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爆走、致命的な入れ違い

 


 車はその速度を緩めることはない。灰色の砂を巻き上げ、小石を踏み潰し進み続ける。


 圧縮により自己着火を繰り返すディーゼルエンジンは獣のように呻きながら駆動し動力を生み続けていた。



「うっ、わ!」



 彼女を突如襲ったのは浮遊感。ジェットコースターの最高点からの落下の際に腰が浮くようなあれとまったく同じ感覚。



 瞬間、体が跳ねる。シートの軋む音。縦に大き車揺れ跳ねる。



 臀部に鈍い痛み。全身に走る突き上げる衝撃に彼女はその整った顔を顰めた。



 当初このルートを混合部隊が避けていた理由を彼女はその名の通り身に染みて理解した。


 ハイイロ蛇の蛇行の跡で出来た地面の凹凸、灰トカゲが好む大岩、それに付随した小さな岩や石、それら全てが車輪を跳ね上げ、スプリングを軋ませる原因となっている。


 悪路の要素をこれでもかとぶち込んだ最悪のルートにして、最速のルート。



 しかし、彼女はこのルートを選んだ事を後悔はしていない。


 救えた筈の者を救えない。あの痛みに比べれば、今の彼女の臀部に鈍く残る痛みなど大したものではない。


「そろそろ西区の大森林へ突入するっす! このままもう突っ切るすよ!」


 グレンが、車内の音に負けないぐらいの大きな声で叫ぶ。



 彼女が前方へ目を向けると、灰と緑の境界がすぐそこにある。見上げるほどの巨木達が聳えたち、緑色の景色を作り出している。



「やはり、あそこが異常だね、助手!」


「了解っす! 先生、あの森が膨れ上がってるところっすね、あー、ビンゴっす! 緊急端末反応もあの辺りから出てます!」



 グレンが、ソフィの声を受けコンソール部分に目を向けつつ声を上げた。



「後続の車列は?!」


 彼女がグレンに確認を促す。



「きちんと、数珠繋ぎでついてきてますよ! 流石はアレタさん所属の第三隊! いい意味でイかれてますね」



 グレンのその声を聞き、彼女は少しだけ表情を緩めた。良かった、きちんと彼らもついてきてくれているのだ。



 危険なルートを選んだが今のところ危惧していた怪物種の襲撃はない。


「それにしても、先生、今日は全然他の怪物見えないっすね」



 グレンが固くハンドルを固定しつつ、後席のソフィへ声をかけた。



「ああ、それも妙だ。このルート、この地帯は一番のホットスポットにも関わらず、灰トカゲもハイイロ蛇もいない。さて、どうしたものかね」



()()()()()()()今日はつくづく、怪物と会えませんね! まあボク的にはラッキーなんすけど!」



 車内が揺らぐ。前にぶれそうになる体を四点シートベルトの厚い合成繊維が支えた。先程の揺れよりも弱い。



「さっき? そういえばソフィ達は、部隊へ合流する前はどこにいたの?」



 道が大森林へ近づくにつれてなだらかになっていく。少しの余裕を感じた彼女はとなりのソフィへ話しかけた。



「ああ、ここだ。ワタシ達はこの灰色の荒地でとある怪物種のグループを探していたんだよ」


 余裕を感じたのはソフィも同様らしい。涼しい声で彼女の問いに答える。


「キミでも新人の頃、少しは戦った事があるだろう? 怪物種15号、灰ゴブリン。ヤツらのとあるグループをワタシ達は探していたんだ」



「灰ゴブリン? なんでソフィが灰ゴブリンを?」


 彼女は感じた疑問を率直に口にした。



「少し、興味深い灰ゴブリンのグループがいてね。アレタ、灰色の荒地で生態系の頂点に立つ怪物種はどいつかわかるかな?」



 ソフィが深紅の瞳を彼女へ向けて、左手の人差し指を立てた。その指は揺れることなくピンと上へ向いている。



「頂点……。ハイイロ蛇でしょ? 灰トカゲを食べちゃうし、アタシが闘えば多分、()()は使う事になるだろうし」


 彼女は、以前のハイイロ蛇との立ち回りを思い出しながらソフィに答える。


 ハイイロ蛇を見た事のない人間にその姿を説明するとしたなら、そう、アナコンダだ。


 地上のアマゾン川に生息している世界最大の蛇。だいたい六メートルから九メートルのそれを二倍の大きさにして、鱗を灰まみれにしてしまえば、それがそのままハイイロ蛇になるだろう。



 単純に灰色の荒地にはハイイロ蛇より大きな怪物種はいない。大きいモノは小さいモノよりも強い、普遍的な事実はこの現代ダンジョン、バベルの大穴の中でも変わりはなかった。



「そうだ。あの巨大な蛇、ハイイロ蛇がこの灰色の荒地の主だ。しかし、時にその頂点を脅かすことが出来る怪物がいる、それが怪物種15号灰ゴブリンなのだよ」



 彼女はそれを聞いて。眉を傾ける。脳裏に浮かぶのはあの小学生サイズの体躯しか持たない小鬼のような灰に汚れた怪物の姿。どう考えてもハイイロ蛇に勝てるとは思えない。



「アレタ、無理だと思うのだろう? それはキミがあまり灰ゴブリンと戦った事がないからだよ」


「どういう事?」


「そのままの意味さ。灰ゴブリンと戦った回数が多く、ヤツらを理解している探索者ならワタシが言っている事をすんなり信じるだろうね」



 ソフィの唇が少しだけ開く。その隙間から血に浸かっていたような真っ赤な小さい舌が一瞬映った。


「そのハイイロ蛇を狩ったことのあるグループの集落……、巣が判明したからね。ちょっと助手を護衛に調査へ行ったのだが……。少し入れ違いで、既にいなかったんだよ」



「いなかった?」



 彼女はソフィの言葉をそのままおうむ返しに聞き返す。


 ソフィはうなづく。


「全ての個体が狩り尽くされた後でね、木亡きでヤツらの住処も崩れていた事を考えるに、グループ内の個体は全て死んでいたのだろうね」



「グループ全てを? 灰トカゲの仕業?」


 ソフィは首を振る。


「いや、灰トカゲでは地下に隠れる習性のある灰ゴブリンを全滅させる事は出来ない。アレは探索者の仕事だろうね」



「なんでわかるの?」


「全ての死体ではないが、一部が丁寧に埋葬されていたんだよ。ちなみに現場には折りたたみ式のシャベルや、探索者が扱うザックなどが置いたままになっていたしね」


「律儀な探索者なのね、その割にはシャベルを忘れるなんて、変なの」



 彼女のつぶやきにソフィが、ニヤリと口角を吊り上げた。



「アレタ、少しワタシの話を聞いてはみないかい? あくまでワタシの予想なのだが」



「予想?」


「そう、予想だ。それもなかなか面白い予想さ」



 車内の揺れは今やほとんどなくなっている。次第に車両のタイヤは灰色の砂だけでなく、それらに混じる緑の草なども巻き上げるようになっていた。



「聞かせて、ソフィ。そろそろ目的地に到着するはずだから手短にね」



「もちろん、じゃあ結論から。救援対象の日本人探索者は恐らくその灰ゴブリンの集落で、未知の怪物達と遭遇した可能性が高い」




 ソフィがスラっと話を紡いだ。



 彼女は唐突なその言葉に、小さく、えっ、と漏らす事しか出来なかった。



最後まで読んで頂きありがとうございます!

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