第三十六話 後日談
翌日、カラッと晴れた青空の下、みんなが起きた時のためにと昼食を準備する。勿論カレーライスだ。
午前中は、おばば様に事の顛末を語っていた。薬局の店番をしていて、騒動に参加していないおばば様は、目を丸くして聞いていた。
アロンが、俺の知らない間に巻き込まれていたらしく、農園でみんなと一緒に寝ている。アロンだけでも家に帰そうとしたが、「仲間外れにすることもあるまい」とおばば様に止められた。
おばば様には、アロンのことは済まないことをしたと謝った。おばば様は、「生きているなら問題無い。辺境の女はいつ死んでもおかしくない環境で育ち、それを楽しめるくらいじゃないと生きていけん」と鼻息荒く語っていた。孫の活躍が嬉しいらしい。
昼過ぎ頃から徐々にみんなが起き始めて、賑やかになってきた。みんな夢を見ていたように感じたようだ。泣き出す子もいない。マリアだけが、1人ワンワン泣いていてうるさい。
子供たちに悪い影響がなさそうで一安心だが、経過を見守る必要はあるだろう。いつの間にか班長たちも合流して、子供たちとワイワイ話している。
全員起きたので食事にする。肉も野菜もゴロゴロと大振りなポークカレーだ。飲み物は水とハチミツレモン水しか無いが、贅沢は言えない。命懸けで自分達の権利を勝ち取った翌日なのだ。みんなで食事が出来るだけで有り難い。
神様に感謝……は絶対しない。俺は一生神に感謝も祈りも捧げないぞ。
「よぶちゃん、ケチョンケチョンにされてた様だけど良く生きていたわねぇ」
「ああ、マリアのおっさん顔がまた見れて良かったよ」
まー憎たらしい。と拗ねるマリアに、ヘーデリアと五郎が、変な慰めの言葉を掛けているのが可笑しい。いつもの見慣れた風景が、妙にいとおしく感じるのは、死線を超えてセンチな気分になっているからだろうか。
「精霊ちゃんは、一瞬で消滅だぁ。とか言っていたけど、どういうことかしらね。神様が偽物だったのかしら? よぶちゃんがチーターなのかしらぁ?」
「どうだろうなぁ、俺もまさか殴り合いになるとは思わなかったからな。魔法勝負だったら、多分一瞬でやられていたんじゃないかな」
精霊さんは、正に一瞬で消滅した。どうして俺が神の攻撃に耐えられたのかは、俺にも神々にもわからない。
「旦那の凄さは、神界にも響き渡るってもんだぜ。がははは。しかし神の野郎、旦那の顔をボコボコにしやがって、思い出してもハラワタが煮え繰り返るぜ」
「ハルナ、我々も神に勝てるように、精進しなければなりません。2度と呼人様に危険が及ばぬように、神は滅ぼしましょう。クククッ」
「エルゴ、悪い顔。シッシッシッ」
使い魔たちの何気無いやり取りが新鮮に感じる。幸せな気分だが、お前達は物騒な物言いは止めてくれないか。興が削がれるじゃないか。
「妾は、力がみなぎっておるのじゃ。神々の加護が増えているせいかの?」
「我も、寝ている間に進化したようだ。わははは、愉快だ」
「私も加護が増えているのに変化がない。残念」
「あたち達も成長したでし」
人外の者たちは皆、某かの変化があったようだ。神々の加護は、人間には微妙な効果しかないが、魔物たちには有効なようだ。
クロールミアは、内なる力が増えたようだ。今は人間形態なので外観に変化は見られないが、ドラゴン形態に戻ったら外観も変化しているかもしれない。
隊長は色が濃くなり、精悍さが増している。力も増えたようだ。グリさんは変化が無いと言っているが、加護は確実に増えているらしく、年齢を重ねるか強敵を倒すことで、すぐに進化するであろうと、ルミアは言う。
班長たちは、一回り大きくなっていた。30㎝だった身長が40㎝くらいになっている。箱庭と共にパワーアップしたらしい。これならすぐに上級精霊になれると大喜びだ。
鑑定すると子供たちにも加護が付いていた。子供たちも、少し逞しくなったような気がする。みんなの目には俺やマリアも、少しは逞しく写っているかもしれない。
使い魔たちにも変化があったらしい。彼らはスライムゴーレムという、俺が勝手に作った魔物なのだが、加護の影響か、能力が飛躍的に上がったそうだ。これなら神もイチコロだとハルナがまた物騒なことを言っている。
みんなの目が覚めて安心したが、 神気を浴びた影響や、神界に行った影響は無いのだろうか。子供たちの心的影響も心配だ。
食事をしながら観察した範囲では、誰にも悪い影響は無いように見える。目に見えて疲労がある者もいないようだが、今日は大事を取ってみんな安静に過ごすように指示を出した。
マリアや女の子たちは、連れ立って温泉に向かう。男の子たちは、精霊と魔物を引き連れて農園を見回ると言う。だが全員でぞろぞろと見回るのもなんだと、一部は温泉に向かった。
「よぶちゃ~ん! よ~ぶちゃああん! 大変よぅ!」
温泉に行ったマリアが2階の窓から叫んでいる。かなりの慌てようだ。なんだ? お湯が出ないのか? 昨夜は問題無かったけどなぁ。それとも箱庭がパワーアップして温泉の効能が上がったかな? だったら嬉しいなぁ。
呑気に考えていると、「早く来てぇ」と急かすおっさんの剣幕に周りのみんなが走り出す。
俺が温泉に着くと湯船の周りは、既に人集りが出来ていた。と言っても小さな子供が多いので、頭越しに湯船が見える。
なっ!
湯船には、主神と精霊さんと女の子が並んで浸かっていた。女の子は初めて見る顔で高校生くらいだ。
「はあっ? 何で神様がまたいるんだよ」
思わず飛び出した俺の上ずった声に、神様と精霊さんが振り返り、手にしたコップ酒を掲げてニコリと笑った。ダブルスマイルだ。キラキラと眩しい。…じゃなくて!
「なにケロッとした顔で『よう!』みたいな挨拶してんだよ」
俺は昨日あんなに恐いと思っていた神様に向かって、言葉を荒げる。
だってそうだろう? 頑張って驚異を退けたと思ったのに、事態が全然進展していないじゃないか。こんなのあんまりだよ。神も仏もいないのかよ!
あっ、目の前にいらっしゃいました。
「てめえ、またぞろ旦那をいたぶりに来たんじゃねーだろうなぁ。今度はあたいが相手になるぞ」
「そうよぅ、よぶちゃんばかりに無理はさせられないわぁ」
「意地悪ばばあ、出ていけー!」
「お兄ちゃんは私が守る!」
私も俺もと大合唱が始まる。なんか俺が頼り無い感じだな。
「精霊さん、どういうことだ。ENMAシステムのおかげで、神様が下界に降りるのは、禁止されたんじゃなかったのか?」
「主神は神界にいるよ。こちらはただの欠片さ」
「はあ? ルールの裏をかいて振り出しに戻そうって気か? ズルいぞ」
「あちきは、この世界の主神。あちきがルールブックどす」
どっかで聞いたことのある台詞を、どや顔で言われると聞いているこっちが恥ずかしい。俺も昨日、同じことをしたなと思うと羞恥心が更に増す。
「ちくしょー! こうなったら何度でもやってやるぞ。俺はビールが飲みたいんだ。俺の楽しみを取り上げる権利は神様にもないぞ」
「良く言った旦那。あたいも覚悟を決めた。とことんやってやる」
「意地悪ばばあ、帰れー!」
「「「かえれ!」」」「「「かえれ!」」」「「「かえれ!」」」
子供たちが、今度は帰れコールを始めた。君たちは危ないから下がってようか? あと意地悪ばばあは止めてあげて、デリート(消去)されちゃうよ。
「呼人、何を騒いでいるんだい? 尊いお方は、謝りに来ただけだよ。ビールを取り上げる気は無いし、ひとり1日1本なのだろう。ちゃんと守っているよ」
「あちきが悪うござんした。お詫びにこの地は、あちき直々に守る事にしたんどす」
「はあ?」
神様も精霊さんも、な~んかピントがずれてんだよなぁ。俺は殺されるところだったんだぞ。顔も見たくないぞ。あんたが来ると、精神衛生上よろしくないんだよ。直々に守るとか必要無いぞ。あんたがいない方がよっぽど平和なんだから。
神様は、「さあ、さあ、子供たちもおいでなんし」と、近くにいた男の子をヒョイと抱き上げ、自分の膝上にドボンと浸ける。子供が「ばばあ離せ!」とバタバタ暴れているが、トントお構い無しだ。
あーあー、服ごと湯船に浸けるなよなぁ。
周りの子供たちが「ばばあ、マフを返せ!」と騒ぎ、神様の頭をポカポカと叩いているが、ニコニコ笑ってされるがままだ。マリアが青い顔して、子供たちを止めている。
うーん、俺が子供に「じじい」とか言われたら、結構へこむだろうなぁ。神様は、鉄の心臓をお持ちのようだ。案外ドMなのかもしれない。
どうやら神様に、俺達に対する悪意は無いらしいと分かり、みんなで湯船に浸かって事情を聞く事にした。男も女も無い。大人も子供も、人間も神も、精霊も魔物も、みんな一緒に温泉にいる。当然、湯船に入れない子供や魔物もいるが、それでもみんな側にいたいようだ。俺は目のやり場に困っている。
神様は心を入れ換えたように穏やかだ。子供たちは、また掴まれたら大変と、神様には近づかないようにしている。神様は、どこか寂しそうだがニコニコ顔は崩さない。
精霊さんの話では、主神の本体は神界にいて、当分ここには来れないらしい。今、目の前にいる神様は、主神の極一部を切り取って作った、人形のようなものだとか。
意識や味覚などの五感は、共有しているので、主神本体も温泉気分を味わっているとのこと。話も出来るし喧嘩も出来るが、神力も筋力も人並みしか与えていないので、昨日のようなことにはならないだろうと、精霊さんは言う。
「なあ神様、子供たちはすぐに成長する。あんたが好きだと言う、この雰囲気も何年かしたら変化するぞ。好きな物が壊れるって騒いでも、誰にもどうにも出来ないことだと、理解してくれるか?」
「良いのでありんす。一瞬の儚さに美を求むるのが、粋と言うもの」
「そうか、わかってくれるなら結構だ。ところで神様は言葉をどこで習ったんだ?」
神様の話では、知り合いの神様に教材をもらったらしい。「吉原えんじょと暴れんぽしょぐんという、素晴らしい教材を頂いたんどす」とハニカミながら答えた。知り合いの神様に懸想しているらしく、頬を赤らめてイヤンイヤンしている。
ハルナは「ケッ」と面白くなさそうだ。マリアは、「教材じゃないじゃない。花魁と松ケンよぅ」と突っ込みを入れている。
知り合いの神様は、和賀国に関係あるのかな? ずいぶんと人間の事情にも詳しそうだ。その辺を真似しようとして、神様は人間界に降りて来たのかもしれないな。
しかし、映画で和賀国の言葉を習っても、この世界で通じているところが意味不明だ。和国語を習ってから、「言語パック」をインストールしたのか? 手間の掛かることをする。相変わらず「神」のやることは理解不能だ。
だから変な語尾なんだな。それとも俺の認識がおかしいのか? 「言語パック」の誤訳か? うーん、全部が絡みあって、変な言葉に聞こえるのかもしれないな。意味は通じるから良しとしよう。
神様の話は続く、最初来た時は教材を使って、人間の言葉を覚えるのに手一杯だったが、昨夜もう一度見直して、人間の機微を学んだと言っている。精霊さんにも人間のことを教わったらしい。
ふーん、歩み寄る姿勢があるということか。
精霊さんは「神様と人間」の関係なんて、「人間と熱帯魚」や「人間とアリ」の関係と同じと言っていた。俺だったら熱帯魚やアリと話せる方法があったとしたら、どうするかな。興味本位で、試してみるかもしれないな。神様もそんな心境なのかな。まあ、飽きるまで付き合うしかないのかな。面倒臭いけどね。
「なあ、精霊さん。そっちの彼女も神様なのか?」
「まあ、嫌らしい。よぶちゃんが、早速色目を使っているわぁ」
「呼人、エロエロ。シッシッシッ」
「違うだろう。わざわざ下界に来たんだから、何か用事があるのかと思うじゃないか」
「呼人、こちらは主神付きの天使だよ」
「ウーテっす。よろしくっす」
「ウーテはんには、あちきのために花嫁修業してもらうでありんす」
「「「はあ?」」」
また訳のわからん事を言い始めたぞ。
よくよく聞いてみると、花嫁修業ではなく料理修業だった。神界で俺達の行動を観察していて、ビールやチーズ、プリンにハンバーグと、興味深い食べ物がたくさんあったので、主神権限で、自分の側仕えを派遣してきたというわけだ。神様が肉食べて良いのか? 血が穢れるぞ。そもそも霊体に血も涙も無いか。
「ウーテは良いのか? 神界に比べたら不便なんじゃないか」
「うちは構わないっす。小うるさい鬼ばばがいなくて最高っすよ」
「それは、あちきのことでありんすか? ウーテはん」
「滅相も無いっす。尊いお方っす」
「かっかっかっ、ウーテとは気が合いそうだな。なあ旦那」
「そうっすか、嬉しいっす。ハルナっち」
ウーテは、輝くような銀色の髪を短く切り揃えている。ボーイッシュな元気娘という感じだ。肌は白く胸には、メロンがふたつ、たわわに実っている。ハルナより背が低いのに胸のボリュームは変わらない。
俺がデレッとしていると、おっさんがゴホンと咳をする。精霊さんが「マリアは風邪かい? 人間は大変だね」と、頓珍漢なことを言っており、俺は愛想笑いで誤魔化している。なんともちぐはぐな雰囲気だ。明日から大丈夫か? 俺は自信ないぞ。
こうして神様の端末と天使のウーテが、箱庭に滞在することになった。初日から裸の付き合いとは、何とも気恥ずかしいが、一通りメンバーを紹介した。
ウーテは人懐っこくて、すぐに打ち解けそうだが、端末神様は相変わらず子供に、ばばあ呼ばわりされている。またいつ怒り出すかわからないので冷や冷やする。早く慣れると良いな。
因みに、神界には料理は無いらしい。果物の種類が豊富で、1ヶ月くらいは、3食違う種類の果物が出せる程だそうだ。当然人間が食べると、不老長寿になる的なやつらしい。ウーテは箱庭で料理を学び、神界の主神本体に、せっせと送り届けるのが仕事なのだそうだ。
今回の事件のお詫びとして神様からもらった「枝」は、精霊さんに渡して箱庭に植えてもらった。箱庭の神気を吸って見る間に育ち、今は「この木なんの木」くらいになっている。今後は世界樹が箱庭のバランスを整えてくれるらしい。
そして俺は子供たちに、「ばばあ禁止令」を出した。今後は、一緒に生活する仲間である。喧嘩になるような物言いは控えるように宣言したら、子供たちはわかってくれたようだ。
ばばあ、いや神様は、子供たちと一緒に子供ハウスに滞在するようだ。ウーテは料理修業のためエルゴに同行する。おばば様の家にあるゴーレムハウスに、一室を設け住むこととなった。
ばばあ、いやいや神様は、1人で大丈夫なのかと心配したが、班長たちが子供たちとの仲を取り持ってくれて、結構良い感じだ。
しかし神様も、初めから端末タイプで来てくれれば、問題無く馴染めたのに、傲慢モードで来るなよなぁ。ここは神界じゃ無いんだから、常識が通じない事くらいわかって欲しいよ、まったく。人間が合わせるべきと思っているのかもしれないけど、合わせようが無いじゃん。そんなんで死にかけた俺は最悪じゃないか。
まあ、でも無事乗りきれて良かったよ。
機械人間の襲来から始まった一連の騒動。助けに来た神様が、一番厄介だったという結末。本当なんでこうなるかなぁ。
しかし神様とも仲直り出来たし、「神プリン事件」も、ようやく大団円という感じだ。今回は久しぶりに恐い思いをした。自衛の策をもっと増やさないといけないな。
今回の事件では、神とは人と理を違うもの。到底、人には理解できない存在だと思い知らされた1日であった。
俺達が世界と呼ぶこの星も、神にとっては生物の細胞程度の認識しかない。そんなマクロな世界に住まう神様と、ミクロな世界の住人である俺達が一緒に暮らすのは無理がある。その辺を神様が認識して、俺達に配慮してくれないと、生活は成り立たないだろう。
やれやれ、これからも問題はまだまだ起きそうだな。
余談だが、この日から温泉に小さな異変が起きている。数日に一度ほどだが、温泉でドンチャン騒ぎする音がすると言う。人が見に行くとピタリと止み、中を見ても誰もいないらしいが、俺達が温泉を使わない時間に、確かに歌い声や騒ぐ音がするのだとか。
大方、どこぞの神様だろうから、さわらぬ神に祟り無しと放っておくことにしたが、「神禁止」の貼り紙でもしたい気分だよ。まったく




