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転生侍女の平凡なる日常 3

タイトル変更しました。


猜疑王の専属侍女はエリートがお嫌い

転生したので、今度こそエリートになりません!




 侍女長のからパワハラ命令が下った後、わたしは衛生部門の詰め所へと来ていた。中には同僚たちが待機しており、心配そうにわたしを見ている。



「ちょっと、フェリス! 本当に一人で行くの? 私たちも協力するよ。どうせ侍女長は掃除の監督なんてしないし、こっそり手伝う分にはいいでしょう?」



 どうやら、わたしが地下書庫の掃除を命令された話は既に回ってきていたようで、ライラたちは酷く怒っている。



 ……いい同僚を持ったな。



 見て見ぬ振りをすれば簡単なのに、同僚たちは本気で心配をして力になろうとしてくれている。こういった部分は前世よりも恵まれているなと思う。



「いいのよ。みんなはもう上がって。そのかわり、明日はわたしのフォローをしてね」



 心配してくれているのは嬉しいけれど、ひとりで掃除をしていないことが侍女長にバレると厄介だ。侯爵令嬢のわたしは大した罰は下らないだろうが、平民や訳あり貴族の彼女たちだと命令違反として即日解雇もあり得る。


 だったら、わたし一人で掃除をして、他部署の人たちに可哀想な侍女アピールをして後々の復讐に活かした方が有益だ。


 タダでこき使われたりしないんだから!



「……また侍女長に酷いことをされたら言ってね。絶対に力になるから」



 ライラはグッとわたしの手を握る。

 彼女の瞳はいつもの幼さが消え、いかにも頼れるお姉さんという雰囲気だ。なんだか少しロジェに似ている。



「ありがとう、ライラ」



 わたしは微笑むと、ライラたちに「お疲れ様」と言ってそのまま地下書庫へと向かう。


 地下は昔牢獄に使われていたようで、厳重な作りになっていると聞いたことがある。そこをリフォームしていくつかの部屋が造られたが、常に灯りが必要だと面倒だということで殆ど使われていないはずだ。


 侍女たちの掃除も一ヶ月に一度だけ。しかも、地下道だけだ。


 通りすがりの文官たちに『上司に虐められた可哀想な侍女』アピールをした後、わたしは手提げランプを持って地下道を歩いていた。


「外もすっかり日が落ちているし、地下道は闇の中だし。ランプの光は趣のある色だし。幽霊でも出そうな雰囲気ねぇ」



 本当は魔術を使った前世のLED電球並に光る最新型のランプを使いたかったが、現在上層部がデスマーチ中で不足しているため、油を使った原始的なランプを持っている。光の色は赤橙色で蝋燭のようにボンヤリとしか周りが見えない。



「地下って湿気が多いと思うのだけど、どうして書庫なんて造ったのかしら」



 ぶつくさと文句を言いながら、わたしは地下道の一番奥にある書庫の扉を開く。

 すると、大きな肉食の魔物が音もなく現れた。



「うわっ、びっくりした! ……剥製か」



 がおー!と今にも襲ってきそうなポーズで止まったままの剥製を見て、わたしはホッと胸を撫で下ろす。



 心臓に悪い……わたしが老人だったら今ので死んでいるかもしれないわよ! これも嫌がらせかしら。



「書庫というよりも物置ね」



 辺りを見回せば、他にも剥製や空き瓶、無造作に積まれた本の山なのが放置されている。当然、物の上や床には埃が積もっていた。



「はぁっ、はぁっ……汚い……掃除が捗るわ!」



 恍惚とした表情でハタキを握ると、わたしはランプを持ちながらその場でクルクルと回る。



「パワハラはうざいけど、この掃除しがいのある部屋は最高よ! 王宮にまだこんなに汚いところが残っているなんて思いもしなかった。寮に戻ったら高いワインのボトルを開けるわ! 今日は汚れ記念日!」



 鼻歌を歌いながら、上機嫌で部屋の掃除をしていく。

 明日、この部屋の何を使うのかは分からないので、物は捨てずに整理整頓と綿埃の掃除を中心に行っていく。


 不思議なことに、大好きな掃除をやっていると集中力がいつまでも続く。もう深夜に近いというのに、一度も休まず身体を動かした。



「なんて美しい空き瓶なの。大粒のダイヤモンドよりも綺麗だわ」



 最後の空き瓶を磨き終え、部屋の奥に仕舞っていると古い扉がランプで照らされた。



「元が牢屋だったのに、続き部屋なんてあるの? こっちも掃除しなくちゃいけないわね。朝帰りコースになりそう……」



 扉を開くと、そこは七畳ほどの小さな部屋になっていた。棚などの家具は置かれていないようで、絨毯も敷かれていない。



「意外と埃っぽくないわね。もしかして、誰かサボり部屋に使っているのかしら」



 ランプを掲げ、部屋全体をテラスと焦げ茶色の木の床に薄らと黒い線が見えた。赤橙色のランプでは模様まではよく見えない。



「床に落書き!? これ絶対に嫌がらせだわ。どうせ落ちにくい塗料とかでしっかりと書いているんでしょ。侍女長め、手の込んだパワハラしやがって……! ゴミも置いてあるし!」



 わたしはズカズカと部屋の真ん中まで歩くと、落ちていた布きれを拾った。



「……上質な絹のハンカチ? でもこれ、黒い染みがあってゴワゴワしているわ。この感触……もしかして、血液?」



 ハンカチに鼻を近づけると、ほのかに鉄の匂いがした。



 やっぱり、血液? それとも塗料?


 首を傾げて考えていると、突然足下が紫色に点滅し始める。丸く円を描くようにわたしを取り囲み、中心には人間の眼球のような不気味な絵が浮かび上がる。



「な、何!? きゃあっ」



 驚いてハンカチを落とすと、紫色の光はすぐに消えた。

 冷や汗をかきながらランプを床に近づけると、先ほどまであった黒色の塗料が見当たらない。落書きなんてなかったかのように、ただ古い床板があるだけだ。

 

 そっと落ちたハンカチを再び拾うと、手の皮膚ごしにツルツルとした絹特有の感触が伝わる。



「……ハンカチの染みが消えている。疲れたわたしも見せた幻覚? それとも心霊体験?」



 そう声に出すが、誰もわたしの疑問には答えてくれない。

 不気味さに鳥肌が立ち、わたしは両腕を擦った。



 ……身体に痛いところはないし、床が爆発した訳でもない。特に変わった様子もないし、こんな真夜中に騒ぎ立てるのは懸命ではないわね。どうせ取り合ってはもらえないわ。



「……一応、このことは明日の朝一に報告しましょう」



 ただの悪戯だと思考を振り払い、わたしは掃除を終わらせる。

 寮に戻ってからは日課の日記を書かずに、浴びるように酒を飲んで眠りに落ちた。



    ☆



 ジリジリジリと耳を劈くようなアラームの音で、わたしは乾く瞼を持ち上げた。



「んー、何よこの目覚ましの音。すっごい不快なんだけど」



 朝の光が差すが、まだ上手く視界が開けない。

 なんとか時計を探してアラームを止めると、わたしは喉を触った。



「なんか声が低いわね。深夜にお酒を飲み過ぎたかなぁ」



 昨日は心霊体験?のせいで寝付きが悪かったので、お酒の力を借りてしまった。

 ちなみにこの国では準成人の15歳から飲酒可能である。わたしはお酒が強い方だと思っていたが、どうにも今朝は調子が悪い。

 

 頭痛、肩こり、眼精疲労、全身の倦怠感にこの強烈な眠気。なんだか身に覚えのある感覚だ。


「もうすっごい調子悪い。社畜だった頃を思い出すわ」



 そんなに昨日の掃除が大変だったかなぁと思いながら背伸びをすると、スルリとシーツが床に落ちる。



「あれ、なんかスウスウする。わたしったら、寝ているうちに服を脱いだの? 裸族とかどこのセレブ美女……」



 ようやく開けた視界で部屋を見渡すと、そこは見知らぬ家具や豪奢な調度品が置かれていた。わたしは背伸びのポーズをとったまま身体を固まらせた。



 おかしい。昨日は寮に戻ったはずだ。もしかして誘拐!?



 焦るわたしは部屋中を見渡して、誰かいないか探し始める。そして、一人の人間を見つけた。壁にかけられた大きな姿見には、赤髪に鳶色の瞳をした……全裸の美青年が背伸びしていた。



「誰よ、この変態ぃぃいいいい!」



 わたしは喉から血が滲むほど全力で叫んだ。



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