エリート候補と家族 4
「もう、我慢できない!」
わたしは衣装部屋に戻ると、適当なハンカチを後頭部で結んで口を覆いマスクの代わりにした。およそ貴族令嬢とは思えない格好だが、わたしの心はある決意に満ちていた。
「ゴミは死すべし!」
力一杯叫ぶと、わたしは再び廊下に戻る。そして物置部屋から掃除道具を一式引っ張り出す。
今まで忙しすぎて疲労も溜まっていたせいか、家の汚さに気づかなかったわ。こんな……悪魔の城になっていたなんて!
「死すべし、死すべし、死すべぇぇええし!」
「お、お嬢様……」
ロジェがあたふたしながらわたしに駆け寄る。その瞬間、ふわりと埃が舞い上がった。
わたしは怒りのあまりロジェに殺気だった目を向ける。
「ロジェ、邪魔するなら引っ込んでて!」
「はぃぃいい!」
ロジェは敬礼しながら高速で逃げていった。
邪魔者がいなくなったところで、わたしはワンピースの袖をまくる。
「ゴミと埃は駆逐してやるわ!」
長年締め切っていた窓を開け放って空気の通り道を作ると、ハタキを使って窓枠や燭台の埃を落としていく。いらない木箱や空き瓶は分別して外のゴミ置き場に持って行き、箒とちりとりで埃をかき集める。
そして花瓶などの美術品は革製の布巾で磨き、満足いくまで床を磨いた。
「ああ、なんて美しい床なの」
顔が映るほどピカピカになった廊下の床に寝転ぶと、わたしはうっとりと頬ずりをした。
「至福ぅ」
いつの間にか発作は治まり、今は爽快感と幸福感がわたしを包んでいる。このまま床にへばりついたまま眠るのも良いかもしれない。
「おおおおお嬢様、そろそろ食事を取りませんと。朝から何も食べていないでしょう」
顔を上げると、ロジェが青い顔でわたしを覗き込んでいた。
「そうねぇ」
窓を覗けば、もう夕日が差している。確かに食事もしていない。だが、それよりもわたしはこの家の悪が滅びていないことの方が重要だった。
この家の使用人はロジェしかいないから、食堂と玄関、わたしの部屋以外は掃除の手が回っていなかったみたいなのよね。
「お父様とお母様の部屋を掃除したら考えるわ」
マッドサイエンティストと民族衣装大好き占星術師の部屋は、それぞれの研究室も兼ねている。廊下にあった荷物も、二人の部屋から溢れてきたものだ。部屋の中はさぞ酷い状態に違いない。
漆黒の悪魔が住み着いているのも、二人の部屋のどちらか……いいえ、両方かもしれないわ。
とは言っても、お父様とお母様の部屋には鍵がかかっている。掃除中も出てこなかったことから考えて、掃除には乗り気ではないのだろう。
「ロジェ、扉を破壊できるような工具を持って来てちょうだい。木製だから、大した手間もかからないでしょう」
「お嬢様!?」
「悪を退治するのに、手段など選んでいられますか。悪即斬! これが世の鉄則よ。いいから早く持って来て!」
「か、かしこまりました!」
ロジェは物置からアイアン製の大きなハンマーを急いで持って来た。そして騎士が剣を捧げるように、片膝をついてわたしにハンマーを捧げる。
「なかなか良いハンマーね」
騎士団の演習にもよく参加していたわたしは、一通りの武器を扱える筋肉と技術がある。ハンマーを握ると感触を確かめるように素振りを始めた。
ブンブンと空気を切る音か小さく響く。
「ふふっ、一撃で殺せそうね」
わたしが上機嫌に呟くのと同時に勢いよくお父様とお母様が部屋から出てきた。
「フェリス! ここには毒や作りかけの薬なんかが置いてあって非常に危険だ。掃除は後で私がやるから大丈夫だよ」
脂汗を流すお父様にわたしは優しく微笑んだ。
「問題ありませんわ。毒の扱いや薬学はみっちりお父様に仕込まれています。だから……汚いゴミはぜぇーんぶ綺麗に掃除できますよ。安心してくださいね?」
「汚いゴミってどこまで!? まさか私まで掃除する気じゃないよね? 後生だ、やめてくれフェリスゥゥゥウウ!」
「いいえ、掃除します」
追い縋るお父様を無視して、わたしは一撃で扉を破壊する。
バコーンという音と共に扉が吹っ飛んで風通しがよくなり、甘いような酸っぱいような独特な香りが屋敷中に充満した。中はもちろんゴミ屋敷同然で、物が積み重なり、壁や床は染みだらけだ。
「そ、そうだ。私の部屋の前にジリアンの部屋を掃除したらどうかな?」
「わたくしを売ったわね、クリフ!」
お母様がキッとお父様を睨み付ける。そして言い争いが始まり、夫婦喧嘩に発展していった。
わたしはその間に黙考し、ポンと手を叩くとハンマーを振りかぶった。
「まあ、確かにお母様の部屋は異国の衣服や香木、怪しげな占い雑貨が散らかっているだけでしょうから早く終わりそうですね。大体が燃えるゴミですし。そーれ!」
バキンッメキメキと嫌な音を立てながら、お母様の部屋の扉が砕け散った。
「やめてぇぇえええ! ゴミなんて一つもないのよぉぉおお!」
お母様はそう叫ぶが、部屋の中にはまったく使っていない衣服や埃の被った雑貨が無造作に積まれていた。賞味期限がとっくに切れていそうなお菓子の箱まで置いてある。
「一年使わない物は基本的にゴミですよ。ゴミはすぐに焼却しないといけません。だってゴミは悪なんですから。ふふっ……ふふふっ……」
わたしは可愛らしくハンマー両手で握りながら小首を傾げた。
「三人とも、とりあえず掃除の邪魔なのでどいてくださいます? じゃないとあなたたちも掃除しますよ?」
「「「ひぃっ」」」