第四十九話 温泉フィーバー
俺とエルゴは作業を再開した。少しくらいうるさくしても良いそうだ。
このヨルクの街は、北部で唯一温泉の無い街だ。他の街はどっかしら地表まで、温泉が湧き出ている場所があったそうだ。だがヨルクの街だけそれが無かった。
そんなわけで、今まで肩身の狭い思いをしてきたらしい。そんな街に温泉が湧いたと、すぐに街中に噂が広まった。
夜だと言うのに見物人がランドルの家に押し掛ける中、作業用の照明を10個ほど空に浮かべて作業を行う。直径1mの温泉井戸からは湯気が上がっている。
心踊る光景だ。
まず温泉井戸の周りの地面を魔法で固めて、架台を組付ける作業からだ。
ゴーレム倉庫から、重機ゴーレム発進だ。ズンッズンッと重低音を響かせ、倉庫から出てきた体長3mのロボットに、街の住人が腰を抜かす。子供たちはスゲェスゲェと大興奮だ。
配管や架台は、サビに強いステンレスを使用している。重量が重いので、俺では持ち上げられない。エルゴは持ち上げられるが、配管を繋げると更に重くなるので、重機ゴーレムの出番なのだ。決して子供に自慢したいからではない。
ないんだから!
重機ゴーレムで架台のパーツを固定する。そしてエルゴが、俺が用意したステンレスゴーレムで、パーツ同士を魔法溶接することの繰り返しだ。架台の上にステンレス板のフタをして、これも溶接する。フタには穴が開いていて、配管を通せるようになっている。
配管のパイプは直径20㎝、長さ5mある。これを10本繋げる予定だ。水面は地下30mにある。配管が50mあれば十分だろう。
最初のパイプは先端の穴をふさいで、横に穴をたくさん開けてある。温泉井戸にはゴミが入らないようにフタをしたが、一応大きなゴミがパイプを通らないように、ストレーナーの役割をしている。
パイプを重機ゴーレムが持ち上げて、フタの穴に差し込んでいく、先っぽが1mくらい飛び出す感じで止めると、次のパイプを片手で持ち上げて、接続部分を合わせる。そこでエルゴが、接続部分を溶接するのだ。この繰り返しで10本の配管を繋げていった。10本目の配管には、途中にフランジを付けてフタに固定する。
今、2m×2mのフタの中央に配管が1m飛び出ている。そしてこの横にポンプを設置した。ポンプとパイプを曲がり継ぎ手で繋いだら完成だ。
ポンプはステンレス製で、内部にいくつかの魔石が仕込まれている。ポンプ内部に真空を作りお湯を吸い上げる魔法、吸い上げたお湯を送り出す風魔法、魔力を精製、蓄積する、バッテリー代わりの魔石だ。
ポンプの出湯口には、箱庭でも馴染みの獅子頭も取り付けた。この獅子頭は、魔法で温度管理をしてくれる優れものだ。今は40度以上、上がらないように設定してある。
俺は、ポンプの起動のプログラムに魔力を流した。獅子頭からお湯と湯気が噴き出る。
「「「おおおおお!」」」
配管ショーの観客と化した街の住人から声が上がる。
事前に土魔法で作っておいた、10m×5m、深さ1mの簡易浴槽に温泉の湯が溜まっていく。少し青み掛かった透明な湯だ。匂いはほとんどない。
しばらくすると湯が溜まったが、排水をどうするか考えてなかったことに気がつきポンプを止めた。ソナーの魔法を地面に放つと、水面の位置は変わっていなかった。源泉の湧き出す量も豊富なようだ。
「ランドル、温泉に入りたいんだ。観客を帰してくれないか」
「呼人、温泉ができたのか?」
「見ての通りポンプを設置しただけだ」
「湯が出れば温泉なんじゃないのか?」
「排水設備もないし、屋根も仕切りの壁もない。湯船もショボいから、まだまだ温泉とは呼べないな。温泉宿にするなら、脱衣場とか、洗い場とか、いろいろ施設も必要になるぞ。家族の風呂なら、周りを囲めば良いだけだがな」
「いやいや、十分に温泉じゃないか」
「せめて排水をどうするか考えないと、これ以上湯を流せないぞ。庭がビチョビチョになってもいいのか?」
しばらく考えたランドルが、近くの老人に何やら話をしている。しばし相談したあとに老人が集まった住人に声を掛けた。
「皆の衆、この街の恩人が風呂に入りたいと言うておる。今日は終いじゃ。気を付けて帰ってくれ」
「街長、俺達は入れないのか?」
「作ったのは呼人殿じゃ。今日は彼らが独占すべきじゃ。お主らは恩人を差し置いてでも入りたいか?」
「……」
こればかりは仕方がない。このままお湯を流せば、あふれるのは必然だ。排水設備がないとランドルの家の庭がビチョビチョになる。そんなに多くの人が入れるほど広くもない。
それに温泉には、鉱物が溶け込んでいる。人間には影響の無い程度だか、下手に排水すれば川の魚や生き物、農作物にも影響がでる可能性もある。箱庭みたいにはいかないのだ。元々この辺の土地の成分だから大丈夫だと思うけど、俺が勝手に判断して良いことではない。
「街長、ランドル、少しでいいんだ。ヨルクの街初の温泉なんだ。このままじゃ生殺しだ」
「しかし呼人殿にゆっくりしてもらわねば……、それに夜も遅い。明日でも良いじゃろう」
「隅で少し入るだけだ。呼人殿に頼んでくれないか」と住人が食い下がる。
そのうち「男だけなら良いだろう?」「あたし達は除け者かい」と喧嘩になりそうだ。俺はエルゴと顔を見合せてゲンナリしてしまう。
おやおや、ヤバいもの作ってしまったな。湯が冷めちゃうぞ。
「街長、他の街は排水はどうしているんだ?」
「呼人殿、近くの川に垂れ流しじゃ」
環境汚染なんか考えていないんだな。まだ人口も少ないから、あまり問題にならないのかな。
俺は温泉の成分によっては、最悪、農作物に影響があるかもしれないと住人に説明した。
ランドルの家の近くには、農業用水を川に排水する小川が流れているらしい。そこに排水するなら農業用水には混ざらないと結論が出た。
「ランドル、何かあっても俺に文句言うなよ」
「勿論だ。あんたに文句言う馬鹿は、この街にいないさ」
さっき言ってたじゃないか。と思いながらも湯船から土魔法で排水路を作る。小川は本当に近くにあった。そして温泉井戸の周りにグルリと湯船を広げる。流れるプールみたいだ。
俺は再度ポンプを起動した。獅子頭から勢い良く温泉が噴き出す。
「「「おおおおお!」」」
「全員入れるかはわからないが、出来ることはやった。男女の問題はそっちで解決してくれ。衝立でも立てるか?」
「呼人さん、裸を見られたくらいでオタオタする乙女は辺境にはいないよう」
「そうだ、そうだ。ばばあばかりだ」
「「「何だってえ!」」」
「「「がはははは」」」
夜中だってのにうるさい連中だ。俺とエルゴは、さっさと服を脱ぎ捨て湯船に浸かった。エルゴの裸に、ご夫婦達がキャーキャー騒いでいるが気にしない。乙女ばかりじゃないか。
俺とエルゴは、ビールをジョッキに注いで乾杯した。
んぐんぐんぐ、プハーッ!
「旨い! 星空がキレイだ! ご夫婦方もキレイだ! ヨルクの街は最高だあ!」
「呼人にそう言ってもらえると嬉しいぜ」
「お兄ちゃん、私、温泉初めてなの」
「そうかそうか、良かったな。気持ちいいかい?」
「うん、とっても」
ランドルが義足を外し、娘と一緒に湯船に浸かる。続いて街の住人が、我先にと服を脱ぎ捨てて入ってくる。夜中の大暴走だ。なんだか感動で泣いている人もいる。
「呼人さん、あたしにも酒を分けてもらえるかい?嬉しくて嬉しくて、なんだか飲みたい気分なんだよう」
「ああ、勿論だ」
俺がジョッキをたくさん出すと、エルゴはフルーツ牛乳のピッチャーと、コップをたくさん出す。まだ服を脱いでいない人が、ピッチャーとコップを運び、子供たちが、各自手酌でコップに注ぐ。ビールサーバーをもうひとつ出して、俺とエルゴがビールを注いでいく。
「全員行き渡ったかー!」
「「「おおー!」」」
「じゃあ、ヨルクの街と温泉に乾ぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
んぐんぐんぐ、プハーッ!
「「「くーっ、旨い!」」」
「楽しいなあ、エルゴ」
「箱庭には無い、活気です」
「呼人さん、辺境の寂れた街に活気をくれて、ありがとよう」
「いやいや、ランドルの奥さん。俺は何もやってないよ。はじめの一歩を踏み出しただけだ。さっきも言ったが温泉宿にするなら、まだまだやることはいっぱいある。大変だと思うぞ」
「謙虚だねえ、亭主がいなきゃあ惚れちまいそうだよう」
「俺達もだ!」
「「「がはははは」」」
高笑いする大人達とは正反対に、ランドルの娘や息子は「お母さん、止めてよ。恥ずかしい」と、顔を赤くしている。
エルクとは、都を挟んで正反対に位置するヨルクの街の住人達は、エルクの街に負けない良い人達だった。
そんなことを考えていると珍客がやってきた。いきなり温泉にドボンと浸かり、無遠慮に人のジョッキをグビグビと傾ける。そんな、がさつな存在は1人しかいない。
「よう、旦那。エルゴも楽しんでるようだな」
「おお、なんだハルナ。治療は終わったのか?」
「バッチリだぜ、旦那。西の土地は問題なく終わったよ。案内をしてくれた薬師ギルドの職員は、優秀だったぜ」
「そうですかハルナ。お疲れ様です。マリア様と五郎は、一緒ではないのですか?」
「マリア達は、西のディータの街から南側担当だ。あたいは北側担当なのさ。この街からは離れているが、隣街まで来たもんだから、ちょっと寄ってみたんだ。
あたいの旦那センサーに狂いはなかったぜ」
「そんなセンサー付いてないだろ。ハルナ、西の街はどんなだ?」
「活気があるぜ。明後日からイベントがあるんだ。規模は小さいが武闘大会さ。楽しみだぜ」
「ハルナ、まさか出場するつもりじゃないだろうなぁ」
「はあ? 旦那。出るに決まっているだろう。あたいもマリアもエントリー済みだぜ。がははは」
「マリアもか? 大丈夫か? まったく、ハルナが出たら敵がいないじゃないか。人間のイベントをぶち壊すようなことするなよ」
「まあ1回くらい、いいんじゃねえかってマリアと話たんだよ。ガッツリ暴れてやるぜ」
ハルナはともかく、マリアまで武闘大会に出場するとは驚いたな。
普段、俺とマリアは、あまり戦闘には参加しない。敵は使い魔達が勝手に倒してしまうので、戦闘の機会が無いからだ。
人外達と違い、普通の人間である俺達は、大した力もないので戦闘には向かない。マリアは身体を鍛え上げているからまだいいが、俺はそれさえしていないので、基礎能力が平均以下である。魔法で多少強化した所でたかが知れている。
この大陸は異世界のようだが、レベルアップの恩恵など無いので、戦闘はなるべく避けないと、すぐに死んでしまうだろう。
護身用に強力な攻撃魔法を用意しているので、戦えば大抵の敵には勝てると思うが、平和ボケした和賀国人の俺には、争い事は面倒でしかない。
そんなマリアが、武闘大会とは珍しいなと思っていたら、ハルナが「賞金に目が眩んだのさ」とネタばらししてくれた。俺達は「マリアらしいな」と笑い合い、マリアの勇気に乾杯した。
そんなことを話ながら俺は、ハルナとエルゴと一緒に出来たばかりの温泉を楽しんだ。しばらくするとハルナは西の街に帰っていった。
次の日の朝、また寝坊した俺にエルゴが新聞を渡す。昨日インタビューを受けた地方新聞らしい。
1面には「都に神の鉄槌が降り注ぐ」「王宮陥落」など、雷が降り注ぐ写真と一緒に、派手な見出しが見てとれる。都の住人は不安がっているが、王宮への反発を露にするほどの騒ぎにはなっていないそうだ。
あと2日も続いたら、さすがに怒り出すんじゃないかな。俺はのんびり温泉三昧だけどね。
そして2面には俺の写真があった。薬師ギルドに注意してもらったので、顔にはモザイクが掛かっている。どうやら俺の写真だけ、白黒写真にしてくれたようだ。オレンジのパーカーもわからない。今回は完璧だと思ったら「司令官立つ!」と、変な見出しが目に入ってきた。
やられたぁ。司令官も禁止したのにぃ。
でも司令官の文字はそれだけだった。記事には「エルクの冒険者」が魔法乙女戦隊の要請で、流行病を治療に来たと、真面目に書いてあった。夜空に浮かぶ治癒魔法の魔法陣が、幻想的な写真も添えてある。
「薬師ギルド大活躍」今回の治癒魔法の報酬は、薬師ギルドが出すそうだと、ギルドの宣伝も入っていた。これで、おばば様の面目も立つだろう。地方新聞だけどね。
そして記事は続く「邪魔をしたのは王族か?」という見出しと共に、ハルナに殴りかかる護衛騎士の写真や、俺とおばば様が王子と対面している写真があった。全員、顔にモザイクが掛かっている。どこのゴシップ誌だよ。
「エルゴ、写真を流したのはお前なのか?」
「黒い紳士と赤い猫娘が各社に流したようですよ」
お前とハルナじゃないか。俺がジトッと睨んでも、エルゴはシレッとしている。この前の夕食の時に王族の話が出て、ハルナが反応していたのは、こんなイタズラをしていたからか。まったく根に持ち過ぎだぞ。
記事には、薬師ギルドの顧問が魔法乙女戦隊に助けを求めたが、王族が自分の手柄にしようとして、理不尽な対応を取ろうとしたため、神の怒りを買ったとある。
いやいや、なんで神? と思うだろう。唐突過ぎて講読者が怒るぞ。
記事は王族が神の怒りを買ったため、1面のような神の鉄槌を受けることになったようだ。と締めくくっていた。
「こんな記事を信じる奴いるのか?」
「事実ですから認めざるを得ません。証拠写真もありますし、現在都に神の鉄槌が降り注いでいる以上、隠しきれないでしょう」
「新聞社は勇気あるなぁ。王族に怒られて潰されるんじゃないか?」
「魔法乙女戦隊からの、暴露だと言えば大丈夫です。今回の流行病の件で、一番の功労者ですし、呼人様と繋がりがあることが明らかになりましたから、王族は手が出せないでしょう」
「おばば様が悲しむんじゃないか?」
「これくらいの嫌がらせで、グラつく屋台骨なら、いっそ潰れた方が良いかもしれん。とおっしゃっていました」
「容赦ないなぁ」
「呼人様を害する存在など、この世に必要ありません。それに王家転覆を謀る輩を、炙り出せるチャンスです」
「うわー、そんな輩がいるんだ?」
「蜘蛛型監視ゴーレムが、いくつか情報を得ております」
俺の記事は潰してもらったけど、自分の記事は潰せないとは王族が可哀想になってくるな。
「朝風呂入ってから他の街に観光に行くか」
「そうですね。何か珍しい食べ物でも見つけましょう」
宿屋の裏庭にいくと、すでに人で満杯だった。仕事をしろよ! まったく。
ソナーの魔法で温泉井戸の水位を調査して、問題無いことを確認してから温泉に浸かる。
「呼人、おはよう。ずいぶん遅いな」
「おはようランドル。少し寝坊したよ」
「今日はどうするんだ」
「北最大のケールの街に行って、観光と買い物だな。その後は、ケールより東側の街を順に巡るつもりだ」
「お別れなのか? 兄ちゃん」
「数日したらまた来るさ。休暇の最後をこの温泉で過ごしたい。他の温泉も良いだろうが、ここには思い出が出来たからな」
「ランドル、義足はどうだ?」
「足の欠損が気にならない。助かってるよ」
そして俺はランドルに、ポンプの使い方や注意事項を説明した。泉質は「アルカリ性単純泉」だと伝え、美肌効果のある優しい泉質だと教えておいた。
ヨルクの街は、何も無い街だったが楽しく過ごすことが出来た。旅は良いものだ。知らず知らずに溜まった垢が、落ちたような気がする。
いつか他の国にも行ってみたいものだと、エルゴと話ながら空を飛ぶ。
雲は多いが暖かい日差しと風が気持ち良い。相棒は勿論、太ったロバだ。ブヒヒンブヒヒンと一生懸命に空を掛ける姿に自分が重なる。
俺がニヤリと笑ったのを見て、エルゴがフフッと微笑んだ。




