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「あ・え・い・う・え・お・あ・お」
「か・け・き・く・け・こ・か・こ」
理科室に入る前から、聞こえてきた”あいうえお”に似て非なるもの。これは一体、なんなのだろうか?
写真同好会という場所での、声優特訓にも慣れてきて、佐藤くんと私はたわいもないことも喋るようになった。
と、言うか、私が基本、話しかけているって言った方が正しいかもしれない。
「レッスンっていうレッスンは、ここ最近、その事務所に入ってからはじめたばっかりだったから」
さっきまで聞こえてきた”あいうえお”っぽいものは、発声練習兼滑舌練習らしい。
しかし、練習と言っても、これは運動する前の準備運動のようなものとのこと。なんとなく言葉として聞いたことはあるが、実際、見たのは初めてだった。
「はじめたばっかり、というと、まだ声優事務所に入ったばっかり、ってこと?」
「あぁ、うん。事務所に入ったって行っても、所属じゃなくて、預かりっていう立場ではあるのだけど。
まさか、オーディション受かると思ってなくて・・・」
そう困ったように笑う佐藤くん。
オーディションのきっかけはお母さんだったらしい。
人付き合いが薄いことも心配してて、アニメなどのサブカルチャーが好きならば、こう言うのはどうかって勧められて受けてみることにした。
なぜなら、親の気持ちもわかるし、自分自身も声優に興味もあったから。
受かる、受からないより1回チャレンジして親と自分が納得するようにした方がいいと思って、チャレジした結果。まさかの合格。
まるでシンデレラストーリーのような話だった。
そして、私の頭には”無欲の勝利”と言う言葉が浮かんだ。
オタクあるあるではあるけれど、”物欲センサー”なる、自分が欲しいものほど、どんなに課金しようが手に入らなかったりすることを言うのだけど、無欲なほど、レアキャラが当たったりする、なんてことが多くあるんだよね。
そのことと、オーディションを一緒にしてはいけないと思うが、よく目にしたり、耳にしたりするオーディション話でも「友達の付き合いで〜」なんて言っている人が受かる。
本気で目指している人からしたら、そんな軽率な気持ちではじめるなって思われてしまう諸刃の剣な話だけれど、私は、受かってからのその人の向き合い方次第だと思うので、そういう批判は好きではない。
結果、佐藤くんはこんなにもちゃんと向き合っている。
声オタの私の分析でいうならば、佐藤くんにとったら、結果より受けることに意義があったから、ある意味、自然体でよかったのかもしれない。
何がどう引っかかるなんてわからない。
そんな厳しい芸能の仕事をすることに本当に頭が下がるし、だからこそ、全力で応援したいんだよね。
「だから、事務所のホームページに載ってなかったのね」
探しても見つからなかったことを思い出して、納得。
事務所によって、どの時点でプロフィールを載せるか違いがあるものの、大体、声優の仕事やメインキャラを演じている場合は載る。
しかし、最近、仕事をはじめたばかりだったり、プロフィール情報がまとまってなかったりするとそのホームページに載るということに間に合わない。佐藤くんの場合はこれに該当しそう。
「でも、オーディションの写真っていうか、事務所の? プロフィール写真は??」
「・・・」
微妙な顔をしたので、これはデータを持っているに間違いない。という確信になった。
「へへー見せて!」
もちろん、イヤと言われたら引き下がるつもりだったので、軽い調子で聞いたのだけど。
写真を撮られるのはまだ慣れていないんだ、なんて言いながらも見せてくれる佐藤くん。
本当に気がいい人だ。というか、押しに弱いっていうか・・・なんか、段々心配になってきた。
そんな親戚おばあちゃんみたいな心配をしてるなんて気付きもしない佐藤くんが見せてくれた写真。
「・・・なるほど」




