第三十三話 来客
曇り空で過ごし易い天候のある日、箱庭で農作業をしていると、外に異変が起きていると連絡が入った。
外に出ると、機械で出来た人間と戦闘となったが、使い魔たちが倒してくれた。俺は未知の技術を持った機械人間に、どう対処するべきかと考えていると、突然、空から声が掛かった。
「おやおや、倒してしまったのかい?」
心配事が増えてうんざりしていると、いきなり上空からの声だ。前にもこんな体験があったと懐かしんでいると、精霊さんが俺達の前にスーッと降りてきた。
精霊さんは俺とマリアが、この大陸に連れてこられた最初の森で、一緒に戦った仲だ。相変わらず中学生の男の子という出で立ちで、おっとりした喋り方だが、実は凄い存在だと最近教わった。
精霊さんは、精霊王という凄く偉そうな存在らしい。だが俺にはどれくらい凄い存在なのか、いまいちピンとこないので対応に困る。
精霊さんの後ろには妙齢の美人さんが、俺達のことを見下ろしている。うっすら身体が光って見える女性は、微笑んでいるにも関わらず、なかなかの威圧感で佇んでいる。何かこちらも凄く尊い存在なのだろうと、見ただけで解る感じがする。
精霊王のひとりかな? 精霊さんの彼女だったりして。なんて不遜なことを考えていたら、精霊さんに思考を読まれた。
「久しぶりだね、呼人。こちらのお方とは君が考えるような間柄ではないよ」
「久しぶりだな精霊さん。いや、精霊王様と呼んだ方が良いのかな?」
「あははは、今更何だい。僕たちの仲じゃないか」
「そう言ってもらえると、有り難いよ精霊さん。正直、普通の人間には、どう付き合っていいもんやらわからないんだ。後ろの女性も尊い存在なのだろう?」
「君が普通かい? とてもそうは見えないけどね。彼等、いや機械人間と名付けのかい? 普通の人間には、その機械人間は倒せないと思ったから、助けにきたのだけど無駄足だったようだね。それとこちらのお方は…」
精霊さんや? 中学生におっとりと毒を吐かれると、普通の人間は傷付くのだよ。
精霊さんと一緒に訪れた彼女は、この世界の主神だそうだ。
神様とか勘弁して欲しい。どう対応して良いものか全くわからない。ちょっとしたことで怒りを買ったら、神罰を喰らいそうだ。困惑する俺に、精霊さんがかしこまる必要は無いと教えてくれた。
神様は、基本人間とは喋らないそうだ。存在の次元が違い過ぎて言葉が通じないらしい。ある程度敬った態度でいれば、悪口を言おうが、タメ口だろうが、神様にはわからないのだとか。人間が飼っている熱帯魚と話が通じないのと同じだと精霊さんは言う。
「僕は通訳という訳さ。君たちの言葉も神たちの言葉もわかるからね」
「精霊さんも大変だな。でもわざわざ神様が話しをしにくるなんて、どんな用件なんだ? あまりに急だし、無理難題を吹っ掛けられても困るぞ。箱庭を返せとか言わないだろうなぁ」
「あははは、それは大丈夫だよ。このところ他の世界から、干渉が酷いようだから、その排除と説明をしにきたのさ」
「他の世界?」
「機械人間と君たちだよ」
「ええー! 俺達も排除対象なのか?」
「君たちも他の世界から来た迷い人だから、排除対象ではあるけど、君たち程度の存在なら、この世界の理に大きな変化は無いし、見逃してくれると思うよ。森の件では僕も世話になったしね」
何でも最近、と言っても100年以上前らしいのだが、この世界の主神が代替わりしたらしい。精霊さんの後ろにいる彼女が今の主神なのだとか。そして代替わりの隙を突いて、他の世界の神様が、ちょっかいを掛けているのが現状だそうだ。
つまり俺とマリアがこの大陸に連れてこられたのも、機械人間が攻めて来たのも、他の世界の神様の仕業という訳だ。
俺達はこの世界に対して、影響力が無いので構わないが、機械人間は悪影響が有り過ぎるため、神自ら排除に乗り出したと、精霊さんの説明が続く。
何でも機械人間2人で、この大陸の住人全てを駆逐するくらいの能力があったらしく、本来人間には不干渉な神様だが、代替わりしたばかりで人間が駆逐されては、前主神に申し訳が立たないと重い腰を上げたそうだ。
「俺達は、神同士のお遊びに付き合わされて、ここにいるって訳か?」
「まあ、そういう事だね。君たちにしても、機械人間にしても、この世界への嫌がらせだと思うよ」
「この憤りを、どこにぶつけて良いのやら…」
「呼人、何だったら後ろの神にでもぶつけたらいいのじゃないかな。どうせ言葉は通じないけどね」
「精霊さん、そりゃあ神が隙を作るなよ! とは思うけど、ちょっかい掛けてきた神たちが悪いのであって、彼女も犠牲者だろ?」
精霊さんは、その言い分は基本間違ってないと言い。だけどこの世界への影響を反らせるために、機械人間を俺達の前に誘導したのは、彼女だと言った。
他の世界の侵入者同士を戦わせて、システム修復の時間稼ぎをしたのだとか。俺も機械人間がこの広い大陸の中で、何で俺の前に現れるかと疑問に思っていたが、まさか主神の仕業とは思わなかった。
「なんか酷いとばっちりだな」
「怒らないのかい?」
「巻き込まれている事のスケールが大き過ぎて、怒る気も失せたよ。精霊さん」
「そうかい呼人。その方が良いよ。下手に勘気をこうむると、一瞬で消滅され兼ねないからね」
精霊さん、散々あおっておいて、今頃言う言葉じゃないだろう? 危うく消滅するところだったじゃないか。神様にしろ精霊さんにしろ、感覚が違い過ぎて下手に付き合うとこっちの命が危ないよ。
「それで精霊さん、鹵獲した武器というか、倒した機械人間はもらって良いのか? 研究したいんだけど」
「構わないよ。だけどあまり派手に、技術を広めないでくれるかい」
「ああ、わかったよ。俺達が使う分だけにしておく。でも俺達の技術を真似て、この世界の人間が同じ物を作ったらまずくないか?」
「まあ、厳密に言うと、君たちのせいで、世界の理が変えられたことになるので、君たちに神罰が下る可能性はあるね。真似は出来ないと思うけど、僕にはなんとも言えないな」
のおおぉぉ! 知識チートし過ぎると神罰が下るのかよ。ヤバいヤバい、早目に聞けて良かったぜ。気を付けよう。
「精霊さん、神様が動いて、機械人間の討伐に来たという事は、この世界のシステムとやらは既に修復されて、今後、機械人間の襲来は無いと考えて良いのか?」
「今回使われた問題点は、修復されたようだね。機械人間は、当分来れないんじゃないかな。でもこういう事は頻繁ではないけど、常に起こる可能性があるから気を付けた方が良いよ」
精霊さんは、まさか無駄足になるとは思わなかった。とか森の件といい今回といい、君たちには驚かされてばかりだよ。とか言いながら、ひとしきり笑ったあと主神と共に帰って行った。主神は終始ニコニコと微笑んでいて、何を考えているのかわからなかったが、敵意は無いように感じた。
機械人間は当分襲ってこないだろう。この世界の主神にも、俺達を排除する気は無いようだ。だが俺をゲームに送り込んだ元の世界の神は、ゲームを放棄している俺に、敵意を持っているかもしれない。機械人間を送り込んだ神も、計画を潰されて怒っているだろう。敵の存在が大き過ぎて、どうにもならないが対策しなければならない。頭が痛いよ、まったく。
俺は精霊さんたちも帰ったことだし、いったん箱庭に帰ろうかと後ろを振り返った。
「フーッ、やっと行ったみたいねぇ」
「どうしたマリア、珍しく大人しかったじゃないか」
「どうしたじゃ無いわよぅ」
「そうだぜ旦那、良く平気でしゃべれるな」
マリアもハルナも、脂汗のにじんだ顔で詰め寄ってきた。話を聞くと、ニコニコ顔の主神が発する威圧感に、身体が硬直して動けなかったらしい。エルゴ、アロロク、ヘーデ、五郎、ルミアも同じだったらしく、冷や汗をかいてぐったりしている。
「呼人よ、お主本当に何者じゃ?」
「小心者のただの人だと、いつも言っているじゃないか、ルミア」
「阿呆かー! ドラゴンである妾も動けぬ様なあの状況で、笑って話せる奴がただの人な訳なかろう!」
「酷い言い様だな。魔物と違って人は鈍感だから、威圧感に気が付かなかっただけじゃないか?」
「よぶちゃん、私も動けなかったわよぅ」
「じゃあ俺だけ鈍感なのか? そうだ俺だけ威圧から外してもらっていたんじゃないか? 全員動けなかったら話にならないしな。そうに違いない」
「呼人様、威圧は周囲に同等の影響力があります。いくら神でも、ひとりだけ対象から外すことは出来ません。範囲は絞っていたようですが、少なくとも呼人様の後ろにいた全員に、威圧が掛かっていた以上、呼人様にも同じ威圧があったと思われます。それに鈍感だから気が付かない、と言うレベルの威圧ではありませんでした」
うーん、まずい。このままでは、また人外認定やチーター呼ばわりされてしまう。
「あははは、そうなのか? エルゴ。だが俺にも説明できないぞ。とりあえずいったん箱庭に帰ろう」
「鈍感魔王。シッシッシッ」
「旦那が鈍感なのは、女心だけじゃないんだな」
「ヘーデ、腰抜けた」
「おで、チビった」
箱庭に帰るとグリフォン隊長が、大きな力を感じて魔物たちが怯えている、と言って近づいてきた。俺は事情を軽く説明して、魔物たちに安心する様にと言ったら、何とか落ち着いた様だ。子供たちには影響はなかったらしい。やっぱり魔物だから、敏感なんじゃないのか? マリアは妖怪だからだろう。俺は至って普通の量産型青年だ。うん間違いない。
「みんな疲れている様だし、今日は仕事を終えて温泉にしよう」
「良い考えだわ、よぶちゃん。嫌なことは温泉で洗い流しましょ」
「「「おおー!」」」
という訳で温泉だ。今日はコバルト温泉が女湯ということで、俺は魔物と混浴だ。まだ風呂には早い時間だから、俺達が一番風呂だと思っていたら、先客がいた。
おや? と思って見たら、神様と精霊さんが並んで温泉に浸かっていた。神様はポン酒の瓶を横に置き、手酌でコップ酒を飲んでおり、精霊さんはフルーツ牛乳をクピクピしている。だから風呂場に飲み物を持ち込むのは、子供の教育に悪いから止めなさい。
「やあ、呼人。さっきぶりだね」
「精霊さん、帰ったんじゃないのか?」
「一度帰ったんだけどね。着替えて戻ってきたのさ」
なんでも今日の目的のひとつは、俺が作った温泉だったらしい。機械人間の襲来に、俺達を守りに来た様な事を言っていたが、実は温泉が壊されないか心配で来た。とあっさり白状した。
さっきの神様は戦闘モードだったため、威圧が駄々漏れだったが今は着替えてと言うか、依り代に収まって、存在レベルを落とした状態なので、威圧はさほど無く、ただの「迫力ある人」程度だとか。
「なんかさっきは凄い威圧だったらしいな。俺は気が付かなくて、鈍感呼ばわりされたよ」
「神があの状態で、人前に出るのは初めてかもしれないね。そもそも滅多に人前には現れないし、出ても大抵の人間は気絶してしまうから、夢だと思ってしまうみたいだけどね」
「そうなのか?」
「呼人が普通にしゃべっていたから、人間も成長したなと思って感心していたんだよ。最初は、全員気絶すると思っていたんだ。だから機械人間の件も夢としておけば、説明の手間も省けるかと思っていたのさ」
「うわ! ひどい計画だな」
「すぐに気絶した方が楽さ。君と話している間、ずっと神気を浴びている訳だから、身体の弱い人間なら下手したら死んでしまうよ」
エルゴの視線が痛い。俺が平気だったものだから、神が予定外に長居していたらしい。その間、ずっと威圧されていた周りの仲間は大変だっただろう。
俺が恨めしそうにチラッと神様の方を見たら、今度はビールのジョッキをあおっている。迷惑掛けておいて、俺の酒を勝手に飲むんじゃないよ。まったく
いやぁ、フルーツ牛乳は美味しいね。と呑気にのたまう精霊さんに勝手に飲むなと言ったところで、どうせ「精霊の分け前」だとか言って取り合わないだろう。
「精霊さん、なんで俺は神の威圧に気が付かないんだろうな」
「呼人の身体に、何か神気に親和性がある、理由があるからじゃないのかい」
「例えばどんなのだ?」
「魂の次元が高いとか、精霊のように霊体だとか、神憑きだったとかかな」
「神憑き?」
「神の一部が、気まぐれで人間に取り憑くことがあるのさ。そうなると大抵は、神気に耐えられず死んでしまうけど、稀にその状態に、慣れてしまう人間もいるようだよ。ああ思い出した、神の一部というのは、君の世界では妖怪と言うのだったか」
「気まぐれで殺されたら堪らないな。妖怪って、人に悪さばかりしているイメージだけど、神なのか?」
「元々は神の一部さ。何か目的を持って本体から離れたけれど、目的を忘れてしまった者たちだよ。さっきも言ったように、憑かれた者は死ぬことが多いから、悪い印象なんじゃないかな」
何か釈然としない感じだったが、これ以上聞いても、俺が神気に親和性がある理由は分かりそうにない。
外の展望に目を向けると、今日は生憎の曇り空だ。まるで俺の心を映したように、空がどんよりと雲っている。
機械人間が襲来し、精霊さんと神様が現れた。一連の出来事に疲れた俺達は、仕事を切り上げて温泉に入ることにしたが、そこには帰ったはずの精霊さんと神様がいた。
精霊さんは少年の姿で、服を着たまま湯に浸かり、フルーツ牛乳をクピクピと飲んでいる。精霊は霊体なので、服もそれっぽく見えているだけで身体の一部なのだろう。
神様は妙齢の女性の姿だ。勿論、真っ裸で湯に浸かり、終始ニコニコと笑いながら、ポン酒やビールを自分の収納庫から出しては飲んでいる。今日は曇り空だが、風呂から見える展望がお気に入りの様で、俺達のことなど、目に入らないかの如く振る舞っている。
人間の理屈やルール、マナーなんてお構い無しだ。勝手に上がり込んで人の酒をチビチビ飲んでは、ご満悦な顔で景色を堪能している。
俺は目のやり場に困ってしまい、精霊さんに女湯に行けば? とか俺達は一緒に入っても大丈夫なのか? とか聞いても「何か問題あるのかい?」で終わってしまう。
神とか精霊とか魔物とか、人の理屈の通じない相手との付き合いは大変だ。感覚が違い過ぎる。俺達が神様や精霊の存在にピンと来ない様に、彼らも人間の苦悩など理解できないのだ。
他の人間は、どうやってお付き合いしているのだろうか? 誰か慣れた人がいれば聞いてみたいと思いながら、俺も外の展望に目を向けて気を落ち着かせる。
どうしたら、わかってもらえるだろうかと考えていたら、いつの間にか、俺の横にトンキとエルゴがきていた。俺より一足先に風呂から上がり、既に服を着ている。何かあったのかな?
「兄ちゃん、冷蔵庫のフルーツ牛乳とプリンが無いんだけど、知ってるか?」
「昨日、俺とトンキ達で補充したじゃないか。1個も無いのか?」
「呼人様、大人冷蔵庫も子供冷蔵庫も空になっています」
エルゴが、神様と精霊さんの方を見ながらそう言った。
「精霊さん、フルーツ牛乳を全部持っていったのか?」
「僕は10本くらいだよ。森の精霊は小さいから、それくらいあれば十分さ」
「じゃあ、あとは神様か。子供たちが仕事終わりに飲むのを楽しみにしているんだ。少し返してもらってくれないか?」
「僕が言っても聞かないと思うよ。何せこの世の物は全て、自分への貢ぎ物と思っているからね。何だったら直接話してみたらどうだい」
「神様とは、話せないんじゃなかったか?」
「依り代に入っている時は、存在の次元を低くしているから大丈夫だと思うよ」
「勘気をこうむったら、一瞬で消されるんだろ? 命掛けじゃないか」
「だったら、諦めるしか無いね」
まったく、どこぞの貴族より質が悪い。女風呂のフルーツ牛乳も取られたみたいで、マリア達も服を着た状態でやってくる。マリア達は、神様が湯船に浸かっているのを見て、事態を察した様で、子供たちを連れて避難に掛かる。小さい子どもは「プリンは?」と言っているが、大きい子供は緊張感を察したのか黙っている。マリアが「意地悪婆さんに取られちゃったから、今日は我慢してねぇ」と、聞こえよがしに嫌味を言っていたが、神様は気にしていない。
俺が神様にお願いするために近寄ろうとすると、エルゴに腕を捕まれた。エルゴは首を左右に振って「止めた方がいい」とアピールしている。
「よぶちゃん、今日だけなんだから我慢しましょう」
マリアが心配してそう言う。今日だけなら良いのだけど、何か対策を練らないとまずいな。神様相手にどうにかなる気がしないけど、あとでみんなと相談するしかないか。
そんな感じで、久しぶりに理不尽な憤りを感じながら、俺達は温泉ハウスを出てきた。




