第十九話 生活
おばば様の弟子になる話が決まったので、俺とマリアと使い魔たちは、連れ立って街のレストランに来ている。レストランで昼食を取っているときに、TVの魔法の話になった。
ダンジョンが近くにあるエルクの街は、冒険者が多くてTVの配信が盛んな地域らしく、俺達の戦闘映像は無いのかと、おばば様に問われた。
俺達は、TVの魔法は使ったことが無かったので、何のことか分からなかったのだが、映像は戦闘が始まると魔法が自動的に発動されて記録されるのだとか。
映像は、脳内に納められているので、魔石を媒体にして持ち出し、編集して配信するそうだ。
有名な冒険者は有料チャンネルを持っており、無名でも無料チャンネルに配信して、視聴者の数によりスポンサー収入が得られるらしい。ユーチューバーみたいなものだ。
娯楽の少ないこの大陸では、TVは大人気らしく、おばば様と弟子も大好きなのだとか。
いくら娯楽が少ないからと言って、小さな子供の頃から、冒険者の戦闘を映像で見るのってどうなんだ? 魔物を殺して血が出ているのだろ? 教育に悪いと思うのだけど良いのかなぁ。
「実はな、わしの弟子は孫なんじゃが、薬師より映像の編集の方が好きでのう。もしお主らの映像が売ってもらえれば、良い土産になると思ったのじゃ」
おばば様の言葉に、俺は戸惑った。俺は、おばば様の知らないゲームに強制参加させられている。参加者同士の殺し合いもありえる。顔がTVで配信されると、敵を誘き寄せることになり兼ねない。
「ええー! おばば様、困るよ。顔が売れたら面倒じゃないか」
「そうかのう? 普通の冒険者は顔が売れれば喜ぶのじゃが。お主は変わっておるのじゃな」
「呼人様、編集で顔にモザイクを掛けられます。ご安心を」
マニュアルで調べたのか。エルゴはTVの魔法に詳しそうだ。俺を巧みに誘導してくる。
ダメだ、ダメだ! 冒険者ギルドでの一件で、あの魔物の素材の持ち主は俺だと、数人に知られている。顔を隠しても魔物の種類でバレバレじゃないか。それにオレンジのパーカーなんて、俺しか着ていないぞ。早く地味なローブを買ってパーカーを隠さないと、目立って仕方ない。
何? 編集で服の色も変えられる? 凄い技術じゃないか。
「それに呼人様。人の噂も七十五日と申しますれば、編集して配信する頃には皆忘れてしまいましょう」
「ええー! そんな都合が良いわけ無いじゃないか。エルゴにも、俺が他国の軍人と敵対していると話したよな、奴等はヤバいんだ。危険は犯せないぞ」
「あら、よぶちゃん、彼等には目的があるわ。わざわざ辺境まで来て、私達にちょっかい掛けるとは思えないわねぇ」
マリアは楽観的だが、なにせ彼等は軍人だ。しかもマシンガンや爆薬、対戦車ミサイルなんかを持ち込んでいる可能性が高い。俺みたいに、勾玉を使って魔法チートしているかもしれない。持っている知識も物品も、俺みたいな一般市民とはレベルが違うのだ。侮ってはいけない。
「無いとは言えないぞ。もし来たら街ごと破壊するだけの力があるんだ。おばば様たちにも迷惑じゃないか」
「呼人殿、辺境の住人はそんなに柔じゃないわ。少々の危険なぞ軽く生き延びてみせるぞ。それより日々の娯楽の方が大事じゃ」
「命掛けの娯楽だぞ。俺は責任持てないよ。とにかく俺も含めて使い魔も全員、目立っちゃダメ!」
俺の宣言に、使い魔たちが項垂れる。
仕方がないじゃん。奴等が何処にいるのか分からない以上、迂闊なことは出来ないよ。近くにいたらたまらない。少なくとも俺達と一緒に来た囚人は、この街に必ず訪れる。油断は出来ないのだ。
「旦那の凄さを、衆人に知らしめるチャンスなのに」
「ハルナはそういうけど、面倒事が増えるだけじゃないか。大体TVに配信しなくても、おばば様とお孫さんは見られるのだから、娯楽としては問題ないだろう」
「あなたは、少し衆人の目に晒された方が、自重するのではないかしらぁ」
「グッ、マリアの言う通りかもしれないけど、危険を侵してまですることか? それに奴等だけじゃないぞ。絶対、素材を売れだの戦闘映像を売れだの、面倒なのが現れるのが目に見えてるじゃん。
薬師の勉強とか、生活を整えるための時間が無くなるぞ。そんなの本末転倒だろ?」
「まあ、そのうち気も変わるかもしれん。今は新しい生活に慣れる事が肝要じゃろうて」
今は特に金に困っていない。手持ちの素材もまだまだあるし、ダンジョンに入ればいくらでも 素材錬金できるだろう。そんな中で危険を侵してまで、映像を配信する意味はない。別に有名人になりたいわけではないのだから。
「俺は商売をする。育毛剤、ビール、薬、調味料あたりを売って、1年でこの街に生活基盤を作る。その後は旅に出たいんだ」
「ずっと、ここにいれば良いじゃないのぅ」
「マリアもみんなも、残りたいものは残っても大丈夫なように、基盤を作るのさ。勿論、俺もいつでも帰ってこられるようにだ」
「付いて行くのも自由なんだな、旦那」
「勿論さハルナ。折角、理の異なる世界に来たんだ。いろいろ楽しみたいじゃないか。俺は他の街や国を見て感じてみたいんだよ」
レストランを出たあと、俺は街の市場にやってきた。それほど店が多いわけではないが活気があって客も多い。
おばば様は、ウォータードッグの解体の準備のために「家に帰る」と言い、俺からもらった映像を持って、家に帰って行った。ヘーデ、五郎、ルミアの年少組も、映像を見たいと言うので同行させた。
エルゴには、近隣の街を偵察するついでに、問題なさそうな素材の売却を頼んだ。
昨日、エルゴが調査した店の情報を、マニュアルのマップに落とし込んだので、マップを見れば買い物はできる。マリアとアロロクには、食材や調味料の調査、買い出しをお願いした。食器、調理器具、石鹸などの日用品、その他雑貨、服や下着など小物類の買い出しも一緒に頼む。
俺は、ハルナと一緒に布団、家具なんかの大物担当だ。ハルナは「旦那とデート。旦那とデ~ト」と、腕と尻尾を絡ませてはしゃいでいる。歩き難いのだが?
「旦那、家具なんかいるのか? ゴーレムハウスなら、いくらでも形作れるんだろ? ベッドの固さも自在だし質感も好きにできるのに、わざわざ金払って買うのか?」
「ああハルナ、その通りなんだけど、形状が複雑になり過ぎると、それだけ魔法陣のリソースを食うからな。今までと違って代用できるものは買って、ハウスの構造はシンプルにした方が他のことが出来るんだよ」
「他のことって?」
例えばキッチンで言えば、冷蔵庫やオーブン。各部屋には、エアコンなんかも付けたいな。亜空間は温度が一定に設定できるけど、個人の快適な温度は違うからね。あとはトイレのウォッシュ機能とか、店には売ってないけど、魔法で制作可能なものをいろいろ作るために、余計なリソースは省きたい。
お風呂も、形を凝って岩風呂にしたり、シャワー付けたりしたいじゃん。温泉を掘って引いてくるのもいいなぁ。ああ夢が広がるなぁ。
金はある。元々支給された金貨や、精霊さんにもらったものの他に、実はギルドから、慰謝料として金貨50枚を渡された。おばば様もあれだけの素材をただでもらうわけにはいかないと、金貨300枚を渡してきた。「へそくりだから気にするな」と言っていたので、有り難く頂戴した。これだけあれば家具とかを揃えても問題ないのだ。
生活必需品の買い物で余った分は、お店や商品開発などの初期投資に回せば良い。
おばば様の家は、エルクの街から少し離れた場所にあった。
街から30分ほど歩いたところに村があり、その中におばば様の家があるのだ。村はドワーフの集落だそうで、なんでもドワーフは国を持たない種族らしく、人間の街の近くに村を作って、鍛治仕事や酒造などで、生計を立てているらしい。
人間とは、所謂、共生関係にあると言うことだ。勿論、小規模だが農業もやっている。
おばば様は酒好きなので、同じ酒好きのドワーフとは気が合うらしく、ドワーフの村に一緒に住んでいるとのこと。
おばば様の家は、薬草を育てているので、かなり大きな庭があった。もっともこの大陸は、国の中心地以外は土地がたくさん余っているので、地価は高くないそうだ。特にここは辺境なので、街の近く以外の土地は、ただ同然なのだとか。まあ、一応国有地なのだが、耕した者が住みついても文句は言われないらしい。
俺達は始め、その庭の横にでもゴーレムハウスを出して住もうとした。しかしおばば様が一緒の家にいた方が、何かと便利だと言うので、ゴーレムハウスを家の形から扉の形に変えて、おばば様の家の中に設置した。
現在、ゴーレムハウスは扉と扉の枠だけの、「どこ◯もドア」状態で、居間の壁に固定されている。当然、扉を開けば9LDK、2階建ての我が家に通じている。
因みに、この家はエルゴハウスではない。別の魔石を使って作った、ただのゴーレムハウスだ。
「この子がわしの孫で、弟子のアロンじゃ」
「まあ、かわいらしいわ。初めまして私は今日から、おばば様に弟子入りしたマリアよ。よろしくねぇ」
ヘーデリアと同じくらいの年頃で、健康そうに焼けた肌をしたアロンが、戸惑いながらも、マリアの握手に応じている。ガチムチマッチョなおっさんが、オネェ口調で話していたら、大抵の子供はビビるに決まっている。この大陸にそんな文化があるとも思えないしね。
俺は自己紹介しながら、おばば様とは今日初めて会ったこと、ウォータードッグ事件のこと、成り行きで弟子入りしたこと、一年間お世話になることなどをアロンに説明した。アロンは興味深そうに聞いていた。
「ええと、先にうちの年少組とは会っているから、ヘーデリアと五郎と、ドラゴンのクロールミアは紹介済みだよね。それでこっちが俺の使い魔のエルゴ、ハルナ、アロロクです。みんなまとめて仲良くしてくれると嬉しい」
「えっ? 使い魔? ドラゴン? ですか?」
「ええそうですよ、アロンさん。あちらの赤い魔物はドラゴンです。そして呼人様とマリア様以外は、呼人様が作り出したゴーレムです。ゴーレムと言っても特殊個体なので、こんなこともできますよ。驚かないで見ていて下さい」
そう言うとエルゴが、ニュ~と縮んで床に同化して、すぐにまたニュ~と床が盛り上がり、俺の姿になって現れた。アロンは、俺と俺に擬態したエルゴを交互に指差しながら、「あわわわ」と驚いている。
「アロン驚かせてすまない。分かってもらうには実践したほうが良いと、おばば様に言われたんだ。一応魔物という分類になるけど、俺もマリアも家族として付き合っている。アロンも普通の人間に接するようにしてくれると嬉しい」
「わ、分かりました。呼人さんは凄い人? なんですね」
いやいや、俺も人として接して欲しい。
「ヘーデ、改めてよろしく」
「あ、同年代くらいですね。よろしく」
「おで、五郎。カレー大好き」
「かわいい! 改めてよろしくね五郎くん」
「妾は、竜の姫クロールミアじゃ。呼人の友として同行しておる」
「アロンです。よ、よろしくお願いしましゅ。…あっ」
「あたいは、旦那のメイドのハルナだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「私もメイド、アロロク。シッシッシッ」
「よろしくお願いします」
「私は、呼人様の執事をしております。エルゴと申します。一年間よろしくお願い致します」
「はい、先ほどは実演ありがとうございました」
「アロンや、一年間一緒に働く仲間だから、いろいろ教えてあげるんだよ」
「分かりました。お婆ちゃん」
一通り紹介も終わったので、俺達のゴーレムハウスを説明しよう。
「それじゃあ紹介も終わったし、俺達の家を説明します。アロンとおばば様は、ここに魔力を流してくれるかな?」
「ここじゃな?」
「流しました」
「じゃあアロン、扉を開けてみて」
アロンが扉を開けると、おばば様の家にも劣らない豪華な部屋に繋がっていた。
「わあー、素敵なお部屋」
「なんじゃ!」
「おばば様、これは収納庫と同じ、亜空間を改造した家さ」
「なんと、それで部屋は要らぬと申したのか。魔法でこんなことが出来るとは…」
「そういうことだ。俺が承認して魔力を流した人間しか入れないから、セキュリティはバッチリだ」
「セキュリティ? 呼人殿は、何度わしを驚かせれば気が済むのじゃ」
「マリア、買い出した荷物の片付けは明日にしよう。今日は、カレーパーティーと洒落込もうぜ」
「了解よ、よぶちゃん。みんな、お茶でも飲んで寛いでいてちょうだい。エルゴちゃんはお手伝いお願いねぇ」
おばば様とアロンは、まずソファーの座り心地に驚き、フレッシュハーブティーに驚き、お風呂に驚き、研究室の素材に驚いていた。
そして最後に、カレーに驚いて呆然としている。
「な、なんじゃ。なんとも不思議な味のするスープじゃな。だが美味いぞ。宮廷でも味わえない味じゃ」
「マリアさん、美味しいです」
「そう、お口に合って良かったわ。アロンちゃんも、いっぱい作ったからおかわりしてちょうだいねぇ」
みんなが口々にカレーの感想を述べた後、おばば様に、俺とマリアの最大の秘密を打ち明けた。
「おばば様は、迷い人って知っているか?」
「突然、人が現れて。生活し始めるがここの生活に馴染めずに、いつの間にか居なくなってしまうと聞いたことがある」
「俺達は迷い人なんだ。こことは違う理の世界で生活していた。違う文化を持った人間なんだ」
「なるほど、お主の特異性にはそんな理由があったわけか」
「お婆ちゃん、特異性って?」
「アロンや、後で説明してあげるから、今は黙っておいで」
「俺達は、この国では少数派だ。ある程度、力のある者に理解してもらい、庇護してもらわなければ生き辛い」
「ふんっ、そんな弱者が、いきなりギルドで喧嘩を始めるわけがないじゃろ」
「がはは、旦那は自重しないからな」
「そうよう、よぶちゃんは、少しは自重しなさいよぅ」
ハルナよ、自重して生きられるならしてるさ。生活のため、戦うために試行錯誤してたらこうなっただけだ。
「俺達は魔法という力は得たが、所詮は異端だ。少しは強いが、数の暴力には抗えない。そしてガルドのような奴に従う気も無い。
俺達が上手く生きるには、まず生活基盤が必要だ。そして基盤を整えるためには、おばば様の力が必要だ。俺がおばば様に秘密を話したのは、理解と協力が欲しかったからだ」
「買い被り過ぎじゃな、だが間違っちゃいないね。お主らが、無闇に事を荒立てる気が無いことは、理解した。わしが出来る範囲では、庇護もしよう。だがわしにも、出来る事と出来無いことがあることは理解してくれるな」
「ああ、おばば様、それで十分さ。なるべく迷惑は掛けないようにする」
「ファーファファファ、無理だと分かっているが言うてみただけじゃ」
食後のティータイムに、アロンが映像の事を興奮しながら語っている。
「それにしても、昼間見た呼人さんのあの映像はなんなのですか? 夜なのに昼間のように明るくなったり、神の鉄槌(雷)が降り注いだり、炎の壁がバァっと現れたり、あんな映像初めて見ましたよ」
いやいや、映像マニアのアロンちゃんに、そんなに熱く語られても困るよ。正直、問われても説明のしようが無い。
この大陸の人間は、自然現象に疎い。自然現象を、神の御業と思っているのだ。風も、精霊や神の行いだと思っているし、嵐の日に雷がゴロゴロ鳴っているのは知っているが、この現象を「神の怒り」だと言って、雷をあまり見ると目が潰れると思っているので、正確に把握していないのだ。
虹でさえ、神が降りてくる橋のようなものだと、認識しているので、これもあまり見ると目が潰れると、思っているらしい。
俺達からすれば、ナンセンス極まりないのだが、この大陸に住んでいる人にはそれが常識だと、おばば様は言う。そんな人に雷や風をどう説明しろと?
こうして、おばば様の家での一日目は更けていき、俺達は購入した布団を出して寝床に入った。




