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幕間-前日譚-

もう一人の主人公。ユキ視点


声優さんって本当にすごいですよね、テレビとかで最近よく目にする機会が増えていますが、その度に驚いて語彙力を失います。



 なんてことない、いつもの夕方だった。


 違ったのは、携帯画面に表示されていたメッセージ。

 そして、目の前の人物。


「ユキ。合格だ!」


 突然入った、事務所の連絡は先日受けたオーディション結果だった。


「は、え? ほ、ほんとですか?」


 手持ちしていたカバンは音を立てて落ちた。

 とにかく事務所に来るように。とのメッセージを見て、なにかあっただろうか?と不安な気持ちで学校帰りに立ち寄ったので、オーディションのことなど、すっかり忘れていた。


「ほんとだ! ほら、これが設定と台本」


 事務所の待ち合わせスペースで待っていた俺は、動揺しながらも目の前に差し出されている茶封筒を呆然と見た。

 マネージャーの臼井うすいさんは苦笑しながらノートが入るぐらいの茶封筒をなかなか受け取ることができずにいる俺の手を強引に引っ張り、握らせた。

 受け取ると、それは思ったより軽くて……驚きながら中を覗くと、クリアファイルに挟まれた厚みのある紙の束が見えた。


「えっと……?」

「あぁ。まずはキャラ設定と決まっている分の台本だ。修正とかあって、まだ完成していないらしい。

 そーんな不安そうな顔をするな。まぁ、収録の1週間前までにはできるらしいから安心しろ」


 俺の戸惑いを感じたのか臼井さんは説明してくれた。


「もっとスケジュールが厳しい現場だと、原稿が”当日渡し”ってこともあるんだぞ?

 1週間前にもらえるだけでも、ありがたいことだ」


 昔は舞台役者などが行ってきた声優という職業。

 今の声優、ごく一部の人を除いて、ほとんとが養成所を経由してプロとして活躍している。

 その中で声優としての知識・技術、業界でのルールを学んでいく。

 養成所などを経由せず事務所に入ることができたごく一部の珍しい少数派の俺。

 事務所に入って間もない俺は、まだ業界ルールというか、常識的なこと、わからないことが多い。


「そう、なんですね」

「それもそうだが、何よりオーディションが受かったことを喜べ!

 最近はアプリゲームが多いとは言え、育成型のゲームは当たれば一躍、名前は売れるし、そもそも、固定の人気声優が名前を連ねることが多い。

 そんな中、新人がメインを張れる機会なんてなかなかないんだぞ。もっと自信を持て!」


 オーディションが受かったことだけでもスゴイことだと理解していたけれど、さらに、今回のオーディションの期待値おおきさを語られ、その熱量と反対に、俺は不安に襲われる。

 その勢いのまま、どんと肩を叩かれ、思わずよろめく。

 臼井さんはガタイが良く、体格差もあって、軽く叩いているつもりでも、俺は度々、こんな風になることが多い。


「あ、ありがとうございます……」

「声が小さーい! ここは事務所内だからいいが、普段から声を出しとかないと、いざという時に声が出ないぞ!」


 幼い頃からインドア派と言えば、聞こえはそこまでは悪くはないかもしれないが、物静かで、人見知りなところもあり、家と学校の往復ばかりで引きこもりがちであったクセはなかなか抜けない。


「す、すみません」


 なぜ、こんなことになったかと言えば、母親がアニメに興味があるならば……と事務所のオーディションを紹介されて、そのまま応募したことがはじまりだった。


『この度は最終オーディションに参加ありがとうございました。

 貴殿は、オーディションに合格となりました。詳細につきましては……』


 人見知りで自己主張ができない自分を変えることができるキッカケになれば、そう思って、応募していた。

 少なからずサブカルチャーに興味があった俺は、声優は人気のある職業で、受かることがまれであることもわかっていた。

 だから、落ちて当然だと受けたオーディションが……合格するなんて、あの時は思っていなかったし、今回のオーディションもそうである。


「怒ってるわけじゃないから、そんなビクビクしないでくれよー」


 わかっているけれど、不安に苛まれてしまう。

 こんな俺じゃない、誰かが、もっとふさわしい人がいたんじゃないかって。

 合格したのは間違いなんじゃないかって。


「は、はい……」


 眉を下げてた臼井さんに肩を組まれ、回された手を胸のあたりをポンポンと叩いて、沈む思考を引き止め、落ち着かせてくれる。


「ほんと。ユキ、お前はさ。いい声持ってるんだぞ?」


 上から覗き込まれるように目線を合わせられる。

 その瞳は強くて、優しい。


「十人十色、個性がない声なんてないんだが、その中でも個性が濃い声って言うのがある。

 お前もわかっていると思うが、それは目指している人にとって欲しい天性の素質だ。

 ……わかるだろ? お前には、その天性の素質がある。だから自信を持て!」


 声優は声で演技をする者。

 もちろん、演技が基本ではあるけれど、俳優が表情や仕草をも使って演技をする中で、声のみでの芝居になる。

 だから、声優の声には特徴もあるのがより付加価値が高い。


「で、でも」


 しかし、強すぎてもキャラクターが固定されてしまう、その加減は結局は演技力になる。


「そう。お前には演技経験がない。天性の素質があったとしても芝居が出来なきゃ意味がない。

 ただの、宝の持ち腐れだ。だが、お前はどうなるのか、分からない未知数なんだ。スタートラインに立ったばかりのくせに、自分で”自分の限界”なんて決めんなっ」


 バチンと鈍い音が脳内で響く。


「いだっ」

「はははっ。そう眉間に皺よせんなよ! メガネしててもわかるぞー!!」


 デコピンされて赤くなっているだろう場所をされらに人差し指でグリグリと押され、思わず呻いてしまう。


「うぅぅ。そ、そうなんですけど。やっぱり、俺、自信がないです」

「ユキ、お前はオーディションに受かった。

 オーディションの参加者は身内じむしょで決めたが、合格は違う」

「・・・」

「わかるか? 事務所内おれたち以外にも、お前の才能を認めたってわけだ」


 臼井さんの言っていることは分かる。

 だけど、俺は自信を持つことができない。

 結局、オーディションに受かった俺の肩書きは”だたの高校生”から”高校生声優”に変わったものの、中身は何も変わっていない。

 人見知りで、すぐに不安になって、周囲の様子を伺ってしまう。


「で、でも」

「でも、なんでも、ない!

 とにかく、オーデションで読んだと思うが、その資料、きっちり、カッチリ、チェックしてこい。

 話はそれからだ」


 臼井さんに弾かれた茶封筒は音を立てた。

 その振動が伝わるはずはないのに、電気が走ったようなピリッとした空気になる。


「は、はい」


 不安に苛まれている俺だけど、もちろん、受かった以上頑張るつもりだ。

 ただ、相手を満足させることができるのだろうか、そのことが何よりも不安だった。

 だから、臼井さんの念押すような発言を不思議に思った。


「オーディションに受かったことを喜んで欲しいが……俺はお前がはじめて受かったオーディションが、コレでよかったと思っている」


 そんな俺に気づいたのか臼井さんに言葉は想像もしていなかった。

 そこまで、このアプリゲームのオーディションが良いのだろうか?

 意味が分からず、なんとも言えない声が漏れた。


「はぇ?」


 臼井さんは口元と緩めながら言葉を続ける。


「長く続けばいいが、そう言う時代じゃない。なら、なんでだと思う?」

「さ、さぁ?」

「そのキャラクターとの出会いは、きっとお前を成長させてくれる……いや、お前と共に成長するかけがえのない存在になると俺は確信しているからだ」


 さっきまでの陽気な表情を姿を潜め、真っ直ぐな表情に息を詰まらせた。


「え、あ、あのっ」

「はは。ビビんなって。なーに、今すぐ分かることじゃないし、数年後、数十年後かもしれない。

 俺の経験、マネージャーの勘ってやつだ」


 頭を思いっきりかき回されて、元々整っていなかった髪は、より自由に跳ね回って、視界も怪しくなった。


「とにかくだ。台本をしっかり読んでこい。俺の言葉を信じるかどうかはさておき、きっと、お前はそのキャラクターが好きになるさ」

「好き?」

「ハハッ。若い内は悩むもんさ。とにかく・・・オーディション合格おめでとう。よくやった」


 頭にのしかかるのは温もりのある大きな手。

 親以外に褒められたことなんて久しくなく、顔に熱が集まるのを感じた。


「は、あ、あぁのっ! が、頑張ります!!!」

「当たり前だ」


 そう背中を押されて、事務所を後にした。


 これからきっと大変なことがたくさんある。

 だけど頑張るしかないんだ。

 自信がないとか、そんなことは頭から消え、俺の心は軽くなっていた。

 その理由も、臼井さんが言っていた理由も、わかるのがいつなのかは神のみぞ知る。


二幕の話は考えてはいるのですが、まだまだ未定です。

と言うことで、ユキくん視点の小話が思いついたので書いてみました。


あ、書かなくても分かっているよ!って方もいると思うのですが

一応、改めて…

声優事務所さんの対応やマネージャーさんの距離感とか、あるかもしれないし、ないかもしれない。フィクションです。もちろん、実在の人物や団体などとは関係ありません。

よろしくお願いします。

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