第二十八話 発酵蔵
収穫が半分以上終わった頃、俺は収穫の残りをマリア達に任せて、発酵食品の開発に取り掛かった。
収穫が終わったら子供たちを連れて、海に行こうかとも考えている。海では、やはり海産物を捕ってBBQがしたい。そして海産物を食べるのに、醤油がなければ始まらない。しかも海には、ビールが必須アイテムだ。
ビールがそんなに早く出来るのかって? 収納庫で時間を早めれば、熟成期間は短縮出来るので、なんとかなるだろう。
俺と使い魔3人は、ゴーレムハウスを箱庭内に設置して、発酵蔵に改装した。発酵蔵は、俺達以外入れないようになっている。
発酵に使う酵母や麹は、雑菌に弱いので、外気とはある程度隔離された空間が必要だからだ。雑菌を持ち込む人間の出入りも、少ない方が良い。
発酵食品に雑菌が入ってしまったら、発酵ではなく、腐敗になってしまう。細心の注意が必要なのだ。
発酵食品の発酵や保管にも、それぞれに合った温度や湿度があるので、別々の部屋が必要になる。そのため各酒、味噌、醤油、ヨーグルト、チーズは専用の部屋を作った。
「いいか、今日から発酵食品の開発を行う。発酵食品は雑菌に弱いから、部屋に入る前に必ず浄化すること」
「旦那、いよいよ酒造りができるな」
「ああハルナ、やっとここまで漕ぎ着けたな。初めての試みだから失敗もあるだろう。だが気合いで乗り越えてやる。みんな美味しい発酵食品を醸すぞー!」
「「「おおー!」」」
まずは室内や自分達を「浄化」の魔法で、徹底的に洗浄する。備品も当然洗浄だ。
ゴーレム工芸で、樽を大量に作った。大きさを変えて何種類もだ。かき混ぜるヘラやハシやビーカー。米を蒸す蒸し器。豆を煮る寸胴鍋、ボールやザル、煮た豆を潰すミンサーなど、必要と思われる器具もたくさん用意した。これらも徹底的に洗浄して、ハウス内の倉庫に仕舞う。
器具だけじゃなく、割烹着や帽子、マスクも作った。意外にも蜘蛛さんにデザインを渡したら、作ってくれたのだ。布を織るだけではなく、服も作れるなんて有能な魔物だ。本当仲良くなって良かった。
一応、布は抗菌素材だ。虫除けのような魔法があるらしくて、イモムシさんが、糸にその魔法を練り込んだらしい。効果は定かじゃないけど有難い。
精霊も何人か手伝ってくれた。精霊は生命全般に強い。作物を早く大きく育てたり、生き物を活性化させたり、精霊にしか使えない便利な魔法をいろいろ持っている。
発酵や細菌に関しても話して聞かせたら、少しずつ理解してきたようだ。雑菌が蔵に近づかないように、説得してくれた。俺は菌と話せるって凄いなぁと、関心しきりだ。
「ぼきは、命あるものは大小関係なく話せるでし」
「へえ、凄い能力だな。頼もしい限りだよ」
「ぼきに任せるでし。呼人さんに協力して、美味しいものを作るようにと班長にも言われたでし」
「そうだな。みんなの期待に応えられるように、頑張ろう」
この精霊は、発酵食品に興味があるという。というか未知の味に興味があるようだ。彼とも今後は接触が増えるかもしれないな。
「じゃあ、君は今日から『研究主任』だ。ハルナが『研究所長』だから、二人とも力を合わせて、発酵研究を頑張ってくれ」
「ぼきにも役職くれるでしか? うれしいでし」
「旦那、発酵蔵は所長のあたいに任せてくれ。主任、頑張って美味しい酒を作るぞ」
「あいでし。ハルナ所長、ぼきも頑張って醸す(発酵させる)でし」
と言って精霊はハルナの周りを飛び回っている。
人形のように小さな精霊が、身体全体で嬉しさを表現する様はかわいい。しかし名前は要らないのに役職は喜ぶなんて、ずいぶん人間と感覚が違うもんだ。
そして除菌が終わると、いよいよ発酵食品の製造開始だ。知識はうろ覚えだし、元の世界のように、欲しい菌が簡単に手に入る訳ではない。初めは失敗もあるだろう。だが、やるだけの価値はある。旨い酒と美味しい料理のために頑張ろう。
まず麹を作る。酒にも醤油にも味噌にも麹が必要だ。
麹菌が生産する「酵素」が、穀物のデンプンを糖に変える。こうしてできた糖を酵母菌が食べて、香り成分のアルコールと、炭酸ガスを作り出すからだ。
稲作の際に、稲の穂先に「黒い塊」があった。カビの塊だ。これに麹カビが含まれているのだ。俺は収穫の際に、子供たちに頼んでこれを集めた。
そして刈り取った稲や麦の一部は、発酵研究専用にもらい受け、乾燥させた。乾燥は収納庫で時間を早めて行う。時間経過は、MAX100倍まで早められる。風魔法で風を送りながら、時間を早めれば、乾燥に時間は掛からない。乾燥した穀物からは、「分解」の魔法で実を取り出す。
因みに、箱庭の子供たちは、勉強のために魔法は使わない、ある程度は手作業で頑張っている。
米を蒸かして、黒いカビを振り掛けて混ぜ合わせたものを、一定の温度に保った収納庫に保管する。時間を100倍にして30分待つと、正味2日経っている。
収納庫から出してみると、米はカピカピに干からびているが、黒やら緑やら白やらのカビが付着している米粒がある。
この中から、白いカビが付いている米を選別して、他は捨てる。選別は、「抽出」の魔法だ。これを種麹として、増やして使うことにする。
再度、米を蒸かして、先程の白カビがついた米を混ぜ合わせる。それを収納庫で時間を進めて麹カビを増やす。これの繰り返しだ。部屋には、甘い香りが漂っている。テンション上がるぜ。
研究という意味で、いろいろ試すつもりなので、他に「餅麹」も作った。麦やじゃがいもからデンプンを集めて、パン生地みたい丸めて置いておくと、雑菌が死に、酵母と麹カビが生き残ると、聞いたことがある。これは、外の冷暗所に放置しておく。
デンプンから乳酸菌を「抽出」したり、ドライフルーツや穀物から酵母も数種類作る。パンやヨーグルト、チーズに使うためだ。
街で売っているパンは固い。パン生地に酵母を加えて発酵させれば、柔らかくて美味しいパンが作れる。酵母の種類によっては、少し酸味を感じることがあるかもしれない。いろいろな種類の酵母を試して、美味しいパンにしたい。
最悪「抽出」の魔法で、酵母を分離してイーストにすれば、乳酸菌が無くなり酸味は出ないだろう。重曹(ふくらし粉)も魔法で作れそうだな。
そんな中、主任がエルフの森の精霊に連絡して、ワイン酵母をもらってきてくれた。エール酵母も、ドワーフ村からパクってきたらしい。
実際に使っている酵母が、手に入るとはありがたい。これで苦労して、酵母菌を探さなくて済む。
「主任、人のものをパクっちゃダメなんだぞ」
「精霊と人間の関係などそんなものでし。ぼき達は、森を守っているでし。人間から少しくらい物をもらうのは、当然の権利でし」
天使の分け前ってやつか。黙ってもらうのは良くないけど、精霊が人前に出ると面倒だし、仕方ないのかな。
米麹が手に入ったので、いよいよ発酵食品作りだ。
米を蒸したり、大豆を煮て、デンプンが分解できるようにしたモロミを作る。煮れば殺菌されるから、モロミには雑菌はほとんどいない。冷やしたモロミの中に、米麹や餅麹を入れると、麹カビと酵母だけが生きているので、発酵が始まるというわけだ。酒は、砂糖やデンプンを加えて、アルコール度数を調整したりもする。
味噌は、大豆、麹、塩
醤油は、大豆、麹、塩、小麦粉、水
ポン酒は、米、麹、水
ビールは、麦芽、ホップ、水
ウイスキーは、麦芽、水
ワインは、葡萄
これらの原料を下処理してモロミを作り、酵母を加えて発酵させる。
「エルゴとアロロクは、大豆を煮てくれるか。味噌の分はミンサーで潰して、醤油の分はそのままで良い。このメモの分量で、他の材料を混ぜたら樽に詰める」
「呼人様、お任せください」
「もろきゅう食べたい。シッシッシッ」
「数日あとでな」
味噌は、大豆を煮てミンサーで潰したものに、麹とその他の材料を混ぜ合わせて、樽に詰め込んだら発酵させて熟成だ。
醤油は、豆麹にしてから材料と合わせて、10ヶ月~1年くらい寝かせる。収納庫で時間を早めて、3~4日というところか。
ポン酒は、米を蒸したものに、麹と酵母を混ぜ合わせて樽に詰める。途中で混ぜたりして炭酸を抜いたり、発酵具合を確認しながら手間を掛けて作る。
「主任、大麦を発芽させてくれるか。ハルナ、発芽した麦の根を『分解』で除いたら、麦を焙煎してくれ」
「あいあいでし」
「あいよー旦那」
ビールとウイスキーは、大麦を精霊に頼んで発芽させたものを、炒って砕いて水を加え、麦の酵素で糖分に変化させた、麦汁を使う。
ビールは、麦汁に、ホップとエール酵母を加えて発酵させる。ホップは、朝顔みたいに、つるで長く伸びてゆく植物だ。ビールに、苦味と殺菌効果を与える。当然、森で入手して育てている。
ビールの保存には、発酵過程で出来る炭酸を逃がさないように、ビールサーバーを作った。ステンレス製の継ぎ目の無いものだ。ゴーレム工芸のおかげで、ビールを注ぐときのコックや簡易圧力計なども、パーツを作って組み立てれば、簡単に作れるのが嬉しい。
これにビールを詰めて、冷やして時間経過の無い収納庫で保管すれば、発酵も止まって良い状態のビールが、いつでも飲める。
ウイスキーは、麦汁に酵母を加えて発酵させたものを、更に蒸留器で(じょうりゅうき)蒸留する。
蒸留は、水とアルコールの沸点の違いを利用して、アルコールを抽出するものだ。水の沸点が100℃、アルコールの沸点が80℃なので、80℃に温めればアルコールだけが、蒸気となり水と分離出来る。この蒸気を集めれば、アルコール度数の高い酒が作れるのだ。
ただ今回は、時間が無いので、魔法で抽出したものを、時間を早めた収納庫で、熟成させる。
ワインは、葡萄の実を皮ごと潰した物や、葡萄の皮を剥いてから果汁を絞った物に、酵母を加えて樽に詰めて、発酵させる。葡萄の皮があると赤ワインに、皮がないと白ワインとなる。
醤油を搾ったり、酒をろ過するのは、大変な作業だ。だがここは、「分離」の魔法で液体と固体に分けられないか試してみたら、透き通った液体と、搾りカスに分かれたので、手間が省けた。
発酵が進んだ酒を、瓶詰めして各収納庫に保管したあとは、それぞれの時間で熟成だ。ビールは一月ほどで終わるが、ウイスキーは、3年以上掛かる。ワインもそれなりだ。
因みに、ポン酒を放置しておくと酢になる。ワインを蒸留するとブランデーだ。ついでに、ぬか床も作った。美味しい漬物が、食卓に昇る日も近い。楽しみだ。
味醂はもち米が無いから、今は諦めた。
そして、やっと料理の「さしすせそ」が揃った。今日が俺達の料理革命だ。
こうして1週間、俺達はゴーレム発酵蔵にこもって、発酵食品の研究に明け暮れた。何度も失敗して、試行錯誤を繰り返し、やっと初期段階はクリアしたと言った感じだ。
俺達は、発酵蔵の一室で、出来上がった発酵食品の試食をすることにした。俺と使い魔3人、それと何故か精霊が、小さなスプーンとフォークを持って、全員集合している。他の人達は、明日の海遠足までお預けだ。
「なんで、班長たちがいるんだ?」
「人間の作る物には、全てに精霊の分け前が含まれているでし。あたちには頂く権利があるでし」
「そうなのか? しかし班長、精霊もお酒飲めるのか?」
「人間が神に備えたものは、あたち達、精霊の取り分でし。神から神酒のお裾分もあるでし。たまにしか飲めないけど、みんな大好きでし」
うーん、精霊は、肉体がないのに食いしん坊キャラなんだな。
「ええーと、皆さんの努力のおかげで、発酵食品がいくつか出来上がりました。ご協力ありがとうございました。今は食材もあまり無いし、明日の海産物が本番なので、今日は軽い試食です」
「よっ! 待ってました。旦那」
「まずは卵かけご飯です。皆さん、お米を食べるのは初めてだと思います。これはお米の食べ方の一例です。では、どうぞお召し上がりください」
「おおー、これがお米でしか。美味しいでしねぇ」
「呼人様、醤油の味は、塩辛いだけではなく、奥深い味わいがあるのですね。このエルゴ、感服致しました」
「旦那、早くカレーライスも食いてーぜ」
「シンプルイズベスト、シッシッシッ」
「班長、ぼきは頑張りました。主任の役職も頂きました。今日は感無量でし」
「父たま(精霊王)も、お喜びになるでし。あたちも嬉しいでし」
「主任、これからもどんどん醸して、美味いものを作り出してくれ」
「あい、主任の名にかけて!」
そして待ちに待ったビールだ。俺は、収納庫からビールの入った耐圧タンクを出す。五つのジョッキにビールを注ぐと、街で飲んだエールとは違い、白い泡が立つ。ジョッキの一つは精霊用だ。
「じゃあ、一杯だけ試飲してみよう。乾杯!」
「「「「乾杯!(でし)」」」」
ゴクッゴクッゴクッ、プハーッ
精霊たちは、ジョッキに群がり、藁をストロー代わりに、チューチュー吸っている。
「いやあ、美味い! お前たちは初めて飲んだから、苦いだけかな?」
「いや、旦那。街のエールより100倍美味いぜ。旦那に付いてきて良かった」
「呼人様、私がシミュレートしていた味の、上を行きました。これがお酒ですか、気分が高まりますね」
「ごはんが無ければ、ビールを飲めばいい。シッシッシッ」
「呼人さん、これがビールでしか。シュワシュワして楽しい飲み物でし。ヒック」
普段、神酒を飲んでいる精霊に、ビールがうけて良かった。それにしても精霊たちは、全員出来上がってるじゃないか。いつも陽気な精霊が、更に陽気になってるよ。大丈夫かな?
それから俺達は、味噌を使った豚汁に「旨い旨い」と舌鼓を打ち、醤油を掛けたサイコロステーキ、チーズ、漬物を肴に、ポン酒、ウイスキー、ワインを味わった。
ウイスキーやワインは、まだ熟成期間が足りていないが、苦労した甲斐あってどれも美味しかった。
まあ、初めて作ったにしては、良く出来たと思う。
この経験を元に、今後は、味や品質を追求していくつもりだ。乳酸菌や各種酵母を試したり、発酵時間や温度などを変えたり、今後研究が進めば、もっと美味しくなるだろう。
収穫後、俺と使い魔が発酵食品を作っている間、子供たちの相手は、マリアとおばば様にお任せだ。子供たちも大分手間が掛からなくなった。
俺が、将来の村の話しをしたのが大きいらしい。村を作るという夢のために、頑張っているようだ。大きい子供が、小さい子供の面倒を良くみている。小さい子供も、人の手を借りないように、なるべく自分でやろうと一生懸命だ。
子供たちの年齢は、5才~12才まで様々だ。この国では子供の奴隷売買は禁止されている。だが、15才で成人なので、奴隷として売買可能になる。この年齢に近い孤児は、拐われて売られてしまうか、犯罪組織にスカウトされるため、孤児のほとんどが12才以下なのだそうだ。
子供たちは、箱庭内に設置したゴーレムハウスに住んでいる。人数が多いので外では目立つからだ。
ゴーレムハウスを大きくした家で、各部屋に10人くらいに別れて暮らしている。食堂や風呂は一つだ。肉は、魔物や俺達が箱庭の森で狩って支給する。野菜は、子供たちが農園で採取する。料理も子供たちでやる。
大人が順番で、泊まりにいくこともあるが、基本魔物に守られながら、子供たちだけで、箱庭での生活をしている。
因みに、風呂は温泉ができたので、使っていない。温泉はいつでも入れるので、有効活用して、仕事の疲れを癒して欲しいと思う。
そして子供たちは、成人前なので魔法を持っていなかったが、今は俺達が基本魔法をインストールさせたので、みんな使える。
子供たちは大体、一部屋づつの班に別れて行動している。食事を作る班、風呂掃除をする班、麦を育てる班、野菜を育てる班、酪農班、休みの班など、自分たちで分担や順番を決めて生活している。そのうち狩りや攻撃魔法も、教えないといけない。
読み書きや計算も教えている。大人が順番に教師役をやっている。おばば様の薬屋で、アロンと一緒に、商売の勉強も始めた。徐々に環境は整いつつある。
みんな目標に向かって、真面目にやっていると思う。もう少し大きくなれば職人に弟子入りさせたり、ダンジョンに入ったりも出来るだろう。
初めは、何人も脱落者が出ると思っていた。だが意外と楽しそうに働いている。みんな、俺の子供の頃と比べたら、有り得ないくらいに大人だと思う。
収穫も終わったので、明日は収穫祭代わりに、みんなで海で遊ぼうと思っている。みんな良い子にしているので、明日の海遠足は美味しいものを食べさせてあげたい。
俺は、明日の昼食にBBQとカレーライス、夕食に海鮮丼と鍋を予定している。
今から、明日の仕込みをしなければならない。俺は、マリアやエルゴ達に手伝ってもらって、ご飯を炊き、豚汁、飲み物、ドレッシング、焼肉のたれ、酢飯、プリン、アイスクリーム、マヨネーズ、ソース、ケチャップなどを大量に作った。




