第三十八話 男女六人(ヘーデの悩み)
「ハァーッ」
「桃色吐息。シッシッシッ」
ため息を吐いているのは、マリアの使い魔のヘーデリア。横で茶化しているのは、呼人の使い魔のアロロクである。2人は呼人が作ったスライムゴーレムという魔物だが、人型をしている時は並ぶと姉妹のようだ。
外見は、パステルグリーンの髪を持つ、西洋人形のようなヘーデリア。黒髪の和風人形のようなアロロクだが、雰囲気がどことなく似ている。背丈も120㎝と150㎝と似通っているので、「姉妹だ」と言われたら誰しも納得してしまうだろう。
「ルミアも五郎も、ダンジョン行った。ヘーデだけまだ」
「流行りに乗り遅れた女。シッシッシッ」
「アロロク、一緒に行く」
「旅は道連れ、世は情け。シッシッシッ」
どうやらヘーデリアは、前に五郎とクロールミアとエルゴで、ダンジョンに行った時に、自分が仲間外れになったので、面白くないようだ。
会話なのか独り言なのか、わからない話し合いの後、2人はダンジョンに行くことにしたようだ。
仕事終わりの自由時間に、温泉に行く間の会話だ。今夜、日が変わった頃に迷宮に向かおうと、片言同士の会話が続く。
それを聞いていた。おばば様の孫のアロンが話に加わる。映像好きのアロンが、自分の映像が欲しいと言い出したのだ。
勿論ヘーデリアは、危険だと告げる。ヘーデはスライムゴーレムと言う、呼人が作った魔物だ。アロンと成りは一緒でも、基本スペックには大きな隔たりがある。しかしアロンは子供とはいえ辺境の女。おっとりとしたしゃべりとは裏腹に芯が強い。
「アロンは、自分の身は自分で守るから大丈夫」
と根拠のない自信を見せる。女3人が顔を見合わせて頷き合うと話が決まったようだ。
日付が変わって暫くした頃、アロロクから、ヘーデリアとアロンに念話が入る。寝ていたふたりは急いで着替えて、おばば様の家の裏庭に出てきた。
ヘーデは、いつもの白いワンピース姿だ。荷物も無い。ワンピースと言っても、スライムゴーレムのボディの一部を変形させて、服に見せているだけだ。下手な攻撃は通じない。
アロンはいつものローブの下に、革の鎧を着ており、短剣を腰に指している。冒険者風の出で立ちが勇ましい。
2人の少女は、黒いメイド服をピシッと着こなしている、アロロクを見つけて近づいていく。
そこにはなぜか、トンキ、シンベ、タンタの男の子3人組が、箱庭から抜け出して、アロロクと一緒にいた。アロンは小首を傾げるが、自分も立場は変わらないので、何も言わない。大方、どこかで計画を聞きつけて、アロロクに「頼むよ、姉ちゃん」とおねだりしたのだろう。アロンはその光景を思い浮かべて、クスリと笑った。
3人組も、アロンと同じような革鎧を着込み、勇ましく胸を張っている。自分に酔っているように目が希望に満ちている。
因みに、この装備は呼人が作って、アロロクから子供たちに渡されたものだ。ヘーデもアロンも3人組も、今夜の行動は、自分達しか知らないと思っている。だがアロロクが、こんな事を主の呼人に、伝えないはずは無い。
呼人に知れれば、当然、保護者のおばば様とマリアにも伝わる。
呼人は、どうするかは保護者に任せると言った。マリアは、子供には危険過ぎると、止めさせる方針を主張した。しかし孫馬鹿のおばば様が、意外にも子供に味方した。「少し、トラウマになるくらいが、丁度良い」と言い、「辺境の女は、柔では生きられぬわ」と、マリアに向かって言い放った。
エルクのダンジョンは、入ってきた者の力量を見て、魔物をけしかけてくるらしい。だから初っぱなから、ボスクラスの魔物が出てくることもある。
呼人は、おばば様とマリアにそう言って、子供たちだけならゴブリン程度しか出ないだろう。しかし小鬼でも、経験と力が無い子供には、倒すことは出来ないと言った。そして、アロロクとヘーデがいるので、多分ボスクラスが出現する可能性が高いと続けた。
子供には、到底太刀打ちできない。ブレスや攻撃がかすっただけで死ぬだろう。
おばば様は「自分で決めたことじゃ」と言い、マリアは言葉も出ない。最終的に保護者ふたりは、子供たちの自主性を、見守ることに決めた。
呼人は予想外の言葉に驚く。呼人は正直、子供たちにはまだ早いと思った。アロロクとヘーデだけなら許したが、アロン達を巻き込むのは反対だった。
ふーん、保護者ってのは強いな。甘やかすばかりじゃ、成長できないことを知っている。俺には到底できない判断だ。こういう「気づき」が大人も成長させる。仲間とは有り難いもんだな。と呼人が感心したように言った。おばば様もマリアも「当然だ」と言って、フンと顔を反らす。どうやら照れたようだ。
こうしてヘーデ達の迷宮入りは、大人達に見逃された。せめて基本スペックの低さを、装備で補おうということとなり、呼人が急いで装備を作って、アロロクに渡したのはその後だ。
渡された革の鎧は、普通なのは見た目だけで、中身はスライムボディだ。呼人が魔力を注ぎ、鋼以上の強度と、しなやかさを持つ一品だ。ある程度、サイズの自動調整機能があり、使えば使う程に体に馴染む。熱変動耐性や、魔法耐性も附与してある。そこいらの防具より高性能だ。
逆に短剣は、普通の鋼の物だ。ゴーレム工芸で作った物で、高周波振動も無い。あまり高性能にして、うぬぼれられても面倒じゃ。と言うおばば様の意見に従った。自分の力の無さを実感すれば、こんな無茶もしなくなるだろう。
(念話、呼人殿)
(隊長、箱庭で何かあったか?)
(トンキ、シンベ、タンタの3人組が、ハウスを抜け出したようだ。追うのに箱庭の外に出なければならない。許可を頂きたい)
(隊長、連絡が遅れて申し訳ないけど、3人組は、ヘーデとアロン、それにアロロクと合流して、ダンジョンに行くらしい。エルゴに、こっそり後を付けさせたから心配しないでくれ)
(了解した。良き眠りを)
(わざわざありがとう。隊長)
箱庭にいる隊長から、呼人への念話が切れた後、おばば様がやれやれと言いながら、居間にやってきた。マリアもおっとり刀で駆けつける。ハルナが、不在のエルゴに変わってお茶を出す。最近収穫した緑茶だ。良い香りが室内に漂い、寝起きの大人達の目を覚ます。どうやら、深夜の映像観賞会の準備が整ったようだ。
裏庭では出発前の準備として、アロロクがヘーデリア以外の子供に、魔法を教えている。ヘーデリアは、森で散々魔物と戦ったので必要ないが、子供たちは「魔法の基本セット」しか持っていない。攻撃手段が短剣だけでは、心もと無いと呼人が許可したのだ。
魔法と言っても、ヘーデリアや呼人が使うような、高火力の魔法では無い。魔力消費が多過ぎて、子供たちにはとても放てるものでは無いからだ。子供の魔力でも、数発撃てるように調節した「雷撃」と「風弾」、それと「バリア」だ。これも魔力消費を抑えてある。あと「夜目」をインストールさせた。他の身体強化系の魔法はお預けだ。なるべく自分の実力を知ってもらうためだ。
この大陸の魔法は、誰かが持っている魔法の魔法陣を開き、「インストール」と唱えれば脳内に魔法陣が刻まれて、その魔法を使えるようになる。というお手軽仕様だ。スクロールでもインストール出来る。
アロロクが魔法や戦闘、それとダンジョンの注意事項を説明し、いよいよ出発のようだ。
アロロクが、いつも飛行の時に使っている魚雷を収納庫から出す。2リットルのペットボトルくらいの太さで、1.5m程の長さがある。地上50㎝程の位置に、魚雷がプカプカと浮かんでいる。魚雷自体にも、飛翔魔法が刻まれているのだ。
アロロクが魚雷に手をかざし、イメージと魔力を流すと、ニューッと魚雷が変形して、長さが2倍になり、ふた回り程太くなった。子供たちが「すげえー!」と驚き、慌てて口を押さえる。ここで見つかったら大変だ。
子供たちが魚雷に股がる。男の子3人組、ヘーデリア、アロン、アロロクの順番だ。
「フライ」とアロロクが言うと、6人を乗せた魚雷が、スーッと浮かび上がった。まるで重さを感じないような動きだ。
大きな月に照らされた6人が夜空に舞い上がる。
アロロクもヘーデも、普段は呪文を口に出さない。心の中で唱えれば、魔法が発動するからだ。ただ今回は、子供たちとの連携をとるために、お互いの行動を言葉で伝えろと、呼人から注意されている。ヘーデにもアロロクから伝えている。
「ゴー!」
アロロクが言うと、魚雷が急発進した。飛行魔法は、流した魔力でスピードが決まる。急激なGを受けて、子供たちがのけ反る。だが子供たちが落ちることは無い。キャッキャ、キャッキャと楽しそうだ。
子供たちの尻が、魚雷に張り付いたように離れない。騎乗の魔法でそうなっている。そして魚雷の周りには、薄いバリアが張ってあるので、風の影響も受けないのだ。これらの魔法は、セットで魚雷に組み込まれていて、アロロクがいちいち唱えた訳では無い。
飛行中、トンキ、シンベ、タンタの3人組は、「すげえ!」「すげえ!」と落ち着きがない。アロンはそんな3人をよそに、大きな月を見上げてうっとりしている。ヘーデとアロロクは無表情だ。
10分もするとダンジョンに着く。一応、認識阻害の魔法を掛けて、他の冒険者から、絡まれないようにしている。深夜とはいえ、冒険者がちらほら歩いているからだ。
大きな洞窟の入り口を見上げ、子供たちは呆けている。ヘーデリアとアロロクが、そんな子供たちを置いて歩き出す。慌てて子供たちが駆け出した時には、ふたりは薄暗い迷宮の通路に差し掛かっていた。
エルゴやハルナの話では、通路にも魔物は出現するらしい、黒い霧が湧き上がり、魔物が召喚されると言っていた。ただ通路の魔物は、広場の魔物より格が落ちるそうだ。それに罠もあると言うことだ。奇妙な出っ張りや模様には注意しろと、アロロクは忠告を受けた。
男の子3人組を先頭に、女3人が続く形で迷宮の通路を歩く。魔物や罠のことは全員に伝えてある。男の子は、恐る恐る歩みを進める。女の子はそれを馬鹿にしたりはしない。魔物の危険性を嫌という程知っているからだ。
「アロロク姉ちゃん、何か変な出っ張りがある」
トンキがアロロクに言った。トンキの言うように、3mほどの広さの通路の中央に、不自然な膨らみがある。巧妙に隠されいるようだが、気を付けて見れば不自然さに気付くはずだ。
子供たちを5mほど下がらせたあと、アロロクがピョンと跳ねながら、クナイ(槍の穂先のような投げナイフ)を投げる。クナイが不自然な膨らみに突き刺さると、2m×2mほどの落とし穴がバカッと口を開けて、上に乗っていた砂がズザーッと流れ落ちる。
みんなで落とし穴の縁に近寄り、アロロクが魔法で中を照らすと、落とし穴の底には、無数の槍が突き立てられた槍衾となっており、白骨や冒険者の装備が散らばっているのが見えた。トンキ達は「ヒッ」と言って抱き合い。アロンは両手で口を押さえる。ヘーデリアは相変わらず無表情だ。
罠は基本、発動させなければ素通りして大丈夫だが、アロロクはあえて発動させて、罠の恐ろしさを子供たちに伝えたのだ。子供たちに緊張感が生まれた。さっきまでは珍しい風景に、どこかフワフワした感じだったが、今はピリッとしている。
「トンキ、良く見つけた。褒めて遣わす。シッシッシッ」
と言いながら、アロロクがトンキの頭を撫でる。トンキの表情は、嬉し恥ずかし誇らしいだ。
ヘーデリア達は穴に落ちないように、通路の端を歩いて先に進む。
その後、特に魔物に遭遇する事も無く、ひとつ目の広場に到着した。薄暗い通路から一転、明るい光が通路まで漏れている。広場に入る前に通路から中を確認する。強い魔物がいる場合、撤退するのがダンジョンでの戦い方である。
広場の中央付近には魔物がいる。牛頭の魔物ミノタウロスだ。3m近い筋肉質な体躯の魔物が3体、ノシノシと歩き回っている。浅黒い肌の人間の体躯だが、顔は牛のそれだ。側頭部から突き出た、乳白色の角が太く長い。真っ裸に大きな剣というチグハグさが恐怖感をあおる。
ぶぼおおお!
敵はまだか!と言わんばかりの咆哮に、子供たちがビクッと身体を振るわせる。口を大きく開け、よだれを飛び散らしながらの咆哮は、その迫力に、大人でもチビりそうなほどだ。連鎖的に、他のミノタウロスも吠え始める。口を天井に向け吠えるもの、手にした棍棒を地面に叩き付けながら吠えるもの、錯乱状態のような狂気を感じる。
とても子供が相手にするような魔物ではない。しかしアロンが落ち着いて、アロロクに向かって「作戦は?」と問うと、場に飲まれていたトンキ達も、ハッとしてアロロクを見つめる。
子供たちはやる気だ。
普通の神経ではない。
力の差は歴然だ。作戦も何も無い、何をしようが勝ち目が無いのは明らかだ。気が狂ったか? と言われても仕方がない言動に聞こえる。
「ん、ヘーデが範囲雷撃、ヘーデ1匹、アロロク1匹、あとはアロンたち」
アロロクが答える前にヘーデリアが言う。つまりヘーデが雷撃の範囲攻撃をして、敵がスタン(気絶)するか、痺れている間に、倒せと言うことらしい。ヘーデとアロロクはいざ知らず、瀕死のミノタウロスでも、子供たちには危険だ。腕の一振りで致命傷を負いかねない。
「了解!」
「「「りょ、了解!」」」
「無問題。シッシッシッ」
子供たちはやる気だ。
「落雷」
ヘーデが広場に入って魔法を唱えると、手から光の球が天井に向けて放たれる。
そのまま子供たちが、広場に雪崩れ込む。広場はかなり広い、子供たちの魔法が、魔物に届く位置まで近づかなければ有効打にはならない。
ドッドオオン!
数秒後、辺りに閃光が迸った。ヘーデの落雷が、半径10mほどの範囲に降り注いでいる。魔物は少数だ。範囲を絞って威力を上げた落雷が、3体のミノタウロスの頭上に落ちた。浅黒い肌が焦げて煙を上げている。動きは無いが、倒れていないので生きているのだろう。
アロロクがピョーンピョーンと三段跳びで、一気に距離を詰め、クルリと回転しながら、一体のミノタウロスの肩に飛び乗った。頭を跨いだ状態で、ミノタウロスの肩の上に立つアロロクが、忍者刀を牛頭に突き立てる。
忍者刀は勿論、高周波振動ブレードだ。高周波振動する風刃の魔法が、忍者刀の切れ味を数段上げている。
刀身50㎝の忍者刀が深々と突き刺さり、耳、鼻、口から鮮血が吹き出す。刺さった刀が内部で変形して、内部破壊が起きているようだ。刀を引き抜くと傷口から、血がブクブクと溢れだす。アロロクがミノタウロスから飛び上がると、ミノタウロスがグラリと倒れた。
ヘーデが、もう一体のミノタウロス目掛けて、「風刃」の魔法を放つ。ヘーデは魔力量が豊富なので、込める魔力は多い。だから魔法に威力がある。少々離れていても問題ないのだ。
風の円盤がギュンと唸って、ミノタウロスに向かって飛んで行く。小さなヘーデリアが放った風刃は、ミノタウロスの右の腕から左の肩に向かって、斜めに抜けて天井に突き刺さる。広場の天井から岩がバラバラと落ちてくる。
ミノタウロスは、腕がドサッと地面に落ち、胸から上が湿った音を地面に響かせるのと、ミノタウロスが腰砕けに倒れたのは同時であった。
アロロクとヘーデが、動かないミノタウロスをあっけなく倒した頃、子供たちは最後のミノタウロスに向かって走っていた。
短剣を抜いて頭上に掲げ、「やああー!」と掛け声を上げながら走る様は、まるでチャンバラごっこだ。子供の足だから動きも遅い。せっかくヘーデの落雷で、痺れているミノタウロスが、ピクピクと動き始めている。
そろそろ良い位置だろうと、アロンが「風弾」を放つ、スピードに乗った圧縮空気の弾丸が、ミノタウロスの腹に当たり小さく破裂する。ミノタウロスの腹には、ゴルフボール大の穴が開くが、内臓までは届かないようだ。
やっと追い付いたトンキ達もそれに続く、アロンの「一点集中!」の掛け声に「おおっ!」と答え、同じく風弾を撃つ。アロンの開けた穴の近くに、穴が3つ増えた。初めての攻撃魔法だ。精密射撃など出来るはずもない。次々と魔法を放つ子供たちだが、ミノタウロスに有効打撃は与えられていない。
ぶぼおおお!
ミノタウロスが突然吠えた。子供たちはビクッと飛びはねる。ミノタウロスはまだ歩くまで回復はしていないようだ。
「集中ー!」
アロンの掛け声に子供たちが頷いて、キュッと唇を噛み締める。子供たちは、ミノタウロスの攻撃範囲外から、魔法攻撃をしているので、まだ逃げるには早いとアロンは判断したようだ。トンキ達も自分を奮い立たせるように、ミノタウロスを睨み付け魔法を放つ。
ミノタウロスが腕を上げ始める頃には、腹から血を流す程度に、ダメージを与えたようだが、まだまだ倒せる程ではない。ミノタウロスがノソノソと歩き始めた。
「散開! アロンが正面で惹き付けます。その間に足を止めて下さい」
「おおっ!」
アロンの指示が飛ぶ。事前に打ち合わせていた訳ではない。アロンがリーダーという訳でもない。冒険者の戦闘映像を見慣れたアロンが、見よう見まねでやっていることだ。
トンキ達はミノタウロスの後ろに回り、短剣を足の腱に突き刺す。だが子供の力で傷が付く程、魔物は柔ではない。交代交代に腱を狙うが、肌が裂ける気配はない。
アロンは「雷撃」を放つが、ミノタウロスはビクッとする程度で、痺れて動かなくなることは無い。ヘーデリアの「落雷」とは込めている魔力が違うのだ。
アロンは、風弾をミノタウロスの顔に向けて撃ち始めた。右手の棍棒を避けるように常に、ミノタウロスの左側に回りながらの攻撃だ。
しばらくは、アロンが走っては止まり魔法を打ち、トンキ達がヒットアンドアウェイで、足の腱を攻撃していたが、ミノタウロスはなかなか倒せない。ヘーデの落雷で相当なダメージを受けているはずだが、子供の攻撃力では、決定打に欠けるようだ。
アロンもトンキ達も肩で息をしているが、逆に大したダメージの無いミノタウロスは、落雷の痺れから解放されて、ノシノシと歩き始める。こうなると大股で歩くミノタウロスと、子供とでは速度が違う。攻撃どころか逃げるのも難しい。
「撤退ー!」
アロンの掛け声に、子供たちが距離をとるため、走り出した瞬間、ドゴンッ! という音がして地面から砂煙があがる。ミノタウロスが棍棒を、地面に叩き付けたのだ。アロンは、掛け声と共に走り出していたので問題はないようだ。
ミノタウロスの焦げた顔は、アロンの風弾で傷がつき、左目は潰れている。今の内なら子供でも、逃げられるだろうと、アロンが撤退を決意した。命あっての物種だ。トンキ達はワラワラと、同じ方向に走って行く。そしてアロンが後に続く。まったく歯が立たなかったことに、顔が悔しそうに歪んでいる。
その様子を見ていたヘーデが、撤退の号令のあとに、ミノタウロスに向けて「炎弾」をお見舞いする。炎の圧縮弾に、ミノタウロスの肩が爆ぜて、棍棒がガランと地面に落ちる。
そしていつの間にかアロロクが、ミノタウロスの背中に張り付いていた。ミノタウロスの背中に足をつき、重力が無いかのように地面と水平になって、しゃがんでいる格好のアロロクの手には、忍者刀が握られており、背中に深々と突き刺さっている。
心臓を一突きにされたミノタウロスは、それでも身体を捻るように暴れるが、アロロクは既にいない。追撃の炎弾がヘーデから放たれ、側頭部をえぐられたミノタウロスはバランスを崩して倒れた。
起き上がる気配の無いミノタウロスを、無表情に見つめるヘーデの元に、アロン達が走り寄ってきた。肩で息をしている。
「ミノ肉ゲット。シッシッシッ」
と言いながらアロロクが帰ってくる頃には、子供たちは、地面に大の字になって転がっていた。ぜいぜいと息が荒い。
アロロクが収納庫から、ハチミツレモン水の入ったピッチャーとコップを出して中身を注ぐ。ヘーデリアは、すました顔でそれを飲み干す。アロンとトンキ達の顔の横にコップを置くが、誰もが目をつぶって荒い息を吐き出している。
30分も休んだだろうか。今はアロン達も息が整い、あぐらをかいてハチミツレモン水をグビグビと飲んでいる。
「わかったか小僧ども! 貴様らには迷宮はまだ早い。シッシッシッ」
「分かりました。でもアロンはあきらめません。いつかまた来ます」
「俺もだ!」「俺も!」「おいらも!」
「だが無事、撤退出来たのは評価に値する。命大事。シッシッシッ」
アロロクが、子供たちの頭を撫でながら、そう言った。実際、アロンの指揮は子供とは思えない、堂々としたものだった。みんなの魔法も、初めての戦闘にしては上手くいったと言える。ゴブリンやオークならば、倒せていたかもしれない。だがダンジョンには、いろいろな要素がある。常に危険と隣り合わせだ。ゴブリン1匹が倒せたところで自慢にもならないのだ。
こうしてヘーデの悩みに便乗した、アロン達のダンジョン初体験は苦い結果に終わった。




