第二話 考察
突然現れた食事に舌鼓を打ちながら、俺とマリアはモニター画面を観ている。画面には次のような説明文が表示されていた。
◆これから番組の詳細を説明致します。食事をしながらお楽しみ下さい。
◆詳細と言ってもネタバレ防止の為に、ボカしてある部分が多々あることをご了承下さい。
◆お手元のリモコンを操作して、画面を切り替えて下さい。戻ることも可能です。
◆質疑応答は、今から3時間後に行いますので、室内の意見をまとめておいて下さい 。
という文字が馬キャラと一緒に映っている。小さく薄暗かった部屋が明るくなって、気分が少し高揚している。
「リモコンってこれだな。しかしテーブルと食事はどんな手品だ? 手品で出す意味あるのかなぁ?」
「馬のおふざけじゃないかしら?」
「こんな目の前でか? 相当な腕だぞ」
「じゃあ、魔法じゃないかしらぁ?」
俺は一瞬黙る。マリアの言葉より、先程の馬の言葉に引っ掛かる点があったからだ。
「あら冗談よ、よぶちゃん。食事にユーモアは大切よぅ」
「いやマリア、冗談じゃないかもしれない」
「どういうこと?」
「馬は、新大陸発見と言っていたよな。航空機やGPSの発達した現代で、今更新大陸発見なんてあるのか?」
「バミューダ海域とかわぁ?」
「あそこの謎はほとんど解かれているぞ。GPSに写らないわけじゃないし、それにあの海域は、大陸が発見されるほど広くないんじゃないか? 大陸ってからには、和賀国なんかより、何10倍も広くないとダメなんじゃないか?」
「そうなの? それで魔法とはどんな関係があるのかしらぁ」
俺は新大陸は異世界じゃないかと思っている。魔法がある世界だ。現状すでに異世界に入っていて、魔法が使われたのではないかとマリアに話した。
「あはは、新大陸発見は無理だと言うのに、魔法は信じるなんて、よぶちゃんはリアリストなの? ロマンチストなの? どちらなのかしらぁ?」
「まあ、所詮は憶測だからな。そう言われると困るな」
「それより、詳細説明を観ましょうかぁ」
「そうだな」
説明はパワ○ポイント風にまとめられており、分かり易かったが、馬キャラがウザかったのは言うまでもない。
◆新たに発見された大陸を所有する国を決めたい。所有国は新大陸でゲームを行い決定される。
その模様は全世界に配信される。
◆ゲームの勝利者がいる国に、新大陸の全権が委ねられる。(土地、資源、先住民の管理など、全てが勝利国の自由)
◆参加国は、ビエト連邦、ヨロハ共同体、メリカ帝国、愚国、和賀国の5か国。
参加者は、各国20人ずつの合計100人
◆ゲーム開始は、今から60時間後の予定。事前に予防接種が行われる。
参加各国が、大陸の各地に散らばり同時刻に上陸、最終目標の世界樹を目指す。
長かったけど大事なのはこれ位だ。後は意図的にボカされていたり、ミスリードを誘ってる感じが多くて、参考程度に覚えている程度だ。
なんか結局、詳細って感じがしない肩透かしな情報ばかりだ。
世界樹という聞き慣れない呼称は出すのに、説明はいっさい無いし、興味をあおるだけで有用な情報は漏らさない。
俺にとっては一番肝心な、デスゲーム(参加者が殺し合うゲーム)なのか? についてはいっさい触れていない。質疑応答でも答えてくれないだろうなぁ。
まぁ、答えないということは、やはりデスゲーム的な要素があるということかな。
個人的には、俺が参加者に選ばれた理由が知りたいのだけど…
因みに、俺達の国は和賀国と言う島国だ。
それにしても国が絡んでいるから自衛官に拉致されたのか? 何も拉致しなくても良さそうなもんだけど。
まあ、面と向かって頼まれても「NO」一択だけどな。そこまでして俺じゃなきゃいけない理由ってなんだろう?
まったく嫌な感じだなぁオイ。
なんの因果か、拉致られた先の薄暗い船室で、ガチムチマッチョなマリアと同室になった俺は、少しずつ明かされる情報に運営側の悪意を感じつつ、お互いの意見を擦り合わせる為に対峙している。
まぁ、要はお茶会だ。
「あっら、食事の後にお茶まで用意してくれるとは、思わなかったわぁ」
食後にティーセットが突然現れて、不意討ちを食らった俺達は、気分がマッタリしていたのでかなりビックリした。しかしマリアはすぐに立ち直り、ウキウキで紅茶を啜っている。
「しかし詳細説明とか言ってたくせに、大した情報は無かったな」
「そうね、ゲームや番組という以上、私達がビックリドッキリして、右往左往する様を楽しみたいということかしらぁ。悪趣味ねぇ」
「ゲームの駒かぁ。何で俺がここにいるのか不思議でならないよ。早く真相明かしてくれないと夜も眠れないぜトホホー。
しっかし、囚人送り込んでる時点でデスゲーム確定だよな?」
俺は死の可能性を示唆しながら、マリアの反応を見ていた。
「それも考えられるかしらね。でもテレビでそこまでやるかしら? もしもの保険かもしれないわ。どっちにしても、当事者としては胸糞よぅ」
マリアは見た目通りというか、口調と裏腹というか、「死」という言葉に冷静だった。
苦労人なのだろう。囚人ルックだと、余計に苦労人に見えるからなぁ。おっさんに幸あれと、不幸のズンドコの俺が祈る。
「全世界放送なんて俺達じゃ確認できないし、嘘かもしれないぜ。それにしてもマリアの言ってた人身売買も、あながち間違いじゃなかったな。新大陸に身売りされた気分だ」
「よぶちゃん、自虐が過ぎるわよぅ。前向きに行きましょう。しかし私がフラグ立てていたなんてねぇ」
「行きましょうが、生きましょうか、逝きましょうにしか聞こえねぇ」
俺達って、無許可でテレビ局に売られたようなものだよな? 移動先での自由はあるみたいだから、人身売買よりは緩いけど、俺の人権はどこいったの?
「そう言えば、世界樹って何かしらね? やはりラノベのテンプレのあれかしら。ファンタジーかしらぁ? 異世界なのかしら~?」
「現時点では、何とも言えないな。良くライトノベルやゲームに出てくる、大きな木とも限らないぜ。地名とか宝石とか何でもありじゃん?
まったく、なんでそんな所を目指すんだ?
説明って疑問を解消するものだと思ってだけど、何気に疑問が増えてるじゃん」
「あら、よぶちゃん。気が付いちゃったのね。馬の罠よぅ」
俺達はお茶を飲みながら軽口を叩く。最初の頃は、いつケツ掘られるかと警戒もしていたが、今ではすっかり打ち解けているのが不思議だ。
とにかく柔軟に考えないとダメだなと、お互い認識し合えたのは良かった。
いつの間にか質疑応答の時間になり、またあのふざけたスーツ馬を相手にマリアがハッスルしたが、おおよその予想通り大した情報は得られず、疲れるだけに終わった。
「馬にあしらわれる私達を観て、お茶の間が笑い転げているかと思うと腹が立つわねぇ」
「達じゃなくて、マリアだけだろ? 過剰反応し過ぎなんだよ。話がまったく進まない。番組側のサクラなんじゃないかと、本気で疑ったぞ」
「心外だわぁ、私は馬の、人を小馬鹿にした態度が気にくわないだけよぅ」
馬に対して、いちいち喰い気味に突っ込むマリアは本当にウザかった。
「案外マリアは人気者になって、海外セレブからお誘いがくるかもな」
「まあ、嬉しい。ハリウッドスターか石油王か、投資家なんてのも良いわねぇ。ビル○イツでもOKよぅ」
「オイオイ」
「しかし、あの馬の憎たらしさったらないわぁ」
「ゲーム中に死ぬ可能性は? って聞いたら、ニョ~コメンチョとか言ってたもんな。モニター壊そうとする、マリアを抑えるのに苦労したよ。まったく」
「ニョ~って何よ、NOでしょ! チョはトだし、まったくおふざけにも程があるわよぅ」
終始こんな感じで馬鹿にされまくったが、少しは有用な情報も得られている。
まず俺達が所属する和賀国以外の、4か国の参加者は全て軍人で、国に選ばれた精鋭であること。
戦闘機や戦車など大きなものは持ち込めない、手に持てる範囲の荷物は持ち込める。
和賀国は、今回の件にまったくやる気がないので、囚人を送り込んだ。ということだ。
「やる気がないなら、参加しなければいいと思わない? でも資源や土地の確保の面で、和賀国こそ頑張るべきよね。
新大陸の住人が国民になれば、数字の上だけでも高齢化が改善されるわけだし」
「参加は何か思惑があるのかもしれないな。高齢化は見かけの数字だけじゃ、意味ないと思うぞ。マリアもすぐに「何かしら?」」
マリアに怒られた。自身を乙女だと豪語するガチムチ乙女のマリアは、年齢や性別界隈の話題になると、容赦なく睨んでくる。
覇気が使えるんじゃないかと思えるほど恐いので、なるべくこの手の突っ込みは心の呟きに留めないといけないと、決意する俺だった。
「よぶちゃん、他国の参加者は、軍人の精鋭揃いって恐いわね。聞きたくなかったわぁ」
「いやマリア、敵が戦闘技術に長けていて、武器も持っている可能性があることが、事前に聞けて良かったと思うぞ。
とにかく奴等に会ってしまったら、俺達に勝目がないことは分かったからな」
俺の荷物が取り上げられなかった分、敵は手に持てる物なら、武器を持ち込み放題ということだ。
俺達は、大きなハンデを背負って戦わなければいけないわけだ。凄まじく不利だな。何この理不尽ゲー、和賀国政府は怠慢過ぎるだろう。
「ゲームと言いながら武器って嫌だわぁ。私なんて何も持たずにどうすれば良いのよ。ズルいわよねぇ」
「国の方針としか言えないな。拳銃やマシンガンさえ対処できそうにないのに、対戦車ミサイルなんて持ち込んでたらヤバいよな。
ライフルで遠距離から狙われるとか、爆薬の罠とかどうする? 俺達は武器なんか無いのに、敵は持ち込み放題だぞ」
「よぶちゃん、そこまでやるかしら? ただみんなでゴールを目指すだけじゃないの? 爽やかな汗を流せばいいんじゃないのぅ」
「マリア、軍人を送り込んでいる時点で、想定の範囲だろ? 各国がそれだけ本気だって、アピールしているみたいなものだし、異世界だったら魔物もいるかもしれないから、武器は必須だよ。
こっちの法なんて関係ないし、巨大な利権を得るチャンスなんだ。是が非でも勝ちに来るぞ敵方は。
何にせよ、いかに火力の高い武器を持ち込むかで、全然生存率が違うと思うぞ。丸腰の俺達は、死ぬ未来しか無さそうだな」
「嫌よぅ、セレブとウハウハハッピーするんだからぁ」
ヤバいくらいに不利だな、なんとかなりそうな要素がまったくないじゃん。逃げ回る以外に手がないとか止めて欲しい。
まあ大部分は憶測だし、あおりにあおってお茶の間を沸かして、実はドッキリでしたってパターンを期待したい。
「意外と現地ついたら、ドッキリ大成功~とか、ヘルメット被ったおっさんに言われたらどうする?」
「今なら、嬉しさと怒りをないまぜにした、ホッコリ演技ができそうだわぁ」
「番組サイドに協力してやるのもシャクだな」
「うーん、でもやるとしたらもっと後じゃないかしら、敵国の軍人に遭遇してマシンガン突き付けられて、絶体絶命の時とかじゃないと、これだけお金掛けたのに勿体ないわぁ」
こんな冗談を交わしながらも俺達は、ドッキリじゃないだろうと結論付けた。
理由は仕掛けが大き過ぎるからだ。死刑囚、特殊な軍用車両、タンカーなど、素人を引っ掛けるには大袈裟すぎる。
死刑囚やタンカーは、俺自身で確認したわけじゃないので何とも言えないが、気持ち的により過酷な状況に、備えておいても損はないと思う。
「しかし新大陸の情報がまったく得られないのは痛いよな。先住民って言葉が出たから、人間が住んでいるのかな? 言葉が通じないと苦労するぞ」
「どうかしら、よぶちゃんが言う魔法がある世界だとすると、何でもありそうだわ。現地人って言われたら人間確定だけど、先住民って微妙よねぇ」
「確かになぁ、普通のラノベ展開ならまだ我慢するけど、猿が支配する世界とか、エイ○アンとか、虫が支配する大陸とかだったら嫌だな」
「Gが支配する奴とかもあったわねぇ。うー嫌だ」
「ただ舞台が現実世界だとすると、少し危険なサバイバル紀行ってだけだから、盛り上がりに欠けると思わないか? 全世界放送とかしても、すぐに飽きられそうだから意味がない」
「確かに、よぶちゃんの言う通りね。軍人同士のリアルな殺し合いが観れるかも、ってだけじゃ趣味が悪いだけよね。PTAが五月蝿そうだわ。その辺は現地で確認するしかないわねぇ」
新大陸を適当な土地に仮想して、作り物の映像で誤魔化すなら、俺みたいな素人の出番はない。
元の世界にいない魔物が、バンバン飛び出てくるようなインパクトのある映像は、異世界じゃなきゃ無理だし、そうじゃなきゃ全世界配信する意味がない。
新大陸なんて、見つけた奴の物で良いじゃないか。それか各国で話し合いして分割統治すればいいのに、なんでわざわざゲームとかテレビ放送とかするかなぁ。本当、意図がわからん。
「馬が言っていた、俺達のメリットってどうなんだ?」
「よぶちゃん、お金は魅力的よぅ、10億円ラ・ブ」
「確かに、10億はデカイよな。他に母国と新大陸に豪邸建ててくれるんだったか?」
「命掛けるだけの価値はあるわぁ」
「俺は、今の生活で十分なんだがなぁ。視聴者側で楽しみたかったよ」
「まあ、呆れた。よぶちゃん、草食系? 10億円よ、十・億・円」
「命の方が10億倍大事だよ。マリアは犯罪歴の抹消もあるよな?」
「そっちはお金があればどうでもいいわ。あと全世界的な英雄になれるってのも、ノーセンキューね」
「どれも軍人80人倒せたらの話だけどな」
「ヒーッ!」
話は尽きなかったが、俺はいつの間にか眠っていた。その後何度か食事を取り、予防接種の案内がスピーカーから流れると、いよいよかと緊張感に身体が震えた。
壁に開いた穴に腕を通して、注射を何本か打った後、久しぶりに太陽光に当たれるかと思うと、自然と心が弾んでしまう。
「マリア、久しぶりの外だな、ワクワクするよ」
「そうね、よぶちゃんより2日も多く船内での記憶がある分、待ち遠しさはひとしおよぅ」
「あれ? 頭に血が登ったのかな? フラフラ……」
「大丈夫? よぶちゃん!」
俺は意識が遠退き始めて床に倒れるところを、マリアに抱えられた。そして視界が徐々にブラックアウトしていく。
あれ? なんだ? 「よぶちゃん」と俺を呼ぶマリアの声がリフレインする。
ちくしょー!
やりやがったな馬の野郎、予防接種と一緒に睡眠薬打ちやがったな。
あー、またこの気の遠くなる感覚を……
そして俺は再び意識を手離した。