入れ替え猜疑王の非日常 4
……え、謀反って何よ。わたしの身体で、何してくれちゃっているのよ!
焦るわたしを余所に、アトキンス公爵がアラベルとフェリスを手招きする。
「フェリスちゃんとアラベルちゃん! 王宮侍女の中でも人気の高い二人がこんなむさ苦しいところに来てくれるなんて嬉しいなぁ。さあ、入って」
「失礼致します」
「し、失礼、しますわ」
物怖じせずにフェリス――中身は十中八九レヴィン陛下――が入室すると、その後ろに縋るようにアラベルがついていく。おかしいな。わたしとアラベルは仲がすごく悪かったはずなんだけど。
「……謀反、と聞いたが?」
わたしが質問すると、フェリスは手に持っていた分厚い書類の束をドサリと机の上に置いた。
「侍女長と庶務統括長は横領を行っていました。手口は、消耗品など日常的に使う品物を中心に本来の価格よりも多い金額で購入申請を行い、実際の金額との差額を着服。私的に流用していたようです。こちらが証拠の資料になります」
愛想のない態度は、今までわたしが作り上げてきた人当たりの良いフェリス・ガードナー侯爵令嬢のイメージを一瞬でぶち壊した。
……仮にもこの国のトップたちが集まる場で、なんて不遜な!
「見せてもらっても良いかな?」
「どうぞ」
アトキンス公爵は資料を手に取ると、ペラペラと高速で文字を読み込んでいく。わたしは彼が読み終わった後に、じっくりとその資料を読んで額に手を当てた。
「すごいね、フェリスちゃん。数年分の偽造納品書と、周辺の商会での各物品の見積額との比較、不正購入したと思われる物品の一覧……それに、侍女長と庶務統括長の各商会への情報漏洩……こんなのどこから見つけてきたんだか」
「出所は申し上げられません」
そうでしょうね! だってその資料を作ったの……わたしだからね!
毎夜毎夜コツコツと陰から侍女長たちを失脚させることを目標にまとめあげていた資料を、こんなかたちで利用されるなんて思っていなかったわ。
これでは、どう考えても……自分の能力を国のトップに売り込んでいるみたいじゃない!
「午前中にレヴィンからまとめるように頼まれていた過去の購入申請と照らし合わせれば、より正確な資料が完成するね。レヴィンはもしかして、初めからフェリスちゃんが来るのを分かっていたのかな?」
にやけながら言うアトキンス公爵を睨み付けると、わたしは深く溜息を吐く。
「……知らん」
わたしの心からの言葉である。
「……ふむ。前々から庶務統括長の横領の噂はありましたが、国を立て直すので精一杯で手が回りませんでしたからな。人を入れても長く続かなくて、人事の方も苦労しておりました。これを気に、膿は出し切るのが良いのではないですかな?」
ベイカー伯爵は資料を読み込むと、よく手入れされた白い髭をひとなでする。
「それは良い考えだね、ベイカー伯爵。どうせ上は碌に仕事をしていなかっただろうし、首をすげ替えたところでさしたる影響はないだろうね」
そんな訳あるか。
庶務統括長は侍女・侍従・料理人たちを纏め上げ、各部署の代表と会議や交渉をしなくてはならないのだ。各部署に顔の利く、経験豊富な人間――――できれば、身分は貴族が求められる。なかなか人選が難しいはずだ。人材の出入りが激しかったので、少なくとも今の庶務部で適した人材は育っていない。
いくら金に目の眩んでいたボンクラ貴族だったとはいえ、この状態で首をすげ替えれば現場は混乱するに決まっている。
だから、ジワジワと失脚させようと狙っていたのに……。
恨みがましい目でフェリスを見ていると、とんでもないことをのたまった。
「でしたら、アラベル・ホーキンス侯爵令嬢を新しい管理職に押します」
「ええ!? わ、わたくしよりもフェリスさんがいいわ! あなたなら、みんなが納得するもの」
そう言って、アラベルは尊敬の眼差しでフェリスを見つめる。本当に、たった1日でどれだけ仲良くなっているのよ!
「……侍女長と庶務統括長はどうなっている?」
「手錠と縄で拘束しました。侍女と料理人たちが見張りに就いております」
「拘束はフェリスさんがやったのですよ! 鮮やかな身のこなしで……すごく格好良かったですわ!」
いや、もう本当に何をやっているのよ!
一侯爵令嬢が、貴族の役職持ちを拘束? ……信じられないわ。わたしが苦労して積み重ねてきたお淑やかなイメージが……イメージがぁぁあああ!
この場から逃げ出したい。そして誰も知り合いのいない大海原へ旅立ちたい。そんなわたしの胸の内は誰にも理解されず、話はどんどん進んでいく。
「証拠処分をされても困りますし、短期決戦をしかけたのは正解ですな。横領されていた金額をざっと計算しても、国家予算の四分の一はありましょう」
「だってさ。どうするの、レヴィン」
アトキンス公爵の言葉に、わたしは思考を巡らせる。
どうしてフェリス――レヴィン陛下はわたしの身体で手柄を立てるようなことをしたのか。
「……侍女長にアラベル・ホーキンス侯爵令嬢を、庶務統括長にはフェリス・ガードナー侯爵令嬢を就かせる」
「あ、ついでにレヴィンに専属侍女を付けようよ。侍女を嫌って、いつまでも仮眠室暮らししている訳にはいかないだろう。せめて、身の回りの世話ぐらい誰かに手伝ってもらった方が良いよ。身体もボロボロだしね」
考えれば考えるほど、レヴィン陛下の術中に嵌まっているのだと理解する。彼はわたしに、この一言を言わせたいがために、こんな大がかりな告発をしてきたのだろう。
「……だったら、フェリス・ガードナー侯爵令嬢を専属侍女にしよう」
睡眠不足になるほど仕事を抱え込もうとしながらも、周りの感情を無視して一番効率的に事を運ぼうとする。合理的なのか、そうではないのか……レヴィン陛下という男が分からない。
彼は最短でわたしとレヴィン陛下が一緒でも疑われない状況を作り出したのだ。課程はいただけないが!
「庶務統括長の仕事と兼任は大変そうだけど、彼女は優秀だからいいよね。優秀な人間を休ませておく時間はこの国にはないんだから。バリバリ働いてもらおーっと」
「前代未聞の昇級ですな。皆が羨むエリート街道を女性が歩むなんて、この国は良い方向へと向かっておる。これもすべて、陛下のおかげ!」
ベイカー伯爵とアトキンス公爵が弾む声で話している横で、わたしは心の中で泣いていた。
わたしは、周りに搾取されるエリートなんかになりたくないのよ!