前世の記憶を整理中
「うーん、二度寝って最高だわ」
ぐーんと背伸びをして、わたしはのそのそとベットから起き上がる。白いワンピース型のパジャマはずり下がり、右肩が露出しているが、気にせず壁に掛けられた大きな姿見の前に立った。
「……客観的に見て、わたしってなかなかの美少女よね!」
寝起きで髪はボサボサ、涎の跡もついていた。だけど、深い藍色の髪は痛みが少なく伸ばされていて、瞳はペリドットのように澄んだ黄緑色だ。
顔のパーツは均整良く並び、お肌もミルク色でモチモチしている。身体も筋肉と女性らしい曲線が見事に調和し、身長が高めなこともあってとてもスタイルがいい。
「この素材に気が付かないとか、どんだけ余裕がなかったのよ」
勉強、礼儀作法、剣術の訓練などなど、目の前のことに精一杯でフェリスは自分の容姿になんて点で興味がなかった。
流行のドレスになんて見向きもせず、髪を雑に一結びにして動きやすい騎士服を喜んで着ていた。化粧にも興味がなかったので、常にスッピン。夜遅くまで勉強していたので、目の下の隈も酷かった。
「宝の持ち腐れってまさにこのことね。美人って色々と利用できるのに。真剣に手入れしなきゃ」
前世のわたしの持論だが、美人の営業マンは男女関係なく成績が良くなりやすい傾向がある。もちろん、社会人の常識がなかったり、仕事を適当にやったり、自社商品の知識のない者は論外だが、真面目な美人は強い。
まず、男女関係なく美人は顔と名前を覚えられやすい。次に警戒心や不快感を抱かれにくい。飛び込み営業をしても「わぁっ、綺麗な人!」となり、平凡顔よりは邪険にされにくいと利点が多いのだ。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというのはあながち間違いではなく、営業もまず話を聞いてもらえなければ新規の契約は取れないのである。
「まあ、デメリットもあるけど」
他者からの嫉妬、誘拐やストーカー被害などなど。
思いつくだけで色々あるが、わたしは前世で二十四年生きてきたのだ。すべての人に好かれるなんて無理な話だというのは、とっくに知っている。他人に期待するだけ無駄だ。
だとしたら、美人のメリットを最大限に活かして生きていこうではないか。
「騎士になろうとしていただけあって護身術はばっちりだし、割と元気に生きて行けそうね」
学者になるか、文官になるか、騎士になるか。そう問いかけられることは多かったが、わたしはすでに自分のなりたいものは決まっていた。
それは……騎士だ。
武術が好きとか、誰かに憧れてとか、そういう純粋な動機ではなかった。
わたしの家族の職業は、父が怪しげな薬しか興味のない変人薬師、母は色々な国の民族衣装を着たまま王宮に出勤する変人占星術師で、七つ上の兄は王宮で珍妙なトラブルばかり起こす変人魔術師……と、自分のやりたいことばかり優先させる、ちょっと困った人物ばかり。一応は皆優秀なのだが、変人故に一般人はコミュニケーションが取りづらい。
そこで、期待されたのがガードナー侯爵家の中では比較的普通な養女、フェリス・ガードナーなのである。ガードナー家の調整役として動くうちに、わたしにできることはこれだと思った。
「家族を守るための人脈作り……手始めに、ガードナー侯爵家が関わりの薄い騎士団で出世しようって……本当に馬鹿よねぇ。苦労するに決まっているわ」
まず、騎士団は男所帯だ。それだけで、女性が上に立つのは難しい。女性騎士の活躍と言えば、高位の令嬢の護衛や式典の華として目立つことだ。出世するのはかなり大変だろう。
「だいたいにして、わたしは家族の中でも凡才よ。努力はできるけれど、天才にはなれないわ」
わたしはしゃがみながら、鏡越しに自分のふて腐れた顔を見る。
騎士になろうと必死に頑張って訓練を受けてきたが、筋肉は自分の理想ほど付かず、技術も体力も上位には入れても、三本の指には入らない。わたしは騎士になれたとしても、大成できないだろう。
「騎士なんて絶対無理! きつい、危険、汚いの3Kだし。名誉ある仕事と言っても、割に合わない気がするわ。公僕なんて御免よ。早速、人生プランを練り直さなくっちゃ」
わたしは立ち上がると、大きく拳を振り上げた。
「新生フェリス・ガードナーの平和な人生はここから始まるのよ!」
高らかに宣言をしたのと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「お、お嬢様! お願いですから死なないでくださぃぃいいい!」