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第四十一話 王族

「ハアーッ」

「どうしてこうなったんだ、おばば様。ため息なんか吐いてる場合じゃないぞ。まったく」

 

 流行病(はやりやまい)を魔法で治した次の日、新聞にデカデカと俺の姿が()っていたのだ。おばば様は、朝から盛大(せいだい)にため息を吐いている。

 

 

 

 先ほど、俺は、窓から心地良い朝日が入る居間でお茶を飲みながらマリア(おっさん)と「今日はどうするか?」と話していた。

 

 俺達が住んでいるゴーレムハウスは、外観を扉のみの形状にして、おばば様の家の居間に設置してある。

 おばば様の家の一室と化しているのだが、一室と言っても扉を開けば中は亜空間なので、9LDK、2階建ての豪華な部屋に(つな)がっている。

 そしてゴーレムハウスの扉が朝日を浴びると、内部の亜空間にも光が届くという不思議仕様の恩恵(おんけい)で、毎日気持ちの良い朝を向かえることが出来るのだ。

 

 そんな時に、おばば様がドタドタと(あわ)ててやってきた。

 

「大変じゃ、呼人殿(よぶとどの)

「何だ、何だ、おばば様。朝から騒々しいなぁ」

 

 俺とマリア(おっさん)が顔を見合せていると、おばば様が手に持った新聞をテーブルの上に広げる。

 

「あらあ、よぶちゃんが新聞の一面を(かざ)っているわぁ」

「ハアーッ」

「どうしてこうなったんだ、おばば様。ため息なんか吐いてる場合じゃないぞ。まったく」

 

 ジトーッとした目で、おばば様を(にら)み付けながら、俺は問い(ただ)した。

 

()まぬ、わしにもわからん」

「新聞とか、お礼参りとか騒がしいのは無しだと、あれだけ念を押したのに、一番嫌な目立ち方しているじゃないか」

「あれだけの群衆を、おばば様ひとりで(おさ)えられる訳ないじゃないの、仕方のない事だわぁ。今更(いまさら)どうしようも無いのだし(あきら)めなさいよぅ」

 

 マリア(おっさん)は他人事だと決めつけて、呑気(のんき)にお茶を(すす)っている。確かにおっさんの言う通りで、おばば様のせいにするのは可哀想(かわいそう)だが、約束は守ってもらわないと困るんだよ。


 ゲームに参加している軍人に見つかってしまうじゃないか。


 おばば様は、俺に何度も(あやま)りながら、街や村の人間にこんなことをする者はおらん。多分冒険者の仕業(しわざ)じゃろうと言った。

 

呼人(よぶと)様、監視ゴーレムから念話です。冒険者ギルドのマスターとゴンゴスさん、その他数人がこちらに向かっているようです」

 

 俺達がおばば様の家の客間に行くと、(しばら)くしてギルマス達がやってきた。

 

「ダーブ、なんじゃ朝から。ゴンゴス達もどうしたんじゃ」

 

 冒険者ギルドのマスターは、ダーブと言う名前らしい。奥さんはアイラさんだったか? その後の病状はどうなのかな。

 

「今朝の新聞のことで謝りにきたんだ。アイラや街の恩人である呼人が、望まない結果になってしまった。本当に申し訳ない」

「呼人殿、申し訳ない。謝って済む話では無いのじゃが一言謝らんと気が済まぬ。済まなかった」

 

 元冒険者らしく、鍛え上げられた身体のダーブや、(たる)体型のゴンゴスが済まなそうに俺に頭を下げる。

 どうやらエルクの街で会議した時の面子(めんつ)が、総出(そうで)で謝りにきたようだ。冒険者ギルド長のダーブとドワーフ村の村長のゴンゴス、その他に街長、薬師ギルド長、商人ギルド長、警備隊長がいる。

 

「さっき警備兵が、写真を新聞社に流した犯人を捕まえた。やはり他からきた冒険者だった。犯罪者として罰することは出来ないが、呼人殿が煮るなり焼くなり、気の済むようにして欲しい」

  

 そう警備隊長が言う。犯人が街や村の人間では無かったことに、おばば様の顔が(ほころ)んだ。

 しかし逮捕が早いな。新聞が配達されて数時間だぞ。警備隊は優秀なのか?

 警備隊長の話では、街の人が新聞を見て騒ぎ出したらしい。今回の件では、俺が「お礼参り」や「(うわさ)を流す」などの目立った行為を嫌がっていることを伝えてある。それなのに新聞の一面を飾っているのは、どういうことかと街長の家に雪崩(なだれ)込んできたそうだ。

 

「これでは恩人に申し訳ないと、街中の人間が犯人を(つる)し上げろと騒ぎ始めまして…」

 

 太った街長が、ハンカチで汗を(ぬぐ)いながら続ける。警備隊が持つ「嘘発見器」のような魔導具に、昨日の儀式に参加した全員が順番に掛かり、無実を証明しようということになったのだとか。勿論(もちろん)、冒険者も強制的に参加させられた。

 そんな中、街から逃げようとした冒険者を、警備兵が捕まえて事情を聞いたら、犯人だったというわけらしい。犯人は今、街の広場で(しば)られて、住人から制裁(せいさい)を受け、ボコボコの状態だそうだ。

 

「今回のように、たまに新聞社と契約している冒険者もいるのだが、そういうことは本人が言わなければわからんからな。事前に知っていればどうにかなったんだが済まなかった。呼人」

 

 冒険者ギルド長のダーブが再び頭を下げる。犯人の冒険者は近頃、この街にきた冒険者で情報が少なかったらしい。

 

「さっきもマリアやおばば様と話していたんだけど、今更(いまさら)どうしようも無いことだし、犯人はボコボコなんだろ? 俺は更に制裁を加えるつもりは無いよ」

「そうよぅ、ギルマスもゴンゴスさんも、他の皆さんも朝からわざわざ済まなかったわねぇ」

「街長さん、謝罪は受け取ったと街や村の人に伝えて下さい。しかし新聞社はムカつくなぁ。こっちじゃ人の許可なく、勝手に写真を使って良いのか?」

 

 勿論(もちろん)いかんと、おばば様は言う。だがモラルの問題で法で、法で(さば)ける訳ではないらしい。この新聞社は大手で全国紙だが、少なくともエルクの街ではもう売れないだろうと言っていた。

 

「うわー、全国紙かよ。まずいなぁ」

「よし、わしが王族に掛け合おう。王族から新聞社に圧力を掛けて、今朝の新聞を即刻(そっこく)回収するよう指示を出させる」

「そんなこと出来るのか?」

「なに、王族の弱みをいくつか(にぎ)っておる。全てを回収するのは難しいが、それでもやらないよりは良いじゃろう。任せておけ」

「おばば様、王族とか大丈夫か? これ以上、大事(おおごと)になるのは嫌だぞ」

「おたおたするでないわ。心配せんと待っておれ」

 

 そう言っておばば様は、エルクの街に行ってしまった。俺が怒っていないことにホッとしたのだろう、ギルマス達もエルクへと帰っていった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 エルクの街に着いたおばば様は、早速(さっそく)、警備隊の事務所にある魔法通信施設を使って、王族と話をするために(みやこ)に回線を(つな)いだ。

 通信施設には大きなモニターがあり、テレビ電話のように、画面を見ながら双方向で話せる。一般人には使えない設備だが、おばば様には関係ないようだ。

 おばば様は大事な話だからと人を(はい)し、ひとりでモニターの前に座っている。王族を呼び出せるとは、おばば様はかなりの権力者なのかもしれない。

 

「おばば、久しぶりだな。息災(そくさい)のようで何よりだ。たまには顔を見せにこんか」

「ふん、年寄りに長旅なぞ出来んわ。まったく坊主(ぼうず)の頃から進歩しておらんのう。しかし国王自らお出ましとはな。余程に暇とみえる」

「わははは、坊主と呼ばれるのも(なつ)かしい。それにしても、おばばは相変わらず手厳(てきび)しいな」

「昔話をしにきた訳ではないのじゃ」

「そうであったな。して何用だ」

「実はな……」

 

 なんと国王自ら対応に出てきた。おばば様は、かしこまることも無く国王に事情を話す。かなり親密な間柄(あいだがら)のようだ。国王の横に立つ、文官とおぼしき老人が顔をしかめている。国王に対して、なんたる不敬(ふけい)だとでも言いたそうだ。

 

 おばば様は気にせず話を続ける。呼人が街の流行病を治したこと、新聞社が勝手に記事を()せたこと、呼人本人が望んでいないこと、新聞社に記事を回収するように、圧力を掛けて欲しいこと、おばば様の言葉に国王は、さもありなんとうなずく。

 

「何とあの御仁(ごじん)、おばばの知り合いだったか。流行病は都でも頭の痛い問題だ。今朝の新聞を見て救われた思いがしたぞ。勿論(もちろん)、他の街も助けてくれるのであろう?」

 

 国王は渡りに船と要求を突き付けてくる。おばば様は、今のままでは他の街で同じ治療をしてくれとは、とても頼めないと伝えた。

 

「新聞の件は、そちらで片付けてくれるのじゃな」

「ああ、心配するな。近衛(このえ)を送って(おど)かしておく」

「ならば病の件は、呼人殿に頼んでおこう。じゃが、わしも知らぬ秘術じゃ。そうそう何度もやってくれるかわからん。

 断られても文句は言わぬことと、新聞の件はエルクを救ってくれた礼じゃから勘違いしないことを、(きも)に命じた方が良い」

「何故だ? ただの平民なのであろう? 報酬はたっぷり出すぞ。何なら爵位(しゃくい)をくれてやっても良い」

「そういう問題では無いのじゃ。あの者は、カプドヴィエルに(ゆかり)ある者じゃ。くれてやっても良いなどと、間違っても言わぬことじゃ。ヘソを曲げたら厄介(やっかい)じゃぞ。くれぐれも、対応に気を付けた方が良いと忠告しておこう」

 

 国王と側近の顔に驚きの色が浮かぶ。

 

「しかも……」

「な、何だ、おばば、勿体(もったい)ぶるな。カプドヴィエル以上の厄災など無いであろう」

「忘れたか伝承(でんしょう)を。坊主よ、国王になっていい気になっておると足元をすくわれるぞ」

 

 国王と側近は言葉が出ない。おばば様の物言いにでは無い。「伝承」という言葉に反応したようだ。なんでもこの国は、その昔、神の勘気(かんき)に触れ、神の鉄槌(カミナリ)を受けて滅びかけたらしい。

 

「…ほ、本当なのか?」

「嘘をついてどうするのじゃ。詳しくは言えんが間違いないと言っておく。対応を間違えれば、再び伝承が起こると思え。わしが話てみるが、ダメでも下手な手出しはするでないぞ。触らぬ神に(たた)り無しじゃ。わかったな」

「い、いや、こちらから人を送る。おばばは仲を取り持ってくれれば良い」

「呼人殿は、権力者が大嫌いじゃ。下手な文官が偉そうに命じるより、わしに任せた方が上手くいく可能性は高い。任せておくのじゃ」

「しかし流行病(はやりやまい)は、国の一大事だ。国が動かんわけにはいくまい。すぐに向かわせるゆえ、家で待っていてくれるか」

「止めておけと言うておる。呼人殿には人外(じんがい)の友が多い。人の(ことわり)なぞ通用せんのじゃ。呼人殿は()ねる程度じゃが、周りの人外がどう動くか予測できん。こじらせると流行病どころの話ではなくなるんじゃ」

「しかしそれでは、わしの立場がないではないか」

「ならば勝手にせい。わしは忠告したぞ」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 おばば様が出かけた後、俺とマリア(おっさん)は待っていても仕方がないと、農園で畑仕事にせいを出していた。子供たちが元気に走り回り、魔物がのんびり寝そべる姿を見ると(いや)される。

 柔らかい陽光を浴びながら、無心にクワを振るうと、先程までの心配事も小さく感じてくる。実際、新聞にデカデカと顔が()ってしまったが、俺が「迷い人」(他の世界から来た人間)であることは、早々バレることは無いであろう。

 

(念話、呼人にゃ)

(よう、猫さん。何かあったか?)

(知らない奴が、おばばの家に来ているにゃ)

(知らない奴?)

(アロンが呼人を呼ぶように言っているにゃ)

(わかった、今行くと伝えてくれ)

(了解にゃ、魚よこすにゃ)

 

 俺が使い魔達を連れて、箱庭の扉から外に出ると、監視ゴーレムの猫やカラスが集まっていた。にゃあにゃあと足にまとわりつく猫さん達に、俺は大きなカツオを大皿に乗せて地面に置いてあげる。

 

 おばば様の家に行くと、豪華(ごうか)な馬車が家の前に止まっていた。騎馬に乗った護衛も数人いる。

 

 なんだ物々しいな。また面倒事か?

 

 中に入るとすぐに客間に通された。客間には、おばば様の他に、ニコニコ顔の若者、(いか)めしい顔の老人、恐い顔のおっさんがいて、俺を見定(みさだ)めるように、無遠慮(ぶえんりょ)な視線を送ってくる。みんな身なりが良い。多分貴族なのだろう。

 俺はおばば様の横に座り、貴族と対面する。燕尾服(えんびふく)のエルゴと、メイド服のハルナが俺の後ろに(ひか)える。アロロクは影に擬態(ぎたい)して隠れている。

 

「こちらは、この国の第一王子と宰相(さいしょう)じゃ。それでこちらが新聞に載っておった呼人殿じゃ」

 

 おばば様が両者を紹介する。

 

 王族かよ、しかし王子様がなんの用だ?

 

 若者が王子で老人が宰相らしい。怖そうなおっさんは護衛なのだろう、王子の後ろに(ひか)えている。

 

 おばば様の話では、警備隊の事務所の通信施設を使い、王族と話した時に国王陛下が直々に現れたそうだ。事の顛末(てんまつ)を説明すると王様は、すぐに対処すると言っていたらしいが何か問題でも起きたかな。

 

「なんでも今朝の新聞の件の報告と、お願いがあってきたそうじゃ。呼人殿、殿下の話を聞いて欲しい」

「おばば様、俺は貴族や王族と話せるような教育は、受けていない。失礼があるとまずいから、おばば様が話を聞いてくれないか? 後で教えてくれれば良いから」

「心配には(およ)ばぬよ。殿下(でんか)もわしもそなたの事は聞いておる。いつものように話してくれて(かま)わない。まずは報告なのじゃが…」

 

 宰相さんがそう言って、新聞社への対応について説明を始めた。俺はこんな堅苦(かたくる)しい席は、遠慮願いたいのだが逃げそびれてしまった。

 

 新聞社には、おばば様の要求通りに王族から圧力を掛けたらしい。新聞社は、今朝の新聞を回収するまで、新聞の発行を禁止したのだとか。そして記事を書いた記者や上層部の者を、国家に危機をもたらしたとして投獄(とうごく)したと、厳めしい顔の宰相さんが説明してくれた。

 ずいぶんとキツい沙汰(さた)だなと俺は思った。

 

 それにしても(みやこ)が、どれだけ遠いのかは知らないけど、この人達来るのが早過ぎないか。転移ゲートでもあるのかな? などと考えていると国からのお願いが始まった。

 たぶん流行病(はやりやまい)の、治療をしろって話だろうなぁ。全国に患者(かんじゃ)が、どれだけいるのか知らないけど、魔法を教えて自分達で対処してもらおう。俺が動く義理(ぎり)など無いしな。

 

「願いと言うのは他でもない」

「待ってください。宰相さん」

「ぬっ、なんじゃ」

「王子様が来ている以上、聞いたら断れない要求なのでしょうか? それとも断っても問題にならないのでしょうか? 話を聞く前に、そこをハッキリしておいて欲しいです」

(ことわ)って(いただ)いても構いませんよ」

 

 ニコリと笑いながら王子が答える。俺には「断れるものなら断ってみろ」と挑発的に聞こえた。

 

「殿下、それでは国が…」

貴様(きさま)無礼(ぶれい)であろう! この国に住む以上、王家の要請(ようせい)は絶対だ」

「待て、お前は黙っておれと言ったではないか。控えろ」

 

 王子と違い、宰相さんは断られたら大変だという感じだ。後ろの護衛は「王族案件が断れるわけ無かろう」と言いたいようだ。

 やはりお願いと言う名の強要(きょうよう)みたいだ。口では断っても良いと言いながら、断らせない気満々な感じがする。

 だから王族なんか(いや)だって言ったのにと、おばば様をジトッと(にら)む。おばば様はプイっと顔を()らした。

 

「願いとやらを聞いた後でも、断れるということで(よろ)しいのですね。殿下」

「構いません、命令ではないのですから。そうでしょう。宰相」

「し、しかし殿下…」

「大丈夫ですよ。彼も国のために善意(ぜんい)で力を貸してくれるはずです。今までの平民もそうだったではありませんか」

 

 王子がニヤリと笑う。悪い顔だ。

 

「いけませんぞ、殿下。(こう)(あせ)っては。話し合う余地(よち)がある内は、私に任せる約束ですぞ」

「国からの要請を、断れると思っている時点で話になりません。まどろっこしいのは面倒です。厄災(カプドヴィエル)伝承(かみ)もいない内に、言うこと聞かせれば良いだけではありませんか」

 

 俺などカプドヴィエルや神様と、たいした知り合いでは無いだろうと、(たか)(くく)っているみたいだ。

 神様にしろ魔物にしろ王族にしろ、口に出したことは必ずその通りになるのが当然で、周りもその様に動くのが当然と、思っている感じなんだよなぁ。

 話し合う気が無いのなら、書面で通達(つうたつ)するだけでいいじゃん。何? このやり取り? 茶番もいいところだな。

 

 本当なんなんだろうなぁ、この(いきどお)り。

 

 弱い者は目を付けられたら従うしか無い。目を付けられないように、(いの)って生きろ。って感じが本当に鼻につく。ドブの匂いだ。

 

 ああ嫌だ嫌だ。

 

 俺の思いなど知らない王子は、涼しい顔でお茶を飲んでいる。平民など(はな)から(おど)して、言うことを聞かせるつもりなのだろう。宰相はある程度は話してから、強硬(きょうこう)手段に出るつもりだったようだ。

 

 王子達のやり取りを見ていた、後ろの護衛騎士に動きがあった。腰に差した剣に手を掛け、無言で俺に近づいてくる。事前の打ち合わせ通りの行動のようだ。王子は素知(そし)らぬ顔で、宰相(さいしょう)も仕方がないと(あきら)めたように動かない。

 

 ハルナがツイと動き、俺の前に立ち(ふさ)がる。

 だが騎士は、メイドなどに自分が止められるとは思っていないのだろう。弾き飛ばしてやるとばかりにハルナを無視して、更にズカズカと近づいてきた。

 

 ドンッ

 

 ハルナの胸と護衛騎士の胸がぶつかった。護衛騎士がよろめいて尻餅(しりもち)をつく。おばば様がプッと笑った。

 

「おや、失礼。昼から酒でも飲んでるのか? 王族の護衛が聞いて呆れるぜ。しかもいきなり剣に手を掛けるとはどういうこった。死にてぇのか? へなちょこおやじ」

「貴様ぁ!」

 

 ハルナの馬鹿にしたような物言いに、護衛騎士が飛び起きて(こぶし)をあげる。騎士の右ストレートをハルナは、事も無げにパシリと掴み、足払いを掛けると騎士の身体が(ちゅう)に浮く。そして宙で水平になった騎士が、俺達の前にあるテーブルに身体ごと落ちてきた。

 

 騎士がテーブルにぶつかる音、ティーカップが割れる音、テーブルの脚が折れる音、部屋中に雑多(ざった)な音が響き渡り、騎士が「ううう」と(うめ)いる。

 

 まさか護衛騎士が、あっさりやられるとは思わなかったのだろう。王子は目を見開き、宰相さんは天を(あお)いでいる。

 

「あなた強いですね。僕の護衛騎士になりませんか?」

阿呆(あほ)か。あたいが欲しけりゃ、力ずくで掛かってこい。旦那(だんな)に斬り掛かりやがって、てめえら生きて帰れると思うなよ」

 

 王子は空気を読まない。ハルナはもっと読まない。俺は嫌な予感しかしなくなってきた。

 

「無礼な、殿下に対して阿呆とはなんじゃ」

「宰相よ、(あるじ)のいる前で部下を引き抜く方が、よっぽど無礼じゃ。その前に騎士の無礼はどうするつもりじゃ」

「ぐうっ」

 

 おばば様の言葉に宰相さんが(だま)る。

 

「旦那、あっちは話し合う気が無いようだぜ」

「そうだな、それでは俺は失礼しますよ」

「ま、待たぬか」

「待ちませんよ宰相さん。俺は、小心者なんでね。騎士が剣を抜こうとするような場所では話たくないです。では殿下、失礼します」

 

 俺はそそくさと立ち上がる。王子はプルプル震えて俺を睨んでいる。

 

「待ちなさい。王子である僕を置いて、去ることは許しませんよ」

「許さないとどうするんだ小僧。そのへなちょこが、いくら掛かってきてもどうにもなんねぇぞ。こっちは王族だろうが、軍隊だろうが関係ねぇんだ。旦那に手を出す奴は容赦(ようしゃ)しねぇぞ」

「ぶ、無礼な。なんじゃ、その態度は」

 

 ハルナの言葉に宰相が()みつく。それにしても、また無礼かよ。こっちは礼儀がないと断ったのに、いつも通り話して良いと言ったのはそっちじゃないか。喧嘩(けんか)売ってきたのもそっちだし、言い掛かりもいいところだ。当たり屋かよ。

 

 王子も宰相も、話がまずい方向に向かい始めて焦っているようだ。冷や汗混じりに王族の威光(いこう)(うった)えかけ始める。

 

「宰相さん、先程おばば様が言ったように、騎士がいきなり斬り掛かってきたり、人のメイドにちょっかい掛ける方が、余程(よほど)無礼でしょ。そんな無礼な方々に、礼を()くす必要性を感じないですよ」

「その方ら、不敬(ふけい)が過ぎるぞ。王族をなんと心得る」

「俺達は、この国の民じゃないから知らないな。俺が招いたわけでもなし、約束も無しに勝手にやって来て頭ごなしに命令されるのは不愉快だ」

 

 売り言葉に買い言葉だけど、なんだこいつら偉そうに、人に刃物向けるような奴を(うやま)えるかよ。本当貴族はろくでもないな。

 

「わざわざ出向いてやれば、つけ上がりおって」

「だったら、最初から来なければ良いじゃないか。そうすればこっちも、不愉快な思いをしなくて済んだのに。さっきの無礼も()びていないくせに、こっちを無礼扱いするのは違うだろ」

「王族がわざわざ出向いたのに不愉快とはなんだ。平民の分際(ぶんざい)で」

「いきなりこられても、こっちは宮廷(きゅうてい)作法なんか知らないんだから、仕方がないだろう。おとなしく斬られていれば、不敬じゃないとでも言うのか? 人の命を何だと思っているだ」

「我慢なりません。宰相、外の騎士を呼びなさい。この者を捕らえよ」

 

 

 王子は無理矢理、俺を従わせるつもりのようだ。

 我慢ならんのはこっちだ。不愉快な奴等だな。なんでも権力や暴力で片付けようとしやがって、護衛騎士くらいでビビると思っているのか。俺の魔法を馬鹿にするなよ。普通の人間相手なら、俺だって負けないくらい成長しているんだぞ。

 

 

 

 

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