第四十話 おばば様の悩み
「ハアーッ」
「どうしたんだ、おばば様。ため息なんか吐いて」
おばば様は、エルクの街の薬師ギルドの顧問をしている、杖をついた背の低い老婆だ。俺とガチムチ乙女のマリアは、ウォータードッグ(大山椒魚)事件が縁で、おばば様に弟子入りして一緒に住んでいる。
「それがじゃ、呼人殿。流行病が…」
曇り空で少し寒く感じる日の朝、俺とマリアは、おばば様の工房でいろいろと手伝いながら、薬師の勉強をしていた。薬の事となるといつもは真剣なおばば様が、今日はどこか上の空だ。とうとうため息まで吐き始めた。
おばば様の悩みを聞いてみると、ウォータードッグ事件の時に聞いた流行病がいつもと様子が違うらしい。
今、この国で流行っている伝染病は、過去に何度か流行ったことがあり、その際はウォータードッグから薬を作り対処したそうだ。
しかし今回、同じようにウォータードッグから薬を作ったが、薬の効きが悪いのだとか。
ほとんどの人には効いているのだが、一部に症状が良くならない人がいると言う。
おばば様が作った薬だけでなく、国が他国から仕入れた薬でも、同様の事が起きているらしく、薬師ギルドは頭を抱えているそうだ。
「耐性菌かしらねぇ」
「可能性はあるな」
「マリア殿、呼人殿、なんじゃ、その耐性菌とは?」
「おばば様、病気の原因が薬に慣れて強くなるんだよ。だから同じ薬が効かなくなる。そういう事もあるって話さ。今回の件がそうとは断定できないけどな」
「人間も劣悪な環境に慣れて、住めば都ってなるじゃない。そんな感じよぅ」
「なんと、そんなことがあるのか。それではもっと強力な薬がいるというわけか?」
「まあ、そうなるな」
おばば様の顔が珍しく焦っている。俺も青カビからペニシリン(抗生物質)を作る方法は、テレビで見たことあるが、医学知識と流行病の知識はない。生兵法は大怪我のもとだし、下手に手は出せないな。
「この前、捕まえたギガントゼブラフィッシュとか、ドラゴンの生肝ではダメなのかしらぁ」
「マリア殿、ギガントゼブラフィッシュの文献は少ないが存在する。だがそこには有用な薬は無かった。ドラゴンの生肝については文献すら無いのじゃ。研究も始めたばかりではどうにもならん。ただ食べさせれば良いというわけでは無いのじゃ」
聞いた感じだと感染力は強くなさそうだな。ゲームとかラノベでは、病気と言えば神官なんだけど、この大陸もいるのか?
「おばば様、神官とかが魔法で病気を治療したりしないのか?」
「呼人殿、神官が治療するのは怪我だけじゃ。病気は魔法でどうにもならん」
ん? おかしいぞ。精霊さんの話では、解毒の魔法が病原菌にも作用すると言っていた。
俺は前に精霊さんから、魔法をいくつかインストールした。その中に治癒系の魔法もあり、子供たちが風邪を引いたときに使って治したことがある。
グリフォン隊長も、海で刺身を食べた時に、生魚を食べる前に治癒系の魔法を掛ければ、寄生虫は排除されると言っていた。
ちなみに俺が持っているのは「再生」「解毒」「回復」だ。
再生は、「魔法の基本セット」にある「治癒」の上位魔法だ。主に怪我の治療をする。体組織の再生だ。解毒は体内の毒を無効化する。病原菌にも作用するらしい。回復は病気、麻痺、魅了などの状態異常を回復する魔法だ。
治療の際は再生、解毒、回復をセットで掛けるのが良いとか。
「おばば様、解毒の魔法があるだろう。あれは病原菌にも作用すると聞いたことがあるぞ」
「消毒の魔法か? あれは弱い毒にしか効かんぞ。狩る魔物の毒によって解毒薬を用意するのが常じゃ」
前に風邪を、毒の熱と勘違いして、消毒の魔法を掛けた冒険者がいたらしいが、風邪は治らなかったと言う笑い話があるそうだ。
「解毒」の魔法の方が上位なのかな?
しかしこの大陸の人は、魔法を上手く活用していないな。せっかく魔法があるのに役立てて無いように思う。
「よぶちゃんの魔法は、子供たちの風邪に効いたわよねぇ。おかしな話だわぁ」
「それは誠か。呼人殿」
「ああ確かに、子供たちの風邪を治したことがある。出所は言えないけど、かなり上位の魔法使いが使っていた魔法だ。実際に風邪は治ったが流行病に効くかはわからないな」
おばば様は暫し考えたあと、こう言った。
「呼人殿、そなたが目立ちたく無いのは、重々承知の上でお願いしたい。一度患者にその魔法を試してもらえんか」
「おばば様に魔法を教えるから、おばば様がやってくれないか?」
「わしは魔力が少ない。呼人殿の魔法はどれも大掛かりじゃ。薬師ギルドにも使える者はおらんじゃろう」
「アロンからもお願いします。ドワーフのお友達が患者なんです」
今まで黙って聞いていた、おばば様の孫のアロンがそう言った。その厄介な流行病にかかった患者が、ドワーフ村にひとり、エルクの街にひとりいるらしい。これが流行れば死活問題になるとおばば様は言う。
「よぶちゃん、ドワーフの子供が死にそうなのよ。魔法乙女戦隊出動よぅ」
おいおい、俺は戦隊関係ないじゃん。と思いながらもマリアに引き摺られるように、ドワーフ村の中を歩いている。勿論、おばば様も一緒だがアロンはお留守番だ。
「ここじゃ、ちと待っていてくれ」
「ああ、わかった」
そう言うと、おばば様は粗末な家の扉を乱暴に叩き、「ボラン、ボラン、おらんのか?」と捲し立てる。こんなに偉そうにして、魔法が効かなかったらどうするんだよ。せっかちな婆さんだなあ。
「なんじゃ、おばば様。そんなに怒鳴らんでも聞こえとるわい」
「だったら、早く扉を開けんか。たわけが!」
「流行病が、他に移らんようにせいと言うたのは、ばば様じゃぞ。まったく」
そりゃ怒るよ。おばば様が悪い。家の扉が開くと、ボランへの説明もそこそこに患者の子供のところに、ドカドカと乗り込むおばば様のあとに続き、俺とマリアが「すみません」と謝りながら、子供のベッドの横に立つ。子供は苦しそうにハァハァと息をしており、マリアが泣きそうな顔で俺を見た。
俺は、子供に手をかざして「再生」「解毒」「回復」の魔法をセットにした治癒魔法セットを発動する。手の先に魔法陣が浮かび上がり光の粒になって子供に降り注ぐ。
すると子供の荒い息が小さくなり、赤い顔が少し和らいだようだ。俺がもう一度、同じ魔法を子供に掛けると呼吸も完全に落ち着き、しばらくするとスースーと寝息を立て始めた。どうやら魔法が効いたようだ。病後の身体の衰弱までは治らないのだろう、身体が睡眠を欲しているような眠りだ。
「おお、効いたようじゃ。呼人殿、ありがとう。ありがとう」
「ばば様、どういうことじゃ。説明せんか」
「うるさいわ、ボラン。子供が起きてしまうわ。見た通りじゃ。病は癒えたぞ」
ポカンとするドワーフのボランに、俺は事情を説明して、子供が起きたら消化の良いものを食べさせるように言っておいた。そして様子を見て大丈夫そうなら、体力を回復するために肉を食べさせろと、ドラゴン肉を少しお裾分けしておく。
「おばば様、エルクの街の患者にも、魔法を掛けるのは構わないんだけど、ボランさんや患者に接触した人も、病にかかっている可能性もあるぞ」
「承知した。街中の人間をすぐに集めよう。呼人殿の魔力にも限界はあろう。もうひとりの患者に二度、街の人間はまとめて一度、都合3回魔法を掛けてもらえるだろうか?」
「ああ、わかった。ただし俺の魔力では、あと2回が限界だ。魔石を用意するから街の人に魔力を提供してもらう。それでも良いか」
「問題ない。呼人殿の身体は大丈夫かの?」
「大丈夫だ」
マリアがジトーッとこっちを見ている。魔力が足りないという嘘に気付いたようだ。「何を考えているのよぅ」と言いたげだが黙っている。
本当は俺の魔力があれば十分なのだが、今後も頼られるのは面倒だから、予防線を張ったまでだ。俺の魔力では、何度も出来ないと思わせる事と、魔石で魔力を集めれば自分達でも、治療が出来ることを知らしめるのだ。
余談だが、俺の魔力は一般人より、だいぶ多いようだ。この大陸の人間と接するようになって初めて知った。マニュアルでは勾玉(魔力精製器官の代わり)は、普通の魔法使いの数倍の魔力を貯められるとあった。俺は魔法使いと言ってもピンキリだから、大した違いは無いだろうと思っていた。
だがこの大陸の人間の魔力精製器官(俺には無い内臓器官)は、思っていたより効率が悪いようだ。「魔法の基本セット」などの初級魔法は問題ないが、上級魔法を放てるほどの魔力は無い感じだ。
まあ、専門の魔法使いを直に見たわけではないのだが、どうやら俺達のように魔法をバンバン撃っていないので、退化しているのではないかと思われる。それかマニュアル情報がいい加減かだ。
おばば様はドタドタと早足で、ドワーフ村を歩き村長宅に向かう。
「ゴンゴス、ゴンゴスはおるか」
また「なんじゃ、ばば様、騒々しい」と始まり説明が始まる。ドワーフ村の村長のゴンゴスが、おばば様の説明を聞き、ボランの件でホッとし、他にも罹患者がいるかもという件では顔を青くする。
「ゴンゴス、今日は村の者は全部揃っておるか?」
「エルクの店にいる者以外は全員おる」
「わしは街の責任者と話をしてくる。エルクの街で、病の予防魔法を掛けることになるじゃろう。あとで連絡するから、すぐにエルクに向かえるように村人に説明しておくのじゃ」
「ばば様、わかったわい。じゃがわしらは金が払えんぞ。ボランの分は、村で金をかき集めてでも払うつもりじゃが…」
「そんな心配は後回しじゃ。死にたくなければ言う通りにせい」
いやいや、心配するでしょ。まあ別に金はいらないけどね。ドワーフには子供たちの鍛冶の勉強のことで、世話にもなっているしね。ここで恩を売っておけば、弟子にしてもらえるかもしれない。たかが魔力だし、こっちに損は無いから心配しないでくれよ。
「ゴンゴスさん、今回魔法を掛けるのは俺だから、金の心配はいらないよ。子供たちのことで、世話にもなっているからな。それと連絡係として、俺の仲間があとで来るから指示に従ってくれ」
「ああ呼人殿、ありがとう。じゃが神官の魔法でも、結構な値段じゃと聞く。良いのか?」
「うるさい奴じゃ。金より命が大事じゃ。病が流行ってからでは遅いのじゃ。呼人殿、馬鹿は放っておいて街に向かうぞ」
せっかちだなぁ。ゴンゴスさんがショボくれてるじゃないか。
エルクの街までは、歩きで30分くらいだが、マリアのホウキにおばば様を乗せて、3人で飛行魔法で向かった。患者の家に行くまでに、俺はエルゴに説明して、ドワーフ村で待機するように言っておいた。こちらの話し合いが終わったら念話で連絡するためだ。
エルクの街の患者は、なんと冒険者ギルドのマスターの奥さんだった。家に行くとギルマスが、憔悴しきった顔で対応に出てきた。
「おばば様、病が治るとは本当なのか? 頼むなんでもするからアイラを救ってくれ」
「ギルマスともあろう者がオタオタするで無いわ。みっともない」
いやいや、無理でしょ。奥さんが、死ぬかもしれない病に掛かっているのだから。労ってあげようよ。
そしてまたドカドカと、無遠慮に上がり込んで、ドワーフ村と同じ事をする。やはり魔法が効いた。ギルマスの奥さんは、穏やかな顔で寝息を立てている。ギルマスは涙を流さんばかりの顔で、俺の腕をブンブンと上下に降って喜んでいる。痛いんですが?
「ギルマス、お主も病が移っておるかもしれん。街の者もじゃ。今から街の主だった者を集めよ。対策会議じゃ。薬師ギルドにはわしが行く。わかったか」
「ああ、ばば様。街長と警備隊長には俺が連絡を入れる。ダンジョン街はどうする?」
「あそこは離れておるし、時間が惜しい。今回は良いじゃろう」
俺とマリアは、街の会議場の待合室で待たされた。
流行病は重要案件だと認識しているのだろう。すぐに街のお偉いさんが集まり会議が始まる。皆、緊張感が漂っていた。
「私たちの感覚だと、コレラとかエボラ出血熱が流行っている感覚かしらねぇ」
「こっちは医療知識が無さそうだからな、もっと切実かもしれないな」
「ギルマスの顔なんて、幽鬼のように落ち込んでいたものね。病気は恐いわぁ。ところでさっきから何を作っているの?」
「儀式の時に使う杖だよ。有り難みが違うだろう?」
「呆れた…」
会議はすぐに終わった。おばば様が対応を指示して、有無を言わせず納得させたのであろう。関係者が忙しそうに出て行った。
「呼人殿、エルゴ殿に連絡して、ドワーフ村の村人全員をエルクの街に来させてくれるか」
「おばば様、わかった。ちょっと待っていてくれ」
俺は、エルゴに念話で連絡した。
(念話、エルゴ)
(呼人様、エルゴです)
(ドワーフ村全員で、すぐにエルクの街に来るように、ゴンゴスさんに伝えてくれ)
(了解しました)
(うちの子供達は、俺が帰ってから対応するから、連れてこなくてもいいけど、アロンは連れてきてくれ。それと薬局に冒険者がいたら事情を説明しておいてくれ)
(承知致しました)
(それから、ゴーレム海の家にドワーフ達を入れて、エルゴが魔法で飛んできてくれるか。足の悪いお年寄りもいるからな。ゴネる者がいたら、緊急だからと無理やり放り込んで、構わない。村人は、街の外で解放してくれよ。なるべく人には見せたくない)
エルゴがフフっと笑っていた。ゴーレム海の家は、海に遊びに行った時に使ったゴーレムハウスだ。外観は小さいが中は、高校の体育館ほどあるので、ドワーフ村の150名くらいなら、余裕だろう。畳敷きだが土足でも構わない。あとで浄化の魔法で綺麗すれば良いだけだ。
「呼人殿、連絡が済んだら広場に向かうぞ。集まった者から、魔石に魔力を提供させる」
「ああ、わかったよ。おばば様」
エルクの街には小さな城がある。小高い丘の上に建つ城は、昔、引退した王族が余生を送ったらしい。今は、王族は誰も住んでいないが、管理人が管理していて、保養地として活用しているとのこと。数年に一度は、王族や大領主の貴族が訪れるそうだ。
その城の前には広い広場があり、その周りに街が寄り添うように栄えているのがエルクの街だ。
広場に行くと、冒険者ギルドのマスターが事情説明していた。広場に集まった人は、沈痛な面持ちで聞いている。多分、病気に罹患している可能性の話とか、おばば様の口利きで無料で予防の魔法が受けられるとか、魔法使いについては他言無用とか説明しているのだろう。
おばば様の呼び掛けにより、すでに広場は群衆で埋まっている。農民、商人、警備兵、冒険者、大人から子供まで、動ける者は全て集まったようだ。すぐにドワーフ達も合流するだろう。
広場にいる人間全員が順番に魔石に触り、お祈りするように魔力を流す。
ドワーフ村のドワーフも、ぞろぞろと広場に現れる。おばば様が事情を説明するようだ。納得したのか魔石の列に並びはじめた。
30分ほどしておばば様が、よろしく頼むと俺のところにやってきた。
俺は事前に作っておいた、それっぽいゴテゴテとした杖を、収納庫から出して両手で持ち、広場の石畳に打ち付けた。まるで神事のような、厳おごそ)かな雰囲気が漂っている。勿論ただの演出だ。
コーンと良い音が響き、俺の足元に「治癒セット」の魔法陣が浮かび上がる。
俺を囲って集まった人々は、魔法陣が浮かび上がりながら大きくなる神秘的な光景を見て、その場にひざまずき始めた。
5mほど浮かび上がった魔法陣は、群衆を包み込むほどの大きさに広がった後、光の粒になって皆に降り掛かった。これで流行病は大丈夫だろう。
幻想的な光景に群衆が微かにどよめく。
似非神事は無事に終わったので、俺は魔石を持って、さっさと広場をあとにした。今回の件は新聞で取り上げないようにと言ってある。時間が経てばすぐに忘れるだろう。実質、病に掛かっていたふたり以外は、目に見える効果があったわけでは無いから大して騒がれないだろう。
午後の麗らかな日差しを受け、幸せな気分に浸る群衆が「この日を決して忘れない」と心に誓っていることなど、俺には知るよしも無かった。




