第五十話 西の街
ヴォーコルベイユ尊王国の都である、アーデルベルトから西に行くと、この国で2番目に大きな街であるディータがある。
隣国との貿易が盛んなこの街は、石造りの綺麗な街並みで、人の往来が多く、常に活気がある街だ。
そんな街の喧騒などどこ吹く風で、陽気にしゃべりながら、市場を歩いている旅人の姿があった。
「ハルナちゃん、あなた普段は魔法を使わないけど、治療の方は大丈夫だったようね。心配したわぁ」
「マリア、何事も気合いでなんとかなるものさ。がははは」
ぽかぽかと優しい日差しを浴びながら、大通りを闊歩する大柄な旅人は、勿論、マリア、ハルナ、五郎の一行である。
都で呼人達と別れたあと、進路を西に取り、騎獣を飛ばしてきた3人は、呼人同様に流行病の治療を済ませて、観光を楽しんでいるところだ。
西地区に着いてから、2日間は別々に行動して、近隣の街の患者の治療にあたった。3日目の本日、西の玄関口と言われる、ディータの街で再度合流して、この街の患者の治療を終えた3人は、やっと観光が出来ると、喜び勇んで街に繰り出したのだ。
身長190㎝と大柄でガチムチマッチョなマリアは、人目を気にして地味なローブを羽織っている。だが都会の人間はクールなのか、他の街のように群衆に囲まれることも無く、のんびりと買い物を楽しめているようだ。
いつもの妙に間延びしたオネェ口調で、ハルナとおしゃべりしながら店の商品を値踏みしている。
身長180㎝と女性にしては大柄で、メリハリのあるわがままボディのハルナは、ヘソ出し革鎧に、ニーハイブーツという冒険者風の出で立ちで、目立つことなどお構い無しだ。猫耳をピクピクと動かし、長い尻尾を揺らしながら、竹箒を肩に担いでいるのは言うまでもない。
最後のひとりというか1匹は、体長100㎝のウォンバット型をした五郎である。子熊のように丸々と太った五郎は、トレードマークの黄色いTシャツを着て、トテトテとマリア達の後を付いていく。
「ハルナちゃん、それにしても大きな街ねぇ」
「そう言えば昨日、旦那が言ってたなぁ。隣の国との貿易が盛んな大きな街だって。何か珍しい食べ物があったら買っておけとの司令だぜ」
「そうなの? 楽しみだわぁ。昨日はよぶちゃんに会ったようだけど元気だったかしらぁ」
「ああマリア、元気だったぜ。温泉を作って遊んでたよ」
「よぶちゃんも好きねぇ」
「まったくだ。でもマリアが武闘大会に出るって聞いて心配してたぜ」
「賞金と賭け金で儲けさせてもらうわぁ。グフフゥ」
このディータの街では、毎年この時期に武闘大会が開かれる。この街で、今一番ホットな話題が武闘大会だ。
昨夜3人で街の酒場に繰り出した時にも、一番多く話題に登っており、次に「都の神の鉄槌」そして「流行病の治療」という具合に人々の話の種になっているのを、聞くともなしに聞いていた。
「昨夜の酒場でも、武闘大会の話題が一番多かったわねぇ」
「今回の大会にはレフラーゾとか言う、この国最強の近衛騎士が参加するって言ってたな。楽しみだぜ」
「強い参加者は全部任せたわよぅ。ハルナちゃん」
「マリア、こればっかりは組み合わせ次第だぜ」
「運命の神様が何とかしてくれるわよぅ」
「まあ、強いって言っても人間だ。さすがにマリアの魔法には敵わないんじゃねぇか? 表彰台の1位と2位は頂きだな」
西の街ディータでの武闘大会は、魔法使いも剣士も格闘家も、同じ土俵で戦う。
「しかしマリアの登録職種が召喚士ってのは何の冗談だ?」
「ルールでね、魔物を召喚するのは有りらしいのよぅ」
「魔物に戦わせて、自分が戦わなくても良いってわけか」
「私は、魔法と拳闘が主な攻撃だけど、やっぱり剣を突き付けられると恐いじゃなぁい。だから五郎ちゃんを呼んで、守ってもらうのよぅ」
「ズルじゃねぇか!」
マリアとハルナは、こんなことを話ながら目についた店に立ち寄り、エルクには売っていない商品を手に取っては、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる。
五郎は、そんな2人の後をトテトテと歩きながら、嗅いだことの無い匂いがすると、マリアを呼び止める。
「あらあ、見たこと無い果物だわぁ。五郎ちゃんお手柄よぅ」
「おっ、こっちは何だ?」
「アンチョビかしらぁ。ビールのツマミに良いわぁ」
「なに? それは見逃せねぇ。おっちゃん、この魚、あるだけ売ってくれ!」
果物、野菜、肉、珍味、お菓子、調味料、薬の素材、雑貨など国中の商品や、隣国からの貿易品が多数並ぶ市場に、マリア達は時を忘れて買い物を楽しむのであった。
そして夜、薬師ギルドが手配した、豪華な宿屋の一室で3人は旅の疲れを癒す。
「いやあ、マリア。今日は買ったなぁ」
「これも、よぶちゃんのおかげねぇ」
「旦那は、いつの間にか金を稼いでくるからなぁ。気兼ね無く、買い物が楽しめたぜ」
「おで、旅行初めて。うでしい」
「そうねぇ、五郎ちゃん。こんなに楽しいのは久しぶりねぇ。いろいろあったから……」
「本当いろいろあったなぁ……」
呼人は、今回の遠征の主目的は、流行病の治療だと言っていた。だがそれはあくまで建前だから、日常を忘れて旅を楽しんでこいと、皆を送り出した。
知らず知らずの内に、溜まった疲れを癒すことと、エルクには無い物や情報を手に入れるのが、本当の目的なのだとニヤリと笑う呼人に、皆が不謹慎だと反論し、笑いあったのはつい先日だ。
ハルナも五郎も旅など初めてだ。旅を楽しむと言う呼人の言葉の意味は、良くわからなかった。それに3人とも箱庭だけで、十分楽しいと思っており、溜まった疲れなど無いとも思っていた。
だが実際に旅をすると、いろいろと気付かされる。そしていろいろと思い出す。
旅の夜の一時、何だかんだ大変だったなぁと、3人は自然と笑っていた。
「魔物監禁事件」「ウォータードッグ事件」「馬鹿息子お仕置き事件」「神プリン事件」「舐めた王族ボコリ事件」、魔法乙女戦隊デビュー戦、箱庭、温泉、海、ダンジョン、
マリアもハルナも五郎も、いろいろと起こった事件や出来事を思い出し、それを話題に旅の夜を大いに楽しむのだった。
翌日、フカフカのベッドで、気持ちの良い朝の日差しを浴びながら目覚めた3人は、部屋の窓を開けて空気を入れ替えながら、大きく伸びをして、今日の武闘大会の話を始める。朝食はパンとベーコン、サラダやスープが並んでいる。
「このベーコンは旨いなぁ」
「おで、市場で探す」
「あらあ、五郎ちゃんは今日は腕輪よぅ。私が呼んだら出て来てちょうだぁい」
「おで、マリア守る」
「賭け金は、薬師ギルドの職員に渡して、あたい達に賭けてもらう手筈は整えたし、あとは賞金をもらうだけだな。決勝では賭け率が低い方が負けることにするか?」
「あらあ、ハルナちゃん。ズルはダメよぅ」
「五郎を召喚獣だと言い張るおっさんに言われたかねぇぜ」
「「あはははは」」
朝食を終えた3人は、武闘大会の会場でもある闘技場にやって来た。かなり大きな広場をグルリと観客席が囲っている、野球のスタジアムのような施設だ。すでに観客席には、多数の観客が押し掛けており、規模が小さいなりにこの大会の人気の高さが伺える。
参加受け付けを待つハルナは、革鎧に竹箒、マリアはローブ姿で、両腕にゴツい籠手を着けた出で立ちで、お喋りしながら呑気に笑い合っている。五郎は腕輪型となって、マリアの腕に収まっているようだ。
2人は受け付けで参加登録を済ませた後、広場に案内されて開会式まで待つように言われた。
広場には、ゴツい鎧を着た戦士や、剣呑な顔付きの冒険者などが多数集まっていた。王族も観戦に来るらしく、なんとか王族の目にとまって、騎士団にスカウトされたいと願う野心からか、目がギラギラとしている者も多い。
今回の参加者は90人ほどいるそうだ。予選で15人まで絞った後に、特別枠の近衛騎士団長を加えて本選が行われるとのこと。
広場の地面には、大きな魔法陣が3つ描かれており、どうやらそこで戦うらしい。参加登録したときにもらったしおりを見ると、予選は30人ずつに別れて魔法陣の中に入り、一斉に戦うようだ。戦闘不能になったり魔法陣から出たら負けとなる。
戦闘不能と言っても、本気で殺し会うわけではない。急所への攻撃は反則となるため、大抵は、腕や足に傷を負わせて戦意喪失させるのが暗黙のルールだ。
武器は、剣や槍、飛び道具など何でも有りだが、毒などを、広範囲に撒くのは反則である。魔法も広範囲魔法や、殺傷力の高い魔法は禁止されている。
「あたいは、C組だったぜ。マリアはどの組だ」
「ハルナちゃん、私はA組よぅ。決勝まで当たらないと良いわねぇ」
「それは運命の神様次第だな。がははは」
「プッ、決勝だってよ」
ハルナとマリアの会話を聞いて、参加者の誰かが笑った。女性の参加者はハルナだけだ。周りの参加者は興味深く聞き耳を立てていたらしい。
「威勢のいい姉ちゃん。怪我しない内に帰った方がいいぜ。闘技場は、女子供の遊び場じゃねぇ」
「「「ちげえねぇ。がははは!」」」
周りの参加者が、からかうように笑いだす。これに対して、ハルナとマリアはクスリと笑い合い「テンプレねぇ」と呟くとハルナが振り返り、胸を張りながら叫んだ。
「はっ、へなちょこが揃って牽制かあ? あたいにビビってんなら便所に隠れて震えてやがれ!」
「チビっても安心ねぇ」
「「「な、なんだと!」」」
「こんな安い挑発に乗るなんて小物よねぇ」
「マリア、ちげえねぇぜ。小物臭がくせぇくせぇ」
すでに参加者同士の、化かし合いが始まっているようだが、ハルナとマリアも負けていない。実際今まで戦ってきた相手に比べたら、小物にしか見えないのだろう。周りには殺気が漲り、武器に手を掛けている者もいるが、マリア達は動じていないようだ。
一触即発の雰囲気を楽しむように、マリアがニヤニヤと笑い、ハルナが尻尾を揺らしながら竹箒で肩をトントンと叩く。
ガツッ
突然の何かを地面に叩きつける音に、場が一瞬静まる。見るとひとりの騎士が、剣を地面に突き立てるように両手で持ち、目を瞑って静かに佇む姿があった。
きらびやかな鎧を着て、マントを羽織る姿は、かなり位が高い騎士と見える。
試合前の瞑想を、邪魔するなと言わんばかりに無言の威圧を放っている。
周りの参加者が「レフラーゾ様だ」「近衛騎士団長だ」「あれが最強と言われた…」と小声で話ている。広場は、興を殺がれたように殺気が消えていた。
ハルナは「ん?」と二度見して、小首を傾げる。なんと近衛騎士団長のレフラーゾは、呼人に斬り掛かった王子の護衛騎士であった。
「よう、へなちょこおやじ。こんな所で何やってんだ? 王子の所を首になって賞金目当てに弱い者いじめか?」
ハルナの言い様に周りの参加者が目を剥く。レフラーゾも目を見開き驚いているようだ。
「感動の再会に声も出ないか?」
「私は、自分を鍛え直すために参加している」
「へなちょこは大変だなぁ。ところで、へなちょこおやじは何組だ」
「ぐぬっ、私は本選からだ」
「はっ、あたいより弱いくせに特別枠とは生意気なこった」
「ハルナちゃん、私達は実績が無いから仕方がないわぁ」
レフラーゾが、額に青筋を立てながら、ハルナを睨む。周りの参加者は、この国最強と言われているレフラーゾがいることで、声を殺しておとなしくしている。近衛騎士団長に逆らえば、どんな罰を受けるかわからないからだ。
「なんだ、へなちょこおやじ。怒ったんなら掛かってこいよ。今なら旦那もルミアも神様もいないぜ」
「ぬっ、試合で正々堂々と戦う所存である」
「弱い平民相手に、いきなり斬り掛かるような奴が、正々堂々だってよ。ヘソで茶が沸くぜ」
「本当よねぇ。呆れるわぁ」
「ぐぬぬっ」
ここで王族が到着して、開会式が始まった。
ねこのつぶやき:評価ありがとうにゃ。あまり人気のない本作も、とうとう五十話まできてしまったにゃ。
この後は、五十五話まで旅が続くにゃ。閑話を4話挟んで、五十六話から帰省編にゃ。呼人が元の世界に帰って騒動に巻き込まれるにゃ。呼人の家族やおっさんの○○、そして地球最強のメリカ艦隊も登場する予定にゃ。
暑くなってきて、作者のモチベーションも駄々下がりにゃ。いつもあっさりな戦闘シーンが、更にあっさりしないように、気合いを入れてくれるのを祈るにゃ。




