第四十六話 騎獣
流行病の件で、王族と揉めてしまった俺だが、おばば様に頼まれて国中の患者を治療して回ることにした。
ほとんどの流行病は、ウォータードッグから作った薬で治ったのだが、一部に薬の効かない患者がいるためだ。耐性菌のように、薬に対抗する力を得たのかもしれないが、その辺は薬師ギルドで調査中だそうだ。
薬が効きが悪いので、薬師ギルドやおばば様が頭を抱えていたところに、治癒魔法の話をしたら試してみようという話になった。実際に魔法で病が癒えたので、今に至るというわけだ。
「しかし、おばば様。魔法で病が治るなら薬師はいらない。ということにならないのか?」
「呼人殿、あの魔法は消費魔力が大きいので、誰でも使えるわけでは無い。薬師を駆逐するほどは、流行らないじゃろう。魔石で魔力を集めるのもそうそう行えんしの」
「ならいいんだけど」
「新しい薬が出来るまで待っていたら、この国は滅びてしまうかもしれん。薬師の立場を尊重している場合ではないのじゃ。それに回復薬とか他にも稼ぐ方法はあろう」
「でも恒久対策として、薬師ギルドに魔法を教えておいたた方がいいな。俺達はいつ居なくなるかわからないし、少しは魔力の高い人もいるんだろ?」
「何から何まで済まんの」
正直、今回も魔力の多い人間に魔法を教えてやらせたいのだが、1日に何度も使えるのは俺達くらいらしい。移動にも飛行魔法があるが、俺達のようにスピードを出せないそうだ。国中に散らばる患者を早期に治療するためには、俺達が動くしかないようだ。
ちなみに、王族が移動に使っているのも魔法なのだとか。転移ゲートでもあるのかと思ったが、転移の魔法だそうだ。王宮魔導師が何人も集まって唱える魔法なのだが、消費魔力が大きかったり、転移先に大きな魔法陣が必要だったりと、使い勝手はいまいちらしい。
エルクの街で、薬師ギルドの顧問をしているおばば様が、薬師ギルドに働きかけて、流行病の治療を行うための諸々を手配してくれた。
治療が必要な患者は30人ほどだとか。今回は、患者の治療は患者に直接会って行うが、罹患者がいる街の予防のための魔法は、エルクの街のように人を集めないで、夜中に街全体を対象にして魔法を掛けるつもりだ。これで目立つことは無いだろう。
マリア達には、「再生」「解毒」「回復」の魔法をセットにした「治癒魔法セット」をインストールしている。これでみんなで手分けして治療が行える。
患者や街の案内、それに宿の手配などは、該当する街の薬師ギルドの職員がやってくれるそうだ。
まず国のほぼ中心にある都にエルゴが先行して行き、ゴーレム扉を設置して、みんなで亜空間転移して都に行く。あとは少数に別れて、手分けして治療して回るつもりだ。
地図を確認すると、この国はヴォーコルベイユ尊王国というらしい。
都は、アーデルベルトと言う街だそうだ。都を中心に東西南北に大きな街があり、その周辺にエルクのような小さな街があるようだ。
北の玄関口はケール、西の玄関口はディータ、東の玄関口はヴァルター、南の玄関口はトロストという名前の街だ。エルクの街は都の南東に位置する。
都に先行するエルゴを送り出すのに、みんな集まった。今は、おばば様の家の前にいる。暇をもて余しているのか、神様と天使のウーテもやってきた。
あいにくの曇り空で上空は寒そうな感じだが、スライムゴーレムであるエルゴには関係ない。
「エルゴ、済まないけど都まで飛んで、ゴーレム扉を設置してきてもらえるか」
「呼人様、お任せ下さい」
都までは馬車で3週間ほど掛かるらしい。魔力に余裕のある俺達は、飛行魔法で飛ばせばジェット機並みに速度が出せる、都まで半日くらいで着けるだろうとエルゴは言っている。
「しかし半日も飛んでいるのも大変だな」
「呼人はん、騎獣に乗れば楽でありんす」
「神様、騎獣は飛べないからダメなんだよ」
「あちきの騎獣は飛べますえ」
そう言うと神様が自分の騎獣を出した。馬の身体に龍の顔がついた動物だ。顔、首、前足が龍で胴体が馬であるその動物は、神獣と言われている麒麟だそうだ。翼は無いが飛べるらしい。事前に魔力を与えておけば、寝ていても目的地まで運んでくれるとか。
「神獣だから飛べるのか?」
「ウーテはん、どないどす?」
「呼人っち、騎獣の魔法と飛行の魔法を掛け合わせれば良いっすよ」
「ああ、確かに」
「魔法の基本セットは、神が与えた恩恵っす。組み合わせれば大抵の事は出来るっす。人間はあまり応用しないからダメっすね」
「魔法陣は、神代文字で書かれているからな。なかなか難しいんじゃないか」
「呼人っちのように、工夫することを神は望んでいたっす。
だから、わざと詠唱を長くしたり、威力が弱かったり、少し使い辛くしてるっす。でも人間は、その使い辛さに慣れてしまったみたいっすね。工夫して改善する人間はいないっす。魔法の神はがっかりしていたっすよ」
「神代文字を教えるか、人間にわかる文字にすれば良いんじゃないか?」
「それじゃあ、つまらないっすよ。古い言葉を読み解いて、新しい魔法を作り出すのがいいんす」
「温故知新って感じか」
「うんこちんちん?」
「ヘーデちゃん、お下品よぅ」
やはり神代文字は教えてもらえそうにないな。がっかりだ。魔法は便利だが、応用しないと使い勝手が悪いものが多い。この大陸の人間は使い勝手の悪さに慣れてしまって、より良くする努力を怠っているようだ。
魔法通信施設とかも一般人に広めれば、もっと快適な暮らしが出来そうだなと俺は思った。
「それじゃあ、俺達もついでに騎獣を出して魔法陣を改造しようか」
「どんな子が騎獣になってくれるのかしら。私はイメージに自信が無いから心配だわぁ」
「マリアっち、騎獣の形は人によって決まっているっす。イメージで変えられないっすよ」
「ウーテちゃん、そうなの? なんかますます心配だわぁ」
「魔法陣が、深層心理や憧れなんかから情報を得て、勝手に形造るっす。でも大抵の人間の騎獣は馬っすね。この大陸の人間は遊び心が無いっす」
騎獣は魔力が物質化したものらしく、半透明だが色は付くらしい。神様の麒麟は、白い雲みたいな感じだが所々に黄色い色があった。
速度を上げなければ、さほど魔力も消費しないそうだ。他人も乗れるが操ることはできないみたいだ。
そんな話をしているとヘーデリアが騎獣を出した。ドロンと煙りが上がり、出てきた騎獣は大きな虎だった。黄色い身体に黒い虎縞がハッキリした綺麗な虎だ。
「まあ、ヘーデちゃんの騎獣は迫力あるわぁ」
ヘーデが虎の背に股がり、自慢気に胸を反らす。使い魔達が次々と騎獣を出していく。
エルゴの騎獣は、アメリカンバイクだった。獣じゃないじゃんと突っ込んだら、天使のウーテが「遊び心っす」と親指を上げる。
ハルナの騎獣はジェットスキーだ。地面の上をスーッという感じで動いている。騎獣のイメージが全然しない。そういえば飛行魔法でもサーフボードに乗っていたな。マリンシリーズか? アロロクは魚雷だったからミサイルシリーズなのか?
アロロクの騎獣は、小さな零戦で兵器シリーズらしい。2mほどの全長でアロロクが股がって乗る。魔法陣の改造もしていないのに、すでに飛んでいるところが遊び心(仕様)を越えている気がする。良いのか?
そして黄色いあいつの騎獣は、おまるだった。五郎と大きさが変わらないウォンバット型のおまるに股がり、マリアの周りを回っている。楽しそうでなによりだが、おまるの意味わかっているのか?
クロールミアの騎獣は、大きな獅子で、これが普通に見えるから不思議だ。人型の時に乗るらしい。
マリアの騎獣は馬だった。
「デカい馬だなぁ。ばんえい競馬(馬がソリを引く競馬)のばん馬みたいだ。マリアより体高があるんじゃないか?」
「2mはありそう。グリちゃんと同じくらいだわ。上手く乗れるかしらぁ」
そんな話をしていると大きな馬がひざまずいた。乗れと言っているようだ。言葉というより気持ちを察したらしい。マリアが恐る恐る馬に乗ってみる。鞍や手綱は無い。気持ちで動かすものだとウーテが言っていた。
「うわー、視線が高いわぁ」
「裸王。シッシッシッ」
大きな黒い馬にガチムチマッチョが乗っている姿に、アニメのワンシーンを思い出す。カッコいいぜおっさん。俺の騎獣もこんなのが良いなぁ。と思いながら俺も騎獣を出す。
「騎獣召喚」
ドロ~ン
「何かしらぁ? これは? プフッ」
「ロバですね。ブッ」
「がははは、旦那。しょっぼいなあ」
「ロシナンテ。シッシッシッ」
「妾に乗るか? 呼人よ。ブフォ」
「呼人、ダサッ!」
「おで、勝った」
「いやいや、カッコいいっすよ。プヒュ」
「ウーテはん、笑うのは失礼……ぶぶーっ」
「「「「あはははは!」」」」
いいんだ、いいんだ、予想の範囲内なんだ。慰めなんかいらないんだから!
ブヒヒンブヒヒンと一緒に笑っている、まるまると太った小さなロバを、睨み付ける元気も無いほど落ち込んだ俺は、砂に「の」の字を描いていじけている。
そんな俺にエルゴが声を掛けてきた。慰めかと思ったら出立の挨拶だった。グスン
「では呼人様、いって参ります。夜にはまたお会いできるでしょう」
「ああ、頼んだぞ」
「エルゴちゃん、気を付けて行くのよぅ」
騎獣の魔法陣を改造し暫し練習したあと、エルゴは都に向けて出発した。アメリカンバイクがビュンと風切り音を残して、排気音をさせずに斜めに上昇していく。凄まじい速さで遠ざかるエルゴを、俺達はポカンと見つめていた。
エルゴが飛び去ったあと、俺達は騎獣で空を飛ぶ練習をした。騎獣の乗り心地はとても快適だ。音もしないし揺れも無い。まるで雲にでも乗っているようにスーッと運ばれていく。動物型の騎獣は、地上でも空でも足が動いているのだが、全く揺れないのでいつまでも乗れそうだ。
騎獣は鳴きもしないし表情も変わらない、おまるやジェットスキーは勿論だが、マリアの黒王ゲフン、ばん馬も動物のように草を食むこともヒヒンといななく事も無い。見た目は動物だが何か機械的な感じだ。
だが俺の太ったロバは、走る度にブヒヒンブヒヒンと息が荒くなったり、首を撫で上げると嬉しそうにいなないたりするかわいい奴だ。
「じゃあ、ちょっと競争してみるか」
「ヘーデ、負けない」
空中でヘーデの虎と横一列に並び、ヨーイドンで走り出す。太ったロバはバタバタと足を動かし、虎は優雅に空を舞う。スピードは込めた魔力によって決まるので、騎獣の身体能力は関係ない。大きさの違う騎獣が大した差も無く飛んでいる。
「ヘーデの勝ち」
魔力に余裕のあるヘーデリアが、最後に頭ひとつ飛び出した。でもどうやら俺のロバは、見た目はしょぼいが性能はみんなと変わらないようだ。
騎獣で遊んだあと昼食を取って箱庭に行った。あいにくの曇り空だが箱庭はいつも絶景だ。子供たちが元気に仕事をする中にアイラさん達の姿も見える。魔物とも打ち解けているようで何よりだ。
「お兄ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、どうだいお婆ちゃん達は困っていないかい?」
「大丈夫よ。昨日は一緒に温泉に入ったの、極楽極楽って言っていたわ。極楽ってなあに?」
「ははは、この箱庭みたいに平和なところさ」
「わたしは、昨日一緒にお婆ちゃんと寝たの、お話をしてくれたー」
「そうかい、それは良かったね」
やはり俺達みたいな若造と違って、お年寄りは引き出しが多いようだな。子供たちの知識が増えて良い教育になるだろう。
アイラさんは通いで箱庭にやってくる。朝早くにやってきて、暗くなってから帰っていく。監視ゴーレムや使い魔達が送っていくので危険は無い。夫である、冒険者ギルド長のダーブも帰りが遅いので、箱庭の夕食を持って帰って、二人で食べるそうだ。ダーブも休みの日には手伝いに来ると言っているらしい。
お婆ちゃん二人と爺さんドワーフ二人は、箱庭の子供ハウスに住み着いてくれた。個室を与えてあるが子供たちと大部屋で寝ているようだ。
「始めたばかりだけど、何か困ったことがあったら遠慮なく言って下さい」
「お若いの、仕事ができて若返ったようだ。楽し過ぎて困りものだよ」
「がははは、ちげぇねえ。食事が旨いから太りそうで困るわい」
「子供たちといるとそうよねぇ。わかるわぁ」
お婆ちゃん達四人は子供や家族を亡くして、天涯孤独の身らしく、今回の話は大変有り難いことだとお礼を言われた。
孤児や老人の問題が少しでも片付いて良かったと、俺もマリアも思っている。特に偽善でやっているつもりはない。ギブアンドテイクな関係なので、お礼を言われる筋合いはないと思っている。
子供たちは午前中に農業を学ぶ。アイラさん達は、良きアドバイザーになってくれているようだ。
午後からは「読み書き」や「計算」、「一般常識」などの勉強だ。アイラさんが先生となる。
その後は男女に別れて実習だ。女の子は、アイラさんとお婆ちゃん二人と一緒に「料理」や「機織り」なんかをやる。
男の子は、爺さんドワーフ二人と「鍛治」や「木工」をする。鍛治は、炉作りから始めている。レンガを作ったり仕組みを教わったりと、子供には大変そうだ。
護身用の剣術を教える人も、雇わないといけないなと思っていたら、お婆ちゃんの一人が剣術指南をしていた。
なんでも昔は王宮騎士だったらしい。家人の不祥事でお取り潰しになった後、おばば様に誘われてエルクにきたのだとか。王宮薬師だったおばば様とは昔馴染みなんだそうだ。
剣術指南は一緒に剣を振るうわけではないが、型や模擬戦を見て、悪いところを指摘してくれる。
「神様、新しい人達はどうだ?」
「あちきの存在を薄々感づいているようでありんす。妙に敬ったしゃべり方どす。悪い気はしまへんなぁ」
「彼女達にも気を配ってやってくれるか」
「箱庭の関係者は、あちきが守りんす。死んだら神界に召しますえ」
そこまで言っていないのだが、まあ良いか。
一通り、箱庭の状況を見てみたが問題無いようだ。これからは旅をしたり、研究したりと少し自分達の時間を作りたいと思う。
夕食の席で俺は、おばば様に聞いてみた。エルゴもすでに帰ってきている。使い魔や精霊たちがワイワイと騒がしい食卓で、おばば様はヒラメの煮付けを上品に食べていた。
「おばば様は、王宮薬師だったのか?」
「昔の話じゃ」
「それで王族と面識があったのか」
「呼人殿、わしは王宮薬師であったが、現国王の乳母や、教育係もやっていた事があったのじゃ。宮廷の堅苦しさに嫌気が差して、今は片田舎のしがない薬屋のばばあじゃがのう。ファーファファファ」
おばば様と国王との間には、そんな関係があったのかと改めて驚いた。
「国や貴族を御するのは大変じゃ。今回の件は済まないと思っているが、陛下もあれで良くやっておる方じゃ。あまり嫌わんでやっとくれ」
「ああ、わかった。俺は大丈夫だ」
ん? ハルナがピクリと動いたぞ。怪しいなぁ。




