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探索者の業、深度2の限界

 


「端末反応が近いっす! このまま突っ切るすよ!」



 彼女はバーを掴みながらフロントガラスを覗く。大森林へ入った瞬間、目の前の視界は一変していた。灰の砂煙はすでになくあたりには茶色の樹皮を纏う巨大な樹々が立ち並ぶ。



 大森林はこのダンジョンが生まれて三年間、最も人間の手により整備されている地区だ。



 人類がこの大森林にたどり着いた当初は、車両など通ることは出来ないほどに、樹々がそこかしこに乱立していた。



 しかし、人類はそれを切り拓く。人間という生き物は、樹々を切り倒し、開拓する事がとても得意な種族だった。



 一年も経たずに巨木を切り倒し、大森林を貫くように均された大道が出来る。その驚くべき速さでなされた開拓から、アメリカの開拓史に残るホラ話にあやかり、バニヤンロードと名付けられていた。


 横幅20メートルはありそうな道を彼女の乗る軽装甲機動車が進んでいく。


 舗装された道は凹凸が少ない。車はさらにその速度を上げていた。





 最初に異変に気付いたのは、運転手のグレンだった。


「樹が……」



 グレンのつぶやきがはっきりと聞こえた。彼女はその声につられて、フロントガラスの向こうへ目を凝らす。


「これは……、驚いたな……」


 同じように外を注目したソフィが、小さくしかしはっきりと驚愕を口に表す。



 なに、これ。


 彼女は思いを口に出せなかった。それほどに外の景色は異様だ。


 流れる景色の中、そびえ立つ巨木達。開拓により街路樹のように道の両脇に並び立つ巨木達が()()()()()()()()()()


通常の成長過程ではありえないその姿。螺子のように螺旋を描いているものもあれば、大きく弧を描くように他の巨木にしなだれかかっている樹もある。


そして、何より彼女達の目を奪った事は



「てか、これ動いてないっすか……?」


そう、グレンが呟いた通りだ。駆け巡る景色の中、巨木達は今もなお、蠢きながら捻れ、歪み続けている。まるで目に見えない巨人がその幹を掴み、思い切り捻りきっているようだった。



「……これは想像以上だね……」


彼女は、ソフィのつぶやきを聞き逃さなかった。


「ソフィ、貴女……」



彼女がソフィを見つめる。ソフィはその視線には答えずに、外を眺めたまま口を開いた。



「アレタ、キミの()()()()()()()()[()2()]()だったかな?」



ソフィの問いかけに彼女は、ゆっくりかぶりを振る。


「……ええ、そうよ。アタシの深度は2。でもそれは貴女も同じでしょ?」



彼女にはソフィはゆっくりと口を歪めるのが分かった。


「そうだね……。ワタシ達、常人から離れた指定探索者でも()()()2()()。深度2の人間でさえ到底、目の前で起きているような奇跡は起こせない」


ソフィがどろりとした口調で、言葉を続ける。


「アレタ・アシュフィールドは、二十メートルを超える大跳躍が出来ても、この大森林を大蛇のように蠕かせる事は出来ない。そうだろう?」



「どういう意味? ソフィ、何が言いたいの?」


彼女の声に少しの苛立ちが混じっていた。それは水に溶かした血のように、ごく少量でも存在感のあるものだ。



「いやね、果たして、この異常事態の原因はなんなのだろうと思ってね。もちろん、怪物の仕業だとは思うが…….、アレタ、ワタシ達の向かう先には怪物以外には誰がいるのだったかな?」



はじめ、彼女にはソフィが何を言っているのかがわからなかった。道路まで伸びた木の根を車両が踏んづけ、大きく車内が縦揺れする。


その衝撃のおかげかは定かでないが、彼女はソフィが言わんとすることを察した。



「あり得ないわ。ソフィ、貴女はこれが人間の仕業だというの?」



「あり得ない事が起こり得るからこのバベルの大穴は面白いのだよ、アレタ。それにこれが怪物の仕業ではないと何故言い切れる?」


碧と紅の眼が交差する。


彼女はその紅い瞳の中にソフィの真意を探そうとする、しかし夜の海のような得体の知れなさを湛えているそれを見通すことはできなかった。


彼女は、大きく息鼻から息を吸う。肺が膨らみ、彼女の胸部を押し上げる。破裂しそうな程に膨らませたそれを、全身の力を抜くと同時に一気に口から吐き出した。


「はあああぁぁぁぁ」



彼女の大きなため息にソフィの瞳が少しだけ大きく開かれた。


彼女は息を吐き切り、うなだれた様子でソフィを見つめる。



「オーケー。ソフィ、よくわかったわ。貴女の勝ち。たしかにこれは化け物の仕業ではないかも知れないし、貴女の言う通り()()()()()()()()()()()()()()()。アタシはアタシの仕事に集中することにするわ」



ドスンと大きな音を立てて、彼女はシートに座りなおす。そのままゆっくりと瞳を閉じた。


その為に彼女は目にすることはなかった。ぱちぱち、と瞳を瞬かせたソフィが表情を柔らかくして微笑んだ事を。


薄く白い脣を開いて、小さく、ありがとうと口を動かしたのも彼女には見えなかったし、その声は車内の雑音に溶け消えて聞こえる事もなかった。




最後まで読んで頂きありがとうございます!

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