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エリート候補と家族 3


 心臓がドクンと跳ねるが、わたしは穏やかに微笑んだ。



「わたしだって、いつまでも子どもじゃないのよ。騎士団のことは、前々から考えていたの。もっと働きやすい仕事がいいなって」



 普通なら娘が前世の記憶があります!とか言ったら、頭がおかしくなったとか、寂しくて嘘を吐いているんだろうとか言われるんでしょうけど、家は絶対に違うわ。

 マッドサイエンティストと占星術師に前世のあれこれがバレたら、確実に実験や占いに付き合わされて遊ばれる。そんなの絶対に嫌よ!



 内心で冷や汗をかくが、対人スキルがあまりない両親はわたしの演技に疑問を持たずに頷いた。



「女の子の成長は早いものだね。ちょっと現実的で夢がない気もするけど」


「もしかしたら、わたくしたちのために騎士団に入っちゃうんじゃないかって心配だったのよ。フェリスったら、わたくしたちに似て真面目なんだもの」


「そうだね、ジリアン」



 ねーとお互いに顔を見ながら頷き合う両親に、わたしは頭痛がした。


 ……日差しが気持ちいいからって仕事に遅刻したり、実験の時間が減るから王家主催のパーティーを平気で欠席したりするような自由奔放な変人たちが、いったい何を言っているのかしら。



「……わたしは、確実にお父様とお母様には似ていないわよ。産みの両親に似ているんじゃない? 飲食店か何かを経営していたんでしょう?」



 わたしの産みの両親は、お父様とお母様と身分を超えた親友同士だったらしい。隣国の庶民街を練り歩いては、様々な事件を起こしていたそうだ。

 そんな縁もあり、海難事故で産みの両親が死んだ後に一人娘だったわたしを引き取ってくれたのだ。



「いやいや、フェルはお調子者でフェリスぐらいの年の頃は女性とギャンブルに夢中だったよ」


「ナタリアもこっちが心配するほど天然で、のほほんと流れるまま適当に生きていたわね。よく詐欺に引っかかってたわ」


「あー、うん。さすがはお父様とお母様とお友だちだっただけあるわ」



 ちょっと引き気味でわたしは答えた。

 微妙な空気を察したのか、沈黙していたロジェがゴホンと大袈裟な咳払いをする。



「えー、旦那様、奥様。重要なお話をまだされていませんよ。お嬢様が入団しないとなると、騎士団の連中が黙っている訳がありません」


「適当に無視をしたら? 別に正式に入団手続きした訳じゃないのよ」


「奥様。あの暑苦しい直情馬鹿の集団が無視程度で黙るとお思いですか?」


「確かにロジェの言う通りだ。奴らは単細胞だからね。仕方ない。一服盛ろうか」



 今日は良い天気だね、とか言いそうなぐらい爽やかな顔でお父様が物騒なことをのたまった。



「ちょっとお父様!? もっと円満にいきましょう!」


「ええー、薬で記憶をぶっ飛ばせば楽なのにー」


「安心してください、お嬢様。証拠隠滅は、私の得意分野です。ごく自然な感じで薬を盛りに盛ってみせますよ」


「ロジェの馬鹿。少し黙ってて」



 ロジェは耳をたらした子犬のようにシュンとしたが、わたしはそれを無視して考える。



「……やっぱり、別の仕事に就いてしまうのが手っ取り早いわよね」



 幸いにも、正式に騎士団に入ると宣言した訳ではない。向こうの騎士団長はかなり熱心な勧誘だったが、別の仕事に就いてしまえばさすがに黙るだろう。


 わたしは、自分以外にできない仕事というのは基本的にないと思っている。王様だって、いなくなれば代わりはいる。だから、わたしが騎士団に入らなくても社会は円滑に回っていくだろう。



「お嬢様はどんな仕事をしたいのですか?」


「どんな仕事、ね」



 ロジェの問いかけに、わたしは渋面を作る。

 やりたい仕事なんてない。家族や周りの反応ばかり気になって、自分のことがまるっきり分からないのだ。何が好きで、何をやりたいのか。そんな子どもでも分かる単純なことが分からない。


 わたしは、どこまでもからっぽだ。



「安心してください、お嬢様! 行商人、ホテル業、飲食店経営、研究職、ギャンブラー……どんな職業に就こうとも、私が全力でサポートをして誠心誠意末永くお仕えいたします! 私のすべてはそう……お嬢様のもの……」


「……愛がキモ重い」



 わたしは真顔で呟いた。



「そうだ! 迷っているならば、わたくしがフェリスに一番相応しい職業を占ってあげる!」


「それは妙案だね、ジリアン。宮廷筆頭占星術師に占ってもらえるなんて、とてもすごいことなんだよ」


「結構よ。お母様の占いって当たらないじゃない」



 わたしがそう言うと、お母様は少女のように頬を膨らませた。



「普段はそんなことないのよ! フェリスが特別見にくいの! 今度こそ当ててみせるわ」



 とは言っても、母がわたしを占って当たったことはない。信用度は0である。



「占いはまた今度ね」



 今は仕事について考えなくては。

 法衣貴族の子女は、のんびり暮らしていく訳にはいかない。しっかりと自分で稼がなくては豊かな生活は送れないのだ。まさに実力主義。



「仕事は……そうね。制服がある仕事がいいわね。具体的に決まるまでは、家の仕事でもしているわ」



 手紙の代筆に、お父様の顧客との交渉、貴族たちとの社交などなど、やることは腐るほどある。

 今のうちに色々と片付けようと頭の中で計画を立てる。



「あ、今日のことはセシルにも報告しないといけないねぇ」


 

 セシルはお父様とお母様の正式な息子で、わたしの七つ上だ。宮廷筆頭魔術師として働いている優秀な兄である。……ちょっと……いや、かなり変人だが、魔術師としての力量はこの国で一番だ。



「そうね、クリフ。フェリスが騎士団に入らないって聞いたら、飛び跳ねて喜ぶわ」


「お兄様は魔術棟で研究詰めでしょう。お仕事の邪魔はしたくないから、後で手紙でも送っておくわ」



 お兄様は変人だけど、魔術師として国防の要だ。そんな人に妹が騎士団に入らないというだけで家に呼びつけるのは気が進まない。だが、わたしがそんな感情を抱くのは、お兄様が妹のために家へ帰ってくるという確信があるからだ



 ……親の心子知らずというけれど、本当ね。血が繋がらないってだけで家族と線引きして、愛されていた自覚がないなんて、わたしって本当に馬鹿だったわ。



 ガードナー侯爵家の交渉役と貴族たちに認識されていたのは、わたしが家族に愛されていたからだ。お父様たちを動かせる存在だと彼らが認識していたから、わたしの価値はあった。家族に愛されることで、わたしは守られていたのだ。



「ねえ、お父様、お母様。それにロジェ。わたし、みんなのこと愛しているわ。ここまで育ててくれてありがとう。これからも家族でいてね」



 人間いつ死ぬか分からない。だから、後悔のないように生きていこう。

 大事な人への感謝は、生きているうちに言わなくっちゃね。


 

「「フェリス!」」


「お嬢様!」



 涙を浮かべる両親とロジェを見て、やはり心配をかけていたのだなと、わたしは苦笑する。

 これからはもっと、家族孝行をしていこう。わたしはこの家が大好きだから。



「さて、食事でもしてこようかしら」



 長年の憂いが晴れ、わたしは自然と笑みを浮かべる。

 そして軽快な足取りで勢いよく扉を開けると、もわんと灰色の綿埃が舞った。



「え?」



 鼻に届くカビの臭いに顔を顰めると、恐る恐る廊下を覗く。そこには木箱や空の酒瓶、異国の雑貨などが乱雑に積まれており、物置のようになっていた。天井には蜘蛛の巣が張り、床は分厚い埃の絨毯で覆われている。そしてカサカサと音を立てながら、ゴキ――漆黒の悪魔が壁を颯爽と駆けていく。


 わたしはそれを見て、呆然と立ちすくんだ。



「騎士団に入らないのなら、フェリスはずっとこの家にいることができるね。お父様は嬉しいなぁ」


「あら。わたくしも嬉しいわ。やっぱり娘には家にいて欲しいわよね」



 るんるんとスキップを踏みながら両親が廊下に出た。埃やその他諸々の惨状を気にした様子はない。



「あの、お嬢様? いかがなさいました?」



 立ちすくむわたしに、ロジェが心配そうに声をかける。しかし、わたしはそれに返事をする余裕もない。



「はぁっ、はぁっ」



 喉が焼け付くように痛い。冷や汗が止まらない。


 一面の埃、埃、埃! そして漆黒の悪魔!


 それを見るとドキドキと心臓が耳に響くほど脈打ち、眩暈がする。まるで心臓発作だ。



「お嬢様!? 呼吸が乱れている……早く医者を呼ばなくては」



 慌てるロジェを押しのけ、わたしは胸を押さえる。


 思い起こされるのは、前世のわたしの死に場所であるゴミ屋敷。わたしの無念と怒りが混ざり合い、ぐるぐると心の中に渦巻いた。


 吐きそうになりながら、わたしは喉を震わせる。



「こんな……こんなゴミ屋敷が許されるかぁぁあああ!」



 この瞬間。わたしは掃除魔へと生まれ変わった。



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