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第一話 部屋

「う……う~ん…」

 

 深い深い闇の中、ゆっくりと浮かび上がる感覚だけが全てだった。普通に考えらればこんなことはありえない。だが俺の意識は、ひどく混濁(こんだく)しているようだ。

 …俺?……ようやく自分が人間であることを認識し、俺の意識は徐々に覚醒(かくせい)していく。

 

 いったい……?


 頭が混乱しているのでうまく考えがまとまらないが、最悪の寝覚めだということは理解し始めている。

 

 最悪? 何が? ここは?


 知りたい事と知っている答えが、ドッと頭に浮かんでくる。

 

 ダメだ。


 混乱して思考の制御が利かない。俺は考えることをあきらめて、とりあえず目を開けてみることにした。

 恐る恐る目を開けるが、視点はどこかまだ(うつ)ろだ。

 

 薄暗い部屋だ。

 

 背中の感触から考えると、固い床に寝かされているようだ。両手足に順番に力を入れてみた。痛みはない。

 妙に冷静な自分と、今にも騒ぎ出したい自分がいる。奇妙な感覚だと思いながら笑っている自分、何かに絶望している自分、全て俺なのだろう。

 

 そんな事を考えながら、そろそろと起き上がる。寝ていても事態が好転するとも思えないし、いざという時のために、体を(ほぐ)しておかなければと思ったのだ。

 

「あら、お目覚めかしらぁ?」

 

 俺が甘ったるいダミ声がした方向を反射的に見すえると、部屋の隅に大きな固まりがあるのが分かる。

 ここは六畳程の広さだが、灯りは天井の真ん中に小さなオレンジ色の蛍光灯があるだけなので、部屋の隅の方はとても薄暗い。

 

 人間……だよな?

 

 そう俺が考えていると、壁に背を預け体育座りだったそれは、ノソリと起き上がり近づいてきた。

 

 190㎝を越えるであろう、鍛え上げられた体躯に分厚い胸板、頭は五分刈りで無精(ぶしょう)ひげという、妙に迫力のある風体(ふうてい)だ。

 服装は薄汚れたパジャマのような上下に、学校の上履(うわば)きのようなチープな靴という、一昔前の囚人か物語に出てくる奴隷のようだ。

 

 なんとも言えない威圧感と、胡散(うさん)臭さが半端(はんぱ)ない。

 

 ドッキリか? 赤いヘルメットと大成功パネルを隠し持っているんじゃないのか? 俺はそんなことを考える。見ている現実も頭の中の考えも、どこか現実離れしていて滑稽(こっけい)だ。

 

「びっくりして、声も出ないかしらぁ?」

 

 彼?は、俺が上半身を起こしている対面にドカッと座り、壁に背を預けて俺を凝視(ぎょうし)している。俺はその視線を避けるように、俺の右手の壁に背を預けた。

 

「状況が分からないので混乱しているのは事実です」

「あら、素敵なお声ね。言葉が通じて良かったわ。もしかして外国人かもって、少し不安だったのよぅ」

「自分は、呼人(よぶと)といいます。よろしくお願いします」

「あら、何をよろしくなのか興味あるわぁ。私は、マリアよ。マ・リ・ア」

 

 差し出された筋肉質な手を握り返しながら、余計な妄想を振り払うように作り笑いを浮かべる俺とは対称的に、マリアは楽しそうだ。

 

 内心、あの頭とヒゲでマリアは無いわ。絶対イワさんだろ? ヒーハー言うんだろと、アニメネタを思い出したが、これ以上突っ込んじゃいけない気がするので考え直す。

 しかし見た目といい、オネェ口調といい、キャラが濃いなぁ、おっさん。有用な情報が得られるかもしれないと思ったけど、引き換えに貞操(ていそう)の危機に(おちい)りそうで恐いぞ。

 などと俺は失礼なことを考えながら、状況を探っている。

 

 なんとも非現実的な出会いに、少しだけ俺の心が和んだのも事実だ。

 

「あの? 大成功~とか書いたパネルをお持ちじゃないですかね?」

「あはは、この状況でそれだけの冗談が言えるなんて、結構大物なのね、あなたぁ」

「精神的に壊れてるのかもしれませんね。それだけのことがありましたし、現実逃避しているのかも」

「そうねぇ、ドッキリに、現役の殺人犯を引っ張り出してくるなんて無茶は、普通やらないと思うわ。

 あっ、私が殺人犯ってわけじゃないのよ。隣の部屋にいるのよぅ…20人程ねぇ」

 

 オイ、オイ殺人犯って恐いな、しかも20人ってなんだよ。本当どういう状況だ? ドッキリだったらなんぼかましと思ったのに、ドッキリの線はなしかよ。

 でも無いよなぁ、あの拉致(らち)のされ方でドッキリとか言われたら、テレビ局を訴えるわ。素人相手に手が込みすぎてるしな。

 

 俺は少しずつ明かされる事実が、日常を逸脱(いつだつ)していることに困惑した。

 

(ちな)みに、ここって何処なんですかね? 廃工場っぽいけど、壁も床も鉄板の部屋って見かけ無いですよね」

「あら、礼儀正しい子は好きだけど、タメ口で構わないわよぅ」

 

 ニーッと、野太い笑みを浮かべるマリア(おっさん)には、大型の肉食獣のような迫力がある。薄暗い部屋が演出効果抜群で、俺は圧倒されっぱなしだ。

 

「いやいや、初対面の明らかに目上の人に、いきなりタメ口なんて無理ですよ」

「明らかって何かしら? 乙女な私は年齢なんか超越してるのよ。それに同室のよしみだし、これから情報交換する上で堅苦しいのは無しにしたいわぁ」

 

 「失礼しちゃう」と横を向くおっさんに、「乙女って何だよー!」と心の中で突っ込みながら、しかしまぁ、一理あるか、とも考える。


「分かりま…、いや、わかったよ。マリア」

「良く出来ました、よぶちゃん。質問の答えだけど、ここは船の中よ。大きなタンカーだったわ、ほら少し揺れているし、微かに潮の匂いがしないかしら?

 行き先は私にも分からないの、ごめんなさいねぇ」

 

 確かに潮の匂いはする。船かよー、国外に売られるのか?

 俺は、昨日? かも定かでない日に、軍用車両によって拉致された事実を思い出して、絶望感に打ちひしがれる。

 

 


 


 それから小一時間程、お互いの近況(きんきょう)を報告しあい、現状での情報交換を行った。六畳ほどの薄暗い部屋だ。話すくらいしかやることがない。

 

 俺の近況は簡単だ。勤め先の休日に趣味のソロキャンプに行く途中で、軍用車両に拉致られ、気が付いたらここにいたという具合だ。

 もちろん行き先や日程は、家族も店も知っており、帰宅予定日を過ぎて戻らない場合は、捜索願いが出されるだろうし、拉致られた現場には人も多かったので、今頃かなりの騒ぎになっているはずだと告げた。

 

「よぶちゃん、軍用車両に突然拉致されるって凄いわね。ハリウッドも真っ青じゃないのぅ」

「そんな華やかさは無かったよ、マリア。麻酔だか睡眠薬だか嗅がされたのなんて、初めてだし……思い出したら腹立ってきた」

「大変だったのねぇ。でも荒々しい軍人さんに手込(てご)めにされるシチュエーションは、少し憧れるわぁ。

 BL(男性同士のXX)かしら、BLなのかしらぁ~!」

 

 マリア(おっさん)は自分の事を、乙女だと豪語(ごうご)するしオネェ口調なので、そっち方面の人なのだと思う。

 しかし体躯はムキムキで態度も堂々としているので、喋らなければ非常に男らしい反面、落ち着いているようで、すぐにテンションがあがるのが非常にウザいのだ。

 まあ薄暗い部屋が華やいで、精神的に助けられている部分もあることは(いな)めない。


 でも俺はマリアと違って、非常に小心者なのだ。拉致事件で突然の暴力を受け、心が折れ掛かっているのだ。だから俺の心境も少しは考えて発言して欲しい。

 

「なに、すっとんきょうな方向に荒ぶってんだよ、まったく。こっちは殺されるかと思ったんだぞ。笑い事じゃないよ」

「あらあら、ごめんなさいね。でもそんな騒ぎがあったのに警察が動かないなんて、よっぽど手際が良かったのかしらぁ?」

「自衛官も同じ国家権力だしな、グルかもな」

偽物(にせもの)ってことはなくてぇ?」

 

 うーん、どうだろう? 唐突過ぎて観察もままならなかったからなぁ。あの状況で冷静な奴などいるとも思えないけどね。本当、今考えても恐い体験だったと、自身に起きた出来事を振り返る。

 

「まあ、可能性はあるかも。でも服装は真似できても、特殊な軍用車両まで調達するのは、難しいんじゃないか?」

「確かにこの国で、装甲車をレンタルしてくれる所なんて無さそうね」 

 

 こうして、ひとしきり俺の話をした後、今度はマリアの話を聞いてみた。話は昔話やグチが大半で無駄に長かったが、まとめるとこうだ。

 

 マリア(おっさん)(いわ)く、マリアはとある刑務所の囚人で、突然看守に呼び出され護送車に乗せられて、どこぞの港から船に乗り換えて、今に(いた)るそうだ。

 そして同じ護送車には、20人程の囚人が乗っており、死刑囚や終身刑を受けた囚人など、重い罪の囚人がほとんどだったそうだ。

 マリアは、自身の罪は冤罪(えんざい)だと言い、罪はさほど重くないので「同じに見ないで」と、耳タコ状態になるまで念を押された。

 また囚人生活が始まってから今まで、こんなことは聞いた事がないため、自分は闇の人身売買組織に売られたのではないかと、疑っているそうだ。

 

 人身売買……

 

 なんで? 俺が? おかしいだろ。平々凡々で善良な一般市民が、突然拉致られて人身売買って、どんだけドラマチックなんだよ。ドッキリって言ってくれよ! 早くネタばらししてくれよー! 

 しかし平和なこの国で人身売買組織なんて、都市伝説でも出てこないよな。俺以外がみんな囚人なのも何か変だしな。う~ん、分からん。

 俺は混乱しながらも、何か答えを出そうと必死だ。


「安心したわぁ」

「ん?」

「囚人だけなら、闇から闇へって言うのも可能かもしれないけど、よぶちゃんみたいな一般市民が紛れてる以上、それは無理よねぇ」

「まぁ、普通に考えればそうだろうけど」

「しかも、よぶちゃんを拉致ったのは明らかに国家だし、衆人監視の元で行われているわけだから、人身売買なんてことがあるわけないわよぅ。だから安心したわぁ」

 

 さっきまで人身売買に怯えてたのに、いつの間にか前向きなマリア。

 何も聞かされずに、船で国外に連れてかれてる時点で安心できないだろう?

 国内かもしれないけど、国内だったらもっと小さな船で十分だ。タンカーってことはやはり国外だろうなと、小心者の俺はついつい悪い方に考えてしまう。


「それにしても、自衛官って逮捕権無いはずなのに、何で俺は捕まったんだろ? しかもただバイク乗ってただけなのに、現行犯っておかしいよな」

「逮捕だったら、今頃は尋問室(じんもんしつ)のはずよね? 船に乗せられて、こんな独房紛(どくぼうまが)いの部屋に転がされてるはずないわ。それに荷物が没収されずに、ここにあるのも変ねぇ」

 

 俺の服装は拉致された時のままだ。腕時計は取り上げられたようだが、ポケットの中身はそのままだった。

 バックパックも調べられた形跡がある。スマホが無くなっていたのだ。

 キャンプに行くつもりだったので、ナイフなどの刃物も入っているのだが、なぜかこちらは無事だった。

 敵対者なら、武器は真っ先に取り上げておくと思うのだが、なぜ刃物より腕時計なのか? 微妙な嫌がらせか? いやいやこの状況で嫌がらせは無いだろうと、俺は下らない自己問答(じこもんどう)をする。

 

 しかし腕時計とスマホが無いから、時間が分からない。日の光も入らない船室なので、時間感覚がまったく分からないのは不便だ。


「営利誘拐も無いよなぁ。犯人が国家権力だし、マリア達なんて囚人だもんなぁ」

「現状、目的は不明ね。行き先はもっと不明だし、分からないことだらけでイラつくわぁ」

 

 マリア(おっさん)が、バンバンと足を踏み鳴らす。


「はい、は~い、床を踏み抜かないでよ~」

 

 突然、壁が光り、スピーカーから知らない声が響き渡る。部屋が一気に明るくなった。どうやら、壁に埋め込まれたモニターのスイッチが入ったようだ。

 

 100インチはあるであろうモニターには、スーツ姿の男がパーティーグッズの馬の被り物を被って、姿勢正しく座っている姿が映し出されている。

 部屋はニュース番組のセットのような小洒落た感じだ。しかし馬の被り物といい、口調といい、真面目な話をする雰囲気ではない。

 

「な、何なのよぅ」

「そろそろ~回答も出揃った様なので、正解の発表で~す。ヒヒーン」

「クイズじゃ無いのだから、ふざけないでちょうだい!」

「大真面目だヒヒーン」

「ふざけてるじゃないの!」

「マリア、落ち着け。話が進まない」

「ぐぬー!」

 

 双方向(そうほうこう)通信かよ、テレビ会議じゃん。俺は興味深く見つめる。

 しかし甲高(かんだか)い声だなぁ。顔を隠して声を変えるってことは、有名人なのかな。今の俺達相手に意味あるのかよ。おちょくりたいだけなのか?

 俺は割りと冷静に相手の出方を(うかが)っている。

 マリアさんは激おこだ。でもせっかくの情報ゲットのチャンスに、余計な合いの手を入れないで欲しい。


「では、では~、正解発表です。あなた方にはこれから、新たに発見された大陸に行って頂きま~す」

「新大陸なんて聞いた事ないわよー!」

「そこでの~活動は全て映像に記録され、テレビ番組として全世界で放送されま~す」

「無視なの?」

「あなた方の~最終目的は、新大陸の中心にある世界樹にたどり着くことで~す」

 

 一方的に言い付けたあと、画面は静止画に変わり、文字と馬のキャラクターが映し出される。

 同時に、俺達とモニターの間の床がニュ~とせり上がって、白いちゃぶ台風のテーブルが現れる。

 俺達が驚いていると、さらにテーブル上に料理がパッと現れた。テレビ画面が点くようにパッとだ。まるで手品のようだ。

 

「もー、何なの? びっくりするわねぇ」

「マリア、詳細説明を食事しながら観ろってさ。画面に出てる」

 

 先程マリアと話した時に、俺はどれ位寝ていたかと聞いたら、たぶん2日間だろうと言っていた。

 根拠を聞いたら、食事が6回出てきたからと言っていた。マリア(おっさん)は俺を起こそうとしたが、叩いても揺らしても起きなかったらしい。

 

 2日間もこの珍獣に、無防備な体を(さら)してたのかよ、俺の貞操(ていそう)大丈夫だろうなぁ。

 

 食事は、マリアが寝て起きたら目の前の床に置かれていたり、匂いが漂ってきて見に行くと、床に置かれていたらしい。

 人の姿が無いのに、食事が運ばれてくることが気味悪かったとも言っていた。

 

 そして今、

 

 繋ぎ目の無い鉄板の床からテーブルが生えてきた。そして料理が突然現れる現場を目撃して、俺達は戦慄(せんりつ)に近い感情で、料理を見詰めている。

 マリア(おっさん)以上の怪奇現象って、俺には重すぎて受け止められないよ。

 

「さ、冷めないうちに頂きましょうか?」

「マリア、大丈夫なのか?」

「よぶちゃんは、初めてだったわね。なかなか美味しいわよ」

 

 なんとか平静を装いながら、恐る恐る食事に手を付け始める俺達。

 テーブルはちゃぶ台程の高さなので、床に座って食べ始めた。メニューは、親子丼にサラダと味噌汁だ。凄く美味しい。俺達は先程までのイライラが嘘のように食事に舌鼓(したつづみ)を打つ。

 

 そして画面には…

 

 

 

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