第四十二話 目には目を
「ハアーッ」
本当、貴族や王族は面倒臭い。突然王子がやってきて始まった話し合いは、話もろくに聞かないうちに、逮捕案件に発展してしまった。
俺が悪いの?
いきなりトップに近い人間連れてくるなよなぁ。報告とお願いなんて、もっと下っぱで十分だろう?
だいたいお願いに来て、いきなり斬り掛かるとかあり得ないだろう。どんだけ馬鹿なんだよ。話し合う気なんか端から無いじゃん。王族なんてそんなもんなんだろうけど、泣き寝入りなんかしないからな。ちくしょう!
一触即発のムードの中、窓からパタパタと呑気に飛び込んでくる、赤い物体がいる。幼竜のクロールミアだ。最近は人間形態ばかりだったので、ドラゴンの姿が妙に懐かしく感じる。
ルミアは、一同が注視するなかパタパタと飛んできて、俺の後頭部にへばりつき呑気な声を上げる。
「呼人よ、腹が減ったのじゃ。そろそろ昼食にせんか?」
「済まないな、ルミア。今来客中なんだ」
「そうなのか? それは済まなかったの。じゃが、和やかに世間話しておるようには見えんのう」
クロールミアが、部屋の中を見回してそう言った。部屋の中はテーブルが潰れ、騎士が踞っている。誰が見ても和やかな雰囲気には見えない。
クロールミアは、王子と宰相を見て何かを気が付いたようにこう言う。
「なんじゃ、見た顔じゃな。確か第一王子じゃったか? 息災にしておるか?」
「…」
王子も宰相も、クロールミアを見て目を剥いている。足がガタガタと震えているのも気が付いていないようだ。
クロールミアは竜族の姫だ。竜族の王家カプドヴィエル家は、一部の人間から「厄災」と言われて恐れられている。
ドラゴン1匹で国を滅ぼすと言われている世界だ。その王家の力は、はかり知れない。
「なんじゃ、何度か会っておろう。忘れたか? 直答を許すぞ。挨拶くらいせんか」
「り、竜の姫、お会い出来て光栄に存じます」
王子が何とか声を絞り出し、優雅にお辞儀した。
どうやらルミアは仕込みらしいな。エルゴが念話で呼んだようだ。俺は、ルミアの演技が大袈裟で笑いそうになる。
より大きな力を使って話を穏便に済ませる気かな? 魔物達は力を示すのが大好きだからルミアもノリノリなのだろう。
「長旅で疲れておろう。風呂などどうじゃ。呼人も一緒に入ろうではないか?」
「ルミア、それどころじゃないんだ。邪魔しないでくれ」
なっ! 俺の言い様に王子と宰相が固まる。王子より格上の、人間なんか屁とも思っていない人外相手に正気か? とでもいうように、俺を見ながらパクパクと口を開いて驚いている。
生憎、俺もルミアも、あんたらのルールなんか知ったこっちゃないんでな。
「良いではないか。のう、その方らもそう思うじゃろう」
「え、ええ、まあ」
「なんじゃ、ハッキリせんのう。嫌なら嫌とハッキリ言わぬか」
「や、竜の姫、嫌などと申しておりません。そうですな王子」
「も、勿論です」
どう考えても、風呂って雰囲気じゃ無いだろうと言う空気の中、王子も宰相も愛想笑いでルミアに合わせる。俺は「なんだこの茶番は」と呆れてしまった。
そんな俺達を「ではこちらへ」とエルゴが温泉に案内する。おばば様の家の客間を出て、箱庭の温泉ハウスに繋がるゴーレム扉を開けるエルゴ。ハルナが護衛騎士を無理矢理立たせてついてくる。
エルゴ達は、何を企んでいるんだろう?
扉を出るとそこは、温泉ハウスの下駄箱だ。靴を脱ぎ、脱衣場で服を脱ぐ、ハルナはさすがに入ってこない。護衛騎士はよろよろしながら、鎧を脱いでいる。
それを待たずにエルゴが先に進む。エルゴは服を着たままだ。俺とルミア、王子、宰相が裸で続くとすぐに湯船だ。
檜の床には湯気が舞っており、前方には箱庭の風景がドーンと広がっている。いつ見ても良い眺めだ。
王子と宰相、やっと追い付いた騎士の3人は、その光景にポカンと口を開けて驚いているようだ。俺は少し誇らしい。
「なんじゃ、神ではないか。邪魔して良いか?」
「ルミアはんに呼人はんでありんすか。どうぞどうぞこちらへ」
湯船には、妙齢の女性の姿をした端末神様と、女子高生くらいの年齢の天使のウーテ、それに何故か精霊さんがいた。
神様とウーテは裸だが、中学生くらいの少年の姿をした精霊さんは、服を着たまま湯船に浸かっている。精霊は霊体なので、服のように見えるだけなのだが違和感は否めない。
ルミアが「神」と言ったとたん、王子と宰相の身体がビクンと跳ねた。
おばば様の話では、なんでもこの国は100年ほど前に、精霊さんの住まう、邪神の欠片が封印された森にちょっかいを掛けて、神の鉄槌(雷)を喰らったそうだ。
魔物を狩ろうと軍隊で攻め込んだらしい。精霊さんの怒りに触れた軍隊は焼き尽くされ、都のお城は三日三晩、神の鉄槌に晒されたと言う。
雷により城に住まう王族の2/3以上が死に、跡目争いで貴族も巻き込んで争いが起こり、亡国の危機に瀕したのだとか。
以来、精霊の森に砦を建て、封印の地として扱っているそうだ。
王族や貴族は、その生々しい「伝承」を、子供の頃から聴かされて育つようで、とても神を畏れているらしい。
「エルゴはんも、こちらにおいでなんし」
「いえ私は、こちらの方々をご案内しなくてはなりません」
神様がおかしな口調で、エルゴにも近くに来るように促す。
「その方達は、呼人はんのお友達でありんすか?」
「いえ、こちらは呼人様に喧嘩を売っておられる方々です」
「はい? あちきに喧嘩をどすか?」
「いえ、呼人様を害するおつもりのようです」
「それは、あちきに喧嘩を売るという事と同義どす。あんたはんらは、わかっておすか?」
ブワッと湯気が舞い。ニコニコ顔の神様から神気が溢れる。
王子達3人は、神気に当てられ尻餅をついて震えている。当然フリチンだが構っている余裕はない。何かしゃべろうとしているが、ガチガチと歯が当たってしゃべれないようだ。
「なんじゃ、この国は呼人に喧嘩を売っておるのか? 妾は呼人の友じゃ。呼人の喧嘩は妾が買おうぞ」
「め、め、め、滅相も、ご、ご、ございません」
宰相が、歯をガチガチ鳴らしながら言った。
「遠慮することはない。何もカプドヴィエル家の全てで攻める訳ではないぞ。
妾ひとりじゃ。こんな小さなドラゴンなど呼人を害するより楽であろう。妾も良い運動ができて助かるのじゃ。
国中の軍隊を集めれば、丁度良い喧嘩が出来そうじゃのう。風呂から出たらすぐに用意するのじゃ。楽しみじゃのう」
「ルミア、この国の軍はあまり強くないよ。前に僕の森に攻めてきた軍隊は、すぐに燃え尽きてしまったよ」
精霊さんは、王子達にも姿を現しているようだ。ルミアの話に混ざって、おっとり口調で物騒なことを言い始めた。
王子達3人は、神気の威圧に加え言葉でも脅され顔が真っ青だ。とても温泉など入る気にはならないだろう。
「うちは、城に神の鉄槌をお見舞いしたっす。誰も反撃してこなかったっすよ。退屈な戦だったっす」
「ウーテはん、この者らは、あちきの領域に攻めてきたでありんすか?」
「尊きお方、100年も前の話だよ。報告はしたと思うよ」
ウーテと精霊さんのチクリに神様が反応して王子達をギロリと睨む。いつものニコニコ顔がいつの間にか無くなっていた。
「そして今度は呼人はんに喧嘩を?
……ウーテはん、手温いどすえ。2度と逆らえないように滅ぼしておくんなまし」
「わかったっす。徹底的にやるっす」
「ウーテよ、妾とどっちが多く殺せるか競争じゃ」
「ルミアっち、負けないっすよ」
最後まで聞いていたのだろうか? いつの間にか3人は泡を吹いて倒れていた。
3人を抱えて温泉から出ていくエルゴが、神様達に親指を立ててサムズアップする。
グッジョブということらしい。イケメン執事の笑顔がまぶしい。
そんなエルゴに、端末神様がウインクで返す。やはりエルゴが、この茶番を念話で手配したらしい。エルゴは抜け目無いなぁ。
「なんじゃ、あれくらいで気絶とは情けない」
「口ほどにも無い輩でありんしたなぁ」
「まったくっす。せっかくエルゴっちがお膳立てした芝居なのに、これで終わりなんて勿体無いっす。喧嘩売るなら、最後まで責任もって欲しいっすよ」
「僕は楽しかったよ。あの慌てようは滑稽だったなあ。たまたま寄った時に事件が起きて良かったよ。
わざわざ顕現した甲斐があった。森の精霊に良い土産話が出来たようだ。呼人ありがとう」
「ありがとうじゃ無いよ、まったく。みんな呑気なんだから。こっちは冷や汗もんだぞ」
「汗を流すのに丁度良いでありんす。良かったどすなぁ。呼人はん」
「「「あははは」」」
笑い事じゃないよ。王族といい人外達といい、人の気も知らずに勝手ばかり言って、困るのは俺なんだぞ。
「それにしてもルミア。本気で国と喧嘩するつもりじゃないだろうなぁ」
「呼人よ、本気に決まっておろう。近頃、運動不足でいかん。なあに都と、前に喧嘩を売ってきた公爵家を潰すくらいじゃ。民までは殺さんから安心せい」
「箱庭は、あちきが直々に守りんす。あちきがルールブックどす」
「呼人、人間はたまに痛い目見ないと反省しないからね。良い機会じゃないかい」
「精霊さんまで物騒だぞ」
「呼人っち、戦の時にはお弁当をお願いするっす。漬物増し増しで」
「呑気かー!」
王子と宰相と護衛は気絶していたので、エルゴとハルナが運び出し、外の護衛に引き渡したが、ここでも一悶着起きて、エルゴとハルナが護衛10人を伸してしまったらしい。
そして伸びた護衛を叩き起こし、馬車に全員を放り込んで追い返す始末で、さすがにやり過ぎだろうと俺はドン引きだか、エルゴ達は満足気にハイタッチしている。
完全に敵対しちゃったじゃないか。軍隊が攻めてきたらどうするんだよ。いつもは自重しろとか言うくせに、自分たちは全然自重していないじゃないか。




