第三十七話 女三人(隊長の悩み)
「ハアーッ」
「どうしたんだ隊長、ため息なんか吐いて」
呼人とグリフォン隊長は今日、畑で、からすき(牛や馬に引かせて、田畑のあら起しをする農具)の試作品を試している。子供たちが将来、箱庭の外に出た時に苦労しないようにと、道具を作っているのだ。
畑を耕すことも、呼人や精霊なら魔法でやれば苦労は無いのだが、子供たちの勉強のために一部は手作業でやっている。
魔法を教えたり、ゴーレムトラクターを作っても良いのだが、なるべく外の人間と同じことが出来ないと、いろいろと近所付き合いに困るだろうとやっていることだ。
隊長の体に、乗馬の鞍のようなものを括り付け、そこから伸びるロープに大きなクワを結び付ける。このクワを土に突き刺した状態で、隊長がロープを引くと土が連続的に掘り起こされるのだ。
青空の下、畑で大きな魔物と人間が一緒に働く姿は、どこか滑稽だ。だが今日のグリフォン隊長には、いつもの覇気が感じられない。
「いや、我の問題だ。呼人殿、気の無い仕事振りで済まん」
「何か悩み事か?」
「それがだ…」
呼人の問い掛けに、グリフォン隊長が悩みを打ち明け始めた。なんと隊長は、グリさんと子を成したいと言った。ダンジョンでは、魔物は子供を作らない。魔物の生息数をダンジョンが管理しているからだ。ダンジョンから抜けた隊長たちは本能が呼び起こされ、子作りをしたいと思い立ったらしい。
呼人は、「すれば良いじゃないか。何が問題なんだ?」と小首をかしげる。
「呼人殿、種族の掟があるのだ」
「ダンジョン産の魔物なのにか?」
「そうだ」
グリフォンは、身体の前半分が大鷲、後ろ半分が獅子の魔物である。獅子の体躯に大鷲の羽が生え、前足と首も大鷲である大型の魔物だ。魔物の中では強い部類に入るらしい。そしてグリフォンという種族が、強さを保つための、試練が存在すると隊長は言う。
グリフォン隊長とグリさんは、ダンジョンで生まれた魔物だ。種族と言っても、他のグリフォンとは会ったことも無いと言う。呼人は、そんな隊長がどうして「掟」を知っているのか不思議に思ったらしい。
「掟は、血に刻まれておる」
「口伝じゃないんだ? DNA的なやつかな」
その掟によると「グリフォンはワイバーンを倒すと、強い子供が生まれるのだ」と隊長が話を続ける。
グリフォンもワイバーンも、同じく空を飛ぶ魔物だ。大きさはワイバーンの方が大きく力も強い。強さに大きな隔たりがあるわけでは無いが、ワイバーンの方が少し格上なのだとか。そんな強者を倒せない者に、子を成す資格は無いのだ。と隊長は言った。
「ふーん、試練なんかあるのか。魔物もいろいろ大変なんだな」
「我は既に、迷宮内でワイバーンを倒したことがある。だがあやつは、まだなのだ」
「山に行けばワイバーンがいるから、隊長とグリさんで倒しに行けば良いじゃないか。人間に迷惑を掛けなければ、箱庭の外に出ることも許可するぞ」
呼人がこの大陸で、最初に目覚めた森に隣接する山脈には、ワイバーンがたくさんいた。あれ全部と戦うのは骨だが、1体2体なら隊長とグリさんで、楽に倒せるだろうと呼人は言った。
「呼人殿、掟で試練において、つがいとなる者の助力は禁止されておるのだ。あやつはまだ若い。1頭で戦っても問題は無いと思うが心配でな。少し悩んでおったのだ」
「隊長以外の助力は良いのか?」
「雌の場合、2頭まで群れの雌を連れて行ける。だが我等は2頭だけだ。今更グリフォンの群れを探して、仲間になるつもりも無いのでな。あやつだけで行くしかない」
「仲間は、グリフォンじゃないといけないのか? 俺達は異種族だが、群れみたいなものじゃないか」
「よ、呼人殿、ワイバーンは危険な魔物だ。箱庭の者には頼めん」
呼人の屁理屈に、グリフォン隊長は焦りを隠せない。グリフォンが他の魔物と協闘したなど、過去に聞いたことが無いため、掟に反するのかわからないのだそうだ。それに箱庭の魔物はグリフォンほど強くはない。
「ハルナー! ちょっと来てくれー!」
「今行くぜー! 旦那ー!」
呼人が、離れた場所で農作業をする使い魔のハルナを、大きな声で呼んだ。大きな声に何事かと、ハルナ以外の仲間も集まって来た。そんな仲間たちに呼人は事情を話した。
「どうだ、ハルナ。ワイバーンは倒せるか?」
「カッカッカッ、このハルナ様に任せとけってんだ。旦那」
「呼人よ、妾も行くぞ。ワイバーンなぞ。屁でも無いわ」
「ルミアはドラゴンだからワイバーンより格上だろ。グリさんの試練にならないぞ」
「ヘーデ、行く!」
「あらあ、ヘーデちゃんはダメよぅ。危ないでしょ」
呼人の言葉にクロールミアが不満顔になり、マリアの言葉にヘーデリアが、しょんぼりと項垂れている。
話の展開に隊長もグリさんも真っ青だ。グリフォン隊長たちは、五郎達に助けられてここにいる。命の恩人の仲間に、危険な真似はさせられないとでも思っているのだろう。
「呼人殿、ハルナに危険な真似はさせられない」
「なーに、遠慮するなよグリ。あたい達の仲じゃねーか。がははは」
「しかし…」
「グリさん、ハルナもこう言っているんだ。一緒に行けば良いじゃないか」
「しかしも案山子もねぇ。あたいはワイバーンと戦いたいんだ」
「あと一人はどうするかなぁ。乙女のマリアがいくか?」
「殺す気なのー!」
「じゃあ、やっぱりアロロクか?」
「いや旦那、ウーテにしよう。実力を見ておきてぇ」
「ええー、ウーテはダメだろう。一応客人だし、天使が戦闘とかするのか?」
というわけで、端末神様とウーテ本人に聞いてみることとなった。
端末神様は子供たちと農作業していた。人間の事情に疎い神様は、子供たちの真似をしながら農作業をしている。呼人は「神様に、やらせて良いのか?」と心配していたが、本人はやる気だ。労働のあとの食事は上手いと聞いて、張り切っている。マリアは「どうせ、神様本体では無いから良い」と相変わらず呑気だ。
端末神様には初めての農作業なので、勿論上手く手伝えない。失敗ばかりで邪魔をしている感じだ。しかし子供たちは「大人のくせに」とか、「邪魔だ」などと言うこと無い。意外と丁寧に教えているようだ。
子供たちは元々孤児で、街の人間には邪険に扱われてきたので、その辛さを知っているからだろう。
「神様、ちょっと良いか?」
「呼人はん、何でありんすか?」
呼人が声を掛けると、端末神様がおかしなしゃべり方で答える。呼人は神様に事情を話して、ウーテを借りられるか聞いてみた。
「問題ありまへんえ。ウーテはんは、戦闘が大好きでありんす。ちょくちょく下界に降りて、魔物を狩っては武器や防具を作っていんした。なんでも神界の武器には、武骨さが足らへんらしいどす」
神様はプリン10個と糠漬けで、ウーテを貸し出すと言う。呼人は、神様といい精霊といい、料理とか役職に重きを置く神経がわからんと言い、食事なんて必要無いだろう? と言った。神様は「ぬか漬けのない人生など、糞喰らえでありんす」と笑う。
「そうかなぁ? あとグリフォンの試練にハルナとウーテがついて行くと、掟に反するかどうかわかるかな?」
「それも問題あらしまへん。あちきがルールブックどす」
「……」
ウーテも同行に異論は無いと言う。料理や農作業に、あまり関心が無いのだとか。ワイバーンと戦う方が面白そうだと言っていた。
「これで悩みは解決か? 隊長」
「わははは、呼人殿、有り難い」
「呼人殿、ありがとうございます。私、頑張る」
その日の夜、人が寝静まった頃に箱庭から女3人が飛び立った。雌グリフォンのグリの背中には、ハルナとウーテが乗っている。
満天の星空が宝石を散りばめたように綺麗な夜だ。3人はダンジョンで連携を確認したあと、朝方を狙ってワイバーンに挑むつもりだ。
ウーテは金属製の軽鎧、ハルナは革鎧という出で立ちだ。もっともハルナのは、見た目と違ってスライムボディの一部だ。
「ウーテの得物はどんなんだ?」
「これっすよ、ハルナっち」
ウーテが収納庫から出した武器は、槍のような長い柄の先に、大きな斧が付いた武器だった。柄にも斧の部分にも、トライバル模様のような彫刻が刻まれている。武器を出したとたん、グリがバランスを崩したのを見る限り、かなり重そうなのだが片手で軽々と持っている。華奢な体躯に似合わず力があるようだ。
「やっぱ、神界の素材を使ってるのか?」
「これは下界の素材っす。神具はそうそう下界に持ち出せないっすよ。それにピカピカ光っていて、小洒落た感じが、うちは好きじゃないっす。ハルナっちはそのホウキで戦うんすか?」
「そうだ、こいつが相棒さ」
「ふーん、グリっちは爪っすか?」
「私は、嘴と爪、それから魔法だ。あと最近手に入れたブレスを試したい」
「クロールミアからインストールしたやつか? グリ」
「そうだハルナ。ルミアが便利だと言っていた」
こうしておしゃべりをしているうちに、女3人はダンジョンの入り口に到着した。深夜と言ってもまばらに人の姿がある。だが認識阻害の魔法を掛けているので、雌グリフォンを人が見ても景色の一部のように感じてしまう。
3人は大きな洞窟の入り口を見上げて、何か決意をしたように一歩を踏み出す。
ダンジョンの通路は、3人が横並びに歩いても余裕がある。うっすらと光っていて、夜目が無くても歩くのに問題なさそうだ。
「ハルナっち、うちはダンジョン初体験っす。楽しみっすよ」
「あたいも初めてだウーテ。エルゴの話じゃ、なんでもこのダンジョンは、入ってきた者の力量を見て、魔物をけしかけてくるらしいぜ。だから初っぱなから、ボスクラスの魔物が出てくることもあるとか言ってたな」
「ハルナ、腕が鳴る」
そんな事を、しゃべりながらハルナ達が歩いていると、通路の先が開けた広場に行き着いた。
歩いてきた通路は薄暗かったが、その広場は壁に多くの松明が燃えており、存外明るい。広場の外周には、いくつかの穴が開いている。どうやら道が続いているらしい。
通路から広場の中を見回すが魔物の姿は無い。
「あれえ? おっかしいなあ。エルゴ達は最初の広場で、大物に出くわしたって言ってたんだけどな」
「ハルナっち、焦らし攻撃っすかね?」
「ハルナ、迷宮はこういうハズレの時もある。常に同じだったら容易に対策されて、攻略されてしまう。迷宮も魔物だ。いろいろと知恵を付ける」
「そうだなグリ、先に進めばいいだけだ」
こうして女3人が広場に入り、次はどの通路にするか? と話ながら歩いていると、突然ガラガラドンッと重量物が落ちる音が響き渡った。広場の周囲にある、全ての通路が格子状の扉で塞がれ、3人は閉じ込められた形となる。
そして広場の床や壁から、ワラワラと魔物が湧き始める。
「まずいハルナ、迷宮が魔物の召喚時間をずらしたようだ。多勢に囲まれてしまう」
「今更、逃げられねぇ。覚悟を決めるしかねーぞ」
「うわー、凄い数っすねぇ」
次々と異形の魔物が、黒い煙りと共に湧き出す様は、見ていて気持ちの良いものではない。ハルナが顔をしかめる。
一方では、緑色の小鬼:ゴブリンが木槍や棍棒を持ち、集団でグギャグギャと騒いでいる。他方では、豚頭の魔物:オークの群れが棍棒を掲げ、ボオボオと囃し立てる。
そんな中に、まばらに存在する大型の魔物。
青い大鬼:オーガ、ビルのようにそびえ立つひとつ目巨人:サイクロプスや、脂肪の塊のようなトロール、そして牛頭の魔物:ミノタウロス、羊頭の魔物:デーモンなどがいる。
総勢300匹ほどの魔物にハルナ達は囲まれている。
「臭いし、うるさいっすねぇ」
「こりゃ、たまんねーな。ウーテ」
「小物は良く吠える」
グオオォォ!
デーモンが、一際大きな声を上げた。どうやら開戦の合図のようだ。魔物たちが呼応し走りだす。
数体のサイクロプスが、ひとつ目からレーザービームを一斉に放ったが、ハルナは避けもしないで尻尾を揺らす。ハルナのスライムボディに当たったレーザーは、ジュッという音を立てて煙りを上げる程度でダメージは無いようだ。
ウーテは全周囲バリアを張って、レーザーに対抗している。グリは、サイクロプスの目が光ったと同時に、体高2mの巨体を翻し、素早く宙に逃れた。
ウーテが走り出し、大斧を一閃させると、目の前のゴブリンの群れが、稲を刈るようにバタバタと倒れる。ウーテは、その勢いのままグルンと身体を回転しながら、地面を蹴る。凄まじい跳躍力でサイクロプスの眼前に迫り、
だらああああっす!
と叫びながら、自重に遠心力を乗せた大斧を、サイクロプスの脳天に叩き付けた。グシャっと音がして、大斧がサイクロプスの顎まで食い込む。
飛翔の魔法だろうか、ウーテが空中に浮いた状態で、ギコギコと大斧を上下に揺らし、巨人の血みどろの顔から大斧を外す頃には、サイクロプスの身体がグラリと傾き、ズズンと倒れた。周りにいた魔物も大分潰されたようだ。
サイクロプスのレーザー攻撃に、巨体を宙に踊らせたグリは、その勢いのままサイクロプスの一体に突っ込んだ。グリの嘴が、見事にひとつ目に食い込み、鋭い爪が巨人の胸と腹を抉る。巨人がグアアと叫び、闇雲に両手を振り回す頃にはグリは飛び立ち、隣のトロールの首に、鋭い嘴を食い込ませていた。
トロールの腕を前足で掴み、肩に喰らいつく。トロールが叫び声を上げると同時に、肩の肉は食いちぎられた。トロールが、もう片方の手に持つ棍棒を振り上げるより早く、グリは再び飛び立ち息を大きく吸い込む。
ゴオオッ
超高温の炎ブレスが、トロールとサイクロプス、周りにいる魔物を巻き込んで燃え上がる。グリは結果も見ずに、別の巨人に向かって凄まじい早さで飛び立った。
大勢の魔物がハルナに迫る。棍棒や槍を振りかざし、雄叫びを上げながら涎を撒き散らし、ハルナ目掛けて大挙して押し寄せる魔物を見ながら、自慢の竹箒で、肩をトントンと叩いたハルナが、突然ブワッと膨らんだ。と言うより投網のように、空中に向かって広がったのだ。
スライムボディを変形させて広がったハルナが、顔前に迫った魔物たちを包み込む。50体ほどの魔物を覆った布が、魔物を内包したまま、急速に縮んでいく。中では飲み込まれた獲物が、暴れているようだ。布状のハルナの身体が、ボコボコと蠢いている。布が縮む度に魔物が押し潰される音がしている。
グキッゴキッ…メキッ
すでに、ワンボックスカーほどに縮んだ布が、更に収縮を加速させる。メキメキッゴキゴキッとくぐもった音が響き、ハルナが体型を元に戻す頃には音も消えていた。
満足そうに辺りを見回すハルナの左右に、グリとウーテがストンと降り立つ。
「エグい攻撃っすねぇ。ハルナっち」
「ハルナは、品が無い」
「素材も一緒に拾えるから楽なんだよ。旦那から肉を確保せよとお達しがあったからな。敵さんが大人数だと丁度いいぜ」
こうしてバラけては集まり状況を確認しながら、女3人は魔物を駆逐し続けた。ウーテは大斧で巨人の腹を裂き、ハルナが竹箒を大剣に変形させて、魔物の足を断つ、グリは炎吐息で魔物を黒炭に変え、風刃の魔法を乱発する。女3人の凄まじい攻撃に、魔物が成す術も無く数を減らしていく。
最後に残ったデーモンに女3人が駆け寄ると、デーモンが炎魔法を放つ、ハルナはお構い無しに突き進み、ウーテとグリが左右に飛んで避ける。
デーモンが、大剣を横薙ぎにするところを、グリが爪で押さえ込み、ハルナがその腹に大剣を力任せに叩き込む、何度も何度もだ。ウーテが飛び上がり、回し蹴りのようにグルンと回転しながら、遠心力を乗せた大斧をデーモンの首に叩き付けると、ゴギッと音がして首が曲がった。
デーモンは、腹から首から黒い血を吹き出しながら倒れる。しばらくするとスウッと、光の粒が湧き出て素材に変わった。
「終わりっすかね?」
「こんだけ多いと流石にしんどいなぁ」
「ハルナ、ワイバーンが本番ですよ」
その後、次々とダンジョン内の広場を巡り、大量の肉を得たハルナは、ご満悦な顔で「旦那に褒められる~、旦那に褒められる~」と、スキップしながら小躍りしている。ウーテは「楽しいっすねぇ」とグリに語り掛け、グリは「来て良かった」と言い、グルゥと満足気に唸り声を上げた。
朝も白む頃、女3人はダンジョンから出てきた。魔物の返り血は、浄化の魔法で洗い流してある。軽い切り傷なども魔法で治している。
ダンジョン裏にある広大な精霊の森に行き、川で朝食を取りながら、魔力を回復させようということになり、川までやってきた。
「やあ、ハルナ。どうしたんだい? こんな朝早くに」
「よう、精霊さん。それがな…」
女3人が川辺の石に座り込むと、ヒョッコリと精霊さんが現れた。ハルナは収納庫から出した調理済みの朝食を、みんなに振る舞いながら事情を説明する。
塩鮭を具にしたおにぎりをハムハムと食べながら、ソーセージをつまみ上げ、珍しそうに眺め回す精霊さんが事情を聞き終え、おっとりとした声を出す。
「山のワイバーンにねぇ。そうかい、強い子を授かると良いね」
「ありがとうございます」
「ウーテ、神様は上手くやっているかい?」
「食事の度に、この料理を覚えろだの、プリンはまだ届かないのかだの、うるさくてしょうがないっすよ」
「あははは、それは大変だね。森の精霊が温泉に行ったときには、ずいぶんと子供たちとも打ち解けていらっしゃったと聞いたけど、君には相変わらずのようだね」
「そうなんすよ、子供には親愛の神の如く接するのに、うちには鬼ばば対応っすよ。でも漬物をあげると怒りが収まるっす」
「糠漬けかい。あれは美味しいね」
「糠漬けは神の料理っす。神界でセンセーションが巻き起こってるっすよ。うちもキュウリの漬物の一本食いが大好きっす」
そんな事を話している内に、森の精霊たちが集まりだし、おにぎりにたかって騒がしく食べ始める。小さな低位精霊が、唐揚げを精霊さんのところまで運んで、頭を撫でられている。人形のような精霊が嬉しそうにしている姿がかわいい。
呼人やマリアが見たら、人間にエゴや自己顕示欲が無ければ、同じ様な光景が見られるのにと思うかもしれない。
女3人は戦いの前に癒しをもらい、顔を見合わせて笑い合うのだった。
朝食を食べている内に日も登り、山脈にワイバーンの姿が見え始める。雌グリフォンが他の2人を乗せて、空に舞い上がると、1体の飛竜が近づいてきて、グギャー! と威嚇の雄叫びを上げる。5mほどの薄茶色の体躯は細身だが迫力がある。
「これがワイバーンか。ルミアより、ずいぶん翼がデカイんだな。手が翼と一体なのか。顔も細長いし尻尾も細い。ルミアよりトカゲっぽいんだな」
「ウーテ、ハルナ、最初は私だけで行く」
「グリっち、がんば!」
「グリ、さっさと倒して子作りしようぜ」
ハルナとウーテが飛翔魔法でグリから離れると、グリがワイバーンを睨み付け、グルゥと小さく喉を鳴らす。
ワイバーンがバサバサと翼を動かし、雌グリフォンに風を吹き付けた。まるで威圧を含むかの如く重たい風が、ゴオッとグリの羽毛を揺らすが、グリは微動だにしていない。大気の圧力を感じていないかの如く振る舞う、雌グリフォンの雄々(おお)しい姿が、母となる決意を表しているようにも見える。
体格差が2倍以上の、まるで大人と子供のような2体の魔物が、空中で対峙している様は、ある意味滑稽だが纏う雰囲気は猛獣のそれである。
グリが上半身を持ち上げ、立ち上がるような姿勢で、前足をブンッブンッと交互に振るった。前足から「風刃」の魔法が放たれ、飛竜に向かってものすごい早さで突き進む。グリの爪の数だけ発動した風刃の魔法がクロスして、ひとつの物体のように飛竜の胸に当たった。
ワイバーンの首が退け反る。ワイバーンの胸に、バツ印のような6本の深い傷が刻まれ血が吹き出した。
グギャアアア!
一声、大きく叫び、雌グリフォンを睨み付けようとした飛竜の目が泳いだ。先程まで目の前にいたグリの姿が、忽然と消えている。ワイバーンが退け反っている間に移動したようだ。
迷ったワイバーンがバサリと翼を動かし上に逃れようとした。だが上からはグリが急速に落下してきて、肩口にドンッとぶつかった。カウンター気味に衝撃を受けたワイバーンがバランスを崩し、翼をバタつかせようとするが、片翼に力がはいらない。肩口にグリの爪が食い込み、骨ごと粉砕された翼が力無く揺れていた。
グリがワイバーンを蹴り下げ自身は飛び上がると、ワイバーンは暴れながら落下していく。
「いいぞ、グリー!」
「グリっち、ゴーゴー!」
ビュン!
呑気な歓声を無視するように、グリが羽を畳んで、直滑降していく。数瞬の内にワイバーンに追い付き、暴れる飛竜の腹に身体ごとぶつかると、グリの鋭い嘴が、飛竜の腹に深々と突き刺さった。
落下速度を増した2体の大型魔物が、もつれながら落ちるが、すぐにグリはワイバーンから離れて、空中に静止する体勢となる。
バキバキ…ドスウウンッ
大きな音を立てて森に落ちたワイバーンに、動きは無いようだ。上から見ると首が変な方向に曲がって、ピクリとも動かない。
「自重にやられたみたいっすねぇ」
「成りがデカイだけあって、グリのスピードに歯が立たない感じだったな」
ハルナが森に降り立ち、ワイバーンの尻尾を掴んで持ち上げると、腹に開いた大きな穴から血がダラダラと流れ落ちている。
「これで、子が成せる」
雌グリフォンがワイバーンを見下ろしてそう呟いた。そして大きな自信に満ち溢れた、実に良い笑顔で、グルゥー! と勝利の雄叫びを響かせるのであった。
「おめでとう、グリ」
「おめでとさんっす、グリっち」
「ありがとう、2人のおかげで、試練を乗り越えることが出来た」
「ひとりで大丈夫だったっすね」
「いや、私だけではビビっていただろう。2人が見守っていたから力が出せた。感謝する」
「良し、早速子作りすっか」
「ハルナとするわけではない!」
女3人の笑い声が、連なる山脈に木霊する。上空の寒さを吹き飛ばすような陽気な笑い声に、風が小躍りするように絡み付き、声を周囲に運んでいった。
グリがワイバーンを倒したあと、あたいも、うちもと、他の2人がワイバーンを倒し、合計3体の肉塊を得たハルナ達は、意気揚々と箱庭に帰ってきた。
「たっだいまー!」
箱庭では呼人やグリフォン隊長に結果を報告して褒められた。ハルナとウーテは頭を撫でられ嬉し恥ずかしだ。グリは「当然の結果です」とツンデレしている。
丁度お昼時なので、早速ワイバーンを解体してステーキにする。
呼人は「少し臭みがあるが、牛肉のような食感に、鶏肉に近い味がする美味しいお肉だな」と満足気にハルナに話し、カレーに入れたら、臭みも消えて良いかもしれないと、マリアとエルゴが相談している。それに呼人が、香草や野菜と一緒に、蒸し焼きにするのも良いかもと意見すると、神様がジュルリと下品によだれを拭う。
「味が鶏肉に近いから、骨でダシを取ったら旨いんじゃないか?」
「ラーメンが食べたいわぁ」
呼人と自称乙女のマリアは、故郷の味に思いを馳せるように、遠い目をして青空を見上げる。
「お兄ちゃん、ラーメンってなあに?」
「ラーメンか?それはなぁ…」
「それは?」
「秘密だ!」
「「「ええー!」」」
どうやら子供たちが、聞き耳を立てていたようだ。一斉にズッコケている。
「嘘うそ、冗談だ。ラーメンは、うどんみたいな麺料理だよ。うどんのような、あっさりしたスープもいいけど、ラーメンはこってりしたスープが旨いんだ。汗をかきながら麺をズズーッとすすると、スープの旨味が口いっぱいに広がってな、それはそれは至福の気分が味わえる、究極のソウルフードなのさ」
呼人の話に子供たちも魔物も精霊も、興味津々で聞き入っている。ゴクリと喉を鳴らしたヘーデが、辛抱できずに呼人に詰め寄る。
「呼人、ラーメン一丁!」
「ヘーデちゃん、ラーメンの麺はうどんと違って、小麦粉を練るだけではいけないのよ。確か『かんすい』とかいう、謎成分が入っているのだったわよねぇ、よぶちゃん」
マリアの言葉にヘーデがショボくれる。子供たちも泣き出しそうだ。神様がテーブルに突っ伏して魂が抜けたように動かない。
「うーん、俺もラーメンを素材から作ったことは無いなぁ。でも知識は少しあるから、やってみるか?」
呼人の言葉に、ヘーデがすがるように目を向ける。
みんな無言だが明らかに場の温度が上がった。子供たちは目をキラキラさせ、大人たちは拳をギュッと握る。成り行きをジッ見つめる目が本気だ。神様が起き上がりこぼしのようにヒョイと起き上がる。
「大丈夫なのぅ? あまり期待させては可哀想よぅ」
「そうか? じゃあ止めておこう」
ガクッー!
「待て待て、なんでそうなるのじゃ。呼人よ、姫たる妾に、ラーメンなる至高の料理を献上するのじゃ」
「神たる、あちきにもどすえ」
幼竜クロールミアの物言いに、神が追随すると、周りもここぞとばかりに便乗してくる。「薬師見習いたるアロンにも~」「班長たるあたち~」「隊長たる我~」「乙女たるヘーデ~」「イエローたる~」「メイドたる~」「孤児たる~」「未来の母たる~」「天使たる~」と、口々に言い始める。魔物たちも興奮して騒いでいる。「牛たる~」「イモムシたる~」と、言っているのかもしれない。
呼人は、群衆の剣幕にたじたじだ。
「待て待て、なんでそうなる? 至高ってなんだよ。期待され過ぎてて恐くて作れないよ」
「呼人、意地悪ダメ!」
「知識って言っても、昔の人は灰の上澄みを使って、麺を作っていたと聞いたことがある程度で、本当に上手くいくかわからないんだ」
呼人は正直に答えた。マリアは「だから言ったじゃない」と、ニヤニヤしている。
結局呼人は、勢いに押されて断り切れず、「失敗しても文句言うなよ」と言いながらラーメン作りを請け負った。
「では私は、煮玉子を作るわぁ」
「呼人様、私もチャーシューを作りましょう」
マリアとエルゴが助っ人を買って出て、その場はお開きとなった。
早速、呼人とウーテとハルナが麺をこねる。マリアが灰の上澄みなんて食品に混ぜて大丈夫なの? と心配そうだ。しかし呼人は灰の上澄みで麺を作る訳ではないから、心配するなとマリアに言った。
水に灰を入れた上澄み(灰は沈殿し、水面は成分の溶けた水)は、炭酸カリウムが溶けた水溶液で、アルカリ性だ。呼人は、灰の上澄みで小麦粉を練れば、ラーメンになると、テレビで見たことがあった。
ただこれは、昔ながらの作り方だとか。最近の「かんすい」の主な原料は炭酸ナトリウムだと、同じテレビでは言っていた。重曹(炭酸水素ナトリウム)を粉の状態で加熱すると、炭酸ナトリウムになるらしい。そして重曹のままでも中華麺になるそうだ。
この前、海に行ったときに、サイダーを作るのに重曹を使ったので、これを使えばラーメンのような、黄色い麺が作れるはずだと呼人はマリアに説明した。
マリアとエルゴは具材を作る。マリアは半熟の味付け煮玉子に挑戦するらしい。
エルゴは呼人特製の圧力鍋を使い、肉を柔らかく煮込み、収納庫で時間を進めて、味を染み込ませる作戦のようだ。焼豚と言うか焼飛竜だ。
料理好きの精霊が、丁寧にアクをすくいながら、飛竜骨でダシを取る。
スープの味付けは、みんなで相談しながら行った。こうして何とかかんとかラーメンが完成したのは、夕食の直前であった。
ダシは飛竜骨をベースに、野菜を入れて臭みをとり、鰹節や、貝のダシを合わせたもので、こってりとした醤油味に仕上がっている。
麺を茹で、スープの入ったどんぶりに加える。そして具材を乗せたら、収納庫に保管するの繰り返しで、呼人達は大量のラーメンを作った。麺が伸びるのでこうしないと、みんな一緒には食べられない。
呼人達は、ラーメン150食作るのは大変だと、ぐったりしている。次にラーメンを作る時は、やり方を考えなければならないと、エルゴは言い。まあ人海戦術しかないわねとマリアが受ける。
「ラーメン一丁、ヘイお待ちぃ」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
フゥフゥ、ズルズル、チュルン、ハグハグ、ズズー!
「むほー! 旨いのじゃ。でかしたぞ、呼人よ」
「ラ~メン、大好き。ヘーデさん~♪」
ルミアとヘーデがご機嫌だ。神様も子供たちも、無言で麺をすすっている。目が真剣でフォークが止まらない。五郎の口はべちゃべちゃで、ハルナはチャーシューをつまみに、ビールも飲んでいる。勿論、呼人もビールのジョッキを、傍らにおいている。精霊たちは、ひとつのどんぶりに集って、「旨いでし」「ソウルフードでし」と、はしゃいでいる。
やはりカレーとラーメンは、何処に行っても、ソウルフードなのだなと話す呼人とマリアは、食卓の光景をニマニマと眺めるのであった。
翌日、雌グリフォンのグリが目を覚ますと、内なる力が増していることに気付いた。どうやら先日得た神の加護が、開花し進化したようだ。体色が濃くなり、顔も何処と無く、凛々しくなっている。
その日、箱庭では雲ひとつない青空を、グルゥー!グルゥー!と、鳴き声を上げながら飛んでいる、ひとつがいのグリフォンたちを、みんなが眺め、一緒に幸せを噛み締めた。




