急行、大森林の異変
「ふう」
彼女は一通り無線で指示を終えた後、小さく息を吐きながら、シートの背もたれに体を預けた。
少し、キツい言い方をしすぎてしまっただろうかと、先程の自分の言動を思い返す。彼らの気持ちは嬉しいが、時間がなかった。
アリーシャの真似をして強気に押して見たが、果たしてきちんと通じたのだろうか? 彼女は頰に指を当て、目を瞑り少し考えていた。
「……先生、今度からアレタさんにはあまり無茶言わないでおきませんか?」
「奇遇だね、助手。ワタシも今キミに同じ事を言おうとしていたところだ」
二人の会話が耳に入ったことで彼女はパッと目を開いた。
「え? 何、今のやりとり」
彼女は隣のソフィへ声をかける。
「あ、いえ、アレタサン。なんでもないです。オツカレサマデシタ」
「アレタさん!?! なんで急にさん付けになるの? 貴女にさん付けされるのなんてこの三年間一度もなかったのだけど!?」
彼女は、こちらへ頭を下げながら呟くように話すソフィへ声をあげた。
「せ、先生。アレタ様がなんか荒ぶってます。早く謝って!!」
「グレン!? 貴方までなんなの?! てか様って何?! 様はやめて!」
運転席のグレンまでも何か様子がおかしい。隣でソフィは小さく頭を下げたままだし、グレンはルームミラーをちらりとも見ない。
「助手、アレタ特別少佐殿に謝りなさい。お怒りだ」
「特別少佐殿、大変申し訳ありません。どうか……」
結局このやりとりは、車列が動き出し、彼らが先頭へ移動するまでの間繰り返された。彼女は、アリーシャ・ブルームーンの真似はもうしないでおこうと心に誓った。
………………
…………
……
車が跳ねる。僅かな凹凸でさえ今の速度では車体はその勢いのまま数センチは宙に浮く。
「お二人とも! しっかりつかまっていて下さいね!」
先程よりも前傾姿勢になってハンドルを握るグレンが声を張り上げた。後部座席の彼女達は車内についてあるバーを握り、座席に深く座り込むことでその言葉に答える。
声で言葉を躱す余裕はない。舌を噛みそうだ。
先頭車両になってからの進行スピードは劇的に変わった。タイヤからサスペンション、そして座席に伝わる衝撃は倍増し、体が左右に細かく揺れながら、時折縦に揺れる。
乗り心地は最悪だが、べらぼうに速い。これなら間に合うはずだ。
彼女はなるべく体を固定するように体を座席に押し付ける。
「グレン! このペースならあとどれくらいで着きそうなの?!」
「何もなければ十分程でつくはずっす! それまではボクのスリルドライブを楽しんで下さい!」
グレンの軽口に彼女は答えず、計算を始める。
このペースでも後、十分。遅い。問題は大森林へ入った後だ。
百メートル以上の巨木が生い茂るあの地帯は、車両が通れるようにある程度道が舗装されているとはいえ、確実に荒地を進むよりはスピードは落ちる。
果たして、現在未知の怪物種と交戦している探索者は本当に保つのだろうか。
十分という時間が、命のやりとりの中では気の遠くなるほど永いものである事を彼女は知っていた。
がったん! 一際大きく車が揺れる。
「わっ!」
彼女はその揺れに驚きの声を上げる。そして
「ん? な、なんだあれ? 二人とも!! フロントガラスの方を見てください!! 大森林がなんかおかしくないすか!?」
グレンの大きな驚きの声に彼女とソフィは揺れに耐えながら身長に体を前に乗り出し、フロントガラスを覗いた。
フロントガラスの向こうには、猛然と流れていく灰色の景色のそのさらに奥の方へ小さなマッチ棒のように巨木達が並んでいるのが分かる。
その光景を目にした途端に彼女は、違和感を感じた。隣ではソフィが、なんだ、あれは。と小さく呟いたのが聞こえた。
彼女はまだ遠い大森林へ向けて目を凝らす。
距離を確認するために親指を瞳の近くに掲げて親指と大森林を比べる。
ほとんどは未だ、遠近感により彼女の親指よりも大森林の遠景は小さい。
しかし、彼女から見て一部の部分の様子がおかしい。彼女の親指よりも大きく。高い部分が存在していた。
「膨れてる?」
そう、均等に見える緑の遠景の一部が不自然に膨れ上がっている部分があるように見えるのだ。
まるで皮膚にぷっくりと膨れたおできか何かのように、大森林の一部が、緑が膨れ上がっている部分がある。
「助手、もっと速度をあげたまえ。おそらくあそこだ」
ソフィも同じく、大森林の緑が膨れ上がっている場所にその細くしなやかな指を指していた。
車がまた大きく跳ねた。
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