第十六話 砦
そんなこんなで、移動農園を手に入れた俺とマリア、それに使い魔たちは、しばらく森に滞在したあとようやく森を抜けたのだった。
遠くに、砦の壁が見える位置に立っている。この大陸に連れ去られてから、1ヶ月が経過していた。
ここ2週間ばかりは、ゴーレムビニールハウスの実験をしていたのだ。ハウス内部の時間を100倍にして、穀物を育てて増やしたりしていたので、時間が掛かってしまった。ある程度、穀物の苗が増えたので、ようやく見切りを付けて砦にやって来た。
何があるかわからないので、使い魔たちを武器形態にして、俺とマリアの2人で砦の門を潜るつもりだ。肩車の形で、俺の後頭部にへばりついている幼竜のクロールミアは、仕方ない。何か言われたら、子供のワイバーンの使い魔だとしておこう。
ルミアには街の事情がわかるまでは、あまり飛び回らないでくれと言ってある。へばりついていた方が、勾玉から魔力を吸いとれるので文句はいわない。
森には人が立ち入った形跡が無かった。人が立ち入らないのだろう。本来、人が来ない方向から俺達が来たら、門番も怪しむかもしれない。
俺とマリアは、入念に打ち合わせをしてから砦へと向かった。
因みに、使い魔が変形した武器は、刀と拳銃だ。腰のホルスターも使い魔の一部である。刀は、刃に高周波振動している風刃の魔法を纏わせている、超振動ブレードだ。
そして拳銃は、火薬の爆発では無く魔法で発射される風弾だ。引き金を引くと発射されるように、魔法陣が組んである。普通の魔法と違い連射が可能になっている。
魔法はイメージや数値の書き換えで、飛ぶ速さを設定できる。火薬を使わなくても魔力が変化して、弾丸並みの運動エネルギーが得られるのだ。
だがここはファンタジー世界、拳銃などは無粋なので、使うつもりは全然ないけどね。
中天にある太陽が、今日もまぶしく輝いている。俺達は、まぶしさに目を細めながら砦を見上げた。
何とも言えない感慨に更ける俺達。やっと文明の痕跡を目の当たりにして、妙にセンチな気分になってしまうのは仕方がないことだ。
俺は、辛く厳しかった前半の森での生活を思い出して、涙がちょちょぎれる感情を噛み締めた。
砦の壁は木製で太い丸太を地面に打ち込み、何本も隙間無く並べて、5mほどの高さの壁としている。
門が見当たらないと思っていたら、山が邪魔して森からは見えない位置に小さな街があり、そこに門があった。
門は、頑丈な落とし戸になっている。左右に門番がいるが、他には誰も見当たらない。しかし壁のこちら側に街があるとは思わなかった。壁は森からの魔物の進行を阻むためにあるから、街は壁の向こう側にあると思っていた。
そんなことをマリアと話していると、門番の一人が近づいてきた。長いひげにガッチリした体躯だが背は低い。もしやドワーフか?
「おう、あんたら、森の方から来たように見えたがどうしたんじゃ。頭の上のは魔物か?」
この大陸の共通言語だ。マニュアルから言語パックを脳にインストール済みなので、意味もわかる。この大陸に来て、初めての現地人との会話だよ。感動もひとしおだ。言葉の壁がないのは、ありがたいことだ。
虫の支配する世界じゃ無くて良かったなー。実際に見るまで心配だったよ。
「あら、こんにちは、立派な体躯のお兄さん。確かに、あちらの方角からきたのだけれど、何かマズイことでもあるのかしら?」
「いや、マズくはない。ただ人の立ち入らない森じゃからな。どうしたのかと思ってな」
「俺達は、海で船が難破してな。幸か不幸か、この森の外れの浜辺に流れついたんだ。頭の上のはワイバーンの子供だ。妙になつかれてしまってな」
「浜辺って…、ここまで何日かかったんだ?」
俺達は、ここまで10日ほど掛かったこと、山と森の境を歩いて来たので、さほど魔物に会わなかったこと、食糧と水は収納庫にあったので何とかなったことなどを、ドワーフ体型の門番に話た。
「それにしてもお前ら、よく無事だったな」
「何か、あったのか?」
「このところ森が騒がしくてな。わしらは警戒を強めていたんじゃ」
「騒がしい?」
「ああ、森から狼煙みたいな煙が上がったり、魔物の叫び声が頻繁に聞こえたり、夜中なのに昼間みたいに明るくなったり、凄まじい音と目も眩むほどの光が、何度も何度も……
こんなことは今まで無かったからな。砦から見ていて、そりゃー生きた心地がしなかったぞい。
それでな、森の主が暴れてるんじゃないかって、上に報告したんじゃ。そうしたら領主が、領内の軍を呼び集める算段をし始める始末でな。てんやわんやなんじゃよ」
「そ、それは大変だわねぇ。森に主がいるの?」
「ああそうじゃ、デッケー泥のお化けみたいな奴でな、たまに現れるのさ。何年か前には砦に突然突っ込んできてな、壁が傾いたくらいじゃ。何度か壁にぶち当たって飽きたのか、それで森に帰ったから良かったが、壁が突破されたらどうなっていたかと思うと…」
門番の話を聞いて、俺とマリアは顔を見合わせる。思い当たる節があったからだ。
森を騒がせていたのは俺達でしたー、ごめんなさい。狼煙じゃなくて焚き火です。魚を焼いてましたー、すみません。泥のお化けを怒らせたのはマリアですー、申し訳ございません。
「あ、ああ、それは恐いわね。わ、私達が来たのは幸いこちらからだったから、魔物にも会わなかったわぁ」
動揺してるぞ、おっさん。
「ところで、この街は何という街なのかしらぁ?」
「正式な街じゃないからな、この街には名前は無いな。みんなダンジョン街って呼んでおるわい」
「ダンジョン?」
「ああ、あそこの山の麓にダンジョンがあるんじゃがな。冒険者が攻略するのに便利なように、ギルドや商人が整えたのがこの街じゃ。一般人はこの壁の向こう側を3時間ほど歩いた、エルクの街に住んでおるよ」
門番は気の良い男で、いろいろなことを教えてくれた。今は、森の騒ぎで街の人間が避難しているので、人が少ないこと。宿屋は一応開いていること。冒険者やギルド支部の職員はいること。砦の門を通るには、身分証と初回だけ銀貨1枚必要なこと。
それと魔物の使い魔がいるなら、冒険者ギルドに登録しておいた方が良いと教えてもらった。
それから俺達は、ダンジョン街を散策した。家は、ほとんどが木製のチープな家だ。冒険者相手の娼館のようなものまである。
屋台が数件出ていたので買ってみる。この大陸に連れてこられた時に支給された金貨が10枚と、精霊さんにもらった分がある。金額的に多いのか少ないのかはわからない。ただ屋台の串焼きくらいは買えるだろう。
「新しい料理かや? なかなか良い匂いなのじゃ」
しゃべっちゃダメだろう。何種類か串焼きを買うと、クロールミアが器用に串から肉を外して食べている。
ルミアが食事すると手がベタベタになるのだが、食後にきちんと水魔法で手を洗うところは、流石お姫様という感じだ。
「マリア、やはり醤油味、味噌味は無いな」
「味付けは基本的に塩ね。ゴマだれ、トマトだれなんかも少しはあるけど、作るのに手間の掛かる、醤油、味噌、ソースなんかは無さそうだわぁ」
「まあ、エルクの街の方が大きいし、そっちに期待だな」
「それはそうとよぶちゃん、金貨は減らないわねぇ。意外と大金なのかしらぁ」
屋台で金貨を出したら嫌がられたが、それなりに大量に購入したら、ホクホク顔でお釣りをくれた。金銭感覚が分からないので、お釣りが合っているのかも分からないが、受け取るしかない。
「お釣りを見ると、金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚みたいだな。串焼き1本が銅貨8枚だったから、銅貨1枚が10円として、俺達の持っている金はそこそこ大金だな。金貨1枚が1万円ってところか?」
「2人合わせて80万! これなら魔物の素材も、当分売る必要もないわねぇ」
「そうだなマリア、でもギルドは見ておきたいな」
「絡まれるのじゃないかしらぁ」
「その前に宿屋を探すか」
宿はすぐに見つかった。宿屋兼食事処の「迷宮の女神亭」という店に入ると、すぐに食堂があり、2階が宿のようだ。恰幅のいいおかみさんが対応に出てくる。
「部屋は空いてるかい。広めの2人部屋があると良いのだけど」
「あるよ。素泊まりで1人銀貨3枚。食事は1食、銅貨50枚だよ」
この大陸の物価はかなり安いようだな。料理は少し高いか? でも自慢の料理らしいから楽しみだな。
「それで頼む。それとペットは大丈夫かな」
「小さいから良いけど、暴れないかい?」
「大丈夫だ」
「フンは外でしておくれよ」
「問題ない。夕食分と合わせて銀貨7枚だ。確かめてくれ」
「じゃあ、これがカギだよ。2階の1番奥の部屋だ。夕食には、あと鐘2つはあるからね」
この大陸には時計がない。マニュアル情報では、2時間毎に鐘を鳴らして、時を報せるらしい。朝の6時が1の鐘、昼の12時が4の鐘、夕方の6時が7の鐘という具合だ。時計も無いのに、正確な時間をどうやって知るのか不思議だ。
実は、俺は時計を得ている。魔物の魔石の魔法陣を解析中に、体内時計の魔法を発見したのだ。早速、みんなにインストールして活用している。やっぱり時間がわからないと不便だからね。
宿には風呂は無かった。浄化魔法か、裏の井戸で身体を拭くそうだ。
トイレはあった。勿論、水洗ではない。所謂ボットン便所だ。収納魔法の応用らしく、排泄物を亜空間に溜めて、定期的に所定の場所に捨てにいくとか。
「あら、広くて快適ね。大きなベッドが2つもあるわ。久しぶりにお布団で眠れるわねぇ」
「そうだな、生活必需品はエルクの街で買おう。夕食までにギルドに行こうか。クロールミアと五郎の使い魔登録をしておく」
「よぶちゃん、他の子たちは?」
「みんな出てきてくれ」
ベッドに座る俺の横に使い魔3人が現れる。ヘーデは、マリアのヒザの上にちょこんと座り、更に五郎を抱えている。
「街にも宿にも、俺とマリアで入ったから、お前たちは人前に出せない。ヘーデと五郎は、夜寝る時まで腕輪型で我慢だな。エルゴはエルクの街を先行偵察してきてくれ。ハルナは腕輪で、アロロクは影に擬態して俺の護衛だ」
「私達は、ギルドに行ったあとは宿の食事ねぇ」
「ああ、楽しみだな」
使い魔たちは食事や睡眠は基本必要ない。ずっと腕輪型でも問題ないのだが、何せ初めての人間の街だ。興奮が隠せていない。だが明日までは我慢してもらおう。
今日は冒険者ギルドで、クロールミアと五郎だけ使い魔登録して様子を見ようと思う。
俺とマリアは、市民証があるので身分証となるが、エルゴたちには無い。明日、エルクの街でみんな一緒に冒険者登録して、身分証を得ようと思う。
エルゴは影などに擬態できるので、先行してエルクの街に行って情報を集めてもらう。飛行魔法も試してもらおう。
情報は、生活必需品を買える店や服を買える店、街の雰囲気、噂などだ。あと冒険者の服装のイメージ登録をお願いした。燕尾服じゃ目立つからな。冒険者パーティーに見えるような服に、変装できるようにしないと困る。
ハルナとアロロクにも、自分で気に入った服装に変装できるように、イメージ登録するように言っておいた。
ヘーデと五郎は、自分ではできないので俺がやるがあとでいいだろう。
俺達は冒険者ギルドのカウンターにいる。ギルド事務所と言っても支部なので小さな建物だ。内部は窓からの光で明るい。
俺の後頭部にはクロールミアが貼り付き、五郎はマリアに抱えられている。
ギルドは酒場も兼ねているようだ。何人か昼間から酒を煽っている冒険者が、新顔の俺達を胡乱な目で見つめている。
カウンターには美人のお姉さんではなく、中年の怖そうなおっさんが立っている。
「門番に使い魔の登録をした方が良いと言われたのだが」
「ほう、なんだ? ワイバーンか? それにしちゃあ赤いな」
「ああ、ワイバーンだ。色については俺も良くわからん」
使い魔の登録と言っても、何か魔法的な契約をするわけではなく、書類を作成しただけだ。使い魔が暴れた場合は、あなたが責任持ちなさいよ的なことが書かれていた。登録しないと警備兵に捕まるらしい。
宿屋に帰ると夕食だ。今日のメニューは「鶏肉のトマトスープ煮込み」と「パン」だった。追加の金を払い、クロールミアの分と酒を頼む。ルミアは美味いのう美味いのうと、小声で言いながら食べている。
「あらこのビール、泡が立ってないわね。炭酸が弱いし温いし、酸味も強いわ。正直、美味しくないわねぇ」
「マリア、元の世界のようにはいかないさ。トマト煮は美味しいぞ。パンは、やはり固いんだな。スープにつけないと厳しいぞ。しかし炭水化物は久々だなぁ」
酒は、エールと呼ばれるビールに似たお酒だ。この大陸には、耐圧容器など無いので、酒の発酵中に発生する炭酸で樽が爆発しないように、ある程度抜いているか、保存中や運搬中に抜けてしまうのであろう。炭酸が弱く泡立ちが無い。ビールとは、似て非なる物だった。
夜になり宿屋の部屋は、使い魔も総出で騒がしい。エルゴも帰ってきている。ヘーデと五郎とルミアは、串焼きを頬張っている。
大陸での街デビューに俺達は興奮していた。ハルナはエールが飲みたいと言い。アロロクは「トマト煮がー」と言っている。
「エルゴ、飛行魔法はどうだった?」
「簡単でしたよ。人単体では飛べないようで、ハルナの竹箒のような、棒に股がらないと発動しませんでした」
「あら、魔女みたいで風情があるわぁ」
「ええ、棒を用意するのが面倒ですが、操縦というか操作は簡単で、視線の先に自然と進みますし、安定感もありました。あれなら子供でも大丈夫かと」
「早く試してみたいわぁ」
「門番は、街まで歩いて3時間って言ってたけど、飛ぶとどれくらいだった?」
「20分ほどで着きました。魔力もあまり減らないので、1日くらいは飛べると思います。帰りは騎獣召喚を試してみましたが、1時間ほどでした。どちらも便利ですね」
「楽しみだな。でもワイバーンとか襲われないかな?」
「呼人様、ワイバーンは山からあまり離れないようですね。大きな鳥とかも見かけませんでした」
騎獣も早く出してみたいなぁ。あとTVも検証しないといけないな。
エルゴから、エルクの街の情報を聞いた。市場の様子、酒場の様子、街の規模、領主の噂などだ。
夜も更けて、俺は1人でベッドへ、マリアはヘーデと五郎と一緒に布団に入る。元の世界だったら逮捕案件だ。
クロールミアが寂しそうだったのでベッドに誘ったら、ツンデレ状態で布団に入ってきた。エルゴは、いろいろ研究するので寝ないらしい。ハルナとアロロクは散歩に行くと言っていた。
そして次の日の朝、俺が起きると、俺の横ではハルナが黒い下着姿で俺にしがみついて寝ていた。尻尾が足に絡んでいる。いつの間に?
ハルナと反対側には、パジャマ姿のアロロクが「旦那成分、シッシッシッ」と寝言を言っており、窓際の机で研究していたエルゴが羨ましそうに、こちらを見ている。
勘弁してくれ。
そして隣のベッドでは、なぜか上半身をおこして口に指を咥えたヘーデが、ジーッとこちらを見ていて、目が合ったらプイッと横を向いて布団に潜り込んでしまった。
せめて何か言ってくれー。




