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 言いにくいことであることは予想できる。

 佐藤くんは強く口を結んでから、大きく息を吸い込んだ。


「っ、実は、俺・・・」

「うんうん、実は?」


 大丈夫、私の心は準備できている。


「俺が」

「佐藤くんが?」

「佐藤ユキなんだっ」

「うんうん、ゲームの関係しゃ・・・って、え?」


 たぶん、呼吸をすることを忘れた。あと、瞬きも忘れたと思う。


「ん??」


 かなり長い無音時間が続いたあと、やっと、呼吸を、言葉にすることにできたのは、たった一文字。


「あ、だから、その、俺が、ボイマスの桜木伸、なんだ」


 伝わらなかったと思ったのか、情報を追加してくれた。

 その言葉ボイマスによって、脳内処理はフル稼動の再起動。


「さ、佐藤くんが、せっ声優ってことぉーー!?」


 止まっていた反動は素晴らしく、自分でもびっくりするぐらいの大きな声が出た。


「そ、そう」


 そのパターンは予測していなかった

 え、言われてみれば、あれ、なんか、桜木くんに声が似ている?

 いやいや似過ぎでしょ。

 あれだけ声、声って言ってるくせに気づかないなんて、なんたる不覚!!


 て言うか、て言うか。


「芸名、ひねらな過ぎじゃない?」


 すごく似ているとは思っていたけれど、祐希とユキなんて。

 いろんなことが近すぎて、信じられないし、繋がらないよ。


「え!? なんか、思いつかなくて?」


 佐藤くんにとっても予想外だったのだろう、戸惑いが生まれていた。


「いや、でも芸名とキラキラネームって紙一重って言うか、確かに、意外と難しいかね。そうね、そうよね。他人が口にすべきことじゃないわよね。え、いや、ほんと、ちょっと待って、頭が追いついてないって言うか、通り越しているって言うか……」


 手のひらを上げて、佐藤くんの言葉を止める。


 そう。そう言うことじゃなくて。

 落ち着いて、私。

 えっと、つまり、目の前に桜木 伸くんがいるってこと、だよね?

 声優が目の前にいるってこと、だよね?

 声オタとして、こんなアニメみたいな展開があって、いいの? ねぇ?

 数十分前の私が否定してた世界が・・・ある?

 

 落ち着こう、私。


「・・・はっ!!」


 もしかして、これは寝不足な私が生み出した幻想とか、実はまだ夢の中ってやつ?


「いててっ」

「鈴木さん!?」


 ありきたりだけど、頬をつねってみたけど、すごく痛い。

 現実だ。今、目の前にいる佐藤くんが、声優ってこと・・・!?


「あ、ちょっと、確認しただけだから、気にしないで」

「あぁ……うん」


 ちょっと引いているな佐藤くん。私に話したこと後悔してそう。

 でも、聞いた以上、私はこの話からそう簡単に手を引けそうにもない。


「で、それで、なんで私に相談?」

「あ! その……実は、アプリゲームのダウンロード数があんまり多くないみたいで。

 それでっ! イベント追加しようってことになったみたいで、新規ボイスを録ることになったんだけど……それが、その、女の子向けだから、そう言うキュンとさせるセリフで……」


 あぁ。なるほど。


 佐藤くんの話をまとめるとーー。


 ゲームとはいえ、初のメインキャラ!

 なんとなくテンプレートでやってきたけど、女の子向けのゲーム。

 キュンとさせるセリフがきて、事務所内でやったものの、評価も良くない。

 しかし自分でも、どうやったらイイのかが分からない。

 マネージャーには「リアルな高校生なんだから、リアルな体験してこい!」なんて言われて、途方に暮れていた。

 悩んでいる間に、収録まであまり時間もなくなり、かと言って、演技の参考になりそうな恋愛話ができるクラスメイトがいない。

 そんなところに、声オタで、かつ、ゲーム自体をプレイしているクラスメイトがいた。

 声優業にも理解してくれそうだし、演技にもうるさ・・・細かそうである。


 と言うことらしい。


 追い詰められすぎての一大決心な相談じゃない?


 さすがに本人にそれを言うことはできないけれど。

 でも、そんな風に自分の好きなことが役に立てる時が来るとは思ってもみなかった。


「……事情はわかったけど、ほんとに私でいいの?」

「う、うん。ユーザーの声というか、反応が大事だし、何より、俺のキャラを選んでくれた鈴木さんなら、そういうの分かってくれるのかなって……」

 少し恥ずかしそうに目線を逸らす佐藤くん。


 くっ・・・何、そのよく分からない信頼。いや、嬉しいけども!

 こういうのが母性本能くすぐるってヤツなのかなぁ?

 グサッと胸に刺さる。刺さったよ。

 もう、そこまで丸聞こえだった!?って言う現実に軽く目が反らせそう。


「う、うん。」

「その、いくら好きと言えども、迷惑だとは思う。

 でも、セリフの練習に付き合ってくれないかっ?

 ずっとじゃなくていいんだ。その、収録までの1週間だけ付き合ってほしい」


 数分前まで自身無さげだった姿は一変し、強い言葉だった。

 佐藤くんがどれだけ必死の想いであるのか、声オタの私には想像に容易い。

 だって、いくら私が好きな新人さんとか、好きな声優さんを推しても、売れないときは売れない。

 どんなに演技が上手くても、カッコよくても、売れなければ、すぐに声が聞こえなくなってしまう。

 華やかにみえる声優の世界、実際は、泥まみれ以上に厳しい世界なのだ。


「……もちろん、いち、ゲームのファンとして、応援したいから」

「鈴木さん、ありがとうっ」


 眉間に皺が寄るほど力んでいた佐藤くん。

 私の返事を聞くと、安心したように目元が緩んだ。


「あ。もちろん、所詮は素人だから、あんまり期待しないでね」


 力になれるなんて、願ってもいないことだけど、一般人より声優に詳しい、それだけのこと。

 期待外れになることもあるので、自分にとっての防波堤を立てておく。

 私自身はもちろん、佐藤くんにとっても、期待し過ぎは結果を出せなかった時に大きな後悔となる。


「え、そんな! そういうのは気にしないでいいよ。

 正直、ムチャなお願いをしてるのは……自分でもわかってるんだ。

 アドバイスを生かせるのは努力次第ってことも。

 だから、その、バシバシ意見言ってもらえるだけでも嬉しいんだ」


 頼む側とはいえ、控えめで、そして努力に対する姿勢に、再び、心に衝撃が走る。


「分かった! 佐藤くんのその気持ちに応えられるよう全力で頑張るね!」


 こうして、私たちの秘密のレッスンが始まった。


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