現場からの緊急通信
「先生」
電子音の響き渡る車内の中、グレンが短くソフィを呼ぶ。
つい先程まで体ごとドアの方へ向けてそっぽを向いていたソフィはいつのまにか体勢を元に戻し
「構わない。繋げなさい。助手」
短く、呟く。
グレンが小さく頷き、車内のセンターコンソールの部分に手を伸ばすのが彼女には見えた。通常の車で言えば大体カーナビやエアコンが備え付けられている部分だ。そこにあるいくつかのボタンを手慣れた様子で押していく。
「発信元は先頭車両からみたいっす。繋げます」
ざ、ザザザザざざー
鳴り響く電子音が止み、ラジオやテレビの砂嵐に似た音が代わりに鳴り響いた。
そして、車内のスピーカーから声が聞こえた。
「こちら、混合部隊第3小隊 チャールズ少佐です。アシュフィールド特別少佐、クラーク特別少佐、ウォーカー補佐官、聞こえますでしょうか?」
少ししわがれた声がスピーカーを通じ車内に届く。
「ええ、聞こえているわ、隊長さん。どうかしたの?」
彼女はなるべく前席のスピーカーに届くように声を張る。通信相手はあのガスマスクの大きな隊長だ。
彼女は、ソフィの方へ視線を向ける。その視線にソフィが気付き、頷いた。通信は彼女に任せてくれるようだ。彼女は揺れるシートから身を乗り出し、なるべく前席に近づいた。
「アシュフィールド特別少佐、報告がございます。現在我々が急行している現場の状況が変わりました」
「了解、続けて」
「はっ、つい先程、現場の自衛軍隊員、田村秀夫軍曹から自衛軍のダンジョン内にある作戦本部へ新たな救援要請が入ったみたいです」
「新しい救援要請?」
彼女はその興味深い通信内容を聞き返す。
「はい。通信内容によると活動を停止したと思われていた未知の怪物種が今しがた活動を再開したとのことです」
ソフィが隣で小さく、ほぅ。と声を薄く漏らした。その瞳は赤い髪で隠れて見えなかった。
「活動を再開? と言うことは」
「はい、特別少佐。現在、探索者が未知の怪物種との交戦を開始。田村軍曹からの通信によると、このままでは皆殺しに遭うとのことです」
淡々とした口調で通信が届く。
「現在も、自衛軍作戦本部と、田村隊員の通信は続いています。自衛軍からの提供回線に繋げる形になりますので会話に参加は出来ませんが、確認致しますか?」
「すぐにつなげてちょうだい」
「イエス、マム」
ブツっと回線が閉じる。砂嵐の音が再び鳴り響き始めた。
車内の三人の探索者は固唾を飲んで、通信がつながるのは待つ。
そしてーー
[ーーりかえす! 繰り返す! こちら、自衛軍攻略科第2中隊所属、桜小隊第11班の班長田村!! HQ、今なんて言った!?]
[こちらHQ、田村軍曹。あと十分だ。十分ほどで、救援チームが到着する]
自衛軍の本部と、現場の隊員の通信が繋がっだようだ。リアルタイムで繰り広げられる通信内容が彼女達の乗る車内に大音量で響く。
[本部、頼むからもうすこし、急いでくれ!! こちらの銃火器はアレに通用しない! 俺も負傷して戦力にならない! 探索者が一人で踏ん張っている状況だ! このままじゃあ本当に皆殺しにされちまうぞ!」
[田村軍曹。落ち着いてくれ。現在、救援チームが現場に急行中だ。なんとかもたせてくれ]
悲痛な隊員の叫びに対し、本部からの通信は冷徹とも言えるほどに落ち着いたものだった。
[だから! そのもたせるのが無理だと言っているんだ! 探索者のあの意味のわからない力でも無理だったんだ! 軽装甲車両を持ち上げてぶん投げる、銃で撃っても死なない! とにかく急いでくれ!]
[勿論だ。最善を尽くす。田村軍曹、もう一度状況を報告してくれ]
通信は続く。彼女は今の内容にすこし耳に引っかかるものを感じていた。
[状況だと!? っ!、くそ! 了解。現在、大森林表層地区付近で未知の怪物種と交戦中! 探索者が一度は、殺したはずの怪物種が復活したところだ!]
[田村軍曹、その探索者は?]
[保護対象の探索者はまだ生きてる! 今俺の目の前に立っていーー、あ、ああっ!]
通信音声が割れる。めちゃくちゃな爆音、何かが軋み、割れる音、とにかく彼女にはなんの音かは分からなかった。
[田村軍曹、田村軍曹!! 応答せよ! 何があった!?]
軋む音の中で、自衛軍本部の音声が焦った声を張り上げた。
次第にその、軋み音が小さくなる。
[た、頼む!本部! 急いでくれ! とうとう出てきやがった! 不死身だ、この化け物は! あの木に挟まれてぺちゃんこになったはずなのに! ピンピンしてやがる!]
[救援チームは最速で動いている! 田村軍曹、状況がよく分からない。今、起きた事をそのまま伝えてくれ]
錯乱している隊員の通信に、あくまでも本部は冷静に状況の確認を求めていた。彼女を含めた三人の探索者は、口を開かずに通信内容に耳を傾け続ける。
[だから! 最初から言っているだろう。探索者が生み出した巨木の杭みたいなので潰したはずの怪物が生きている! その巨木の杭を中から砕いて、復活してやがるんだ!]
[田村軍曹、その巨木の杭とはなんだ? 自身に酔いの自覚症状はあるか?]
彼女は、最初この通信を現場から行なっている隊員の話がよく理解出来なかった。
バベル現象の翻訳効果により、日本人が喋っている言葉の意味は全て理解出来たものの、先程の巨木の杭という表現が飲み込めない。
通信はそれでも続く。
[酔い!? 確かにダンジョン酔いはあるだろうが……とにかく、探索者が魔法みたいな力で、周りの木を武器にしてるんだ! なんだ、これは。まさか酔いが見せた幻覚なのか……?]
[木を? いや、田村軍曹、了解した。状況については以上でいい。怪物種の特徴などは報告出来るか?]
彼女はソフィの方をちらりと見た。食いいるように体を前傾させ目を瞑っている、通信内容に集中しているようだ。
[特徴? 耳だ! それしかない! 人間の耳そのものなんだ! 太ったガキみたいな胴体にそのままでかい耳が二つ向かい合うようにくっついている!]
「アレタ、今確かに通信では耳、と言ったね?」
彼女はソフィの問いかけに首肯した。確かに彼女も聞いた。耳、彼女の脳裏に壁画の絵が浮かんだ。通信で聞こえた特徴と、壁画の絵の特徴が全て一致する。
[耳……、ほかに特徴は?]
[さっきから何度も言っている気がするが、膂力と、再生力だ! 四トン以上のラブツーをぶん投げて、銃で撃ってもびくともしない! 救援チームには、重火器が必要だ]
[了解した。安心してくれ、田村軍曹。救援チームは火器は充実している。充分、その怪物に対抗できるはずだ]
この自衛軍本部は、混合部隊が向かっている事を把握しているのだろう。自信ありげに隊員へ伝えている。
[ああ、この通信で始めて少しだけ安心したよ、それが本当のことならな。……確認したい事が一つある」
[つづけてくれ]
少し平静を取り戻したような声の隊員の通信に、本部が答える。
[救援チームはこの俺が今使っている緊急端末の位置情報の元へ向かっているんだな?]
[その通りだ。位置情報を我々から救援チームに伝え続けている。ちなみにこの通信内容も彼らの車両に流れているはずだ]
本部が端的に答えると
[そうか、なら良かった。通信内容も聞こえているだな、ならそのまま位置情報の示す所へ向かってくれ。急いでな]
[最善を尽くす事を約束する]
[ありがとう、取り乱して悪かった。通信を終了する。オーバー]
ブツ。
と一方的に通信は終わった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!