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第二十話 農園

 おばば様の家に滞在するようになって数日が過ぎた。この間、俺達は自分たちの家を整えたり、ウォータードッグ(大山椒魚(おおさんしょううお))の処理を手伝ったりしていた。

 

 ウォータードッグの血液は、特殊な魔法処理を行い薄めて飲めば、問題の流行病(はやりやまい)の予防薬になるらしく、早速処理されて薬師ギルドに納品された。エルクの街や近隣の街にすぐに配られるらしい。

 内臓、眼球、舌、尻尾は取り除き、部位ごとに乾燥させる。乾燥後は、それぞれがいろいろな薬に加工されて、薬師ギルドに(おろ)したり、おばば様が直接処方(しょほう)したりするとのこと。

 残りの頭と体は、黒焼きにして粉にする。ある薬草と混ぜ合わせると、流行病の特効薬になる他、滋養強壮(じようきょうそう)に役立ち、病中病後に適宜(てきぎ)用いるのだとか。

 

 他の素材も順次処理された。乾燥したり焼いたり煮出したり、その度に魔法が使われていた。これはまだ保存用の下処理らしく、病気や怪我を診察してから、都度(つど)薬を作る方が良いらしい。薬として使う時は薬草と混ぜ合わせたり、魔法を加えれば、いろいろな薬効が期待できるとか。

 

 俺達は、手伝いながら薬のレシピや、技術を教えてもらった。良く使う薬や汎用性(はんようせい)が高いものが中心だ。薬師の魔法や知識は秘伝らしいが、おばば様は気前(きまえ)良く教えてくれた。

 

 

 

 複雑な事情があって俺とマリア(おっさん)は、元の世界の軍人と敵対している可能性が高い。だから俺は、この大陸で拠点を持たず、旅暮らしをしようと思っていた。拠点にした街が襲われたら、迷惑が掛かるからだ。

 現状、しばらくの間はエルクの街で生活することになったが、それは置いておいて、拠点を持つつもりがなかった俺は、旅の空の下でも農業が出来ないかと考えた。

 

 勿論(もちろん)、大麦を育ててビールを作りたかったからだ。

 

 森にいた時に、住みかとして使っているゴーレムハウスに、土を入れて植物を育てることを思いつき、持ち運べる農地として、ゴーレムビニールハウスを運用し始めた。

 ビールのために、早く大量の大麦が欲しかった俺は、収納庫の魔法の時間設定から応用した、時間を早める魔法をハウスに(ほどこ)して、現在大麦を栽培している。

 

 今は、おばば様に許可を得て、庭にゴーレムビニールハウスを10軒展開(けんてんかい)して、穀物や野菜、それに薬草を育てている。

  

 朝食のあと俺はエルゴに聞いてみた。マリアとおばば様もいる。他はみんなは外に出て行った。散歩かビニールハウスにでも行っているのだろう。

 

「エルゴ、大麦はどうなっている? お前達が任せろと言うから、俺は最近、全然中を見ていない。少し心配なんだ」

「え、ええ呼人(よぶと)様、大麦は大変順調です。もうすぐ収穫できるのではないかと思います」

「エルゴが言い(よど)むなんて珍しいな。何かあったのか? 失敗したらしたで怒りはしないぞ。初めての試みだしな」

「いや、大麦などの農作物には問題ありません」

「あら、エルゴちゃん。だったら薬草に問題が出たのかしらぁ」

「いえ、マリア様。薬草も順調でございます」

 

 ん? だったら何が問題なんだ? 引っ掛かるなぁ。とマリア(おっさん)と顔を見合わせる。

 まあ、見た方が早いと言うことになり、おばば様の家の庭に設置している、ゴーレムビニールハウスに俺とマリア、おばば様、エルゴの4人で向かった。

 

「あら、10軒あるはずのビニールハウスが、1軒しか無いわねぇ」

「本当だ。ハルナが壊しちゃったのか? それで言い(づら)かったのか?」

「いえ、呼人様。1軒に統合(とうごう)しました。ご報告が遅れてしまい申し訳ございません」

「ん? エルゴ、いつの間に1軒で足りるほど、中が広くなったんだ? あれ以上広くするのは相当魔力が必要だったはず、お前達が無理してまで広くしても俺は嬉しくないぞ。それに統合って言っても、農作物ごと移すのは流石に無理だろう? 土の入れ替えだけでも、相当苦労するはずだ」

「ここで言い合っても、(らち)が開かんわ。何が問題なのか、とりあえず中に入って見た方が早かろう」

 

 おばば様に言われて、俺達はエルゴが開けてくれた扉を通った。そこには予想外の光景が広がっていて、3人は(しば)呆然(ぼうぜん)として立ち尽くす。

 

「「「なんじゃこりゃー!」」」

 

 そこには、見渡す限りの大パノラマがあった。

 

 煌々(こうこう)と輝く太陽、燦々(さんさん)と降り注ぐ日差し、()み渡る青い空、流れる白い雲、遠くには地平線が見える。

 

 今まで見てきた亜空間とは、明らかに違う。

 

 広大な大地には、いくつかの山々があり、活火山のように、煙を上げているものもある。中央に広がる草原には、野生の動物のようなものが、草を()む姿が、ちらほらと見受けられる。遠くには、流れる大河とおぼしき地割れがあり、近くには小川が流れている。そして所々に深い森があり、鳥たちのさえずりが聞こえる。

 圧倒的な大自然とはこの事だろうか、呆れるばかりの大展望だ。

 

 目の前には、農作業用のゴーレムがチラホラ見える広い穀倉(こくそう)地帯。野菜畑。薬草園。作った覚えのない果樹園や、牧場らしきものまで見える。人の手が入ったものを見れて、思わず身体が弛緩(しかん)する。

 

 風が吹く度に、稲穂が海原の波のように揺れ動く中、一陣の風がビュウと吹き、俺の髪をバサバサと揺らすが、俺は(まばた)きも忘れて、壮大な自然を食い入るように見つめていた。

 

 なんじゃこりゃー! 俺は、心の中でまた叫んだ。

 

「あわわ、地平線って…、どれだけ広いのよー! 山と川があるわ。太陽なんてどうしたら作れるのよぅ」

(たがや)してある部分だけでも、エルクの街の穀倉地帯くらいあるぞ。どうなっているんだ」

「わしは夢を見ておるのか?」

「幻かしら? エルゴちゃんもお茶目(ちゃめ)さんねぇ」

「いえ、皆様が見ている風景は現実でございます」

 

 そこにメイド服のハルナとアロロクが現れる。メイド服なのに麦わら帽子と長靴を着用して、肩には手拭(てぬぐ)いが掛かっている。

 

「おおー旦那(だんな)、とうとうバレちまったのか。驚いただろう?」

「ああハルナ、まだ驚いてるよ」

「呼人、チビった。シッシッシッ」

「アロロクちゃん! チビったどころじゃないでしょ! おっきい方が出ちゃうかと思ったわよぅ」

「開いた口が(ふさ)がらんとは、正にこの事じゃ。呼人殿には自重が無いと聞いていたが、ここまで阿呆(あほう)じゃったとはな」

 

 おばば様、俺じゃないよ!

 まぶしい日差しが降り注ぐ、雄大(ゆうだい)な自然をバックにディスられると、自身の小ささが際立(きわだ)つようで、余計に落ち込む。

 

「あの空を飛んでいるのは、何かしらぁ?」

 

 マリア(おっさん)の指差す方を見ると、遠くの空を優雅に飛んでいる鳥がいる。距離からしてかなり大きな鳥だ。あんなのに襲われたら、ひとたまりも無いな。と感覚が麻痺した頭で考えていると、エルゴが答えてくれる。

 

「あれはクロールミアさんです。ヘーデ、五郎、アロンさんを背に乗せて空の散歩に出掛けております」

「そういえばルミアは、5mくらいまで大きくなれるんだったか」

「ええ呼人様、亜空間内では、大きくなっても他の竜族には見つからないと、大喜びで飛び立っていきました」 

「エルゴ殿、もう一匹一緒に飛んでおるようじゃが?」

「おばば様、あれはグリフォンですよ」

「「「グリフォン?」」」

 

 グリフォンって、身体の前半分が鷲で、後ろ半分が獅子の身体の魔物だよな? 本当どうなっているんだ?

 

「五郎が助けた魔物ですよ」

「エルゴちゃん、助けた魔物は、精霊ちゃんの森に放したのではなかったかしらぁ」

「当初はその予定だったのですが、その…、本人たちが恩返しをしたいと申しまして…」

「農園を手伝っておると言うのか?」

「おばば様の言う通りです」

「俺は聞いてないぞ」

「それが…、ハルナとヘーデが、黙っていて呼人様を驚かせようと、強硬(きょうこう)に言うもので、この様なことになりました。申し訳ございません」

「へへっ、旦那の驚いた顔ったら無かったぜ」

「呼人、呆然。シッシッシッ」

 

 ハルナ、アロロク、お前達は後でお仕置(しお)きだ。

 

「確かに驚いたし、手伝ってくれるのは有難いけど、(えさ)とかはどうしているんだ? お金が掛かるんじゃないか?」

「呼人様、彼等は農園の野菜とか、我々の残り物とかを食べているので問題ありません」

「へ? 肉じゃないの?」

  

 なんでも魔物が他者を襲い喰らうのは、肉を食べるためではないらしい。獲物が持つ魔力を喰らっているのだそうだ。だから無理して他者を襲わなくても、地底の竜脈から(あふ)れ出る魔力や、自分が精製する魔力でも、十分生きていけるのだとか。

 この農園の野菜は魔力が豊富らしく、肉じゃなくても問題ないとのこと。

 

「もっともこの亜空間内には、獣も魚もたくさん住み着いているので、肉が食べたい時は、自分で獲って食べると思いますよ」

「エルゴ、亜空間は竜脈と繋がっていないんじゃなかったか? それに獣はいつ入れたんだ」

「ここは普通の亜空間ではありませんので、竜脈もございますし、天候もあります。獣も元から住んでいました」

 

 ええー、そんなことあるの?

 

「わしには亜空間に農園ってだけで、普通じゃないのじゃが、お日様に竜脈や天候って…、我らの世界と変わらぬではないか」

「はい、おばば様、精霊の力で『箱庭』に改造してもらいましたから、完全に一つの世界と言えるでしょう」

「「「精霊? 箱庭?」」」

 

 エルゴは五郎と一緒に、魔物たちを助けた時の事を話し始めた。

 ダンジョン街で五郎が魔物の声を聞き、魔物の事情を聞いて助けたこと。森に放す予定だったので、精霊さんに会いに行ったこと。魔物たちがビニールハウスに住んで、農業を手伝いたいと申し出てきたこと。精霊さんが魔物のために、亜空間を箱庭に改造してあげると言ったこと。下位の精霊がハウス内に住み着いて、改造や農園の管理をしてくれていること。ビニールハウスの統合も精霊がやってくれたこと。

 などを教えてもらい、俺達は少し疑問が晴れたような気がした。

 

「なんとなく()に落ちた感じはするのじゃが、なんとも壮大(そうだい)な話じゃな。気持ちの浮わつきが収まらんぞ」

「本当ね、おばば様、スケールが大き過ぎて、私もドキドキが止まらないわぁ。それにしても、農作業中に魔物に襲われないか心配だわぁ」

「マリア様、それは大丈夫です。ここの魔物は、我々に感謝しておりますので、襲ってくることはありません。意志の疎通(そつう)もできますし、亜空間の外には出ないと約束させていますから、他人に迷惑が掛かることもありません」

「あらエルゴちゃん、意志の疎通ができるの? 森の魔物は、お話しできる感じではなかったわよぅ」

「グリフォンは、人間の言葉を話せます。他の魔物は話せませんが、知能は高いようなので、我々の言葉を理解しております。それにグリフォンに、通訳してもらえば問題ありません」

「エルゴ、内部の時間経過はどうなっているんだ」

「はい呼人様、ここは時間を早めていません。普通の時間です。精霊たちが作物の成長を早めてくれるので、時間を早める必要がないのです」

「ほう、精霊は凄いのだな」

「精霊たちが言うには、時間を早めるのは作物の育成に良くないとのことです。お酒を寝かせるのは、別のハウスか収納庫で、時間を早めるのが良いでしょう」

 

 エルゴの説明に、俺達は現状が分かってきた。しかし同時に、普通ではあり得ないことだという認識も持った。

 魔物が農作業って…、予想の(はる)か上を行き過ぎてて対処できないよ。俺は農作物が無事なら良いから、この箱庭の管理はエルゴたちに任せた方がいいな。

 

呼人(よぶと)様、改めてゴーレムビニールハウスを、このまま運用することをお許し願えますか?」

「ああエルゴ、俺は農作物さえ無事なら、このままでも構わないよ。エルゴと五郎とクロールミアのおかげで、箱庭に改造してもらえたんだ。ありがとう」

「何を(おっしゃ)いますか呼人様、我々は魔物と仲良くなっただけです。呼人様とマリア様が、森の精霊と交友がなければ、箱庭の改造に力は貸してもらえなかったでしょう」

「精霊さんには、何か(おく)らないといけないな。しかし魔物の件はつい先日だったのに、もう改造が終わっているなんて、下位の精霊といえども力は凄いんだな」

「改造と言っても、箱庭を拾ってきて(つな)げただけらしいですよ」

「エルゴちゃんは拾ったって言うけど、こんなものが落ちているわけないでしょー!」

 

 なんでも神の眷属(けんぞく)たる精霊は、神界に行けるらしい。神界には、神が気まぐれや練習、酔っぱらった勢いなどで作った箱庭が、ゴロゴロしているのだそうだ。

 その中から良いのを身繕(みつくろ)って、持ってきてくれたのが、今見ている世界なんだとか。

 箱庭は、大地を切り取ったようなものらしく、それが亜空間に、プカプカ浮いている状態なのだとか。天空の島と言う感じだ。広さは北海道の倍くらいあるとか。ここからは見えないが海もあるそうだ。

 広大な大地、空、太陽、風、海、山、川、木、草、動物、魚、天候、正に箱庭だ。魔物と人間がいないだけで、外の世界とおおよそ変わりが無い。

 

 

 

 

 俺とマリア(おっさん)は、ゴーレムビニールハウスの現状を見にやってきたのだが、亜空間がとんでもないことになっていた。エルゴからいろいろ説明を聞いて、何となくだが理解しかけた頃、突然、麦畑に(かげ)が指した。

 

 俺達は日頃、空からの敵に対処する訓練も行っているが、逃げる余裕も無かった。びっくりして少し身構えた時には、空から赤いドラゴンとグリフォンが降りてきて、俺達の横に静かに着地していた。

 

 5m大に大きくなったクロールミアは、やはり壮観(そうかん)だった。いつもの幼竜の可愛さはなく、ワイバーンの何倍も迫力があった。彼女の肩辺りから、ヘーデリアとアロンが顔を出して手を振っている。

 そしてクロールミアの横には、彼女の半分ほどの体高のグリフォンが、五郎を背中に乗せて立っていた。

 

「もー、ルミアちゃんたら、ワイバーンかと思って(あせ)ったわよぅ」

「すまぬなマリアよ。お主らの姿が見えたのでな、この者を紹介しようと思って帰ってきたのじゃ」

「ルミアは、本当に大きくなれたのだな。いつもの残念ドラゴンが嘘のようだ」

「当たり前じゃ、呼人。馬鹿にしておると()ろうてしまうぞ」

「こちらが五郎ちゃんのお友達の、グリフォンさんかしら?」

「呼人殿にマリア殿、お初にお目にかかる。挨拶が遅れたこと、お()び申しあげる。改めて、この素晴らしい箱庭に住まわせて頂こうと願いたいのだが、よろしいだろうか?」

「あら、今更なに? 五郎ちゃんのお友達なのだから、いつまでもいてくれて構わないわよぅ。ねぇ、よぶちゃん」

「ああグリフォンさん、無理に農作業をする必要もないよ。ただ俺は、ここにずっといるかは分からない。このハウスごと移動する可能性もあるけど大丈夫か?」

「問題ない。心使い痛み入る」

「グリフォンさん、私もいつか背中に乗せてもらえるかしらぁ」

「五郎殿の家族ならば、いつでも乗せよう」

 

 鷲の(くちばし)なのに、違和感(いわかん)なくしゃべっているのが不思議だ。名前を聞いたら「魔物に名など無いし、必要ない」と言った。俺達は、堅苦しいのは無しにしようと言ったが、グリフォンは「これが普通だ」と言っていた。

 マリア(おっさん)が「触ってもいい?」と聞いたら、「問題無い」と返ってきたので、グリフォンを恐る恐るモフった。ついでにクロールミアにも触ってみたが、意外と柔らかくて気持ち良かった。魔力を身体に流すと硬くなるらしい。

 

 そんなことをしていると、いつの間にか俺達の周りに、無数の魔物たちが集まっていた。グリフォンと俺達の会話が気になるようだ。緊張感が(ただよ)っている。実際、魔物に囲まれている、俺達の方も緊張している。

 

 獅子と大鷲の、(あい)の子のようなグリフォンがもう1頭、最初のグリフォンより、一回り小さい。メスなのかな?

 スローロリスを大きくしたような、カーバンクルが5匹、牛の上に乗っている。小猿くらいの大きさで目が大きく、(ひたい)に赤い宝石が()まっている。

 狼の魔物が6頭、普通サイズの身体で、黒い毛並みがモフモフだ。

 黒いフクロウが4羽、これも普通サイズなのかな? 目が大きくて可愛らしい。

 鶏に似た魔物が20羽、茶色い羽毛で、尻尾が赤くて長い。鶏冠(とさか)がピンク色なのは違和感あるけど、意外と強そうだ。

 牛に似た魔物が10頭、シマウマのようなゼブラ柄だ。水牛のような大きな角が生えている。温厚(おんこう)そうな顔が安心を誘う。

 体長50㎝ほどの蜂のような魔物が5匹、でかいスズメバチみたいで正直恐い。

 大きなイモムシの魔物が2匹、牛と同じくらいの大きさだ。

 蜘蛛の魔物が5匹、マリアの顔くらいある蜘蛛だ。虫系は表情が分からないから、恐いんだよなぁ。

 

 総勢60匹ほどの魔物たちは、俺達の方をおずおずと(うかが)っている。

 


 

作者のつぶやき:やっと箱庭が登場しました。いやー長かった。これからジワジワ盛り上がってまいりますのでおっ楽しみに~。


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