第十四話 幼竜
「呼人様、面倒事は我々にお任せを」
今、俺の前にはアロロクの魔法糸により、口と手足を縛られた、幼いドラゴンが転がされている。
良く晴れた空の下、灰色の石の上に転がされた赤い物体は、眠っているように動かない。案外、見た目はかわいいので先ほどの暴挙が嘘のようだ。
ハルナが幼竜の腹を蹴り上げて乱暴に起こしている。容赦ないなぁ。
「おい、あたいにはお前のブレスは効かないことは見せたよな。忘れてねーだろうな」
(コクコク)
「魔法で攻撃しても無効化できますし、仮に当たってもブレスと同様に効きませんよ。力もハルナの方が上のようです。つまりあなたに勝ち目はありません。わかりますか?」
身内を攻撃されたエルゴが、ゴミでも見るように幼竜に蔑んだ目を向けると、幼竜は怯えた顔でコクコクと頷いている。そして、俺達を攻撃しないように約束させて、口を縛る糸を外した。
糸が外れた途端に大きく息を吸い込み、パカリと口を開いた幼竜に、エルゴが雷撃をビリッとかまし、ハルナが顔を踏みつけると、流石のドラゴンもあきらめたのか大人しくなった。
「君の使い魔は、容赦ないねえ」
「我ながらドラゴンに同情するよ」
精霊さんと俺はドン引きだ。幼竜は自分の相手がヤバい奴だと、ようやく理解したようで誤魔化しに掛かる。
「ま、待て! 待つのじゃ。妾が何をしたと言うのじゃ」
「ほう、まずはそこからですか? ハルナ、たっぷりと教えて差し上げなさい」
エルゴの言葉に、ハルナが肩に担いだ竹箒の先を剣山の如く尖らせて、幼竜を突き刺そうと無言で近寄る。
「わかったのじゃ。いきなり攻撃してすまなかった。勝手に魔力を吸い取ったことも謝るのじゃ。もう痛いのは嫌じゃ」
「では我が主に向けて、謝罪して頂きましょうか」
「旦那のお茶の時間を台無しにしたんだ。ちゃんと謝らないと承知しないぞ」
ハルナが縛られた幼竜の首を鷲掴み、俺の顔前に突き付ける。
怖いじゃないか! 俺はブレス吐かれたら簡単に死ねるぞ。
「人の子よ、すまなかったのじゃ。許してたもれ」
「君のブレスは人間にはキツ過ぎるよ。ハルナはともかく、普通の人間なら死んでしまう。今後は人間相手に、いきなりブレスは吐かないと約束してくれるかい?」
「わかったのじゃ」
「勿論、自衛のためなら仕方ないけど、俺達から攻撃したわけではないからね」
「すまなかったのじゃ。なぜかこの森は、竜脈から魔力が得られんのじゃ。腹が減ってイライラしていたのじゃ」
さもありなんと頷きながら、精霊さんが説明する。
「ここは邪神の欠片が封印されているからね。竜脈とは繋がらないよ。欠片に竜脈の魔力が流れたら大変だからね」
「竜脈?」
「この大地の奥底に流れる魔力の大流さ。竜族はそこから魔力を汲み取り、糧としているんだ。肉や魚も食べるけどね」
俺は収納庫から皿に載った焼き肉を出して、幼竜の前に近づける。幼竜はスンスンと鼻を鳴らしていたが、おもむろに大口を開けて皿ごと、いや俺の手ごと食いつこうとしている。
バクンと閉まる幼竜の口から、ヒョイっと皿を横に動かして避ける俺。
バチイィーン
2度目の叩きつけに、のたうち回る、のじゃロリドラゴン。手加減してあげてー! しかし流石はドラゴンだな大概頑丈だ。
「何をするのじゃ!」
「てめー! 旦那の手ごと食おうとしやがって許さねーぞ」
「ハルナ、面倒です。息の根を止めてしまいましょう」
「ドラゴンミンチ、シッシッシッ」
「そうだなエルゴ、さっさと捌いちまおう。今日の夕食はドラゴンステーキだぜ。旦那」
「待つのじゃー! 空腹に我を忘れていただけじゃ」
物騒な物言いをする使い魔たちに向けて、言い訳をするドラゴンに俺は再度注意をする。
「さっきも言ったけど、人間は弱い生き物なんだ。人間と相対している時は、気を付けて行動してくれるかい?」
「腹がくちくなれば、このようなことはせん。約束するから、先程のうまそうな肉を食べさせてくれぬか」
「旦那、騙されるなよ。こんな奴さっさと捌いて食っちまおうぜ」
ハルナの言うように、確かに近寄るだけで危険だな。うちの三馬鹿達より常識がない。まあドラゴンだから、仕方のない話しだけどね。
河原の石の上に転がっている幼竜の横に、「皿は食うなよ」と焼き肉を置く。「ムホーッ」だの「至高の味じゃー」だのと叫びながら、手足を縛られた状態で、肉を貪る様はシュールであったが、悪いドラゴンではなさそうだ。
「まだまだ足りていないが、ようやく落ち着いたのじゃ。馳走になった。感謝するぞ。ときに、そなた達は何者じゃ? この上手い肉といい、竜族に劣らぬ手練れといい、封印の地の精霊を従えておることといい、ただの人間ではあるまい」
偉そうに言っているが、縛られてて滑稽だぞ。俺が考えていると、精霊さんが割って入ってきた。
「僕は従えられていないけどね。まず君が名乗るべきじゃないのかな」
「ふむ、そうであるな。その前に縄を解いてもらえまいか。話し辛くて敵わんのじゃ」
「解くかー! 旦那、夕飯に名乗る必要はねぇぞ」
ハルナ、夕食扱いはかわいそうだよ。
「ずいぶんと信用がないようじゃな」
「さっき、口の縄を解いた途端に、ブレス吐こうとした奴が何言ってやがる」
「もう反省したのじゃ。飯を馳走になった者に攻撃はせん」
餌付け成功?
使い魔達は、縄を解くことに反対したが、俺は縄を解かせた。幼竜は宣言通りに攻撃して来なかった。
「かたじけないのう。妾の名はクロールミア。竜族の姫じゃ。よしなに頼む」
「俺は呼人だ、よろしく。彼等は、俺の使い魔のエルゴ、ハルナ、アロロクだ」
「僕は森の精霊さ。名前は無いよ」
クロールミアと名乗った幼竜は、竜凱境と呼ばれる島に住んでいたが、退屈なので逃げ出してきたらしい。
この大陸に来たは良いが赤くて小さいので、特殊なワイバーンと思われて、人間に襲われたらしい。勿論、返り討ちにしたが、騒がしさに嫌気が指して、人間が来ないこの森に流れついたのだとか。
「竜は、滅多に人前に現れないからね。既に伝説上の生き物さ。ワイバーンに間違われても仕方がないよ」
「ふーん、そうなんだ」
「して呼人よ、先程の上手い肉は何なのじゃ? 舌がとろけるかと思うたぞ」
「塩をかけて焼いただけだぞ。レモン(のような果汁)もかけているけどな」
「僕も、お茶を飲んで驚いたけど、人間は肉や植物を火に掛けて料理して食べるのだよ。竜族は生肉しか食べないから、珍しいかもしれないね」
精霊も竜も、人間のように肉を料理して食べることは無いらしい。そもそも精霊さんは、霊体だから食事もいらないわけで、何でハーブティーや肉を食べられるのか? の方が俺には不思議だけどね。
「料理と言うのか? 肉を獲ってくるので、もう少し馳走してもらえまいか?」
「肉はたくさんあるから構わないけど、料理するのはエルゴだから、キチンと仲直りしたら焼いてくれるんじゃないか」
クロールミアは、使い魔たちに頭を下げ、誠心誠意謝罪した。使い魔たちはこれを受け入れ、クロールミアを夕食に招待していた。
そろそろマリア達も帰る頃だ。幼竜と精霊も含めた俺達は、部屋に戻り、ハーブティーを飲みながら、マリア達を待つことにした。
ハーブティーは、精霊さんのお気に入りだ。クロールミアも物珍しそうにカップを見つめ、お茶の香りをスンスン嗅いではチロリと舐めて、感動したようにウンウンと頷いている。
「人とは、矮小な生き物と聞いていたが、何とも優雅な生活じゃのう。招待痛み入るぞ。我々竜族は、草など食さぬからのう。良い体験ができた」
と似非宮廷言葉で宣う、赤い幼竜は、現在、俺に肩車される形で後頭部にへばりついている。そして、俺の頭をテーブル代わりにお茶を啜っている。こぼすなよ!
魔力が足りないので、少し分けて欲しいと言われ、了承したらこうなった。張り付いていた方が、魔力吸収に効率が良いらしい。
しばらくして、マリア達がドタドタと帰ってきた。手を洗ってテーブルについて料理が並べられても、おっさんは興奮しておしゃべりが止まらない。
追試の課題は、まだ達成していないようだ。
当のドラゴンは、俺の頭の上にいるのだから当たり前だ。
俺の頭の上に皿を置いて、焼き肉を食べているクロールミアを紹介しようとしても、マリア達は、やれオーガに邪魔されただの、ドラゴンめ必ず見つけ出してやるだのと言って、聞く耳を持たない。
だからお前達の獲物は、俺の頭の上にいるのだが? 五郎だけが、俺の頭上をチラ見しながら肉を食べている。
そのうちマリア達は食事を終えて、「明日の作戦会議よぅ」と、居間のソファーに移動していく。五郎はチラチラと何度もこちらを振り返るが、何も言わない。
「呼人よ、ずいぶんと騒がしい者達じゃな」
「済まないな。クロールミアの紹介もしたかったのだが、落ち着くまで待つしかないな」
頭上の声に答える俺に、精霊さんが疑問を訴える。
「僕の耳には、ドラゴンがどうとか聞こえたのだけど?」
俺は、これまでの経緯を2人に話して聞かせた。
「では、妾を探しておるのか? あやつらは」
「目の前に居るのに、ずいぶんと間の抜けた話しだね」
「まあ、ドラゴンが、こんなところで食事しているとは思わないだろう。それに最初に会ったときのルミアも、あんなものだったぞ」
「ああ、確かにね」
「ち、違うのじゃ。妾はもっと理性的だったではないか」
使い魔たちが、ジトーっとした目で幼竜を睨む。「違うのじゃ。違うのじゃ」と騒がしいルミア。
はぁー、同じだよ。
「なにを騒いでいるのかしら。作戦会議に集中できないわぁ」
「君達ほど、騒がしくないと思うよ」
「あら精霊ちゃん。こんばんは、いついらしたのかしらぁ」
「さっきからいたぞマリア。それとこっちが、さっき知り合いになった。クロールミアだ」
「妾はクロールミアである。縁あって呼人の友となった。よしなに頼む」
マリアとヘーデの目が、これでもかと見開かれる。五郎は、やれやれという感じだ。
「こっちが俺の仲間のマリア、ヘーデリア、五郎だ」
紹介が終わって、俺はテーブルでお茶を飲みながら、事のあらましをマリアに語った。
ヘーデと五郎は、ルミアと追い掛けっこしている。クロールミアは、得意げに天井付近まで飛び上がり、ヘーデが雷撃をビリビリと撃っている。五郎はおろおろしている。
エルゴがダメージ受けるから、室内で雷撃は止めてあげてー!
「なにをするのじゃ!」
「空飛ぶ、ずるい」
「ズルではないのじゃ。魔法の方がズルかろう」
「捕まえないと追試不合格。大人しく捕まる」
「何を言うか。そなたのような小さき者は、妾のブレスで消し炭にしてしまうぞ」
「お前の方が小さい。ヘーデの魔法でイッパツ」
ケンカを始める年少組。
おもむろにマリアが立ち上がり、ヘーデの頬と、クロールミアの腹をツネッた。五郎はおろおろしている。
「「いでででで!」」
ええー、ヘーデもハルナみたいに痛いのか? ルミアも痛いってなんだ? ドラゴンの皮膚って固いんじゃないのか?
「な、なにをするのじゃ!」
「お黙りなさい!!」
おっさんの大音声が響く。
よほどビックリしたのか、のじゃロリドラゴンが腹を擦りながらパタパタと空中を飛び、俺の頭の後ろに隠れる。
「な、何なのじゃ。あやつは」
「教育ママだ」
「妾のお婆様より怖いのじゃ」
「お婆様って?」
「元竜王じゃ。今は引退して妾の教育係をしておる。何せ妾は現竜王の娘で、次期竜王じゃからな。フンスッ!」
竜王って…トラブルしか思い浮かばねー。
マリアが、頬を擦っているヘーデに、「ケンカはいけませんよ」だの「お友達とは仲良くなさい」だの言っている。ヘーデは素直に、「マリア、ごめんなさい」と謝っている。
そしてノシノシと俺の前にきたマリアが、俺の後ろに隠れているクロールミアに対して、
「ルミアちゃん、あなたも生意気な態度が過ぎると、お友達ができませんよ。反省しているのかしら?」
と、のたまう。いやいや俺が怒られているみたいな構図はなに?
「妾は、友達など要らぬわ」
「そんなことはありません! 私も、よぶちゃんや精霊ちゃんに何度も命を救われたわ。あなたも、お友達がいないとこれから生きられないわよ」
「……」
「ほらルミアちゃん、こっちへいらっしゃい。ヘーデと仲直りの握手をするのよ。お互いに謝って態度を改めれば、すぐにお友達に戻れるわぁ」
マリアがクロールミアの手を引いて、ヘーデリアの元に連れて行き、2人を握手させている。
「すまなかったのじゃ。ちと言い過ぎた」
「ヘーデ、悪かった。ごめん」
「おで、仲良くカレー食べる」
「はいはい、もうケンカはダメよ」
年少組も仲直りしたみたいだし、今後の話をしないとな。
「俺達は明日から森に入って、砦に向かうつもりだけど、クロールミアは、ずっと森に住むつもりなのか?」
「ここは、邪神の欠片が眠る地だよ。君も話くらいは、聞いた事があるだろう? 君が近づいて良い場所では無いよ」
精霊さんの言うことは、この地を治める者として当然だろう。
「妾は、竜凱境には帰らぬぞ。他の土地は、人間だらけで落ち着かんから、好かん」
「ここには置けないよ。君だけの問題ではないからね。なんなら竜凱境に連絡して、引き取りに来てもらっても良いのだよ」
「そ、それはいかんぞ。お、お婆様に怒られてしまう」
「あらルミアちゃん、親御さんの許可も無く、勝手に家出したらダメじゃないのぅ」
「マリアよ、それは大丈夫じゃ。ドラゴンは自由な生き物じゃから、その辺は親も気にしない。ただ人様に迷惑を掛けると、お婆様がうるさいのじゃ」
「じゃあルミアちゃんは、良い住みかが見つかるまで、私達と共に旅をすれば良いわぁ。なんて素敵な考えかしら」
また、マリアの変なスイッチが入ったぞ。勘弁してくれ、ワガママドラゴンなんかと、旅できるわけ無いだろう。三馬鹿だけで手一杯だよ、こっちは!
「ええ、嫌だよ。トラブルの予感しかしないじゃないか。デカイ大人のドラゴンが現れて、我が子を返せとか言いながら、ブレス吐いてきたらどうするんだ?」
「呼人、ケチ」
ドラゴンが仲間になりたそうに、こっちを見ている。
「森から出て行ってくれるなら、僕も安心だよ。いやー、次々と問題が解決して嬉しい限りだよ」
「よぶちゃん、こんなに幼い子供を置いてはいけません。それとドラゴンは捕まえたので、約束通り服は作ってもらうわよぅ」
決定ですと、胸を張るマリア。
あ~あ結局、精霊のときと同じじゃないか。話しを聞けよ、おっさん。どさくさ紛れに戦隊服作るのも決定かよ! 計算してやっているんじゃないだろうなぁ。
こうして、のじゃロリドラゴンのクロールミアが同行することとなった。




