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第三十七話 女三人(隊長の悩み)

「ハアーッ」

「どうしたんだ隊長、ため息なんか吐いて」

 

 呼人(よぶと)とグリフォン隊長は今日、畑で、からすき(牛や馬に引かせて、田畑(たはた)のあら起しをする農具)の試作品を試している。子供たちが将来、箱庭の外に出た時に苦労しないようにと、道具を作っているのだ。

 

 畑を(たがや)すことも、呼人(よぶと)や精霊なら魔法でやれば苦労は無いのだが、子供たちの勉強のために一部は手作業でやっている。

 魔法を教えたり、ゴーレムトラクターを作っても良いのだが、なるべく外の人間と同じことが出来ないと、いろいろと近所付き合いに困るだろうとやっていることだ。

 

 隊長の体に、乗馬の(くら)のようなものを(くく)り付け、そこから伸びるロープに大きなクワを結び付ける。このクワを土に突き刺した状態で、隊長がロープを引くと土が連続的に掘り起こされるのだ。

 

 青空の下、畑で大きな魔物と人間が一緒に働く姿は、どこか滑稽(こっけい)だ。だが今日のグリフォン隊長には、いつもの覇気が感じられない。

 

「いや、我の問題だ。呼人殿、気の無い仕事振(しごとぶ)りで済まん」

「何か悩み事か?」

「それがだ…」

 

 呼人の問い掛けに、グリフォン隊長が悩みを打ち明け始めた。なんと隊長は、グリさんと子を()したいと言った。ダンジョンでは、魔物は子供を作らない。魔物の生息数(せいそくすう)をダンジョンが管理しているからだ。ダンジョンから抜けた隊長たちは本能が呼び起こされ、子作りをしたいと思い立ったらしい。

 呼人は、「すれば良いじゃないか。何が問題なんだ?」と小首をかしげる。

 

「呼人殿、種族の(おきて)があるのだ」

「ダンジョン産の魔物なのにか?」

「そうだ」

 

 グリフォンは、身体の前半分が大鷲、後ろ半分が獅子の魔物である。獅子の体躯(たいく)に大鷲の羽が生え、前足と首も大鷲である大型の魔物だ。魔物の中では強い部類に入るらしい。そしてグリフォンという種族が、強さを(たもつ)つための、試練(しれん)が存在すると隊長は言う。

 

 グリフォン隊長とグリさんは、ダンジョンで生まれた魔物だ。種族と言っても、他のグリフォンとは会ったことも無いと言う。呼人は、そんな隊長がどうして「掟」を知っているのか不思議に思ったらしい。

 

「掟は、血に(きざ)まれておる」

口伝(くでん)じゃないんだ? DNA的なやつかな」

 

 その掟によると「グリフォンはワイバーンを倒すと、強い子供が生まれるのだ」と隊長が話を続ける。

 グリフォンもワイバーンも、同じく空を飛ぶ魔物だ。大きさはワイバーンの方が大きく力も強い。強さに大きな(へだ)たりがあるわけでは無いが、ワイバーンの方が少し格上なのだとか。そんな強者を倒せない者に、子を成す資格は無いのだ。と隊長は言った。

 

「ふーん、試練なんかあるのか。魔物もいろいろ大変なんだな」

「我は(すで)に、迷宮内でワイバーンを倒したことがある。だがあやつは、まだなのだ」

「山に行けばワイバーンがいるから、隊長とグリさんで倒しに行けば良いじゃないか。人間に迷惑を掛けなければ、箱庭の外に出ることも許可するぞ」

 

 呼人がこの大陸で、最初に目覚めた森に隣接する山脈には、ワイバーンがたくさんいた。あれ全部と戦うのは骨だが、1体2体なら隊長とグリさんで、楽に倒せるだろうと呼人は言った。

 

「呼人殿、掟で試練において、つがいとなる者の助力は禁止されておるのだ。あやつはまだ若い。1頭で戦っても問題は無いと思うが心配でな。少し悩んでおったのだ」

「隊長以外の助力は良いのか?」

(めす)の場合、2頭まで群れの雌を連れて行ける。だが我等は2頭だけだ。今更グリフォンの群れを探して、仲間になるつもりも無いのでな。あやつだけで行くしかない」

「仲間は、グリフォンじゃないといけないのか? 俺達は異種族だが、群れみたいなものじゃないか」

「よ、呼人殿、ワイバーンは危険な魔物だ。箱庭の者には頼めん」

 

 呼人の屁理屈に、グリフォン隊長は(あせ)りを隠せない。グリフォンが他の魔物と協闘したなど、過去に聞いたことが無いため、掟に反するのかわからないのだそうだ。それに箱庭の魔物はグリフォンほど強くはない。

 

「ハルナー! ちょっと来てくれー!」

「今行くぜー! 旦那ー!」

 

 呼人が、離れた場所で農作業をする使い魔のハルナを、大きな声で呼んだ。大きな声に何事かと、ハルナ以外の仲間も集まって来た。そんな仲間たちに呼人は事情を話した。

 

「どうだ、ハルナ。ワイバーンは倒せるか?」

「カッカッカッ、このハルナ様に任せとけってんだ。旦那」

「呼人よ、(わらわ)も行くぞ。ワイバーンなぞ。屁でも無いわ」

「ルミアはドラゴンだからワイバーンより格上だろ。グリさんの試練にならないぞ」

「ヘーデ、行く!」

「あらあ、ヘーデちゃんはダメよぅ。危ないでしょ」

 

 呼人の言葉にクロールミアが不満顔になり、マリア(おっさん)の言葉にヘーデリアが、しょんぼりと項垂(うなだ)れている。

 話の展開に隊長もグリさんも真っ青だ。グリフォン隊長たちは、五郎達に助けられてここにいる。命の恩人の仲間に、危険な真似はさせられないとでも思っているのだろう。

 

「呼人殿、ハルナに危険な真似はさせられない」

「なーに、遠慮するなよグリ。あたい達の仲じゃねーか。がははは」

「しかし…」

「グリさん、ハルナもこう言っているんだ。一緒に行けば良いじゃないか」

「しかしも案山子(かかし)もねぇ。あたいはワイバーンと戦いたいんだ」

「あと一人はどうするかなぁ。乙女のマリアがいくか?」

「殺す気なのー!」

「じゃあ、やっぱりアロロクか?」

「いや旦那、ウーテにしよう。実力を見ておきてぇ」

「ええー、ウーテはダメだろう。一応客人だし、天使が戦闘とかするのか?」

 

 というわけで、端末(たんまつ)神様とウーテ本人に聞いてみることとなった。

 端末神様は子供たちと農作業していた。人間の事情に(うと)い神様は、子供たちの真似をしながら農作業をしている。呼人は「神様に、やらせて良いのか?」と心配していたが、本人はやる気だ。労働のあとの食事は上手いと聞いて、張り切っている。マリア(おっさん)は「どうせ、神様本体では無いから良い」と相変わらず呑気(のんき)だ。

 

 端末神様には初めての農作業なので、勿論(もちろん)上手く手伝えない。失敗ばかりで邪魔をしている感じだ。しかし子供たちは「大人のくせに」とか、「邪魔だ」などと言うこと無い。意外と丁寧(ていねい)に教えているようだ。

 子供たちは元々孤児で、街の人間には邪険(じゃけん)に扱われてきたので、その辛さを知っているからだろう。

 

「神様、ちょっと良いか?」

「呼人はん、何でありんすか?」

 

 呼人が声を掛けると、端末神様がおかしなしゃべり方で答える。呼人は神様に事情を話して、ウーテを借りられるか聞いてみた。

 

「問題ありまへんえ。ウーテはんは、戦闘が大好きでありんす。ちょくちょく下界に降りて、魔物を狩っては武器や防具を作っていんした。なんでも神界の武器には、武骨(ぶこつ)さが足らへんらしいどす」

 

 神様はプリン10個と(ぬか)漬けで、ウーテを貸し出すと言う。呼人は、神様といい精霊といい、料理とか役職に重きを置く神経がわからんと言い、食事なんて必要無いだろう? と言った。神様は「ぬか()けのない人生など、糞喰(くそく)らえでありんす」と笑う。

 

「そうかなぁ? あとグリフォンの試練にハルナとウーテがついて行くと、(おきて)に反するかどうかわかるかな?」

「それも問題あらしまへん。あちきがルールブックどす」

「……」

 

 ウーテも同行に異論は無いと言う。料理や農作業に、あまり関心が無いのだとか。ワイバーンと戦う方が面白そうだと言っていた。

 

「これで悩みは解決か? 隊長」

「わははは、呼人殿、有り難い」

「呼人殿、ありがとうございます。私、頑張る」

 

 

 

 

 

 その日の夜、人が寝静まった頃に箱庭から女3人が飛び立った。雌グリフォンのグリの背中には、ハルナとウーテが乗っている。

 

 満天の星空が宝石を散りばめたように綺麗な夜だ。3人はダンジョンで連携を確認したあと、朝方を狙ってワイバーンに挑むつもりだ。

 ウーテは金属製の軽鎧、ハルナは革鎧という出で立ちだ。もっともハルナのは、見た目と違ってスライムボディの一部だ。

 

「ウーテの得物(えもの)はどんなんだ?」

「これっすよ、ハルナっち」

 

 ウーテが収納庫から出した武器は、槍のような長い()の先に、大きな(おの)が付いた武器だった。柄にも斧の部分にも、トライバル模様のような彫刻が刻まれている。武器を出したとたん、グリがバランスを崩したのを見る限り、かなり重そうなのだが片手で軽々と持っている。華奢(きゃしゃ)体躯(たいく)に似合わず力があるようだ。

 

「やっぱ、神界の素材を使ってるのか?」

「これは下界の素材っす。神具はそうそう下界に持ち出せないっすよ。それにピカピカ光っていて、小洒落(こじゃれ)た感じが、うちは好きじゃないっす。ハルナっちはそのホウキで戦うんすか?」

「そうだ、こいつが相棒さ」

「ふーん、グリっちは爪っすか?」

「私は、(くちばし)と爪、それから魔法だ。あと最近手に入れたブレスを試したい」

「クロールミアからインストールしたやつか? グリ」

「そうだハルナ。ルミアが便利だと言っていた」

 

 こうしておしゃべりをしているうちに、女3人はダンジョンの入り口に到着した。深夜と言ってもまばらに人の姿がある。だが認識阻害(そがい)の魔法を掛けているので、雌グリフォンを人が見ても景色の一部のように感じてしまう。

 

 3人は大きな洞窟の入り口を見上げて、何か決意をしたように一歩を踏み出す。

 

 ダンジョンの通路は、3人が横並びに歩いても余裕がある。うっすらと光っていて、夜目が無くても歩くのに問題なさそうだ。

 

「ハルナっち、うちはダンジョン初体験っす。楽しみっすよ」

「あたいも初めてだウーテ。エルゴの話じゃ、なんでもこのダンジョンは、入ってきた者の力量を見て、魔物をけしかけてくるらしいぜ。だから初っぱなから、ボスクラスの魔物が出てくることもあるとか言ってたな」

「ハルナ、腕が鳴る」

 

 そんな事を、しゃべりながらハルナ達が歩いていると、通路の先が開けた広場に行き着いた。

 歩いてきた通路は薄暗かったが、その広場は壁に多くの松明(たいまつ)が燃えており、存外(ぞんがい)明るい。広場の外周には、いくつかの穴が開いている。どうやら道が続いているらしい。

 

 通路から広場の中を見回すが魔物の姿は無い。

 

「あれえ? おっかしいなあ。エルゴ達は最初の広場で、大物に出くわしたって言ってたんだけどな」

「ハルナっち、()らし攻撃っすかね?」

「ハルナ、迷宮はこういうハズレの時もある。常に同じだったら容易に対策されて、攻略されてしまう。迷宮も魔物だ。いろいろと知恵を付ける」

「そうだなグリ、先に進めばいいだけだ」

 

 こうして女3人が広場に入り、次はどの通路にするか? と話ながら歩いていると、突然ガラガラドンッと重量物が落ちる音が響き渡った。広場の周囲にある、全ての通路が格子状(こうしじょう)の扉で(ふさ)がれ、3人は閉じ込められた形となる。

 

 そして広場の床や壁から、ワラワラと魔物が()き始める。

 

「まずいハルナ、迷宮が魔物の召喚時間をずらしたようだ。多勢に囲まれてしまう」

「今更、逃げられねぇ。覚悟を決めるしかねーぞ」

「うわー、凄い数っすねぇ」

 

 

 次々と異形(いぎょう)の魔物が、黒い(けむ)りと共に()き出す(さま)は、見ていて気持ちの良いものではない。ハルナが顔をしかめる。

 

 一方では、緑色の小鬼:ゴブリンが木槍や棍棒を持ち、集団でグギャグギャと騒いでいる。他方では、豚頭の魔物:オークの群れが棍棒を(かか)げ、ボオボオと(はや)し立てる。

 そんな中に、まばらに存在する大型の魔物。

 青い大鬼:オーガ、ビルのようにそびえ立つひとつ目巨人:サイクロプスや、脂肪の(かたまり)のようなトロール、そして牛頭の魔物:ミノタウロス、羊頭の魔物:デーモンなどがいる。


 総勢300匹ほどの魔物にハルナ達は囲まれている。

 

「臭いし、うるさいっすねぇ」

「こりゃ、たまんねーな。ウーテ」

「小物は良く吠える」

 

 グオオォォ!

 

 デーモンが、一際(ひときわ)大きな声を上げた。どうやら開戦の合図のようだ。魔物たちが呼応(こおう)し走りだす。

 

 

 数体のサイクロプスが、ひとつ目からレーザービームを一斉に放ったが、ハルナは()けもしないで尻尾を揺らす。ハルナのスライムボディに当たったレーザーは、ジュッという音を立てて煙りを上げる程度でダメージは無いようだ。

 ウーテは全周囲バリアを張って、レーザーに対抗している。グリは、サイクロプスの目が光ったと同時に、体高2mの巨体を(ひるがえ)し、素早く(ちゅう)に逃れた。

 

 

 

 ウーテが走り出し、大斧を一閃(いっせん)させると、目の前のゴブリンの群れが、稲を刈るようにバタバタと倒れる。ウーテは、その勢いのままグルンと身体を回転しながら、地面を蹴る。凄まじい跳躍力でサイクロプスの眼前に迫り、

 

 だらああああっす!

 

 と叫びながら、自重に遠心力を乗せた大斧を、サイクロプスの脳天に叩き付けた。グシャっと音がして、大斧がサイクロプスの(あご)まで食い込む。

 飛翔の魔法だろうか、ウーテが空中に浮いた状態で、ギコギコと大斧を上下に揺らし、巨人の血みどろの顔から大斧を外す頃には、サイクロプスの身体がグラリと傾き、ズズンと倒れた。周りにいた魔物も大分潰されたようだ。

 

 

 

 サイクロプスのレーザー攻撃に、巨体を宙に踊らせたグリは、その勢いのままサイクロプスの一体に突っ込んだ。グリの(くちばし)が、見事にひとつ目に食い込み、鋭い爪が巨人の胸と腹を(えぐ)る。巨人がグアアと叫び、闇雲(やみくも)に両手を振り回す頃にはグリは飛び立ち、隣のトロールの首に、鋭い嘴を食い込ませていた。

 トロールの腕を前足で掴み、肩に喰らいつく。トロールが叫び声を上げると同時に、肩の肉は食いちぎられた。トロールが、もう片方の手に持つ棍棒を振り上げるより早く、グリは再び飛び立ち息を大きく吸い込む。

 

 ゴオオッ

 

 超高温の炎ブレスが、トロールとサイクロプス、周りにいる魔物を巻き込んで燃え上がる。グリは結果も見ずに、別の巨人に向かって凄まじい早さで飛び立った。

 

 

 

 大勢の魔物がハルナに迫る。棍棒や槍を振りかざし、雄叫(おたけ)びを上げながら(よだれ)()き散らし、ハルナ目掛けて大挙(たいきょ)して押し寄せる魔物を見ながら、自慢の竹箒(たけぼうき)で、肩をトントンと叩いたハルナが、突然ブワッと膨らんだ。と言うより投網(とあみ)のように、空中に向かって広がったのだ。

 スライムボディを変形させて広がったハルナが、顔前に迫った魔物たちを包み込む。50体ほどの魔物を(おお)った布が、魔物を内包(ないほう)したまま、急速に縮んでいく。中では飲み込まれた獲物が、暴れているようだ。布状のハルナの身体が、ボコボコと(うごめ)いている。布が縮む度に魔物が押し潰される音がしている。

 

 グキッゴキッ…メキッ

 

 すでに、ワンボックスカーほどに縮んだ布が、更に収縮を加速させる。メキメキッゴキゴキッとくぐもった音が響き、ハルナが体型を元に戻す頃には音も消えていた。

 

 

 満足そうに(あた)りを見回すハルナの左右に、グリとウーテがストンと降り立つ。

 

「エグい攻撃っすねぇ。ハルナっち」

「ハルナは、品が無い」

「素材も一緒に拾えるから楽なんだよ。旦那(だんな)から肉を確保せよとお達しがあったからな。敵さんが大人数だと丁度いいぜ」

 

 こうしてバラけては集まり状況を確認しながら、女3人は魔物を駆逐(くちく)し続けた。ウーテは大斧で巨人の腹を()き、ハルナが竹箒(たけぼうき)を大剣に変形させて、魔物の足を()つ、グリは炎吐息(ブレス)で魔物を黒炭(くろずみ)に変え、風刃(ふうじん)の魔法を乱発する。女3人の凄まじい攻撃に、魔物が成す(すべ)も無く数を減らしていく。

 

 最後に残ったデーモンに女3人が駆け寄ると、デーモンが炎魔法を放つ、ハルナはお構い無しに突き進み、ウーテとグリが左右に飛んで避ける。

 デーモンが、大剣を横薙(よこな)ぎにするところを、グリが爪で押さえ込み、ハルナがその腹に大剣を力任せに叩き込む、何度も何度もだ。ウーテが飛び上がり、回し蹴りのようにグルンと回転しながら、遠心力を乗せた大斧をデーモンの首に叩き付けると、ゴギッと音がして首が曲がった。

 デーモンは、腹から首から黒い血を吹き出しながら倒れる。しばらくするとスウッと、光の粒が湧き出て素材に変わった。

 

「終わりっすかね?」

「こんだけ多いと流石(さすが)にしんどいなぁ」

「ハルナ、ワイバーンが本番ですよ」

 

 その後、次々とダンジョン内の広場を巡り、大量の肉を得たハルナは、ご満悦(まんえつ)な顔で「旦那に褒められる~、旦那に()められる~」と、スキップしながら小躍(こおどり)りしている。ウーテは「楽しいっすねぇ」とグリに語り掛け、グリは「来て良かった」と言い、グルゥと満足気に(うな)り声を上げた。 

 

 朝も(しら)む頃、女3人はダンジョンから出てきた。魔物の返り血は、浄化(じょうか)の魔法で洗い流してある。軽い切り傷なども魔法で治している。

 ダンジョン裏にある広大な精霊の森に行き、川で朝食を取りながら、魔力を回復させようということになり、川までやってきた。

 

「やあ、ハルナ。どうしたんだい? こんな朝早くに」

「よう、精霊さん。それがな…」

 

 女3人が川辺の石に座り込むと、ヒョッコリと精霊さんが現れた。ハルナは収納庫から出した調理済みの朝食を、みんなに振る舞いながら事情を説明する。

 塩鮭(しおじゃけ)を具にしたおにぎりをハムハムと食べながら、ソーセージをつまみ上げ、珍しそうに眺め回す精霊さんが事情を聞き終え、おっとりとした声を出す。

 

「山のワイバーンにねぇ。そうかい、強い子を(さず)かると良いね」

「ありがとうございます」

「ウーテ、神様は上手くやっているかい?」

「食事の(たび)に、この料理を覚えろだの、プリンはまだ届かないのかだの、うるさくてしょうがないっすよ」

「あははは、それは大変だね。森の精霊が温泉に行ったときには、ずいぶんと子供たちとも打ち()けていらっしゃったと聞いたけど、君には相変わらずのようだね」

「そうなんすよ、子供には親愛の神の(ごと)く接するのに、うちには鬼ばば対応っすよ。でも漬物をあげると怒りが収まるっす」

糠漬(ぬかづ)けかい。あれは美味しいね」

「糠漬けは神の料理っす。神界でセンセーションが巻き起こってるっすよ。うちもキュウリの漬物の一本食いが大好きっす」

 

 そんな事を話している内に、森の精霊たちが集まりだし、おにぎりにたかって(さわ)がしく食べ始める。小さな低位精霊が、唐揚げを精霊さんのところまで運んで、頭を()でられている。人形のような精霊が嬉しそうにしている姿がかわいい。

 呼人やマリアが見たら、人間にエゴや自己顕示欲(じこけんじよく)が無ければ、同じ様な光景が見られるのにと思うかもしれない。

 

 女3人は戦いの前に(いや)しをもらい、顔を見合わせて笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 朝食を食べている内に日も登り、山脈にワイバーンの姿が見え始める。(めす)グリフォンが他の2人を乗せて、空に舞い上がると、1体の飛竜が近づいてきて、グギャー! と威嚇(いかく)雄叫(おたけ)びを上げる。5mほどの薄茶色の体躯(たいく)は細身だが迫力がある。

 

「これがワイバーンか。ルミアより、ずいぶん翼がデカイんだな。手が翼と一体なのか。顔も細長いし尻尾も細い。ルミアよりトカゲっぽいんだな」

「ウーテ、ハルナ、最初は私だけで行く」

「グリっち、がんば!」

「グリ、さっさと倒して子作りしようぜ」

 

 ハルナとウーテが飛翔魔法でグリから離れると、グリがワイバーンを(にら)み付け、グルゥと小さく(のど)を鳴らす。

 

 ワイバーンがバサバサと翼を動かし、雌グリフォンに風を吹き付けた。まるで威圧を含むかの(ごと)く重たい風が、ゴオッとグリの羽毛を揺らすが、グリは微動だにしていない。大気の圧力を感じていないかの如く振る舞う、雌グリフォンの雄々(おお)しい姿が、母となる決意を表しているようにも見える。

 体格差が2倍以上の、まるで大人と子供のような2体の魔物が、空中で対峙(たいじ)している(さま)は、ある意味滑稽(こっけい)だが(まと)う雰囲気は猛獣のそれである。

 

 グリが上半身を持ち上げ、立ち上がるような姿勢で、前足をブンッブンッと交互に()るった。前足から「風刃(ふうじん)」の魔法が放たれ、飛竜に向かってものすごい早さで突き進む。グリの爪の数だけ発動した風刃の魔法がクロスして、ひとつの物体のように飛竜の胸に当たった。

 ワイバーンの首が退()()る。ワイバーンの胸に、バツ印のような6本の深い傷が(きざ)まれ血が吹き出した。

 

 グギャアアア!

 

 一声、大きく叫び、雌グリフォンを睨み付けようとした飛竜の目が泳いだ。先程まで目の前にいたグリの姿が、忽然(こつぜん)と消えている。ワイバーンが退け反っている間に移動したようだ。

 迷ったワイバーンがバサリと翼を動かし上に逃れようとした。だが上からはグリが急速に落下してきて、肩口にドンッとぶつかった。カウンター気味に衝撃を受けたワイバーンがバランスを崩し、翼をバタつかせようとするが、片翼に力がはいらない。肩口にグリの爪が食い込み、骨ごと粉砕(ふんさい)された翼が力無く()れていた。

 

 グリがワイバーンを蹴り下げ自身は飛び上がると、ワイバーンは暴れながら落下していく。

 

「いいぞ、グリー!」

「グリっち、ゴーゴー!」

 

 ビュン!

 

 呑気(のんき)な歓声を無視するように、グリが羽を(たた)んで、直滑降(ちょっかっこう)していく。数瞬の内にワイバーンに追い付き、暴れる飛竜の腹に身体ごとぶつかると、グリの鋭い(くちばし)が、飛竜の腹に深々と突き刺さった。

 落下速度を増した2体の大型魔物が、もつれながら落ちるが、すぐにグリはワイバーンから離れて、空中に静止する体勢となる。

 

 バキバキ…ドスウウンッ

 

 大きな音を立てて森に落ちたワイバーンに、動きは無いようだ。上から見ると首が変な方向に曲がって、ピクリとも動かない。

 

自重(じじゅう)にやられたみたいっすねぇ」

()りがデカイだけあって、グリのスピードに歯が立たない感じだったな」

 

 ハルナが森に降り立ち、ワイバーンの尻尾を掴んで持ち上げると、腹に開いた大きな穴から血がダラダラと流れ落ちている。

 

「これで、子が()せる」

 

 雌グリフォンがワイバーンを見下ろしてそう(つぶや)いた。そして大きな自信に満ち(あふ)れた、実に良い笑顔で、グルゥー! と勝利の雄叫(おたけ)びを響かせるのであった。

 

「おめでとう、グリ」

「おめでとさんっす、グリっち」

「ありがとう、2人のおかげで、試練を乗り越えることが出来た」

「ひとりで大丈夫だったっすね」

「いや、私だけではビビっていただろう。2人が見守っていたから力が出せた。感謝する」

「良し、早速(さっそく)子作りすっか」

「ハルナとするわけではない!」

 

 女3人の笑い声が、(つら)なる山脈に木霊(こだま)する。上空の寒さを吹き飛ばすような陽気な笑い声に、風が小躍りするように(から)み付き、声を周囲に運んでいった。

 

 

 

 

 

 グリがワイバーンを倒したあと、あたいも、うちもと、他の2人がワイバーンを倒し、合計3体の肉塊を得たハルナ達は、意気揚々(いきようよう)と箱庭に帰ってきた。

 

「たっだいまー!」

 

 箱庭では呼人やグリフォン隊長に結果を報告して()められた。ハルナとウーテは頭を撫でられ嬉し恥ずかしだ。グリは「当然の結果です」とツンデレしている。

 

 丁度お昼時なので、早速ワイバーンを解体してステーキにする。

 呼人は「少し臭みがあるが、牛肉のような食感に、鶏肉に近い味がする美味しいお肉だな」と満足気にハルナに話し、カレーに入れたら、臭みも消えて良いかもしれないと、マリアとエルゴが相談している。それに呼人が、香草や野菜と一緒に、蒸し焼きにするのも良いかもと意見すると、神様がジュルリと下品によだれを(ぬぐ)う。


「味が鶏肉に近いから、骨でダシを取ったら(うま)いんじゃないか?」

「ラーメンが食べたいわぁ」

 

 呼人と自称乙女のマリア(おっさん)は、故郷の味に思いを()せるように、遠い目をして青空を見上げる。

 

「お兄ちゃん、ラーメンってなあに?」

「ラーメンか?それはなぁ…」

「それは?」

「秘密だ!」

「「「ええー!」」」

 

 どうやら子供たちが、聞き耳を立てていたようだ。一斉にズッコケている。

 

「嘘うそ、冗談だ。ラーメンは、うどんみたいな麺料理だよ。うどんのような、あっさりしたスープもいいけど、ラーメンはこってりしたスープが旨いんだ。汗をかきながら麺をズズーッとすすると、スープの旨味が口いっぱいに広がってな、それはそれは至福(しふく)の気分が味わえる、究極のソウルフードなのさ」

 

 呼人の話に子供たちも魔物も精霊も、興味津々で聞き入っている。ゴクリと(のど)を鳴らしたヘーデが、辛抱(しんぼう)できずに呼人に()め寄る。

 

「呼人、ラーメン一丁(いっちょう)!」

「ヘーデちゃん、ラーメンの麺はうどんと違って、小麦粉を練るだけではいけないのよ。確か『かんすい』とかいう、謎成分が入っているのだったわよねぇ、よぶちゃん」

 

 マリアの言葉にヘーデがショボくれる。子供たちも泣き出しそうだ。神様がテーブルに()()して魂が抜けたように動かない。

 

「うーん、俺もラーメンを素材から作ったことは無いなぁ。でも知識は少しあるから、やってみるか?」

 

 呼人の言葉に、ヘーデがすがるように目を向ける。

 みんな無言だが明らかに場の温度が上がった。子供たちは目をキラキラさせ、大人たちは(こぶし)をギュッと握る。成り行きをジッ見つめる目が本気(マジ)だ。神様が起き上がりこぼしのようにヒョイと起き上がる。

 

「大丈夫なのぅ? あまり期待させては可哀想(かわいそう)よぅ」

「そうか? じゃあ止めておこう」

 

 ガクッー!

 

「待て待て、なんでそうなるのじゃ。呼人よ、姫たる(わらわ)に、ラーメンなる至高の料理を献上(けんじょう)するのじゃ」

「神たる、あちきにもどすえ」

 

 幼竜クロールミアの物言いに、神が追随(ついずい)すると、周りもここぞとばかりに便乗(びんじょう)してくる。「薬師見習いたるアロンにも~」「班長たるあたち~」「隊長たる我~」「乙女たるヘーデ~」「イエローたる~」「メイドたる~」「孤児たる~」「未来の母たる~」「天使たる~」と、口々に言い始める。魔物たちも興奮して騒いでいる。「牛たる~」「イモムシたる~」と、言っているのかもしれない。

 

 呼人は、群衆の剣幕(けんまく)にたじたじだ。

 

「待て待て、なんでそうなる? 至高ってなんだよ。期待され過ぎてて恐くて作れないよ」

「呼人、意地悪ダメ!」

「知識って言っても、昔の人は灰の上澄(うわず)みを使って、麺を作っていたと聞いたことがある程度で、本当に上手くいくかわからないんだ」

 

 呼人は正直に答えた。マリア(おっさん)は「だから言ったじゃない」と、ニヤニヤしている。

 

 結局呼人は、勢いに押されて断り切れず、「失敗しても文句言うなよ」と言いながらラーメン作りを()()った。

 

「では私は、()玉子を作るわぁ」

「呼人様、私もチャーシューを作りましょう」

 

 マリアとエルゴが助っ人を買って出て、その場はお開きとなった。

 

 

 早速、呼人とウーテとハルナが(めん)をこねる。マリアが灰の上澄みなんて食品に混ぜて大丈夫なの? と心配そうだ。しかし呼人は灰の上澄みで麺を作る訳ではないから、心配するなとマリアに言った。

 

 水に灰を入れた上澄み(灰は沈殿(ちんでん)し、水面は成分の溶けた水)は、炭酸カリウムが溶けた水溶液(すいようえき)で、アルカリ性だ。呼人は、灰の上澄みで小麦粉を練れば、ラーメンになると、テレビで見たことがあった。

 ただこれは、昔ながらの作り方だとか。最近の「かんすい」の主な原料は炭酸ナトリウムだと、同じテレビでは言っていた。重曹(じゅうそう)(炭酸水素ナトリウム)を粉の状態で加熱すると、炭酸ナトリウムになるらしい。そして重曹のままでも中華麺になるそうだ。

 この前、海に行ったときに、サイダーを作るのに重曹を使ったので、これを使えばラーメンのような、黄色い麺が作れるはずだと呼人はマリアに説明した。

 

 マリア(おっさん)とエルゴは具材を作る。マリアは半熟(はんじゅく)の味付け煮玉子(にたまご)に挑戦するらしい。

 エルゴは呼人特製の圧力鍋を使い、肉を柔らかく煮込み、収納庫で時間を進めて、味を()み込ませる作戦のようだ。焼豚(チャーシュー)と言うか焼飛竜だ。

 料理好きの精霊が、丁寧(ていねい)にアクをすくいながら、飛竜骨でダシを取る。

 スープの味付けは、みんなで相談しながら行った。こうして何とかかんとかラーメンが完成したのは、夕食の直前であった。

 

 ダシは飛竜骨(ひりゅうこつ)をベースに、野菜を入れて臭みをとり、鰹節(かつおぶし)や、貝のダシを合わせたもので、こってりとした醤油味に仕上がっている。

 

 麺を()で、スープの入ったどんぶりに加える。そして具材を乗せたら、収納庫に保管するの繰り返しで、呼人達は大量のラーメンを作った。麺が伸びるのでこうしないと、みんな一緒には食べられない。

 呼人達は、ラーメン150食作るのは大変だと、ぐったりしている。次にラーメンを作る時は、やり方を考えなければならないと、エルゴは言い。まあ人海(じんかい)戦術しかないわねとマリアが受ける。

 

「ラーメン一丁(いっちょう)、ヘイお待ちぃ」

「「「「「いただきまーす!」」」」」

 

 フゥフゥ、ズルズル、チュルン、ハグハグ、ズズー!

 

「むほー! 旨いのじゃ。でかしたぞ、呼人よ」

「ラ~メン、大好き。ヘーデさん~♪」


 ルミアとヘーデがご機嫌(きげん)だ。神様も子供たちも、無言で麺をすすっている。目が真剣でフォークが止まらない。五郎の口はべちゃべちゃで、ハルナはチャーシューをつまみに、ビールも飲んでいる。勿論(もちろん)、呼人もビールのジョッキを、(かたわ)らにおいている。精霊たちは、ひとつのどんぶりに(たか)って、「旨いでし」「ソウルフードでし」と、はしゃいでいる。

 

 やはりカレーとラーメンは、何処(どこ)に行っても、ソウルフードなのだなと話す呼人とマリア(おっさん)は、食卓の光景をニマニマと(なが)めるのであった。

 

 

 翌日、雌グリフォンのグリが目を覚ますと、内なる力が増していることに気付いた。どうやら先日得た神の加護が、開花し進化したようだ。体色が濃くなり、顔も何処(どこ)と無く、凛々(りり)しくなっている。

 

 

 

 その日、箱庭では雲ひとつない青空を、グルゥー!グルゥー!と、鳴き声を上げながら飛んでいる、ひとつがいのグリフォンたちを、みんなが眺め、一緒に幸せを()()めた。

 

 

 

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