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入れ替え猜疑王の非日常 3


 やばい、やばい! レヴィン陛下の中身が違うって怪しまれている!?


 アトキンス公爵が入れ替え術の関係者だからなのか、それとも最年少で宰相まで上り詰めただけある洞察力の力なのか……。


 ドクドクが心臓が鳴りつつも、わたしは冷静に思考を回転させる。


 もしも入れ替え術の関係者だった場合、ここで相手を疑うようなことはせずに黙っているんじゃないの? そうすると、ただの直感や鎌かけの可能性の方が高いわ。



「そうだったか?」



 わたしは深く溜息を吐くと、目頭を指で揉む。


 ここで多くを語れば怪しまれる。何より、また墓穴を掘るかも知れない。疲れて適当なこと言っちゃった~アピールでここはどうにか切り抜けるしかない!



「まあ、今日もレヴィンは2時間しか睡眠を取っていないからね。いつも『俺』って言っているのに間違えるから、ついに頭がパンクしちゃったのかと思ったよ」



 アトキンス公爵は元の柔和な笑みを浮かべると、わたしに書類を渡す。



「これ、可愛い侍女ちゃんたちからの購入申請。しっかり目を通して判を押してくれよ」


「……ああ」



 わたしは書類を受け取ると、真ん中の一際立派な机へと向かう。椅子も背もたれ、肘掛け付きのクッション製のある高級品で、ここがレヴィン陛下の席で間違いないはずだ。


 そっと腰を下ろすと、クッションに深く身体が沈み込む。すると、デスクワークにありがちの異変がわたしを襲った。



 ……レヴィン陛下、腰痛持ちかよ。



 まだ二十代前半の男盛りに腰痛持ちって、どんだけワーカーホリックなのよ。信じられない。この身体扱いにくい! しかも、机には未決算の書類がジェンガみたいにそびえ立っているし。



 肩と腰の筋肉がバキバキで、うまく正しい姿勢が取れない。まるで社畜時代に戻ったような感覚にわたしは頭を抱えたくなる。

 


「……とりあえず、この仕事からか」



 先ほどアトキンス公爵からもらった書類を眺め、わたしは眉をひそめる。



 ……こんな書類を国王自ら決済しているというの?



 書類の内容は備品の購入申請で、石鹸や雑巾などの日常的に使う消耗品のみだ。こんなもの、国王まで通すべき書類ではない。もっと下の役職で決済すればいいだろう。



「……カルロ。この書類と似たような購入書類は他にあるか?」


「あるよ。今日来たのは財務省のおやつ購入申請と、外務省の文具購入、調理部門の食材仕入れ申請だね」



 アトキンス公爵は慣れた様子でズボッと机の書類の山から狙った書類を抜き取り、わたしの目の前に重ねていく。


 それらをザッと確認すると、わたしは再び侍女の申請書類を眺めた。



 ……食材や文具に関しては街で仕入れるのとほぼ変わりない見積もり額なのね。王宮だから少し高めに業者に支払っているのかもしれないと思ったけれど……そんなこともないのね。



 わたしは一瞬、ニヤリと笑うとすぐに無愛想な表情に戻る。



「食材や文具の仕入れに関しては、見積額に大きな変更はないだろう。ここまで回さずとも、各部署の責任者で決済して構わない。むろん、収支報告書は定期的にこちらに提出しろ」


「侍女の申請書類は?」


「気になることがあるから、しばらくは現状のままだ。気になることがあるから、ここ数年の申請書類を後でまとめといてくれ」



 わたしがそこまで言うと、アトキンス公爵が目をぱちくりとさせた。



「分かったよ。でも驚いたな。レヴィンが人に仕事を任せるなんて。何でも書類をチェックしないと気が済まない偏屈なのにさ」



 ああああああ、また間違えた!


 どうにも『仕事を溜め込んで後々部下たちにしわ寄せがくる系上司』が許せなくて、いらんことをしてしまった。でも、こんな非効率的な仕事を見ていると身体がムズムズするのよ!



「……他の仕事が遅れそうだから、仕方なくだ」


「さすが陛下! 神にも勝る采配です!」



 ベイカー伯爵が涙をハンカチで拭いながら言った。



「……気持ち悪い」



 わたしは小声で呟き、ちらりとアトキンス公爵を窺う。

 彼は自分の仕事に集中しており、先ほどのようなわたしを疑う目はしていない。



 ……すぐにどうこうなる状況ではなさそうね。



 本当ならば、今わたしの身体がどうなっているのか知りたい。もしもフェリス・ガードナー侯爵令嬢の身体が死んでいるのならば、すぐにでも国王へ連絡がいくはずだが……その様子もないとなると、魂の入れ替わり説が濃厚だ。



 いきなり関わりのなかった侯爵令嬢のことを聞いたら不審に思われるわ。しばらく……できれば3日ほど様子を見たいところだけど。


 下準備をして一侍女と会っても不自然ではない状況をつくり、レヴィン陛下と対策を考える。それが一番穏便な方法ね。レヴィン陛下もそれを望んでいるはずだわ。



 わたしが思考を纏めながらひたすら決算印を押した。その後は外交関係や税金政策など、国家を左右しそうな案件を適当にはぐらかしながら、休憩もせずに仕事へ没頭する。


 細かい事務処理が多く、わたしでも決定できることが多くて助かった。来客もなかったことも幸いだ。アトキンス公爵もあれ以来わたしを疑う様子もなく、窓から差す光はあっという間に暁に変わっていった。



「……ふぅ」



 わたしは万年筆を置き、小さく溜息を吐く。



「今日もすごい集中力だったね、レヴィン。夜も残業するのかい?」


「……少しだけ。だが、絶対に5時間は睡眠時間を取る」



 アトキンス公爵との会話も大分慣れ、緊張や警戒心は薄れていった。ダメな変化だとは分かっているが、この頭痛・眼精疲労・肩こり・睡眠不足・腰痛持ちの身体では、思考するのも話すのもかなりのエネルギーと集中力を必要とする。



「それはフリッツ次第じゃないかな。今日はいつもより戻ってくるのが遅いし」


「ああ」



 適当に相槌を打つが、わたしはフリッツなる人物を知らない。レヴィン陛下の側近の一人なのだろうが……。


 そんなわたしの不安をよそに、廊下からドタドタと誰かが走る音が聞こえた。訝しんでいると、バタンと大きく執務室の扉が開かれる。



「お疲れさまでーす! フリッツ・マクドネル。部署めぐりから帰ってきましたー!」



 現れたのはわたしよりも年下であろう、ソバカスが特徴的な少年だ。愛嬌のある顔立ちで明るく、年上に可愛がられそうなタイプである。



 ……マクドネルというと、確か地方の男爵家だったはず。社交界には出てこないから、あまり裕福な家ではないはずね。



「うるさいよ、フリッツ。財務省からの書類は預かってきたんだろうね?」


「もちろんです、カルロ様! 他に国務省から起案書を預かっていますよ」


「ありがとう。君はそそっかしいところがあるからね。ちょっと心配だったんだ」


「まだここに配属されて1ヶ月ですからね! 多めに見てくださいよー」



 フリッツはアトキンス公爵に書類を渡し、ベイカー伯爵にも薬袋らしきものを渡している。



「ベイカー伯爵、頼まれていた湿布薬です」


「うむ、助かる。なかなか医務室に取りに行く時間がなくてな」


「お安い御用ですよ!」



 ……どうやら、フリッツは各部署を回るメッセンジャー的な役割をこなす職員のようね。



 わたしは咳払いをすると、フリッツに声をかける。



「フ――いいや、マクドネル。他の部署に何か……異常はなかったか?」


「あ!」



 フリッツはバツが悪そうに声を上げた。



「……なんだ。今すぐ話せ」


「異常……というか、謀反がおこりました! 侍女長、並びに庶務総括長などの汚職が告発され、侍女たちと料理人たちがボイコット……城内はてんやわんやで、このままだと夕食が作られないかもしれません!」


「何故それを早く言わない!」



 わたしが叫ぶのと同時に、開けっ放しの扉から二人の侍女が現れる。

 一人は、ガチガチに緊張した様子のアラベル・ホーキンス侯爵令嬢。そしてもう一人は――――



「お忙しいところ申し訳ありません。フェリス・ガードナーと申します。その謀反の首謀者です」



 言葉は丁寧だが、纏うオーラと態度が侍女にしては威風堂々としている――――正確に言うと、愛想の欠片もない人を射殺しそうなほど鋭い眼光のフェリスわたしがそこにいた。



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