第十八話 条件
エルクの街の冒険者ギルドで、ウォータードッグ(大山椒魚)の売却を巡り揉めてしまった俺は、お腹もすいたので適当な条件を付けて売ることにした。
薬師ギルドの顧問も、冒険者ギルドのギルドマスターも、大喜びで立ち上がり俺の手を握って感謝している。
「今回は、全面的にこちらに非があった。お詫びも兼ねて、倍額の金貨300枚を用意しよう」
「そうじゃな、薬師ギルドと折半で予算を出そう」
「俺の条件は金じゃないぞ」
俺が冷たく言うと、2人がギクリとして恐る恐る俺を振り替える。さっきのやり取りを見て、無理難題を言ってくると思っているみたいだ。
「おばば様、条件を言う前に聞きたいことがある」
「な、何じゃ?」
「ウォータードッグを捌いて、薬にするのは誰だ? 薬師ギルド総出で掛かるのか?」
「いや、下手な奴には触らせられん。ほとんどの作業は、わしと弟子の2人でやることになるじゃろう」
「ほほう、おばば様は腕が良いということか?」
「ああ呼人、薬師としての腕は、おばば様がこの国で一番だ。ギルマスの俺が保証する」
この国でって言われても、この国のレベルを知らないのだけどね。しかも薬師ギルドじゃない、冒険者ギルドのマスターが保証しても、意味ないだろ。なんて言っても、話が先に進まないしな。
「わかったギルマスの言葉を信じよう。ではウォータードッグを売る条件を言うぞ」
2人がゴクリと唾を飲む。
「俺達を、おばば様の弟子にしてくれ」
なっ! っと目を剥いて、俺の周りの全員がこっちを伺っている。
「俺が求めているのは金じゃない。知識、情報、技術だ。このマリアは、薬師の才能がある。だが植物には強いが、動物関係はからきしだ」
「じゃから、わしの技術を教えろと?」
「そうだ、1年間の限定でいい。俺と何人かの仲間に、おばば様の技術を教えて欲しい。この条件を飲むなら、ウォータードッグをおばば様に譲ろう。金貨はいらない。ただで進呈する」
「……」
薬師ギルドの顧問と名乗る老婆は考え込んだ。それはそうだろう、何十年も積み上げてきた知識や技術を、何処の馬の骨とも知れない人間に教えなければならないなんて、金を払った方が、ナンボかマシだと思うのが自然だ。確実に金貨300枚以上の価値がある。
「あわわ、何を言うかと思えば。私の弱点を晒さないでちょうだいよぅ」
「金じゃなく知識ときたか。旦那、えげつねーなぁ」
「鬼畜、シッシッシッ」
交渉だからな。せっかくの売り手市場だ。少し吹っ掛けさせてもらうよ。お互いに普通じゃ手に入らない物を交換すると言うことで、手を打とうじゃないか。
「ウォータードッグだけじゃ不満か? 他にもあるぞ」
俺は、マニュアル情報で調べた薬の原料となる素材を、次々と収納庫から出していく。木の葉に包まれた生肝、ガラス瓶に入った睾丸や臓器、毒液
「何と、この匂いはペアハウンドグリズリーの胆嚢か? ここ10年、生の肝が市場に出回ったことなぞないぞ。しかも、このデカさ尋常ではない…」
「おばば様、こっちの睾丸はオーガのようだが、雰囲気が違うぞ」
「この大きさは、確実に王牙に進化した個体じゃ。しかも色が違う。変異種か…? 価値が計り知れんぞ」
「これは心臓か?」
「ああ、色と匂いからしてファンキーレッグウルフの心臓じゃ。これも滅多に市場に出回らぬ」
「あとの液体はなんだ? 解体してあると俺ではわからん」
「毒液じゃろう。薬としても有用じゃ。ヒヒイロクチナワ、ジャイアントセンチピードにタイラントアラネグアか? もっと上の個体かもしれん。
どいつも危険な森の深部や、迷宮の深部にしか現れない。国の軍隊規模が動かないと、討伐に向かうことさえ難しい魔物じゃ。長く生きたわしでさえ、乾燥処理された物しか見たことがない」
「ああ、俺も冒険者ギルドに属して長いが、こんな魔物の討伐は聞いたことがない」
あれ? まだまだ数はいっぱい有るんだけど、やっちゃったかな?
軍隊規模だって? 精霊さんと3人で倒せたけどね。あの時は必死だったから火事場の馬鹿力が出たのかな?
「ウォータードッグを薬にできる おばば様の技術や、見ただけで素材を言い当てる、その知識を俺は評価している。
ウォータードッグだけじゃ不満があるなら、これらの素材も進呈しよう。どうだ弟子の件、受けてくれないか?」
「ファーファファファ、呼人殿よ。初めから弟子の件に不満はなかったわ。ただウォータードッグの極上品を ただで貰う訳にはいかないと思ったのじゃ。それとこれだけの素材を持つ呼人殿は、何者かと考えておっただけじゃ」
俺は何者でも、チーターでも無いぞ。
「そうかそれは良かった。この素材はどうせ俺達が持っていても宝の持ち腐れだ。おばば様が有効活用してくれ。そして俺は何者でもない、ただの小心者の冒険者だ」
「小心者にこんな魔物が狩れるか! 呼人、薬以外の素材もあるんだろ! ギルドに売ってくれ」
「嫌だ! これはあくまで、おばば様との取り引きだ。ここの冒険者ギルドとは、意地でも取り引きしないぞ。あんな職員を野放しにしているギルドなんか信用できるか。
俺は、商業ギルドにも登録するつもりだからな、そっちで売るか、他の街に行った時に売れば良い」
「なー、ガルドめ! 今回は許さんぞ」
ガルドなんか早く処分しちゃえよ。本当、不愉快な奴だった。大した能力も無さそうだったのに、人手不足なのか? このギルドは。
「ギルマス、俺や身内が、逆恨みされないように処分してくれよ。奴がまた仕掛けて来たら、今度はギルドごと潰すぞ。俺達は、この素材を手に入れるだけの、力があることを忘れるなよ」
「呼人、わかったから少しだけ素材を売ってくれないか? ここは辺境だ。ダンジョンもある。武器や防具の質の底上げは必要なんだ」
「しつこいぞ!」
「技術がいるなら、俺が冒険者としての技術を教えるぞ。どうだ」
「いらんわー!」
仲間のみんなが、「鬼畜だ、鬼畜がいる」「大人気ない」と騒いでいる。俺はギルドマスターに意趣返ししてやっただけだ。キリッ!
「大体、俺は商品を売って稼ぐから、素材は売らなくても困らないしな」
「呼人、商品とはなんだ? それを買うから素材も売るつもりはないか?」
ギルマスめ、うちの商品を舐めるなよ。「全部買ってやるから」みたいな言い方して、値段聞いたらぶっ飛ぶぞ。
「育毛剤だが結構高いぞ。100本以上あるし、更に高い素材と抱き合わせなんて無理だな」
「育毛剤ってなんだ?」
「冒険者を見ていて思ったんだが、ハゲが多いじゃないか?」
「ああ、俺もそうだがそれがどうした?」
「ギルマス、育毛剤ってのは、ハゲに髪の毛が生える薬だ」
「そんな夢の薬があるわけ無いだろう!」
「別に、信じない奴に売るつもりは無い」
育毛剤は、エルゴがマニュアル情報を元に作り上げたんだ。下手な奴に売る気は無いよ。
材料だって、偶々手に入れたとはいえ、タイラントアラネグアの毒や、体液を使っているのだから高いしな。商業ギルドで、然るべき売り方を相談するつもりだ。
しかし大蜘蛛の体液が毛根を再生させるとはな? 蜘蛛の糸と髪に関連があるのか? この大陸は不思議だ。
でもマニュアル情報では、「爆売れ間違い無し資金稼ぎにもってこい」って書いてあったし、大丈夫だろう。元の世界でも爆売れなんじゃないか?
すると横合いから冒険者が3人、話しに割り込んできた。みんなハゲてる。
「これだけ珍しい素材を持っているんだ。俺は信じるぞ。高くても買う。いくらだ。その神薬を売ってくれ」
「あんた達は、さっきヤジで俺の味方してくれたから売っても良いけど、まずこの試供品を試してみてくれ」
俺は小瓶を出す。
「これを寝る前に頭皮に塗り込んで、魔力を流しながら軽くマッサージするんだ。あまり気合い入れてやり過ぎるなよ。逆効果だぞ。その小瓶1本で1週間分ある。これで効果があったなら買ってくれ」
「ああ、わかった。この試供品とかいう奴は、いくら払えばいいんだ?」
「それは、お試しだから代金はいらない。本物の商品は、1ヶ月分入って金貨25枚だ。大体3ヶ月くらい使えば良いと思う。あんたらに払えるのか?」
「俺達は高ランクの冒険者だ。問題ない」
ヒャッホー! と言いながらギルドを飛び出す冒険者たち。ギルマスが自分にもと言い寄ってきたが、信じない奴には売らないよ。「彼等の結果を見てからの方が良いのじゃないか?」と誤魔化しておいた。
俺はまだ商人じゃないしな、こんなギルドのマスターに真面目に対応するつもりはない。
こうして「ウォータードッグ事件」は終わった。おばば様と知己を得て、育毛剤の顧客を得るというオマケ付きだ。なかなかの利益だったと思う。
俺達は、とあるレストランの個室にいる。冒険者ギルドを出たあと、今後の打ち合わせと昼食を取るために、おばば様と共にやってきたのだ。
おばば様の顔利きで個室に通された俺達は、丸テーブルを囲んで座っている。窓は広く店内は明るい。
店は辺境にしては小綺麗で好感の持てる内装だ。ギルド内部の薄暗さとどんよりした雰囲気に、辟易していた俺は、やっとひと心地つけて身体の力を抜いた。
おばば様に一通り仲間を紹介したあとに、料理が運ばれてきたので食事しながら話すことにした。
ステーキやスープ、サラダにパン、果実ジュースがテーブルに並び、年少組がバクバクと食べている中、俺はみんなに迷惑掛けたことをまず謝罪した。
「みんな、すまない」
「あらあら、何かしら? おイタでもしたのかしらぁ」
「今後の予定を、勝手に決めてしまったことだ。ごめん」
「呼人様、我々は呼人様の従者です。謝る必要など御座いませんよ」
「そうだぜ旦那、元々予定は無かったんだから丁度いいじゃないか。正直、あのやり取りにはドン引きしたけどな」
「そうよハルナちゃんの言う通りよ。少し落ち着いて、この大陸の情報を集めてから動く方が都合が良いと思うわぁ」
「呼人、反省。シッシッシッ」
おばば様は、こちらを伺いながら、鶏肉のソテーを上品に食べている。
「腑に落ちんのう。お主らはこの大陸の者ではないのか? 年齢構成もバラバラじゃし、今までなにをしておったのじゃ」
「少々複雑でな。今は言えないんだ。しかし諜報活動とか、この国に害をもたらすとか、そんなつもりは無いんだ。信じてくれ」
「それは信じよう。お主らの行動には穴が有りすぎるしのう。またヘソを曲げられても厄介じゃ」
おばば様に嫌味を言われた。穴というのが分からないが、そっち方面も疑った上で、信じられる何かを見つけたということか。
「ところで、おばば様の家やその近くに使っていない空き地はあるか? 広い方が都合がいい」
「わしはこれでも稼ぎは多い方じゃ。家の庭は広いぞ。しかし空き家じゃなくて空き地なのか? 部屋も余っておるぞ」
「ああ、土地がそこそこあればいい。金は払うからしばらく貸してくれないか?」
「気にせずとも良いわ。あの素材だけでも、わしの家が10軒は建つからの。しかし死ぬ前に、あれ程の素材を扱う機会に恵まれるとはのう。今晩は気分が高揚して眠れぬかもしれぬぞ。ファーファファファ」
おばば様は、話してみれば裏表のない良い人だった。俺達は土地さえあれば、ゴーレムハウスが出せるから住居には困らない。しかもこの街の重鎮と思われる人物の、庇護が受けられたのは良かった。
「動物組もしゃべっても構わないぞ」
「おで、五郎。カレー大好き」
「妾は竜の姫、クロールミアじゃ。よしなに頼む」
ジュースを飲みながら話し出した2匹に、おばば様が目を剥く。
「竜って…、心臓が飛び出すかと思ったぞ。あまり老人をいたぶるでないわ。ドラゴンなど最早伝説の生き物じゃぞ。目の前にいて疑う余地もないのじゃが、にわかには信じられんわ」
「おばば様わかるわぁ、その気持ち。よぶちゃんといると、常識が馬鹿らしくなるのよねぇ」
「すまないな。ついでにこれだけは言っておこうと思う。実はな、俺とマリア以外は人間ではない。彼等は俺達の使い魔のゴーレムなんだ。ルミアは対等な友人枠のドラゴンだけどな」
「なっ…」
っと言ってフリーズするおばば様。俺の使い魔3人は、影に擬態して、その場から瞬時に消えると、数秒後にニュ~ッと変形しながら現れる。
「さっき俺達のことは言えないと言ったけど、別に秘密というわけではないんだ。信じてもらえないと思っただけだ。突拍子がなくてな」
「今日は驚くことだらけじゃな。しかしわしを信じて話してくれたのであろう。受け入れるしかあるまいて」
「おばば様は今のを見て、まだ弟子にする気はあるのか? しかも今日会ったばかりだし、不用心過ぎないか?」
「ファーファファファ、見くびるでないわ! おぼこでもあるまいし、少々驚いたくらいでオタオタせんわ。
安心せい。辺境では人を見る目が無いと生きていけん。わしの感が大丈夫と言うておる。それにわしも、お主ほどでは無いが疑り深い方じゃ」
「そうか、それを聞いて安心したよ。俺達は、こんな感じで話し辛いことが多いんだ。追々話すつもりだけど、俺達の事を他人や国に話したり、利用しようとしない方が良いぞ。
あの素材を得るだけの力を、一人一人が持っているからな」
「よぶちゃん、お世話になる師匠に対して失礼でしょ」
「ああマリア、わかっている。だが一度は、釘を刺さないと安心出来ないんだ。すまない」
「小心者故か…。お主らの特異性は理解した。一度くらいの無礼は許してやるわい」
さすがおばば様は、伊達に歳を食ってないな。動揺はしているが上手く取り繕っている。
「ところで呼人殿、先程の素材の件だが…。
わしの常識では、数人の冒険者の手に負えるものではない。あれだけの数じゃ。拾ったわけでもあるまい。倒して得たことを疑うわけではないのだが、良ければ戦闘の映像を見せてもらえまいか?」
「映像? マリアはあるか?」
「さあ? でも精霊ちゃんが言っていたわ。映像を流すのは構わないけど、森の場所と僕の事は他人に話せないよって、話せなくなる魔法を掛けたのですって」
「映像はあるということだな」
戸惑っている俺とマリアに、おばば様が問い掛ける。
「お主らは、TVの魔法を知らぬのか?」
「ああ、まだ使ったことが無いな」
TVの魔法は、「撮影」「編集」「配信」「受信」などがセットになった魔法だそうだ。
撮影は、戦闘が始まると自動で行われる魔法だ。一見便利な魔法だが、戦闘時しか発動されないらしい。何でもかんでも撮影できるわけではないとのこと。
そして、各本人を中心に撮影されるので、同じ戦闘をした俺とマリアの映像では、微妙に違う映像が得られるらしく、冒険者はそれらを編集して配信し、スポンサー収入を得るということだ。素材売買とは別の副収入というわけだ。
ユーチューバーみたいな、個人の配信者や特定の商人に雇われている冒険者など、いろいろなスタイルがあるらしく、娯楽の少ないこの大陸では、市民に人気があるのだとか。
撮影は、本人視点や俯瞰映像などが、魔法で自動的に切り替わり、更にそれを編集して使うらしく、編集の技術が優れた魔法使いは、商人やクラン(いくつかのパーティーが寄り集まった組織)に、専属として雇われているのだとか。
思っていたのとは違うけど本当に面白い世界だな、この大陸は。




