ソフィ・M・クラークの推測
「なんで、そんな事が分かるの?」
「わかってはいないさ、ワタシはあくまで予想と言っだろう?」
彼女とソフィは視線を交差させる。
「ワタシの予想、推測ではあそこで灰ゴブリン狩りを終えた日本人探索者は、未知の怪物種と遭遇。散乱していた手荷物を見るに、すぐに逃げ出したのだろう。いい判断だ」
「その推測の根拠は?」
彼女はソフィの片方だけの瞳を見つめる。光に照らせば透けそうな白い肌。その中にぽっかりと浮かんだ妖しい紅の瞳が愉快そうに半月状に歪んだ。
「ああ、答えは至極単純さ。救援対象の日本人探索者と同名の探索者に、本日日本支部から灰ゴブリンの集落での遺留品捜索依頼が発行されていたのだよ」
「調べたのはボクっすけどねー、先生、こういう他部署に問い合わせるのとか出来ないコミュ障ですから」
間延びした声でグレンがぼやいた。
「助手、キミとは後でゆっくり話し合ってやる。まあいい。他には現場において奇妙な痕跡が残っていたんだ」
「奇妙な痕跡?」
彼女の声にソフィが頷き話を続ける。
「その場所には、バラバラになった木材が散乱していたんだよ。形状や材質を見るに灰ゴブリン共の住居の残骸だろうね。それらはまるで投げつけられたように、他の住居よりも離れた場所で散乱していた」
「そして、先程の提供無線で自衛軍兵士が叫んだ言葉、軽装甲車両を投げ飛ばしたという怪物の膂力を考えるに、あの散乱した木材はその怪物が、住居を投げ飛ばした跡でないかとワタシは思うのだよ」
「じゃあ、もしも少しタイミングが違えば……」
「ワタシがその未知の怪物と遭遇していた可能性もあっただろうね。惜しい事をしたものだよ」
ソフィが小さく溜息をついた。
「ソフィ、その救援対象と、灰ゴブリンの集落へ探索へ出かけた探索者の名前が一緒なのは確かなの?」
彼女の問いにソフィが答える。
「間違いないだろう。こういう調べものに関しては助手はなかなかに、優秀だからね。救援対象の名前はアジヤマ タダヒト。そして、記録に残っている灰ゴブリンの集落へ向かった探索者もアジヤマ タダヒト。同姓同名、同一人物と見てもいいだろうね」
「アジヤマ、タダヒト」
彼女が、その名をポツリと口の中だけで呟いた。
「経歴に目立つものはなし。特筆すべき事と言えば、そうだね、三年間生き残っている事ぐらいだろうね。まあ、ワタシが今回の任務を受けたのは、あの未知の怪物種が大きな理由なのだが……」
ソフィが続きを言い淀む。彼女はじっとソフィを待った。
「その日本人探索者に興味が湧いたというのもあるんだよ」
彼女はその言葉を聞いて思わず目を見開いた。今、ソフィはなんと言ったのか。あの人間嫌いの社会不適合者であり、基本的には他人を自然に見下しているあのソフィが
「ソフィ、あなた、今なんて?」
聞き間違いだといけないので、もう一度聞いて見た。
「興味があると言ったんだ。あの灰ゴブリンのグループの狩りをワタシは見たことがある。優秀なグループだ。それをああも見事に一匹も残さず狩り尽くしていた。それも上級ですらない、只の探索者が。しかも一人で。気になるだろう?」
「一人で?」
彼女が高い声を上げた。
「そう、一人だ。班単位での侵入ではなく、このアジヤマ タメヒトからの侵入申請は、一人で出されていたのだよ、それだけでも珍しいだろう?」
「と、いうかアレタ、なんだい? そのびっくりした顔は。なんとなく、馬鹿にされているような気すらしてくるよ」
少し不満げにソフィが小さな鼻を、ふんっと鳴らした。彼女は取り繕うように手を振りながら
「違うの違うの! ソフィがそんな風に人を評価するのは珍しくて、驚いただけよ!」
「ふ、む。ならいい」
彼女はまたソフィにヘソを曲げられてはたまらない為に必死に否定する。この年下の友人は鋭い。すぐに宥めたおかげで、憮然としながらも納得してくれたようだ。
彼女は薄く、息を吐いた。
今の話を聞いた上でどうしても彼女には気になることがあった。
ソフィに確認しておかなければならない事が出来た。彼女はソフィから視線を外し、前を向く。フロントガラスの向こうの光景には灰の地面のすぐ向こうに緑が広がりつつある。
車内の揺れは少ない。小石を巻き上げるからからした音、サスペンションが軋む音、エンジンの駆動音のみが車内に広がっていた。
「ソフィ」
「なんだい? アレタ」
彼女は前を向いたまま、シートに浅く座りソフィの名を呼んだ。ソフィも同じように彼女から視線を外している。
「貴方に、また会いたい。解読出来たのはそれだけなのよね?」
一瞬、車内から全ての音が消えたような錯覚に彼女は陥った。ロードノイズも、同乗者の息遣いも何も聞こえない。
「ああ。その通りだよ、アレタ」
その静けさは、平坦なソフィ・M・クラークの声で破られた。車内には普通に雑音が鳴り響いている。ソフィの表情を彼女は見る事はしなかった。
「ならソフィーー」
最後にもう一つと、彼女が友人の名前を呼ぶ。
「おふたりとも!! お話中すみません! 大森林へ突入します! 大きくカーブしますんでどっか掴んで転げないようにお気をつけて下さいす!」
途端に車が大きく左にぶれる。遠心力で彼女の体は右に傾くが、目の前の運転席座席についてあるバーを咄嗟に握り、耐える。
ふと、右に座るソフィへ自然と視線を向けた。
ぞっとするような美しさ。
彼女の美しさが生き方や、内包する意思により磨かれたとするのなら、ソフィのそれは生まれた時から備わっていたものだろう。生まれた時からソフィ共にそれはあり、生き方をさえ歪めてしまった、まるで呪いのような美しさ。
柔らかに形をソフィの感情により形を変えていく深紅の瞳と、何を見ても動じない無骨な望遠鏡型の飛び出た義眼が、彼女を見つめていた。
白い唇がゆっくりと、動き、口内の赤い舌が覗く。
「アレタ、その話はまた今度、ゆっくりしよう。なに、ワタシ達の時間はたっぷりあるのだから。今は、あの不幸でしぶとい日本人探索者を助けてやる事に集中しないかい?」
彼女は確信を得た。
この年下の生意気で人嫌いで優秀でへそ曲がりな友人は、自分にまだ多くの事を隠していると。
そして、それを問い詰めるのはできない事であると結論付けた。
彼女らの車両は大森林の緑の中に突入して行く。
救援対象まであと少しだった。
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