかった。なかなか立派な枝振りで、高さも太さも申し分ない。早速ロープを掛けて、いつでも登れるようにしてから、夕飯の準備を始めた。
バックパックから、キャンプ用具の食器を出して、焼き魚と色とりどりの果物を並べると、夕食の始まりだ。
焼き魚は白身で、脂も乗っている。塩味だけでは無く、森で見つけたレモン(のような)果物を絞っているのでとても美味しい。
果物はどれも美味しく、瓢箪形の瓜は、スイカのような味でみずみずしいし、モンキーバナナのような果物は、甘く酸味が程好い感じの柑橘系だった。
「いやあ、最初は不安しかなかったけど、こうして夕食を食べていると不思議な感覚だよ」
「そうね、ワイバーンが衝撃的だったけど、その後は嘘のように順調で逆に恐いわぁ」
「ふざけた馬の奴も、マニュアルとか魔法とか、大事なことを説明してくれていれば、もっと楽だったのにな」
「本当、役に立たない馬よね。船の暇な時間にマニュアル読んでおけば、こんなに苦労しなかったわぁ」
食後に小さな鍋でお湯を沸かし、マリアが採取したハーブの葉を入れて数分蒸らすと、良い香りが鼻腔をくすぐる。
こうして俺達は、暗くなるまでフレッシュハーブティーでくつろぐつもりだ。日も陰ってきたので焚き火は念のため消しておく。






