混合部隊、隊長、チャールズ少佐の歓び
〜混合部隊 先頭車両車内にて〜
混合部隊。
ダンジョン攻略多国籍連隊という別名を持つ、指定探索者の探索をサポートする事を目的に結成された部隊。
国を問わず、選び抜かれた部隊。百戦錬磨、才気煥発。
選び抜かれた精鋭である彼らが乗る車内はいま、重たい光化学スモッグにも似た緊張感に包まれていた。
「聞こえる? 隊長、こちらアシュフィールド特別少佐です」
原因はこの唐突に開いた回線だ。
ハンドルを握るガスマスクの隊員が、助手席に座る大柄の混合部隊 第三部隊隊長、チャールズ少佐の方へ一瞬視線を送る。
チャールズ少佐はその視線に気付き、左手をあげてその視線に応えた。
後席に座る、彼の部下達も重い沈黙を守り続けている。ロードノイズだけがガスマスク越しに彼らの耳に届いていく。
「回線は良好です。聞こえています。アシュフィールド特別少佐」
運転席に座る彼、チャールズ少佐がその通信に応えた。ガスマスクの中で彼の額に一筋の汗が流れた。
「良かった。隊長。さっきの自衛軍からの提供回線の内容は聞いていたかしら?」
「は、部隊全員が聞いております」
端的に彼はアレタからの通信に応えていく。そのやりとりを車内の隊員達は黙って見守る。
「そう、なら話は早いわ、隊長、ルートを変えてもらえない? 最短最速で現場へ向かいます。車列を乱しても構わないわ。とにかくスピードを優先しましょう」
車内に静かな驚愕が弾けた。
確かにこのままのペースでいけばとても、大森林まで十分ではつかない。先程の提供回線から一刻を争う事態であることも確かだ。
しかし
「それは……、アシュフィールド特別少佐。非常に難しいかと。このルートが事前に決めた最も安全なルートです。荒地には、灰トカゲや、ハイイロヘビ、それに灰ゴブリンの縄張りがひしめき合っております、最短のルートということはそれらを通過する事に」
混合部隊の隊長、チャールズ少佐はゆっくりと言葉を選びながら、まるで上官に意見を具申するように答えた。
本来、チャールズ隊長の少佐という立場と、指定探索者であるアレタ・アシュフィールドの特別少佐という立場は軍においての力関係において対等だ。
しかし、指定探索者をサポートするのが仕事の彼らにとって、実態はこの特別少佐の言葉を優先するのが通例だ。
それらに加え、軍規においても探索任務中のみは、指定探索者である特別少佐に最大級の命令権が与えられていた。
「ええ、そうね。確かにこのルートを通れば危険度は増すでしょう。だから提案よ、隊長」
「は、提案と言うと?」
彼らは、その最大級の命令権を持つ人物の言葉を待つ。
「先頭車両を交代してくれないかしら? ルートを切り開いて、危険を受け止めるのはアタシ達がやるわ」
「なっ!?」
思わずといったように、彼はガスマスクの中で小さく叫んだ。ダンジョン内を縦列走行する際に一番危険な先頭を、指定探索者にさせるなど聞いたことがない。
彼ら、混合部隊は広大で危険なダンジョンの中で、指定探索者を護る為に存在しているといっても過言ではない。
「それは……それはいくら貴女の提案でも了承出来ません。私には部隊はもちろんのことながら、貴女達、指定探索者の安全を護る義務があります」
彼は絞るように言葉をくくる。ガスマスクの口の部分がここまで分厚く感じた事はない。
「…………」
再び、重い沈黙が車内に帳を下ろす。ロードノイズに混じって、車内の誰かがゴクリと喉を鳴らした。
「なるほどね。アタシ達の安全ね……ありがとう、隊長」
通信越しでもわかる彼らの英雄からの優しい声が車内を和らげる。
良かった、わかってくれたのだと車内の部隊員全員が思った。
「勘違いするなよ、混合部隊隊長チャールズ・アンダーソン」
地獄から脅しの声が届いたのかと、錯覚した。
「……え? は……」
「いいか、よく聞け。我々の任務はあくまで、救出任務だ。そこを貴官は勘違いしている、貴官らの職務とは、指定探索者の安全を護ることではない」
氷の様に冷たく、焔のように焼け付く声に当てられ、彼らは呼吸すら忘れていた。
「指定探索者の仕事をサポートすることこそが、貴官、諸君らの職務だ」
「本任務においては、より早い救出対象への接触。それらを貴官らは優先すべきであり、我々の安全を第一にすることは根本的な勘違いなのだ、わかるか? チャールズ・アンダーソン」
名指しされた彼は、体の全筋肉を動員して声を絞る。
「は…….は」
出たのは二言だけだ。
通信からの声が告げる。
「申し訳ないが、一つ訂正させてもらう」
「先程、貴官に伝えた提案、あれを命令へと変更する」
「命令だ。直ちに先頭車両を我々の最後尾車両と交代せよ。我々の車両以外の編成は貴官に任せる。無論戦車班にもこの変更を伝えろ」
「返事を」
喉が震える。まるで始めて人を殺した時のような、いやそれ以上の震えを彼は感じていた。
それでも、喉を彼は必死に震わし
「イエス……マム」
なんとかやっとの思いで、彼女の命令を受諾していた。
「結構。他車両への指示は任せる。そうだな…百八十秒後には車列変更を行う、以上」
ぶつり。と一方的に通信は切られた。車のボディに飛び石が跳ねて、ゴンという音が響いた。
「……聞いたか、みんな」
沈黙を破ったのは彼。チャールズ隊長だ。その手はなんらかの感情、いや激情により震えている。
運転手も、後席の隊員も皆、体のどこかを震わしていた。
「聞いたか、あの声を」
「聞きました……隊長」
運転手が、チャールズ隊長の言葉に返事を返す。
そして隊長が、運転手の方へガスマスクの無機質な双眼を向けた。
「よかったな……」
「ええ、最高でした」
まるで、極上の美味を堪能したかのような、噛みしめるように二人は言葉を交わした。
後ろから一際大きな声、隊で唯一の女性隊員の声が上がる。
「そうだ……録音は……? 録音は!? しているのでしょうか!?」
金切り声にも近い。声を上げながら女性隊員は今にも隊長に掴みかかりそうな勢いで前席に体を寄せた。
ハッとしたように、チャールズ隊長が体の動きを止める。女性隊員はその姿を見て、その場に崩れ落ちそうになる、が。
ぐっ。と運転手の隊員のこちらを振り向かない力強いサムズアップを目にしたことで踏ん張った。
「後日、配布出来るように全て録音済みだ、安心してくれ」
「先輩……、好き」
「次回の考査、楽しみにしておけ。ラスク軍曹」
運転手のサムズアップに、チャールズ隊長は拳を付き合わせ呟く。
「俺、今回この車両に乗れて幸せでした」
後席の小柄な男の隊員がうっとりと呟いた、車内の全員が力強く頷く。
混合部隊、第三部隊。数ある混合部隊の中でも指折りの精鋭が集められ、アレタ・アシュフィールドと共に多くの実績を残したこの部隊。
彼らは皆が52番目の星の輝きを近くで見続けていた為に、ほんの少しだけ頭がおかしくなっていた。
その為、別の部隊から陰では侮蔑とほんの少しだけの憧憬を込めてこう呼ばれていた。
通称、スターフリークスと。
彼らは牛が胃袋の中のものを反芻してまた噛みしめるように、先程のアレタ・アシュフィールドの冷たい言葉を思い返して、トリップしていた。
結局彼らが、正気に戻ったのは彼らの星から与えられた時間、百八十秒のうち、半分以上が過ぎた時だった。
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