第二十五話 収穫
今日は待ちに待った収穫の日だ。子供たちもずいぶん元気になった。箱庭にも大分慣れてきてマリアのあとに付いて、野菜を育てる手伝いをするようになった。
そして今日収穫の日を迎え、俺の仲間、おばば様とアロン、精霊が7人、魔物が60匹、子供が70人と、箱庭関係者が一堂に会している。
空は良く晴れて、カラッとした過ごし易い日だ。昼からは暑くなるかもしれない。水分補給に気を付けて、熱射病に掛からないようにしよう。そんなことを考えながら、子供たちの前に立つ。俺のことは初めて見る子も多いせいか、緊張した雰囲気が漂っている。
「いいかい君たち、俺は呼人だ。マリアの仲間であり、この農園の持ち主でもある。マリアとも相談して、今日から君たちに、この農園で働いてもらおうと思っている。
ただその前に俺から話がある。君たちには、少し難しいかもしれないけど、大事なことだから聞いて欲しい」
(コクコク)
みんな真剣だ。子供ながらに自分たちの立場を分かっているようだ。エルゴの話ではマリアの手伝いが出来ること、仕事が出来ること、飢える心配が無いことを、喜んでいる子供が多いと聞く。
「まずこの農園のことは、内緒にすると約束して欲しい。ここは特別な土地だ。神様がくれた大切な場所だし魔物も住んでいる。だからここにいる人間以外に話してはならない。分かったかな?」
(コクコク)
「君たちの前にいる人間と魔物は、俺の仲間だ。君たちを襲わないし助けてくれる。だけど外の世界の魔物は危険だから、近寄ってはいけないよ。それとこの土地にも、熊や狼などの危険な獣がいるから、畑から離れちゃダメだよ。分かったかな?」
(コクコク)
「君たちは何日か前まで孤児だった。お金も仕事も無いから、飢えていた。だけどここで畑仕事を覚えれば、飢える心配はない。一人前になるまで面倒を見るから、頑張って働いて欲しい。当面は衣食住の心配はいらない。この農園の作物が売れるようになったら、給金も払えるようになると思う」
(キラキラ)
「畑仕事以外にも、薬師、鍛冶、大工、機織り、冒険者などの技術も、追々教えていくつもりだ。自分にあった仕事が見つかるかどうかは、君たちの頑張り次第だから、真面目にやって欲しいと思う。ここの仕事が嫌だったり、街に帰りたい人は、言ってくれたら解放するから、いつでも言ってくれ。まずはここで畑仕事を覚えよう」
(コクコク)
俺はその内、自分の店を構えるつもりだ。俺の作った物や調味料、酒などを売る店だ。店の店員も孤児たちにやってもらうつもりだ。商売の知識や計算を覚えてもらうためだ。
それとマリアも店を持ちたいと言っている。薬関係の販売はおばば様とアロンに任せるのだが、それとは別にレストランか酒場をやりたいらしい。元の世界の料理や菓子を出せば、間違いなく売れるだろう。
孤児たちは大人数だ。農業以外にも働く場所を作らないといけない。それに魔物を狩って、素材錬金(素材を売って金にする)できるとはいえ、実収入も必要だ。
俺達が後ろ楯になるから、子供たちには挫けずいじけず、真っ直ぐ育って欲しいと願うばかりだ。
「俺は君たちが大人になったとき、外の土地に村を作ろうと思っている。君たちの村だ。土地の開墾とか、家を作ったりするのは俺達も手伝うけど、自分たちの村だから、なるべく自分たちの手で出来るように今から訓練して欲しい」
(ワクワク)
「君たちが大人になる頃には、また街に孤児が増えているかもしれない。君たちが村で生活し始めたら、そんな孤児たちを今度は君たちが助けてあげて欲しい。君たちが孤児の先輩として、ここで身に付けた技術や知識を教えて、一人前になるまで見守ってあげて欲しい」
(キラキラ)
「勿論、やる気の無い人間にいくら教えても時間の無駄だ。そういう人間は見捨てて構わない。俺達も君たちの中に、やる気の無い人間がいれば見捨てるだろう。厳しいかもしれないけどそれが現実だ」
(ゴクリ)
「少し脅かしてしまったけど、仕方が無いんだ。君たちは孤児で親がいない。今の状態では誰も雇ってくれないだろう。まずは真面目に働けることを証明してくれ。
ただし、だからと言って無理はしないように。君たちは子供だから、体力が無いのは分かっている。病気や怪我もするだろう。そんな時に無理しても良いことは無いから休んでいい。出来る範囲で働いてくれたら良いと思う」
(ホッ)
「最後に言っておくよ。何かあったら、必ずここにいる大人に相談するように、これは命令です。判断力の無い子供だけで判断しないようにして下さい。それと喧嘩もダメだから、仲良く出来ない人は、出て行ってもらうから注意してくれ。以上、何か質問はありますか?」
子供たちはシーンと静まり返っている。
「まあ、いきなりは無理だよね。慣れてきたら、質問なり相談なりしてくれたら良いよ。じゃあ仕事を初めようか。エルゴ、仕事の割り振りを頼む」
エルゴより先にマリアが一歩前にでる。
「その前に、私からもひとこと言わせてちょうだい。あなたたちは今日から一緒に働く仲間だけど、家族でもあるの。ここにいる大人は親代わりよ、みんな頼りになるから困ったら頼って良いわ。そしてあなたたち70人はみんな兄弟だから、助け合って仲良く暮らしましょうねぇ」
「「「はい、マリアさまー」」」
「さまは止めてって言ってるじゃないのぅ」
恥ずかしがるマリアを余所に、エルゴの仕分けが始まる。坊主頭で筋肉ムキムキのおっさんが、恥ずかしがっても可愛くないぞ。
そして班に別れて作業が割り振られ、収穫作業が始まった。
男の子は50人ほどいる。男の子は4つに別れて稲と麦を刈る。エルゴ、ハルナ、アロロク、マリアに付いて、彼等が「風刃」の魔法で刈った作物を集めて、リヤカーに乗せるのが仕事だ。リヤカーは五郎やグリフォンや牛さんが引く。他の魔物は周囲の警戒や、果物の収穫に向かう。精霊も賑やかしに一役かっている。
リヤカーで運ばれた作物は、残りの20人の女の子が束ねて、木の柵に掛けていく。乾燥のためだ。ここはおばば様が仕切っている。ヘーデリア、アロン、クロールミアもここのお手伝いだ。クロールミアはゴネるかと思ったが、意外と楽しそうだ。
「あれ? エルゴ、俺の仕事は?」
「何を仰いますか。オーナーはドッシリ構えていて下さい」
「そうだぜ、旦那。あたい達に任せときな」
ええー、あんなに偉そうに演説したのに、自分だけ座って見ているなんて出来ないだろう。子供たちには、俺の背中を見て育って欲しいじゃん。
アロロクが「呼人、ダメ人間。シッシッシッ」と笑っている。ぐぬー
仕方がないので俺は温泉でも作るかな。
精霊の話しでは、この大地のどこを掘っても温泉は出るそうだ。穴を掘る際に「水」を願えば水が、「温泉」を願えば温泉がでるのだとか。神の恩恵が大きい箱庭は、願えば叶うと言うことだ。石油とかも出るのかな? やらないけどね。
作るなら農園の近くが良いのだけど、排水が問題だな。温泉のお湯には様々な鉱物が溶け込んでいる。人間には問題ないが草木や昆虫、微生物などには死活問題だ。
下手に流して生態系が壊れても嫌だし、作物に影響が出るかもしれない。
温泉が農園から遠いと不便だし、近いと農園の水源にしている小川に、排水を流すことになる。
うーん、どうしよう。亜空間転移とか出来ないかな? 同じ亜空間に別々の場所からアクセスできれば、わざわざ温泉を掘らなくても遠くの火山から、亜空間を介して温泉を引けば良い。
丁度、エルゴと班長が通り掛かったので聞いてみる。
「なあ、班長。箱庭は入口をいくつも作れるのか?」
「呼人さん、できるでし。実際、森の箱庭は、森のあちこちに入口があるでし」
「ほう、亜空間転移が出来ると言うことか」
森の西の端から箱庭に入って、森の東の端に繋がる扉から出れば、森を通らずに数秒で移動出来るということだ。
実際に歩けば1ヶ月掛かる距離を、数秒で移動できるし危険も無い。
エルゴが亜空間の魔法陣を、手の平に展開して説明してくれる。
「亜空間の魔法陣の、この部分がアクセスキーになってます。これが同じならば同じ亜空間に繋がりますよ」
「おおー、そうか。班長もエルゴもありがとう。勉強になったよ」
「いえいえでし」
俺は余っているゴーレムハウスを出して、内部の亜空間の魔法陣から、アクセスキーをコピーした。
そして「飛翔」の魔法で青空に飛び出した。飛翔は飛行の魔法と違いホウキに股がらなくても、人間単体で飛行できる魔法だ。俺は慣れていないので、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしている。
ようやく慣れて、目的地に向かって進み始めた。
隣にはアロロクが魚雷に乗って飛んでいる。使い魔たちは器用だから、アロロクも飛翔で上手に飛べるのだが、彼女は魚雷好きだ。ハルナの竹箒といい、アロロクの魚雷といい、何のアピールなんだ?
「アロロクは、なんでホウキじゃなくて魚雷にしたんだ?」
「太くて長いから。シッシッシッ」
「…余計な知識が増えてるぞ。そういえばお前、刈り入れはいいのか?」
「ルミアに任せた」
「そうか、クロールミアならまあ大丈夫か」
スピードを上げて2時間ほど飛ぶと、先ほどは遠くに見えていた火山についた。山頂からは煙が上がっている。周囲は硫黄の臭いが立ち込めていて、湯気で煙っている。
「おおー、地獄谷だ。空は晴れているのに湿気が凄いな。暑いし臭いしたまらんぞ」
「臭い! 呼人、屁こいた。シッシッシッ」
「俺じゃない!」
山肌のあちこちから、ボコボコと泡を立てながら、湯気と共に温泉が吹き出している。かなりの水量だ。温泉は小川のように流れて森を抜け、海に流れ込んでいるようだ。ここに排水すれば、今の生態系に影響が少ないだろう。
「しまったな、玉子持ってくれば良かったよ」
「温泉まんじゅうも食べたい。シッシッシッ」
「まんじゅうは、まだ無理だな」
俺は歩きながら、「解析」の魔法を掛けている。解析は鑑定の魔法の上位魔法で得られる情報が多い。泉質を調べたら、面白いことがわかった。すぐ近くで吹き出している温泉なのに泉質が違うのだ。水源は同じはずなのに、不思議だなと考えながら、好みの源泉を探す。
解析結果を見ると、強酸性で殺菌力が高い。とか、アルカリ性単純泉で美肌効果がある。とかの情報が出てきた。
俺はアロロクと相談して、以下の温泉を選択した。
◆ナトリウムを多く含む重曹泉で、角質化した肌をなめらかにし、すべすべの肌になる温泉。
◆植物性の有機物を多く含んでおり、天然の保湿成分が多くて肌に良い。コバルトブルーのお湯が綺麗な温泉。
◆強酸性で殺菌力が高い乳白色の温泉。
うちは女性が多いから、美肌効果は欠かせない。最後の温泉は魔物用にしよう。ノミとかダニもイッパツだろう。
源泉も決まったし作業を始める。
新たにゴーレムハウスを出して、亜空間の魔法陣を展開する。これにさっきコピーしたアクセスキーを上書きする。扉を開いて、農園に置いてきたハウスの亜空間に、繋がっているか確認してみると、対面に出入口の扉がもう1枚あるのが見える。これを開くと農園があった。
亜空間転移成功だ。これで農園と源泉が2枚の扉を介して繋がった。
「すげー、こんなに簡単に転移魔法が手に入ったよ」
「驚き桃の木シッシッシッのシッ」
「はいはい。さてとまずは風呂作りだな」
農園側のハウスに魔力とイメージを流して、外観を変更する。学校の体育館ほどの2階建ての建物だ。
2階の壁の1面と屋根は透明にしてある。この階に温泉を作って、透明な壁から見える展望を楽しむつもりだ。
湿気が籠らないように、屋根の付近には空気穴を広く取っている。1階の一部は排水をいったん貯めておく容器だ。
「かー、いいねぇ。展望風呂だぜ」
「風呂は檜風呂がいい、お酒は温めの燗がいい。シッシッシッ」
「酒は別として檜風呂はいいなぁ。スライムボディだから何でもできる」
俺は魔力とイメージを流して、2階のフロアの床を檜風に変えた。継ぎ目の無い1枚板だ。
「こんな感じか。色と木目が良い感じだ。触った質感もバッチリだ。スライムボディだから、木がささくれることも腐る心配も無いし、タイル張りより柔らかな感じが良いぞ」
アロロクも床を触って頷いている。
2階の右側に大きな湯船を作る。魔物用の風呂だ。グリフォン2頭が、余裕で入れる大きさにハウス内部を変形させた。勿論、檜風の洒落た作りだ。
因みに継ぎ目が無いのは、作るのが面倒だからだ。
底は段々になっている。グリフォンが寝そべって丁度良いくらいの深さ、牛さんが立って入れる深さ、狼さんの深さ、小さい魔物用の深さの4段階に深さを変えている。階段も付けた。
「ここは魔物用の風呂だ。強酸性で殺菌力が高い、乳白色の温泉を引く」
アロロクが一番深いところで、ぴょんぴょんとジャンプしている。ジャンプしないと顔が湯船から出ない。
魔物用の風呂の隣に、二回りほど小さい人間用の風呂を作る。そして仕切りの壁を立てて、一番左側に同じく人間用の風呂を作る。この二つは、男風呂と女風呂だ。仕切りも檜風だ。
「こっちの二つは人間用だな。コバルトブルーの綺麗な温泉と透明な温泉を引く」
「どっちが女湯?」
「日によって交代しながら使うつもりだ。どっちにも入りたいからな」
「魔物と混浴、楽しみ。シッシッシッ」
「魔物が温泉入るかわからないけどな」
一応「念話」でグリフォン隊長に聞いてみたら、ダンジョンには風呂など無いが、森の魔物は温泉に浸かると聞いたことがある。と言っていた。身体はどう乾燥させるんだ。と聞いたら「乾燥」の魔法があるらしい。流石に、あの巨体でブルブルってやられたら迷惑だよな。魔法があって良かった。
念話は前に森で戦った狼の魔物が持っていた。箱庭にいる狼さんは、4本足の普通サイズの狼だが、森の狼はファンキーレッグウルフと言う、6本足の大きな狼の魔物だ。箱庭の狼さんも進化するとこの魔物にもなれるらしい。
このファンキーレッグウルフの魔石から頂いた「念話」は、登録した仲間と脳間通信できる優れもので、(念話、エルゴ)と心の中で唱えればエルゴと口で話さなくても、お互いの脳内間で会話出来る便利な魔法だ。
なんて考えていたら、エルゴと隊長がやってきた。
「呼人様、子供たちがこのハウスに興味津々(きょうみしんしん)で、仕事になりません」
「ええー、そうなの? それは済まなかったなエルゴ」
「まあ、そう急ぐこともあるまい」
「そうだな、隊長の言う通りだ。取り急ぎ、発酵食品用の穀物さえ集まれば、後はのんびりやってくれて構わない。子供たちの勉強だからな」
「発酵食品の必要数は、午前中で確保出来たかと思います」
うーん、温泉は別の場所で作れば良かったな。いきなり出した方がインパクトあったし、失敗したな。だが臭い源泉のところで作るのは勘弁だ。
「じゃあ、少し早いけど、そろそろ昼食の準備を始めようか。エルゴ、昼食を作るから全員集めてくれ」




