第四十四話 市場
王族をハルナとエルゴが叩き出し、やっと一心地ついた俺達は、夕食の席で事の顛末をマリアに語った。
今日は、おばば様の家に設置したゴーレムハウスで夕食だ。俺とマリア、使い魔達、クロールミア、神様と天使のウーテ、おばば様とアロン、精霊達がいる。
メニューは勿論、炊き込みご飯だ。
箱庭の子供ハウスでは、夕食はタケノコご飯だと言う。アロロクが、おひつに入ったタケノコご飯を分けてもらってきた。こっちはそれとは別に、サンマご飯も炊いてみた。魔法で骨が分離できるので楽なもんだ。
サンマご飯は、みじん切りにしたネギをたっぷり載せて食べる。おかずは、豆腐ハンバーグと野菜たっぷりのお吸い物だ。漬物は好みでつまむ。
「なんという美味さじゃ、メシとサンマとネギが絶妙じゃのう」
「タケノコもコリコリして、美味しゅうおすなぁ」
「謝って良かったっす。これをお預けにされたらヤバかったっす」
ルミアも神様も、一仕事終えてご機嫌だ。やり過ぎたなんて、微塵も思っていないようだ。
天使のウーテは、神様の代わりに俺に謝っていたが、ウーテは何も悪くないだろう? 自分の代わりに謝らせるとは、さすが鬼ばばだなと思っていたら、神様にニコリと微笑まれた。
…恐い。
神様と言いマリアと言い、年経た妖怪は鼻が利くなんて考えたら、威圧されそうだから止めておこう。
しかしウーテは、料理を作ることには興味無い、と言いながら良く食べる。食べる事と戦う事は、大好きみたいだ。あと、ぬか漬けには、並々ならぬ興味を抱いているようだ。自分専用のぬか床の匂いに、恍惚としている姿を何度か見た。ぬか床フェチとは、何とも微妙な残念天使だ。
何でも神界には、すっぱい食べ物が無いらしい。果物も全て甘いのだそうだ。すっぱさを初体験して、身体がビビビと震えたのだとか。
「よぶちゃん、それでどうするのよぅ」
「マリア、どうするも何も、俺が全国を回って、治療魔法を掛けるしかないんじゃないか?」
「エルクの街では、魔法は2回しか使えないと嘘をついて、予防線を張ったのに、無駄になったようねぇ」
「うっ、マリア、それは言わないでくれ」
「呼人殿、行ってくれるか? ありがたい」
「おばば様が困っているんだ。弟子が動くのは当たり前だろ?」
「アロンも、お手伝い出来れば良いのだけど…」
アロンが済まなそうにそう言った。おばば様もアロンも魔力が足りずに、あの魔法を発動出来ないのだから仕方がない。慣れない者に任せていたら、事態がいつ収束するかわからない。
「アロンちゃん、私達がお手伝いするから大丈夫よ。よぶちゃん1人にはやらせないわぁ」
「どうせ魔法乙女戦隊の宣伝だろ? まあ、手伝ってくれるのはありがたいけどね」
「あたち達、プラスワンにお任せでしー!」
「班長達は、インタビューしてもらえるといいな」
「大丈夫でし、今回がダメでも次があるでし」
馬鹿な王族と違って、精霊たちは真面目だなぁ。少しは見習ってもらいたいよ。
今、おばば様が薬師ギルドの情報網を使って、何処に何人の患者がいるのか、再調査している。数日すれば情報が手に入るだろう。
それまでにマリア達に、「再生」「解毒」「回復」の魔法をセットにした「治癒魔法セット」をインストールしておけば、みんなで手分けして治療が行える。
患者や街への案内、それに宿の手配などは、該当する街の、薬師ギルドの職員がやってくれるそうだ。
今回は、患者の治療は患者に会って行うが、罹患者がいる街の、予防のための魔法は、エルクの街のように人を集めないで、夜中に街全体を対象にして、魔法を掛けるつもりだ。これで目立つことは無いだろう。
治療に行った土地には、ついでに亜空間転移の扉を設置してきてもらおう。
俺は今回の報酬として、各街の薬師ギルドの地下倉庫の一室を、もらい受けることにした。どこのギルドにも、使っていない地下倉庫の一部屋くらいあるそうだ。そこにゴーレム扉を設置させてもらう。ゴーレム扉は亜空間に繋がっている。
複数の扉が、同じ亜空間を共有すれば、亜空間転移が可能となる。
俺が持つゴーレム扉から中(亜空間)に入って、他の扉から出れば、遠くの街に出るというわけだ。これでいつでも遠くの街に遊びにいける。
ゴーレム扉もいっぱい用意した。使い魔達のように、機能をたくさん付ける訳ではないので、勾玉は使わないで、魔物の魔石を核としたゴーレム扉だ。
「そんな交渉をしていたなんて、抜け目ないわねぇ」
「おばば様の頼みだから、ボランティアでも良いんだけどね。それにまだおばば様と口約束しただけさ」
「呼人殿、全国を回って治療してもらうのじゃ。薬師ギルドが、無償では気が済まぬと言うじゃろう。なに、ギルドの建物は地域の援助で建てたもの。余っている倉庫の一部屋など安いものじゃ」
「その扉を逆手にとって、大軍が攻めてくるなんてことは無いわよねぇ」
「扉自体、俺が認めた者しか通さないし、こっちの扉を普段は魔石にしているから、来ようがないな」
こうして俺達は、情報が集まり次第、流行病の治療に出かけることに決まった。王族の後始末をするようで、嫌な気持ちはあるが、おばば様が困っているので仕方がない。
まず国のほぼ中心にある都に、エルゴが先行して行き、ゴーレム扉を設置してから、みんなで亜空間転移して都に行く。あとは少数に別れて、手分けして治療して回るつもりだ。
都までは馬車で3週間ほど掛かるらしい。魔力に余裕のある俺達は、飛行魔法で飛ばせば、ジェット機並みに速度が出せる、都まで半日くらいで着けるだろうと、エルゴは言っている。
翌日、気持ち良く晴れ渡った朝の日差しを受けながら、朝食を終えた俺は散歩に出た。今日は俺ひとりで、エルクの街の市場に買い物にきている。たまに市場で、珍しい食材は無いかと探すのは、俺の散歩コースのひとつだ。
ひとりと言っても、アロロクが影に隠れてついてきているのは、言うまでも無い。自分の興味がある食材を見つけると、護衛そっちのけで勝手に出てきて、値切り始めるのもいつものことだ。
喧騒にざわめく市場を歩いていると、突然声を掛けられた。
「よう、呼人じゃないか。珍しいな、こんなところで合うなんて」
「久しぶりだなギルマス。ダーブだったか。奥さんのアイラさんも、おはようございます」
マリアと変わらないくらい、マッチョなダーブと、スレンダーなアイラさんは、正に美女と野獣のようだ。ダーブは40代くらいに見えるが、まだまだ冒険者として現役で行けそうな感じがする。
冒険者ギルドのマスターが、朝から美人さんを侍らせて市場デートとは、良いご身分だ。しかし冒険者ってのは声がデカい奴が多い。周りの客がビックリしているぞ。
「その節は、命を救って頂きありがとうございました」
「いやいや、大したことしてないですって。おばば様の指示通り動いただけですから、頭を上げて下さい」
ダーブとアイラさんが、揃って丁寧に頭を下げているが、往来の真ん中で勘弁して欲しい。
恥ずかしそうに、周りの様子を伺うと、いつの間にか市場の喧騒が止んでいた。周りの客も店の店員も、皆が俺に向かって深々と頭を下げている。事情を知らない冒険者たちは、キョトンとしている。
うわー、逃げ出したい。治癒魔法を使ったくらいで大袈裟だろ。
「ちょ、ダーブ。何とかしてくれ。こういう晒し者みたいなのは、嫌だと言っただろ」
「いや、俺達は朝の運動に、前屈しただけだ。お礼を言ったのは、命を救われたアイラだけだし、問題ないだろう?」
ダーブが頭を上げてニヤリと笑った。「そうだろうみんな」とダーブが言うと、「そうだそうだ」「朝の運動は大切だ」と、市場のみんなが笑い合う。俺は苦笑いするしかない。
その後は、ありがちな「うちの果物持っていきな」「うちの肉も」「野菜も」「無料にするから、いつでもおいで」「うちもだ」と始まり収集つかなくなってきた。
「ああー、みなさん聞いて下さい」
群衆に囲まれながら、俺が声を出すと意外にも場はシーンと静まった。
「お気持ちは嬉しいのですが、買い物は俺の楽しみのひとつです。こういう事をされたら、今後市場に来れません。俺の楽しみを奪わないで下さい。お願いします」
場の雰囲気を壊しているのはわかっているが、正直このまま、なあなあで行かれると困る。俺は目立たず楽しく生きたいのだ。そのためには、偏屈者や空気の読めない奴と思われて、遠巻きにされるくらいが丁度良い。
「がははは、呼人は欲が無いなぁ。みんな聞いた通りだ。おばば様にも言われただろ。呼人はこういう奴だから、影ながら見守るくらいにしておけと。さあ、散った散った」
ダーブの言葉に、市場の人達が踵を返す。
「少しオマケするくらいは、こっちの自由だ。文句は言わせないよ」
「ははは、ちげえねえ」
明るく笑う市場の人達に、俺は転んでもただでは起きない、辺境の人間の強かさを見たような気がした。
都会には無い温かみは、気持ちが良いのだけど、俺は都会のクールさの方が好きなんだ。好意を無下にして、済まないとは思うけどわかって欲しい。
群衆が散ると、そこには子供が二人と、杖をついたお婆ちゃんが残っていた。子供は兄と妹だろうか? 寄り添ってこっちを見ている。ずいぶんと痩せているが大丈夫なのか? と考えていると、
「お兄ちゃん、わたしのお母さんの病気を治してくれて、ありがとう」
「ありがとう。兄ちゃん」
意を決したような顔で、お礼を言われてしまった。
んん? ダーブとアイラさんには、子供がいないと聞いたぞ。お母さんの病気ってなんだ?
俺は意味がわからず、ダーブの方を見る。
「この子たちの母親は私の知り合いなの。流行病では無いのだけれど、このところ体調を崩しがちで、仕事も出来ない状態だったのよ」
ダーブの代わりに、アイラさんが説明してくれた。なんでも俺の魔法によって、エルクの街やドワーフ村の、病気という病気が全て治ったらしい。
この子たちは母子家庭で、母親が働けないと死活問題だったそうだ。今は、寝込むことも無くなったのだとか。女の子が花を一輪、俺にくれた。
「きれいな花をありがとう。代わりにこれをあげるよ」
俺は収納庫から肉を出して、男の子の方に渡す。木の葉に包まれた肉は、子供には大き過ぎたようだ。ヨロヨロしている。頑張れお兄ちゃん。いっぱい食って、お母さんのお手伝いをするんだぞ。
「良かったわね。お母さんには、私が説明してあげるからもらっておきなさい」
アイラさんがフォローしてくれた。子供を送ってくると言って、アイラさんが一端離れる。
ダーブが残って、お婆ちゃんのことを紹介してくれた。
「こっちの年寄りも似たようなもんだ。魔法で、長年の持病が治ったんで、お礼がしたいらしい」
「お若いの、これはあたしが作ったお守りだよ。いっぱい祈りを込めたから、精霊の御利益があるはずだ。もらっておくれ」
俺は木を削って作ったと思われるお守りを、受け取ってお礼を言った。お返しに肉を出したら、肉など食えないと断られてしまった。
話を聞くと独り暮らしだと言う。なんか孤独死まっしぐらって感じで、居たたまれなくなった。




