第九話 殲滅
俺の3m先には炎の壁が燃え盛っている。ゲル状ガソリンの炎だ。高温なだけでなく、飛び込んできた者にまとわり付き、燃え続けダメージを与える。更に酸素を欠乏させる作用もある。
ガウッ。吠え声と共に炎から狼の魔物が飛び出してくる。だが魔物は、顔にへばり付いて離れない炎に苦しんでいるようだ。それと同時に炎壁の横合いから、別の魔物が踊り出てくるのが見えた。
炎に飛び込んだのは後回しだ。
俺は炎の壁の横に向けて魔法を数発撃ち込む。狙いなどつけていられない。正に下手な鉄砲だ。
幸い初めの落雷で小物は一掃されたらしく、大型の魔物しかやってこないので、狙わなくても魔法が当たってくれる。
数匹倒したところで攻撃が止まった。最初の100匹を倒したのだろうか? ずいぶん少ないぞ、どういうことだ? 俺は油断無く辺りを見回してから、額から流れる汗を拭った。
先程いた100匹の魔物の中に、既に立っているものはいない。森から追撃の魔物も出てくる気配はない。
「初めの落雷がずいぶん効いたようだな。森の中にいる後続もためらっているのか? ならこっちから行かせてもらうぜ」
呟いた俺は森に向けて立て続けに3発、広範囲に散らばらせた落雷を放つ。森の中に爆音と閃光が煌めき、煙が立ち込める。
そして落雷に弾かれるように、森から次々と魔物が転がり出てきた。やはり隠れていたか。さぁ第2陣の始まりだ。
それからは無我夢中だった。
炎壁を盾に上や横をすり抜けてくる魔物に、風弾を撃ちまくった。魔法はマシンガンのようには連射が効かない、「風弾」「風弾」と唱えた分は発射されるが、ダダダという感じでは無い。それでも散発的な攻撃には対処できる。
ゴブリンや鳥など、小さな魔物は一発で行動不能にできるが、大型の魔物には炎弾などで追撃しなければならない。俺は時折、照明弾や落雷などを織り交ぜながら、攻撃魔法を撃ちまくる。
どれくらい時間が経ったのだろうか。何回か辺りが暗くなり照明弾を追加したり、魔物の攻撃の合間を縫って落雷を放ったりした。
疲れたなぁ。
と思って周りを見渡すと、魔物の攻撃が止んでいることに気が付いた。
黒焦げの死体、煙を上げている死体、腹が抉れている死体、炎壁の明かりに照らされて、様々な魔物の死体が転がっているのが見える。目の前の河原や奥の森には、動くものの気配は無い。
俺はいったん結界の外に出て休むのに調度良いと思い、マリアと精霊さんの方を伺い見る。
マリアは炎壁を盾に風弾を撃ちまくっていた。顔や腹がゴッソリ削られた死体が山積みだ。
精霊さんの方は、まさに火祭りだ。倒れた魔物が盛大に燃え盛っている。それを見下ろす形で、中学生くらいの少年が空中に浮かんでいる。
2人ともまだ敵に対応しているようだ。俺の周りにも魔物の死体が山積みだが、攻撃は止まっている。
マリアも戦えているから大丈夫だと思った俺は、森からの追撃を絶つように、広範囲に散らばらせた落雷を数発森に放つ。ゴロゴロガシャーンという、轟音と閃光を受け流しながら、オマケだとばかりに、更に奥に向かって落雷を放つ。
しばらく様子を伺うが魔物の気配は無いようだ。あっちも休憩かな? まだ500には足りないよな?
「照明弾」「照明弾」「照明弾」
一瞬暗くなった周囲がまた明るくなる。右側でも照明弾が上がっている。どうやらマリアも余裕があるようだ。
右側で落雷が鳴り響く、俺と同じように見えない敵に向かってのようだ。
俺も、もう少し撃っておくか。森の入り口や更に奥に向かって、数発の落雷を広範囲に散らす。
また轟音と閃光が入り交じる森に視線を向けて、魔物が飛び出てこないか待ったが出て来なかった。
「マリアー、精霊さーん、生きてるかー!」
「…」
「…」
返事が無い。もう一度声を掛けようとした時に、左右から声が上がった。
「私は大丈夫よぅー」
「こっちも問題ないよー」
すっかり静かになった森に、俺達の声が響く。
「魔物の追撃はあるかー」
いつの間にか近くに来ていた、マリアと精霊さんが答える。
「今は静かねぇ」
「そうだね」
「いったん結界外に出て休まないか?」
「よぶちゃんの意見に賛成ー」
「僕も良いと思うよ」
俺達は結界から出て流木を集めて、焚き火を焚いた。川を渡ると、また暗闇の世界だった。遠くに先ほど戦っていた場所の焚き火の炎が、揺れているのが見える。
こちらの焚き火も本格的に燃え始めて、マリアが自慢のハーブティーを淹れてくれた。
「俺は500匹には全然足りてないと思うけど、どうだ?
何か随分と手応えがなかったし、これから一気に襲ってくるのかなぁ」
「呆れた、よぶちゃん。本当にそう思っているの?」
両手の平を上にして、やれやれというように首を左右に振るおっさん。どういうこと?
「ん?」
「あはは、僕が説明しようか?」
「なんだ? 俺だけ分かってないのか?」
「呼人、最初に出てきた魔物は、ほとんど中央に集まっていたんだ。つまり君の前さ。君の最初の2発の落雷で、あの100匹のほとんどがやられたんだよ。僕の方には10匹も来なかった」
「私も落雷を撃ったから、せいぜい5匹ね」
ええー! そうだったの? 落雷でホワイトアウトして、全然見えなかったから分からなかったよ。
言われて見みれば、落雷のあとは襲撃が少なかったな。必死だったから気にしてなかったよ。
「俺のところにも数匹しか来なかったな。オーガとムカデ、あとは狼だったか。残りはみんな左右に散ったのかと思って、申し訳なく思ったよ。
だからせめて追撃を断とうと、森に落雷を撃ちまくった」
「あの100匹と、そのオーガとムカデが、魔物の最大戦力なんだけどね。呼人には物足りなかったみたいだね」
「そして、あなたが追撃で放った落雷が、凄まじい威力だったから、後続も半減したみたいよ。同じ落雷なのに威力が違うって、どういうことかしら?」
「そうだね、第2陣は散発的だったね。あまり強い個体もいなかったから、楽に戦えたよ」
マリア曰く、落雷を2発も撃つと、虚脱感が凄いらしい。俺みたいに連発するのも無理なんだとか。同じ魔法陣をインストールしたのに違いがあるみたいだ。作成者だからかな? うん、きっとそうに違いない。
チーターなんかじゃないんだから!
「呼人からは、閃光で見えなかったかもしれないけど、君の落雷だけで、500匹のほとんどがやられていたというわけさ。因みに、魔法の威力の違いは習熟度合いだね」
「へ?」
「まだ、わからないかしら? 今の森には邪気にやられていた魔物は、ほとんど残ってないわ」
「終わりってこと?」
「僕は、それを説明したつもりなのだけどね」
「ええー、そうなのか精霊さん。俺はこれから、第3段、第4段が来るのかと思ってたよー」
「……」
「なんだいマリア、こういうのを人間は何て表現するんだい?」
「天然って言うのよ精霊ちゃん。覚えておきなさい」
「うん、分かったよ。マリアと話すと勉強になって助かるよ」
「はいそこ、失礼な物言いは止めてくれないかな? 泣きそうだから」
なんだい! なんだい! なんなんだい! みんなして俺を馬鹿にして!
狂暴な魔物が500匹だぞ、500匹。もっとバンバン攻めてくると思うじゃないか。しかし「落雷」には助けられたなぁ。作って良かったよ。あの魔法がなければ、結構ヤバかったんじゃないか?
まあでも、なんとか無事に終わってよかったー! 俺は死を覚悟していたんだぞ。みんな軽る過ぎだぞ。
戦闘が終了した後は、夜食を食べながら少し話した。焚き火がバチバチと音を立てている。水の流れる音に混ざって、森からたまにゲーだのホーだの聞こえてくる。
マリアは、落雷が効いたおかげで序盤が楽に戦えたこと。それで戦闘にも慣れて、怖かったが危なげなく戦えたことを、興奮しながら話していた。
俺はぐったりしながら、精霊さんはニコニコしながら、それを聞いていた。みんな余裕だね。
その日は河原で寝ることにした。精霊さんの土魔法で、ベッドを作ってもらい寝たのだ。魔物などの外敵の見張りも精霊さん任せだ。基本的に精霊さんがいれば、魔物は近寄ってこないらしい。
精霊さんは睡眠が必要ないので寝ないと言う。下位の中級精霊や下級精霊に指示を出して、死んだ魔物の処理や、火災の有無を確認するんだとか。
戦闘から一夜明けて、硬いベッドから起きた俺とマリアは朝の挨拶を交わす。
戦闘のせいか、ベッドが固かったせいか、身体のあちこちが痛いが、木の上で寝るよりはマシだ。魔物に怯えることもなかった。
森の精霊たちは、一晩中、死んだ魔物の処理をしていたそうだ。魔物の処理には「解体」と言う魔法があるのだとか。
残したい魔物の部位(魔石、牙、肉など)を思い浮かべて、「解体」を使うと必要な部位は残り、それ以外は肥料になると言う便利な魔法だ。後で魔法陣をインストールさせてもらおう。
解体した魔物の素材は報酬としてくれると言う。精霊さんが持っていても使い道がないとのこと。ありがたい。
◆ムカデの甲殻、毒腺、牙、魔石など
◆蜘蛛の糸、毒腺、牙、爪、魔石など
◆大蛇の肉、牙、毒袋、皮、魔石など
◆熊の肉、爪、胆嚢、毛皮、魔石など
◆青い大鬼の肉、皮、睾丸、魔石など
◆狼の心臓、毛皮、爪、魔石など
◆豚頭の魔物の肉、魔石など
その他、多くの素材が取れたらしい。小鬼は使える素材があまりなく、魔石以外は全て肥料だとか。
前にもらったゴーレムの魔石や、宝石と共に有効活用させてもらおう。
ウォータードッグは、全てが素材として有用なので、解体しないでそのまま売却するのが良いと、教えてもらった。
他に報酬として精霊の加護をもらった。これは森や木々の多い場所で、加護を持つものに危険が迫ると、下級精霊が教えてくれるのだとか。教えると言っても虫の知らせ程度らしい。
ラノベなんかだと加護持ちは、チート能力を得たりするが、この大陸では加護は曖昧で、自分に加護が有ることに気付かずに、一生を終える人も多いらしい。
例えば鍛冶神の加護を得ても、たまに調子が良くていい作品が作れるくらいの曖昧な恩恵だとか。
それと魔法だ。火、水、土魔法や解体、再生、解毒、回復などの魔法陣を出してもらい、インストールした。
火、水、土魔法は生活魔法と違い攻撃魔法だ。水魔法は温度も変えられるので、風呂のお湯張りや、氷を作るのにも役立つ。土魔法は地面を変形させる。壁や落とし穴などが作れる。魔力を地底に飛ばして、鉱物探知機の代わりにもなるらしい。
再生は治癒の上位魔法だ。主に怪我の治療をする。体組織の再生だ。
解毒は体内の毒を無効化する。病原菌にも作用するらしい。
回復は、病気、麻痺、魅了などの状態異常を回復する魔法だ。
治療の際は、再生、解毒、回復をセットで掛けるのが良いとか。
そして宝石の原石をまたもらった。中級精霊がお礼にと集めてくれたらしい。ありがたい。
戦利品や報酬をもらいながら朝食を食べて、今は食後のティータイムを楽しんでいる。
朝の柔らかい日差しが心地良い。昨夜の焦燥が嘘のように晴れやかな気分だ。
話は今後の行程についてだ。俺達は砦に向かう途中なのだが、精霊さんの話ではここから1週間も進めば、もう1本の川が流れているらしい。そこから砦までは更に2~3日だとか。
これからは昼間も魔物が出るので、気を付けてと精霊さんから注意を受けた。
ようやく人の住む領域に行けるのかぁ。自分の理不尽な境遇など忘れたかのように、穏やかな感情が溢れ出す。
そして俺とおっさんは、最初の河原を離れ次の川を目指している。魔物や獣を狩り、薬草などを採取しながらだ。魔法にも慣れてきて、危なげ無く戦闘もこなせるようになってきた。
さて昨夜は精霊さんに守られ眠った。その前は木の上で怯えて眠ったのだが、今夜はどうするか?
マリアと相談して、ラノベのような野宿をすることにした。焚き火を焚いて、順番に見張りをしながら眠るやつだ。魔法も手に入れたから攻撃手段がある今、木の上で寝る気にはなれない。
だがすぐに俺達は後悔することになる。この森は容赦が無い。魔物や獣が多いのだ。
次から次へと、敵が焚き火目掛けて襲ってくるので、全然眠れない。焚き火を消しても、血の匂いで集まってくる。しかも暗闇が厄介だ。敵は夜目が効くのに、俺達には夜目などない。
照明を点ければ、それを目指して魔物が押し寄せてくる。
結局俺達は散発的にだが、一晩中戦う羽目になって、寝ることなど出来なかった。暗闇で移動してお互いにはぐれたら、余計に戦いにならないので、下手に動くことも出来ず、少しずつ移動して、休みながらの戦闘は大変だった。
朝方、空が明るくなった頃、なんとか魔物たちを撒いてホッと一息つくまで、生きた心地がしなかった。
ボロボロの心と身体を引きずって、安全地帯となる木を見つけた時にはホッとした。そして枝に股がりロープで身体を固定すると、後先考えずに眠りに落ちた。
あとから精霊さんに聞いた話では、この森が特別なのだとか。普通の森は、ここまで魔物は多くないので野宿も可能らしい。
結果として俺とマリアは、朝まで眠れず戦うよりは、木の上で隠れていた方がマシという答えを得た。
よって未だに、夜間の樹上生活からは卒業できていない。トホホー




