第四十八話 休暇
俺達は流行病の治療を終え、昼食を取っていたが、ひょんなことから片足のランドルと知り合った。ランドルの奥さんが切り盛りする宿屋に一泊することにしたが、今は3時過ぎくらいか中途半端な時間だ。
「ランドル、この街には温泉は無いのか?」
「ああ呼人、このヨルクの街は北で唯一温泉が無いんだ。金が無くてな地質調査もままならない。俺は、適当に掘って温泉を探したんだが、この様さ」
温泉が無いのか。少しガッカリだな。
俺は宿屋の裏庭に土魔法のソナーを撃ってみる。いろんな情報が頭の中を巡る。いくつかの透水層や岩盤があり、井戸は掘れそうだ。
段々と深い部分の情報が頭に浮かぶ、1000mほどの深さに帯水層があり、水温60℃と情報が出た。解析の魔法を掛けないと、泉質まではわからないが温泉で間違いないだろう。
ちょっと熱いかな。その前に1000mなんて、人力じゃ厳しいな。途中の帯水層の水と混ざらないようにしないと、井戸水に影響が出るからな。元の世界だとパイプを打ち込んで遮断するんだけど、パイプを1000m繋げるのも容易じゃない。街ぐるみで掘削しても無理だろう。
「ランドル、土魔法で調べてみたが、温泉は1000mほど下にあるみたいだ。とても人力では掘れないと思うぞ」
「そうか、残念だがそれじゃあ無理だな。呼人いろいろありがとう」
現実は箱庭と違っていろいろと大変だ。魔法で地面を掘削する場合、穴の周りの土は、圧縮されて固まるので崩れないだろう。途中の帯水層の水を、遮断することも可能なはずだ。だが人力ではそうもいかない。
源泉のお湯と、浅い層に流れる水を混ぜてしまった方が、温度が下がって都合が良いのだが、水の方は温泉が混ざるので、飲み水としては使えなくなる。その層で井戸水を汲んでいる人がいれば迷惑となるので、下手に混ぜ合わせることは出来ない。
そもそも1000m下までは、掘削魔法は届かないだろう。技術の未熟な世界では人力で1000m掘るのは至難の技だ。
「呼人様、魔力の糸を試しましょう」
「流石に1000mは無理じゃないか?」
「ダメなら私が小さくなって、潜れば良い話です」
「そうかエルゴなら小さく変形出来るし、空気がなくても、地中でも、熱い温泉が吹き出しても耐えられるか。エルゴ良い案だな。いっちょ温泉を掘ってみるか」
俺達が何やら話し合いを始めたので、ランドル家族は家に入っていった。
魔法は魔力とイメージを混ぜて、現象や物質を具現化する。攻撃魔法を飛ばせるのは、せいぜい100mほどだろう。それ以上離れると魔力が霧散してしまう。
余談だが、全周囲の探知魔法は、半径50mほどが限界だった。今回の地底ソナーの魔法は、1㎞以上の射程があった。意識していないが魔法発動時のイメージに、用途別の射程の設定があるのかもしれない。
今度ソナーの魔法陣を研究してみれば、攻撃魔法の射程も伸ばせるかもしれないなと思いついたが、今は置いておこう。
話は戻る。魔力は人間から離すことができるが、イメージは魔力に乗せないと人間から離せない。
前に俺は、イメージを遠くに作用させる、遠隔魔法を試したことがある。
超能力のパイロキネシスのように、離れた人間に直接火をつける魔法があれば、対人戦で有利かと考えたのだ。その時に試したのが魔力の糸だ。
魔力の糸は、文字通り魔力で作った糸だ。俺に繋がった状態で、先端を離すことができる。これにイメージを乗せれば、離れた場所にいきなり魔法を具現化できるわけだ。魔力の糸の先端に魔力溜まりを作り、風船のように遠くに飛ばして、イメージを送り込む感じだ。
繋がっているから、魔力とイメージが追加できるので射程を伸ばすことが出来る。
この風船自体を動かすのは、中々難しかった。しかし「空気の手」で操ることができた。
空気の手は、風魔法の派生だ。空気を強固に結合して空気を固体化する。自分の周りの空気を、魔力とイメージで、大きな「手」のように固めて操るのだ。
この手で、相手を掴んだり殴ることはできるが、エアハンマーのように飛ばしたり、空気の手の先から炎を出したりすることは出来ない。
魔力の糸と同じ発想だが、魔力の糸が純粋な魔力なのに比べて、空気の手は具現化された魔法であるという違いがある。
純粋な魔力が形を変えた魔力の糸や魔力の風船は、イメージで動かすのに苦労したが、魔法として具現化した空気の手は動かし易い。
空気の手で、風船を持って動かすとすんなり動くのだ。同じ魔力から出来ているからか、親和性が高いようだ。
「ちょっとやってみるか。土魔法での掘削は、1回で5mくらい掘れるから200回で1000mか。エルゴと2人で100回ずつなら、なんとかなるかな。ダメならエルゴに中に入ってもらおう」
俺は地面に掘削魔法を放ってみる、直径1mの穴が開いた。深さはわからない。砂を押し退けて固めるイメージをしたので、穴の周りの土はコンクリートのように固まっている。
更に土魔法で、穴の周りの土を盛り上げて、井戸のようにした。子供が間違って落ちないようにだ。そして何度も掘削魔法を放つ。放つ度にガコッガコッと音がしていたが、20回も魔法を放つと音が無くなった。
どうやら魔法の射程の限界のようだ。掘削魔法の射程も攻撃魔法と同じくらいだった。
「エルゴ、100mくらい掘れたみたいだ。ここからは魔力の糸と風船だ。上手くいけば良いが、わざわざ潜るのは大変だぞ」
「呼人様、ちょっと中を覗いてみましょう。蜘蛛型監視ゴーレムがあります」
「便利なもの作ったなぁ」
「王族の馬車に一緒に乗せて、王宮の偵察をしています。王族や貴族の情報が多く手に入りました」
「抜け目ないなぁ、エルゴは」
「現在、王宮で100匹ほど稼働中です」
親指ほどの蜘蛛が、敬礼したあとに穴の中に入っていった。エルゴが魔法でモニターを出す。蜘蛛には念話の魔法だけでなく、照明の魔法や撮影の魔法がセットしてあるようだ。穴の内部を照らしながら、カサカサと凄い速さで進んでいる。
モニターを見ると、穴の壁は湿っているようだが、水漏れはあまり無いようだ。温泉の帯水層以外は、遮断されていると思われる。蜘蛛が底に着いた。水は溜まっていないようで安心した。
穴の底に空気の手で魔力の風船を送り込む。そして掘削魔法を放ってみた。
ガコッ
穴が掘り下がる。成功だ。どこまで行けるかわからないが楽しくなってきたぞう。
こうしてモニターを見ながら「空気の手」を操作して、魔力の風船から魔法を放つことを繰り返した。
「いやあ、手も糸も意外と遠くまで伸びるなぁ」
「我々と繋がっていれば、融通が利くようですね。なかなかに有効な手段です」
「これを素早く運用できるように訓練すれば、相当使えるな」
「まったくです」
「「あははははは」」
新しい技術の開発は楽しいなぁ。エルゴと二人で肩を組んで笑ってしまった。
その後、途中で穴堀りはエルゴに任せて、俺はゴーレム倉庫を出して、フタやポンプやパイプを作った。温泉が、上まで噴き出してくれれば必要ないのだが、そこまで圧力が掛かっているとも思えない。
「呼人様、温泉の帯水層に達しました」
「おお、モニターの映像がグルングルンしてるな。お湯が噴き出して、蜘蛛ゴーレムが流されているのか。ゴーレムは大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。しかし凄い勢いですが、ここまで来ますかね」
「どうだろうな、あまり勢い良く噴き出されても厄介だぞ」
俺達の心配をよそに、穴の途中で温泉の噴き出しは止まった。蜘蛛ゴーレムも無事に帰還した。ソナーの魔法を撃ってみると、地下30mの位置に水面があるようだ。
ついでに解析の魔法を掛けると、泉質は「アルカリ性単純泉」とわかった。美肌効果のある優しい泉質らしい。
すでにすっかり暗くなっている。俺達は一端宿に入り、夕食を食べることにした。
ローストビーフにサラダ、スープにミートパイと、華かな食卓だ。食堂にはランドル親子や近所の人、薬師ギルドの職員が集まっていた。
「呼人、ヨルクの街の病を治してくれてありがとう。みんなが食事や酒を持ち寄ってくれた。たくさん食べてくれ」
「なんかわざわざ悪いなぁ。皆さんありがとうございます」
俺とエルゴは、自前のドラゴン肉のステーキやビールを、収納庫から出してみんなに振る舞った。
同じ国に住んでいるが北と南の辺境どうし、異文化交流だ。味付けもずいぶん違う。お互いの料理を食べ合う機会など、あまり無いので楽しい。
「呼人、この酒は旨いなぁ。ドワーフのエールより、断然旨い」
「本当だな、どこの酒なんだ。この街からでも買いにいける場所なら、買いに行きたいくらいだ」
「ランドル、これは俺達が作ったんだ。売るほどあるけど保存が難しいから、まだ売りに出してない。この容器が特殊なんだ。今日飲む分には大丈夫だけど、量販となると容器ごと売ることになる。高いぞう」
「がははは、流石は司令官殿は凄いな。酒や容器まで作っているのか」
「ランドルよ、旨いビールを飲むためだ。妥協は出来ないのさ」
「わはは、ちげえねぇ」
「しかし北の肉料理は旨いな。調味料とか買って帰るかな」
「呼人様、レシピはいくつか教えて頂きました」
「おおエルゴ、でかしたぞ。奥さん悪いな。本当は秘密なんだろ?」
「呼人さん、気にすること無いよう。お金以外なら何でも持っていきな。なんなら亭主も付けるよう」
「「「がはははは」」」
辺境の女は、北でも強いようだな。良いことだ。
「ところで呼人は、裏庭で何をやっているんだ? 井戸みたいな物を作っているようだか」
「ああ済まない。楽しくて熱中してしまった。ランドルの了承を得てなかったな」
「いや、庭の片隅だから問題ないが……、あんたら疲れてるんじゃないかと、みんな心配してたんだ」
「温泉を掘ってたんだ」
「「「温泉?」」」
「ああ、やっと温泉が噴き出してな。これから配管作業だ。夜中にうるさくしても良いか? 楽しくて止められそうにない」
「ちょ、ちょっと待て、1000m堀らないと温泉は出ないって言ってたじゃないか」
「1000m掘ったんだ」
「「「ええー!」」」
「やはり迷惑だったか? エルゴ、残念だがあとで埋めよう」
「呼人様、仕方がないですね。迷惑は掛けられません」
「違う、違う、そうじゃないだろう。たった数時間で1000mも掘れないだろうー!」
「そうか? 魔法を使えば簡単だったぞ。なあエルゴ」
「やってみたら意外と簡単でした。良い訓練になりましたよ」
夜も遅い時間だが、配管など1時間もあれば終わるだろう。夜中にビールでも飲みながら温泉に浸かり、星空を眺めるのも乙なもんだろ? とみんなに説明した。
「本当に温泉が出たのか? 呼人」
「地下30mのところで溜まっているな。ポンプで汲み上げる必要がある」
「ポンプ?」
「お湯を汲み上げる装置だ。さっき作った」
「簡単に言うが簡単じゃあ無いだろう? そんな高そうな装置と言い、俺の義足と言い、良いのか? そんな無駄遣いして」
「材料は自前だからな無料だよ。料金を払えとは言わないさ。逆に良い訓練になったし、新たな発見もあったからな。こっちは得した気分だ」
「ハァーッ、何とも司令官殿は豪気だな」
「そうか? これで温泉に入れれば良いじゃないか。なあエルゴ」
「せっかく遠くまで来たのです。温泉とビールを味わうのは当然です。土地によって風情も違うことでしょう」
新たな発見とは、空気の手と魔力の糸についてだ。今は別々に作って使っているが、一体に出来ないかと考えている。つまり「空気の手」に、「魔力の糸」を血管のように張り巡らせるのだ。
これなら魔力の風船をいちいち運ばなくても、空気の手から直接魔法が放てるかもしれない。まだ構想だけで、試していないが上手くいく気がする。この発見だけでも俺にとってはこの上ない報酬だ。
本当、魔法は楽しいなぁ。




