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オレンジ色に染まる空が窓の外に広がっている。
実験で使う器具が窓側には並んでいて、ガラスにはそれぞれの景色が浮かぶ。
いつも目にしているのは太陽の日差しでキラキラと輝く器具と、たくさんの人影。
でも、今、この部屋にいるのは二人だけの、秘密の空間。
「『マネージャーさん。この仕事の後、予定空いてますか?』・・・どう?」
しんとした部屋に響くのは、スピーカー越しではない、彼の声。
「うーん。なんか、アッサリしてるっていうか……」
絶賛、秘密のレッスン中。
佐藤くんから、大まかな設定を聞いたところによると・・・今度、収録予定のは”マネージャーと仕事とは関係ないお出かけをする”というイベントらしい。
そのことを踏まえて聴いてみると、そもそも、私自身の胸にトキメキの衝撃が生まれてこなかった。
「一応、お出かけってなっているけど、つまりデートみたいなもんでしょ?
なんか、デートに誘われてる!? ドキっ! って驚きとか、展開になるような気がしないんだよねぇ」
今までの声オタとして培ったてきた知識しかないので、感じたままを口にする。
これで参考になるのだろうか?と不安になりつつも、佐藤くんを見やる。
「そっか・・・」
かなり、凹んでいる。
目に見えて、凹んでいる。
「い、いや。えっとねー。悪くはないと思うんだけど、なんというか『桜木 伸』ていうより『佐藤くん』っていう、地が出てる感じ?」
「つまり……演技が、できて、いない……」
慌ててフォローを口にしたつもりだったが、言葉を続ければ続けるほど、佐藤くんの表情は沈んでいく。
つまり、フォローができてない。
「いや、えっと。真面目は真面目でキャラは佐藤くんに違うんだけどね。
ほら『桜木 伸』は委員長キャラでしょう?普段は今までの通りで問題ないと思うんだけど、なんだろう、女子としては誘われてる!って、思いたいっていうか・・・」
説明しながら、自分でも、何を言っているのか分からなくなってきた。
しかし、”ただ、人を落ち込ませる”なんて声オタとしてのプライドが許せない。
ぐるぐると声オタ知識をミックスしながら考えた結果、ナイスなアイディアが浮かんだ。
「佐藤くん!」
思いついたら、すぐ行動!
沈む佐藤くんに声をかけると同時に、両手で佐藤くんの手を掴み、引き寄せる。
「っ!?」
佐藤くんの言葉にならない声と、大きく瞳を開いた表情で、自分の出した答え《アイディア》が正解だったことに確信を持つ。
「ね! 気分転換に遊びに行こっ?」
最後の一押し。
出来る限りの満面の笑みと用意していた言葉で語りかけた。
「ふぁぁぁぁ!?」
予想以上の驚きを表す佐藤くんに、思わず笑い声が漏れてしまう。
「ふふっ。予想外なことが起きて、ドッキリしたでしょ?」
「へっ・・・あ?」
一瞬呆けたような間が空いてから気づいた佐藤くんにナイスなアイディアを説明する。
「いつも真面目でしっかりしている委員長に、こう、誘いが来るなんて想像してないっていうか、ちょっと強引さみたいな、男らしさってやつかな?
そういう感じに誘ってもらえたら、女の子ってキュンってしちゃうのよね。
それを口を説明するのが難しいけど、こんな風な突然なビックリする衝撃に通ずるものがあると思うのっ」
「な、なるほど」
驚きの衝撃が抜け切れていない佐藤くんに向かい、腰に手を当てながら、この声オタの熱い想いをぶつける。
「そう、キュンとさせる! じゃなくて・・・『デートに誘いたい!』っていうイメージがいいのかも!」
声のお芝居も大事だけど、お芝居することに夢中になりすぎて気持ちがないがしろになってしまってはいけない。女の子って意外と聡い生き物で、言葉の中に隠された気持ちに気づいてしまう。嘘か真か。
「・・・その発想はなかった、そっか。
俺、台詞に囚われて、ちゃんとお芝居しようしようって……キャラの気持ち、ないがしろにしてたんだ」
佐藤くんにアドバイスをしながら自分の女の子として乙女心に気付くこともできた。
そして、その声オタだけでない乙女心が、何やらお役に立てたことが嬉しい。
再び、台本に向かい、文字を追ってブツブツとつぶやく姿は声優さんだ。
頑張れ、佐藤くん。