仕事を決めました
前世の記憶を思い出して数ヶ月後、今日も元気にロジェと家の窓ふきをしているとお父様とお父様が神妙な顔で現れた。
「フェリスには、この家から出て行ってもらうことになったよ」
「……え?」
お父様の言葉に、わたしは一瞬、目の前が真っ暗になった。
「お父様とお母様が旅行中に部屋の掃除をしようと思っていたのに!」
「だからだ!」
「わたくしたちの部屋には侵入禁止よ!」
お父様とお母様が力強く叫ぶ。
数ヶ月前にふたりの部屋を掃除してからというもの、破壊した扉は鋼鉄の扉に作り替えられ、強制的にお掃除ができなくなっていた。きっとまた元のゴミ部屋に戻っているに違いない。
だから、お父様とお母様が結婚25周年を記念して行く長期旅行中に部屋の扉を爆破でもして掃除をしようと思っていたのに……。
これじゃあ、計画が実行できないじゃない!
「旅行は半年ほどになると思うんだが、その間フェリスをこの家に置いておくのは危険かもしれないと思ってね。短期間だけだけど、住み込みで王宮で働けるように取り計るから」
王宮という言葉を聞いて、ロジェが眉間に皺を寄せる。
「ちょっと待って下さい、旦那様! 私がいる限り、不埒な輩を近づけさせることは致しません。朝起きてから夜寝るまで、24時間ぴったりと私が警備いたします!」
「ほら、危険だろう?」
「そうね、お父様。気持ち悪いわ」
わたしは深く頷いた。
31歳独身男性――しかも、愛の重い執事と一緒に半年一つ屋根の下で二人きりなんて地獄そのものだ。この変態が何をやらかすのか分からない。
「旅行から帰ってきたら、また家に戻って来て。珍しい衣装をいっぱい買ってくるわ」
「王宮には女子寮もあるから、新しい友達もできると思うよ」
お母様とお父様の貴族らしからぬゆるい考えにわたしは微笑んだ。
この辺りで職歴を付けるのも悪くないわねぇ。それと将来の職種の下調べにもいいかもしれない。
短期間ならば、面倒な仕事は押しつけられないだろう。そしてなんと言っても王宮の仕事は花形だ。王宮で働いていましたーと言うだけで箔がつく。前世で言う大企業勤めのようなものだ。
「分かったわ。でも、王宮の仕事って何をやれば良いのかしら」
仕事は慎重に選んでいかないといけないわ。間違っても、忙しくて人間関係最悪のブラックな職場は勘弁ね!
「それなら安心してくれたまえ! 家の愛娘を王宮で働かせたいと言ったら、こんなに志願者が現れたんだ」
「さすが、わたくしたちの娘ね!」
お父様とお母様が二人で書簡を広げた。
「ただの人材不足でしょう。5年前の内戦で貴族も減ったし、平民の教育もまだまだ追いついていないみたいだもの」
我がオルブライト王国は5年前に国王が何者かによって暗殺された。その後、王子たちは血みどろの王位継承権争いを行い、力のある貴族たちがこぞって支援。そしてお決まりの内乱コースで国は荒れに荒れた。
この出来過ぎた争いは、最近力を付けてきている敵国が糸を引いていたと言われているが、詳しくはわたしにも分からない。
まあ結果として、勝利候補だった第一王子と第二王子が共倒れとなり、疲弊していた他の王子が回復する前に一番身分の低い母を持つ末の王子が中立勢力を纏め上げて漁夫の利をいただいた。敵国の思い通りにはならなかっただろう。
戦後処理で多くの貴族が粛清となり、国力は落ちたが……また争いになって多くの命が失われるよりはマシだと思うしかない。幸いにも、末の王子は内政重視のゴリゴリの慎重派で争いは好まないみたいだし。
……というか、末の王子が勝利したのって、ガードナー侯爵家のおかげなのよね。
普段から権力なんて気にせず、付き合いたい相手とだけ仲良くしていたガードナー侯爵家は内乱になっても中立派だった。
しかし、争いが激化するにつれて各陣営のガードナー侯爵家を味方に引き入れようという動きが強くなり、いい加減にしろと切れたお母様が占いで次の王を予想。風見鶏のように機を窺っていた中立派たちが、めでたくお母様に選ばれた末の王子をこぞって支援したのだ。
お母様の占いって当たらないと思うんだけど、一部に熱狂的ファンがいるのよね。
「さて、仕事でも選びましょうか」
わたしはズラズラと書かれた仕事内容を一気に読み込んでいく。
「財務省、外務省、国務省の文官補佐……王立博物館の学者見習い、魔術棟の管理事務……まだまだあるわ。すごい量ね。でも、騎士団は入っていないのね。……今年は入団者がたくさんいたのかしら」
「騎士団の頼みは全部省いたに決まっているじゃないか」
「ああ、そう」
うちのお父様って本当に騎士団が嫌いね。若い頃何かあったのかしら。
「ねえ、お母様。王宮ってどんなところ?」
現役の宮廷占星術師に問いかける。
実際に働いている人の情報って貴重よね。
「そうねぇ。昔は高位貴族が幅をきかせていたけれど……今の文官は良くも悪くも実力主義ね。部署によっては足の引っ張り合いをしているし、貴族の中には不満を持った人間も多いわ。でも、うちの猜疑王は優秀だからそれなりになんとかなっているみたいだけど」
「猜疑王?」
なんか面倒くさそうな響きね。
「母親には利用され、兄弟王子には命を狙われ、友と恋人には裏切られ、側近には毒を盛られて、すっかり人間不信になってしまった可哀想なレヴィン陛下よ!」
お母様はプッと吹き出しながら言った。
「……なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「レヴィン陛下を占うのは楽しいのよ。いっつも見えるものが違うんだもの」
「それ、お母様の占いが当たっていないだけよ」
「そんなことないんだから!」
わたしは憤慨するお母様を無視して、書簡を読み進める。
真剣に考えているというのに、ロジェがわたしの足にまとわりつき、捨てられた子犬のような目で見上げる。
「お嬢様、やはり私とこの家にいましょう。なんなら、通いでもいいですから!」
うざい、キモい、却下。
「文官系は面倒そうだし……魔術棟はなしね。お兄様と違ってわたしには魔力がないもの」
「聞いておられない!?」
ロジェは叱られた子犬のようにシュンとしているが、わたしは笑顔で書簡を閉じた。
「よし、決めたわ。わたしは王宮の侍女になる。趣味と実益を兼ねてね」
制服付きで、貴族令嬢の定番の職業だから同じ年齢の人も多いだろう。それに結婚にも次の就職にもかなり有利だ。
そして何より、大好きな掃除ができる! これ以上ない選択肢だわ。