第三十二話 襲来
曇り空で過ごし易い天候のある日、箱庭で農作業をしていると、俺の脳内に突然他人の声が響いた。
(念話、呼人にゃ)
「うわ、びっくりしたぁ」
(呼人、外がまずいにゃ。早く来るにゃ)
熱心に農作業していた俺は慌てて声を出す。エルゴ達がどうしたのかと、こちらを伺っている。
俺がびっくりしたのは「念話」の魔法だ。どうやら外を警戒している監視ゴーレムが、何か危険を察知して知らせてくれたようだ。
監視ゴーレムは、家の外周の警備をしているゴーレムだ。
小さいゴーレムを家の周囲に放ち、警備してもらっている。猫やカラス、ネズミなどの形をしていて、人間の悪意や敵意、殺気、不審人物などを察知して、念話で知らせてくれるのだ。監視対象の精神を操作して、街の警備兵のところに誘導したり、撹乱したりもする。
余談だが、エルゴが監視ゴーレムを見て「これは良い」と真似していた。何に使うのか聞いたら、近隣の街に配置して情報収集させるのだとか。おお、それは名案だな。
俺がエルゴを連れて箱庭の外に出ると、おばば様の家の裏庭に異変が起きていた。
そこには、ブラックホールのような黒い空間の歪みが、ポッカリと口を開けていたのだ。他の仲間も、突然の俺の行動に心配したのか、後ろについてきていたので一様に驚いている。
「なにかしら? これは」
「わからない、異常事態であることは確かだな」
俺とマリアがそんなことを話していると、ブラックホールの中からニョキッと足が生えてきた。機械の足だ。そんな複雑なパーツが組合わされたロボットの足を、俺達は遠巻きに見ている。
すぐに2体のロボットが現れて、同時にブラックホールは欠き消えた。俺達の数メートル先に仁王立ちしているロボットの1体は、細身の身体で腕組みして偉そうだ。もう1体はゴリラのように上半身がデカくゴツい。
スピード型とパワー型ってところか。
2体のロボットは、金属製の骸骨と言った感じの骨格に、精密機械を詰め込んだような外観をしており、腕や足、腰や胸など、身体の一部が、滑らかな金属プレートで覆われて保護されているようだ。
大事な部分は保護しているが、関節などはギミックが剥き出しで、弱点を晒しているように見える。
熱が籠らないようにか? 守る必要が無いほど硬い物質で出来ているのか? それともお洒落か? 強そうな外観の割に間抜けな感じがする。
しかし、この広い大陸の中で何で俺の前に現れるかなぁ。誰かしらの悪意を感じるなぁ。と考えているとロボットがしゃべり始めた。
「おい、本当に生身の人間がいるぞ。グアアア」
「今時、生身とは、ずいぶん下等な種族のようだな」
何かいきなり俺達を見下している。ムカつく奴等だな。しかし自我あるようだし、操られている感じもしない。話の内容からするとサイボーグって奴かな?
「ここで脳を採取すれば大金持ちだ。グアアア」
「クローンの生体チップは性能が低いし、イマイチ安定しないからな。やはり生に限る」
人のことを下等とか言う割には発言が俗物だな。しかも何か、物騒なこと言っている。脳を採取? 生体チップ? 俺たちを自分たちのパーツにするつもりか?
「なあ、生体チップって俺達の脳細胞を使って、IC(半導体チップを使った集積回路)でも作るのか?」
「ほう、下等動物の割にそんな知識があるとは驚きだ」
「俺様は肉体を超越した存在だ。お前らのような下等動物に答える義理はないぞ。グアアア」
「お前らも元々は人間なんだろ。肉体と共にモラルも捨てたのか?」
「下等動物が生意気を言うではないか。モラルとは人の理。貴様ら猿相手には適用されない」
偉そうに腕組みした細い機械人間が答える。
しかし何だ? 明らかにこの大陸の奴でも、元の世界の奴でも無いじゃん。こんなの聞いてないぞ!
元の世界の軍人でさえヤバいってのに、明らかに進んだ科学力を持つ敵とか、勘弁して欲しいよ。
逃げるか? 無理っぽいなぁ。俺が内心ビビっているとエルゴが前に出てきた。
「呼人様とマリア様は下がって下さい。アロロク頼むぞ」
「がってん承知の助。シッシッシッ」
ええー、エルゴ、やる気満々じゃん。こんな強そうな奴相手に大丈夫か。
「五郎、右の敵にパワー勝負です。ハルナは、左の敵でスピードを計りなさい。我が主を下等呼ばわりした馬鹿どもに、思い知らせてあげなさい」
「エルゴ、あたいは倒しに行くぞ。構わないよな」
答えを聞かずに、ハルナと五郎が駆け出す。
五郎は巨大化しながら、右側の機械人間の手前で立ち上がり両腕を伸ばす。機械人間がニヤリと笑う。五郎と機械人間の左右の手の平が重なり、押し相撲が始まった。
ハルナはスピードを上げて、左側の細身の機械人間に接近しては離れ、竹箒を連打している。機械人間も同程度の速さで駆けながら攻撃してくる。
機械人間の動きは滑らかで、金属音やモーター音はしない。優れた科学力を持つ世界から来たようだ。
機械人間の足や手からは無数の刃物が飛び出している。だがハルナの胴体に蹴りが当たっても、スーッとすり抜けるだけだ。すり抜けた後から、切れた胴体が繋がっていく。
スライム組織の特性を活かして軽く受け流しているようだ。これが出来るということは、相手の攻撃が見えているということだ。
五郎はゴリラのようにゴツい機械人間と、力比べの真っ最中だ。お互いパワーに自信があるようだが五郎は負けていない。
五郎たち使い魔は産まれてから一月半ほど経つが、いろいろと成長している。成長と言うか改造なのだが、魔法陣を効率化したり新たな魔法を組み込んだりして、産まれた時よりずいぶんと力や速さが上がっている。
五郎が、ゴアッと野太く吠えながら腕に力を込める。機械人間の腕の関節からギギギッと、モーター音が聞こえ出した。
最初「かかって来い、下等動物。グアアア」などと、余裕綽々だった機械人間も、五郎のパワーに圧倒されて焦ってきたのか、口からレーザーを連射して対抗している。だがレーザーが五郎に当たっても、「ジュッ」と音がするだけで五郎は気にもしない。
そんな状況を見ていたエルゴが刀を抜いた。いつもの大刀ではない。収納庫から出した脇差しだ。柄を握って刀を抜くと刃がない。
ええー、鞘は要らないじゃん。
エルゴが刀に魔力を流すと、ビームサーベルのように刃が生えてくる。半透明で厚みが無い。紙の様な薄さだ。だが金属の様な確りとした硬さがあるようで、ペラペラした感じはない。
ビュッ、エルゴが五郎と対峙している機械人間に瞬時に近づき、すれ違い様に機械人間の足を斬った。機械人間のひざがバチバチと音を立てながら斬り離される。
ガクッと、片ヒザをついた形になった機械人間に、五郎が更に足払いを掛けて倒すと、そのまま馬乗りになる。機械人間は倒れた衝撃で、片腕の関節が損傷したようだ。肘から先がピクピクとして動かない。
動く腕と足でジタバタと暴れている。ブリッジをする度に、上に乗った五郎が上下するが、落ちることはない。機械人間は何とかポジションを逆転させようとしているが、五郎が器用に往なすので上手くいかない。
口からレーザーを撃ったり、手からマシンガンのように弾丸を撃つが、五郎は気にせず、ぶっとい爪の生えた腕を機械人間の顔面や首に打ち付けている。
マウントポジションを取った五郎が、ラッシュを掛け始めた。機械人間の顔を滅多打ちにしている。すでにされるがままの状態だった機械人間の首がもげた。五郎は機械人間の頭を持って、配線ごとブチブチと引き剥がす。
もー、野蛮人じゃないか。五郎は俺達のマスコットなんだから気をつけてくれよ。
ハルナの方も動きが止まっている。機械人間が動こうとするが、ピクピクするばかりで動けないようだ。
初めはお互いに接近しては離れて打ち合っていたが、ハルナには刃物も打撃も効かない。レーザーも弾丸も効かない。しかも力と速さもハルナが上とくると機械人間には打つ手がない。
打つ手が無いので立ち止まる。するとそこに、頭上からヘーデの雷撃が降ってくるのだから堪らない。
ハルナの竹箒で関節を執拗に連打された機械人間は、首や手足の関節からバチバチと火花が出始めている。これに雷撃の電流が流れ込むと、身体の制御が乱れるようだ。
機械人間は何発か雷撃を受けたところで、完全に内部の回路に異常をきたしたようで、立ち尽くしてしまっている。
これに追い討ちを掛けるように、ヘーデリアが上から「雷撃」を落とす。バリバリと轟音を立てながら雷が機械人間に当たり、ビクンビクンと数度跳ねたあと、大の字に倒れて動きを止めた。
ハルナが近づき機械人間の頭に竹箒を突き刺すと、頭の一部分がボンッと小爆発を起こして煙を上げた。
サージ(電気回路に、瞬間的に定常状態を超えて発生する電流)対策は、当然出来ているみたいだけど、ヘーデの「雷撃」は効いたみたいだ。
エルゴが2体の機械人間にそれぞれとどめの雷撃を放ち、動きが無いことを確認すると、残骸を収納庫に収納して、「もう大丈夫です」と言いながら俺達の方にやってくる。
うーん、機械といえば死ぬ前に自爆するものと相場が決まっているのに、それさえ無いとは拍子抜けだな。俺は、さっきまでチビりそうな程怖がっていたのも忘れて、呑気なことを考えていた。
「呼人様、パワーでもスピードでも問題なさそうですね。五郎は何かありますか?」
「おで、頑張った」
「良くやりましたね。ハルナはどうです」
「敵さん、スピードには自信があるみたいだったが、あたいのトリッキーな動きには付いてこれないようだぜ。金属の装甲も壊せないほど硬い訳じゃない」
機械と言えど、所詮骨格のある生き物だ。関節の稼働範囲は限られている。スライムゴーレムは元々が軟体であり、関節の稼働域に制限はない。見た目が人間でも人外の動きが可能だ。
「そうですか。私が斬った感じでも硬くはありますが、私どもの武器で十分対応出来ると思いました。アロロクは何かありましたか?」
「上からレーザーがきた。魔法で簡単に撃ち落とせた。翔んだ雑魚。シッシッシッ」
「ええー、いつの間に撃たれたんだ?」
「呼人様、上空にサブユニットがあったか、別の敵がいたかでしょう。どのみちアロロクが対処に困らない程度の攻撃です。問題ありません」
機械人間たちはレーザーを多用していた。
俺達も「光線」の魔法でレーザーを使っている。硬い魔物なんかには有効な魔法だ。
そしてアニメなんかだと、レーザーは究極兵器みたいな扱いだけど、実際使ってみて俺は違う感じを受けた。レーザーはただ超高温で速いだけだ。速いから避けられない。超高温だから、当たった部分が瞬時に沸騰して爆発する。
だが防ぐ方法があれば、レーザーなどただの光の集まりでしかない。光線自体に威力や爆発力があるわけではない。虫眼鏡で光を集めても紙は燃えるが、吹き飛ばしたり出来る訳ではないのだ。
超高温に耐えられる、バリアがあれば問題ないということだ。俺達が使うバリアは空気で出来ている、空気中の分子を強固に結合して、固体としているのだ。空気は高温で壊れないし、レーザーの光を減衰して、分散して、屈折して、逃がせば良いだけだ。
スライムボディにもレーザーが効かない。まったく効かない訳ではない。表面が溶けたり、沸騰したり、焦げたりはするだろう。だが表面だけのことで、貫通しないどころかダメージもほぼ無い。
虫眼鏡で太陽光を集めても紙は燃えるが、鍋の水は沸騰しないのと同じこと。レーザーの出力が、スライム組織の物理特性を大きく上回らなければ意味は無いのだ。
スライムの体組織は魔法に敏感だ。魔力を流せば瞬時に硬くなったり、変形したりする。
だが物理反応には鈍感だ。衝撃が伝わりにくい、電気を通さない、熱もほとんど伝わらない。つまり超高温のレーザーでも、表面の小さな範囲を溶かす程度しか効かない。
ハルナは前に、クロールミアの超高温ブレスを近距離で受けたことがある。ブレスは広範囲を焦がすので見た目があれになったが、表面だけのことで大したダメージは無かった。レーザーは一点集中の小さな範囲なので、蚊に刺された程度だろう。
今回、機械人間と対戦していろいろ良い情報が得られた。
まず奴等の目的だ。奴等は人間の脳みそが必要なようだ。半導体チップではなく、人間の脳細胞をチップとして、集積回路を作る技術があるようだ。恐ろしい技術だ。
だが人間の脳が必要であって、人間を駆逐して大陸を奪いたい訳ではない。核攻撃のような大量破壊兵器は使わないだろう。
そして奴等の主要武器が、レーザーだと判明した。レーザーを使うということは、奴等の世界ではレーザーが有効な武器だということだ。俺達も魔法でレーザーは使えるので、有効活用させてもらおう。
銃弾もあった。たぶん火薬などの爆発物も持っているだろう。脳を採取するときは使わないが、今後、邪魔な俺達を排除するときは使ってくるかもしれない。注意が必要だ。
最後に機械化ボディは電子制御のようだ。外からの雷撃で制御が狂うのは、大きな弱点と言える。ただ今回の映像が相手方にも届いているとなると、敵にもこちらの情報は筒抜けだ。次は、より強固な対策が取られるかもしれない。
たまたま、今回きた機械人間が弱い奴だった可能性もある。最初だから勝手がわからない。だから奴等はお試しで送り込まれた雑魚なのかもしれない。
外装を鎧で固めた隙のないボディの奴もいるだろう。巨大ロボットみたいな、大きな奴もいるかもしれない。何百体も集団で襲ってくる可能性もある。エルゴと話し合って対策を考えなければ。
そんなことを考えていると突然…




