第四十五話 見学
話を聞くと独り暮らしだと言う。なんか孤独死まっしぐらって感じで、居たたまれなくなった。
「お婆ちゃん、病気は治ったんだろ? うちで働く気は無いかな?」
「お若いの、病は癒えたとは言え、こんな年寄りに出来る仕事があるのかい?」
「ああ、大丈夫だよ。仕事って言っても子供を見ているだけだ。座ってても出来る」
俺はお婆ちゃんとダーブに説明した。俺の家に孤児が大勢いること。大人が少ないので、隅々まで目が行き渡らないこと。流行病を治すために全国を回ったり、いろいろあるので留守がちになること。
「子供たちの心のケアと、勉強を見てくれたら助かるんだ。どうかな?」
「呼人、孤児って前に魔法乙女戦隊が保護した子供か?」
「ああ、そうだダーブ」
「魔法乙女戦隊はお前だったのか?」
「いや、違うよ。俺があんな格好で飛び回るわけないだろ。魔法乙女戦隊から頼まれたんで預かっているだけだ」
アイラさんも子供を送って帰ってきた。俺は3人に説明した。
・何人か雇いたいので、独り暮らしのお年寄りを紹介して欲しいこと。
・出来れば子供たちと一緒に住んでくれると都合が良いこと。
・衣食住には苦労させないが、給料はあまり出せないこと。
・子供たちを見守り、アドバイスなんかをして欲しいこと。
そんな俺の思いを聞いて、意外なことにアイラさんが食い付いてきた。
「通いはダメなのかしら? 私も雇って欲しいわ」
「構わないけど、アイラさん、今の仕事は辞めるのか? 給料はそんなに出せないぞ」
「あら、流行病に掛かったときに仕事は辞めたわ。今は無職なの丁度良かったわよ。給料は無くても大丈夫よ。この人が稼ぐから」
「そうだぜ、呼人。アイラは子供好きだが、俺達に子はない。丁度良い仕事だと俺も思う。街の年寄りには、俺とアイラが声を掛けてみよう」
「そうか、それは助かる。子供好きで、なるべく面倒見の良さそうな人にしてくれ。お婆ちゃんも考えてみてくれないかな。返事は急がないから。なんなら見学に来てくれてもいい」
こうして3人と、いろいろと話しているうちに、もうひとり候補が上がった。そのお婆ちゃんをアイラさんが呼びに行き、事情を説明して、お婆ちゃん二人とアイラさんを連れて、これから箱庭を見学することになった。
ダーブは今日は仕事が休みらしく、付いてくると言う。4人には今から見ることは人に話さないように念を押した。
実際、箱庭や魔物が街に知れて騒ぎになっても、他の街に引っ越せば良いと思っているので、人に話しても関係ないのだが、それほどの秘密があると緊張して望んでくれた方が、驚きも少ないだろう。
「ダーブとアイラさんは飛行魔法は出来るのか? お婆ちゃん達にドワーフ村まで歩かせるわけにもいかないだろう」
「呼人、辺境の人間はそれほど弱くない。杖はついているが足腰はしっかりしている。心配はいらないさ」
「そうよ、年寄りを甘やかすのは年寄りに失礼よ」
「ふーん、そんなもんか。済まないなお婆ちゃん。世間知らずなもんで許して欲しい」
お婆ちゃん達は「優しい若者だ」と笑っていた。おばば様とは大違いだ。
元の世界は子供も年寄りも、人間全体が甘やかされているからな。少しはこの大陸を見習えば、住み易くなるかもしれないな。技術の発展で便利にはなったが、自立心の無い人間が寄り添い過ぎてて、歪にしか見えないんだよなあ、俺には。
まあ、今更関係ないけどね。
5人でゆっくり歩いてドワーフ村に差し掛かった時に、おばば様とゴンゴスさんに会った。事情を説明して、おばば様の意見も聞いてみた。
「これから箱庭を見せようと思うんだけど、おばば様はどう思う」
「呼人殿、この年寄り二人はわしも知っておる。信用できる人物じゃ。わしが保証しよう。それに辺境の女は柔ではない。少々驚かせても死にはせんから心配するな。ファーファファファ」
「少々じゃないけどね」
「ゴンゴス、やつらも呼んでやれ」
「ああ、わかったわい。呼人殿、少し待っていて欲しい」
そういうとゴンゴスさんは二人のドワーフを連れてきた。いつも箱庭の子供たちに、鍛冶と木工を教えてくれるお爺さんドワーフだ。この二人も独り暮らしらしく、俺の話しに興味があると言う。
ドワーフ村でまたお礼大会になりかけたのを、おばば様の一声で制して箱庭に向かう。おばば様とゴンゴスさんも付いてきた。
歩くとすぐに、おばば様の家の庭の掘っ立て小屋(ゴーレムハウス)に着く。俺が中に入ろうとすると、みんな怪訝そうな顔になるが、ここでもおばば様の一声で誰も文句が言えない。
さあ、驚きやがれ! これが箱庭だ。俺が開いた扉の中にみんなで入る。
「「「なんじゃこりゃー!」」」
そこには見渡す限りの大パノラマがあった。
俺とおばば様には見慣れた風景だが、他のみんなは思わず声を出している。俺が最初に箱庭を見た時もそうだったと、懐かしく思った。
煌々と輝く太陽、燦々と降り注ぐ日差し、清み渡る青い空、流れる白い雲、遠くには地平線が見える。
外観の掘っ立て小屋とは明らかに違う内部にみんな唖然としている。俺とおばば様は顔を見合せて、クスリと笑い合う。
広大な大地には、いくつかの山々があり、活火山のように煙を上げているものもある。中央に広がる草原には、野生の動物のようなものが草を食む姿が、ちらほらと見受けられる。
遠くには、流れる大河とおぼしき地割れがあり、近くには小川が流れている。そして所々に深い森があり、鳥たちのさえずりが聞こえる。
圧倒的な大自然とはこの事だろうか、呆れるばかりの大展望だ。
目の前には、農作業用のゴーレムが働く広い穀倉地帯。野菜畑。薬草園。果樹園や牧場が見える。
そんな中で、のんびりと仕事をする多くの子供たちに加えて、マリアや使い魔たちがいる。
そして魔物の姿。
ダーブもゴンゴスさんも他の人達も、目を疑う光景に言葉が出ないようだ。
風が吹く度に、稲穂が海原の波のように揺れ動く中、一陣の風がビュウと吹き、みんなの髪をバサバサと揺らすが、みんな瞬きも忘れて、目に写る光景を食い入るように見つめていた。
「「「なんじゃこりゃー!」」」
ダーブ達がもう一度叫んだ。
「どうなっとるんじゃ、おばば様。魔物がおるぞ。子供たちが危険じゃぞ」
「ゴンゴス落ち着け。良く見るのじゃ」
「呼人、俺が魔物と戦っている間に子供たちを逃がすんだ。俺も元冒険者だ。少しは時間が稼げるだろう」
「あなた落ち着いて良く見なさいな。魔物は子供を襲うどころか、一緒に仕事しているように見えるわ」
「そうじゃダーブ。どこに危険があるのじゃ」
おばば様とアイラさんの言葉に、ゴンゴスさんとダーブが顔を見合せる。
「しかし、あれはグリフォンじゃぞ。わしは初めて見たが、話には聞いとるから間違いない。のうダーブ殿」
「ああ、俺は冒険者時代に何回か会ったことがある。逃げるのに精一杯だった恐ろしい魔物だ。呼人どういうことだ。アイラにこんな危険な場所で働けと言うのか」
「ダーブもゴンゴスも落ち着かんか。ここの魔物は人を襲わん。呼人殿に命を助けられ、呼人殿の農園を手伝っておる。いわば、わし等と同じ立場じゃ」
おばば様の同じと言う説明に少し納得したようでおとなしくなったが、顔の焦りは収まらない。夢でも見ている感覚なのだろう。俺にも覚えがある。
「隊長ー! ちょっと来てくれるかー!」
「呼人殿、なんだー! 今行くぞー!」
遠くのグリフォン隊長に声を掛けると、バサリと大きな翼をはためかせ、こちらに飛んできた。その様子にいつものメンバーが集まってくる。
グリフォン隊長が巨体の重さを感じさせずに、俺の横にストンと降り立つと、翼で起きた風圧によりダーブとゴンゴスさんが尻餅をついた。
「なんじゃ情けない。さっさと立たんか」
「あなたもですよ」
ダーブとゴンゴスさんが慌てて立ち上がる。顔が真っ赤だ。しかしアイラさんは豪胆だな。
「呼人殿、何か用か」
「呼人よ、なんじゃ、こやつらは」
グリフォン隊長と人型のルミアが、怪訝そうに俺が連れてきた人間を見ている。他の使い魔やマリアは成り行きを見守っているようだ。
「みんな聞いてくれ、この箱庭は子供たちがたくさんいるが大人が少ない。だから子供の世話や教育のために、人を雇うことにした。今日は見学に来てもらったんだ。ここで働けそうなら後日連絡をもらう。
今日は昼食を一緒に取って、箱庭を理解してもらおう思って連れてきたんだ」
「呼人殿、我々魔物がいても大丈夫なのか?」
「隊長、それを判断してもらうために、彼らに来てもらったんだ。魔物達に事情を説明してくれないか。いつも通り行動してくれて構わない。
この人達は、信用できる人間だからと伝えてくれ」
「承知した。人間達よ、我は呼人殿と親しくさせてもらっているグリフォンだ。よろしく頼む」
グリフォン隊長が気を使って、ダーブ達に声を掛けてくれた。アイラさんとお婆ちゃん二人は、ニコニコと挨拶を交わし、ドワーフ爺さん二人も「立派な魔物じゃのう」と笑っていた。
ダーブとゴンゴスさんはぎこちない。魔物がしゃべっていることが信じられないようだ。
こうして顔見せが終わり、マリアとエルゴが子供たちを集めて昼食の準備を始める。魔物は寝そべり、精霊たちははしゃぎ、神様とウーテはハルナとおしゃべりしている。
箱庭の、いつもの準備風景だ。
アイラさんは子供たちと野菜を収穫に行った。お婆ちゃん二人は、子供たちと料理を作る。お米をといだり、味噌汁を作ったり、多分見たことも無いのだろう。子供たちに教わりながら一緒にやっている。
俺とおばば様は、ダーブとゴンゴスさんと爺さんドワーフの相手をする。しらふじゃなんだと言うことで、ビールのサーバーを出してジョッキにビールを注いだ。
俺達は一足先に乾杯だ。エルゴが、ツマミの漬物とチーズやサイコロステーキを出してくれた。
晴れ渡たる空の下、午後の日差しが柔らかい。ビール日和の暑い日では無いが、昼間から外で飲むビールは格別だろう。
乾ぱーい! んぐんぐんぐ、プハーッ!
「旨いな呼人、なんだこの酒は? エールみたいだが、酸味もなく苦味が強い。全然、別物だ。それに良く冷えている」
「そうじゃ、呼人殿。どこのエールじゃ。今まで飲んだことが無いほど旨い」
ダーブとゴンゴスさんに加え、爺さんドワーフも「なんじゃ」「なんじゃ」と騒がしい。
「いちいち、うるさい奴等じゃ。黙って飲めんのか」
「じゃが、おばば様。誰が飲んでもビックリするじゃろ」
「そうじゃ、そうじゃ。わしらドワーフの酒より旨い酒じゃぞ。騒ぎたくもなるわい」
「それに、このジョッキと言うガラスコップも凄いのう。こんなに透明で大きい。シンプルじゃが分厚くて、取っ手まで付いておる。凄い技術じゃぞ」
「ビールもジョッキも俺が作ったんだ。ビールはそのうち売りに出したいけど、ドワーフの酒と競合するから迷っている。別の機会に相談させて欲しい」
見ること聞くことに、いちいち驚くドワーフ達。ビールサーバーの継ぎ目の無い造りに驚き、漬物に驚き、チーズに驚き、味噌汁に驚き、ごはんに驚き、ステーキのおろし醤油味に驚き、サラダのマヨネーズに驚き、魔物の食事に驚き、精霊たちに驚く、帰る頃にはクタクタになっていた。
いつの間にかダーブ夫婦は、グリフォン夫婦と意気投合して楽しそうに話していた。食後に背中に乗って空の散歩までしていた程だ。
二組の異種族夫婦が楽しそうに空で話をする姿を見て、良い光景だなと俺は目を細める。
その後、他の魔物達を紹介して害が無いことをわかってもらい。子供ハウスと温泉ハウスに案内して、住居もしっかりしていることをアピールした。ドワーフ達がまた騒いでいたが、おばば様に怒られてしょぼんとしていた。
俺は、温泉が2階なので老人用にエレベーターでもつけるかと考えたが、お婆ちゃん達も爺さんドワーフも階段を難なく登っていたので、無くても大丈夫だろうと確信した。
こうして箱庭見学会は、無事に終わった。
「じゃあ、ここで見たことは秘密にしてくれ。ここで働く気があったら、いつでもいいからおばば様のところに連絡して欲しい」
「呼人、話しても誰も信じちゃくれないぞ」
「そうじゃのう。まだ夢を見ているようじゃ」
今日は初めて外部の人間を箱庭に招き見学してもらった。後々、問題が起こると厄介だが、子供たちの世話をしてくれる大人は必要だ。俺達はこの大陸の常識が無いので、アイラさん達が来てくれると助かる。働いてくれると良いな。
次の日、うちのメンバーに精霊二人が加わってにぎやかな朝食を取ったあと、おばば様と居間で昨日の話をしていると来客があった。
アイラさんとお婆ちゃん二人、それに爺さんドワーフ二人だ。箱庭で働きたいと言う。
俺とおばば様が同席して条件を詰める。おばば様が提示した給料は俺からするとずいぶん少ないなと思ったが、仕事の内容を考えれば多いくらいだそうだ。
俺はドワーフ達に、子供たちは弟子じゃ無いんだから、あまり厳しくしないでくれと頼んだ。爺さん達は任せておけと請け負ってくれた。
アイラさんは通いで、それ以外は箱庭に住んでくれるそうだ。元の家を捨てて箱庭に来てくれるらしい。有り難いことだ。子供ハウスにはいくつか個室もある。そこに住んでもらおう。
エルゴとハルナとアロロクに引っ越しの手伝いを頼んだ。住んでいた家は土地も家も二束三文らしいので、商人ギルドのマスターに、アイラさんから話を通すそうだ。
良い具合に話がまとまって良かった。これでのんびりと旅行したりも出来る。箱庭にはいつでも帰って来られるけど、旅は日常を忘れて楽しみたいからね。
蛇足だが、老人達が住む予定の個室には、トイレと簡易キッチンが付いている。キッチンでお湯を沸かして、お茶が飲めるわけだ。トイレは、魔法で水が流れる水洗トイレだがウォッシュ機能は無い。
この大陸では、成人式に国から「魔法の基本セット」が支給される。基本セットの中に「浄化」の魔法があり、身体や着衣を洗浄することができる。
魔法を掛けると、体がもぞもぞとくすぐられる。体に、目に見えない水のような物質が絡み付き、洗浄している感じだ。慣れないとこそばゆいが、トイレの後に掛けるとお尻キレイキレイになる便利な魔法だ。
トイレに流された排泄物は、亜空間に溜まり、定期的に魔法で肥料に変えられる。自動で肥料になるように魔法陣を組んである。魔法で作る肥料なので衛生面は安全だ。
あとは精霊たちが持ち出して、畑や森にまいてくれる。
きちゃない話ついでに付け加えるが、子供ハウスには魔物用のトイレもある。大中小と大きさの違うトイレを作ったのだ。
魔物たちは、始めは外で用を足していたのだが、差別はいかんとマリアが言い始めたので作った。人間のルールを魔物に押し付ける方がよっぽど問題だと思うのだけど、誰も文句は言わないのでよしとしている。
外で排泄しても、排泄物は魔法で肥料に出来るから不衛生にはならないし、逆に面倒だろうと俺は思うのだが、
「隊長、トイレなんか面倒だろう」
「まあ、初めはそうだったがマリア殿の好意は有り難い」
「そうか? 嫌なら文句言っても大丈夫だぞ」
「いや、姿形の違う我等を同等に扱ってくれているのだ。皆、喜んでいる」
うーん、魔物は意外に律儀だなぁ。精霊たちは勤勉だし、人間なんかより余程気持ち良い奴等だ。
元の世界では味わえない幸せを感じた一幕であった。




